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2012年7月 9日 (月)

自分で見て、自分で考えること

 さすがに、いまとなっては珍しくはなったが、いまだに、「トマトジュースで痩せる」で検索してこのブログに来るひとがいる。たまに「トマトジュース、痩せない」で検索してやってくる人もいる。ああ、そりゃ、痩せませんって。実証済み。

 もう昔話になってしまうが、以前は「みのもんたがテレビで言っていたか否か」が健康に良いかどうかの基準であるという話しがあった。まさにそんな人がいまだにいた。先日のトマトジュースダイエットでは少しは学習効果が現れてきたようだが、まだまだそんなもんである。

 いつの頃からか忘れたが、書店におかしな詐欺まがい本(トンデモ本とよくいわれる)が沢山並ぶようになった。たいてい、「○○すると健康によい」とか「成功するための××」っていうようなタイトル。まあ、こういう本が良く売れるから、出版する方も商売としてはこういうのいっぱい出して儲けるってことになるのだろう。私も試しに、いくつかの本を買って読んだことがあるが、だいたい途中で投げ捨てたくなる。「おいおい!」と突っ込みどころ満載である。特に「科学的成果」をうたっているものがかなりアヤシイ。だいたい、何かの実験結果があって、それについてかなり拡大解釈して「~だから、こうすると良いのである」的な論調。実験の細かい条件や背景などは適当にごまかす。時には、しょーもないたとえ話、寓話の類になっていたりもする。こんな本、大人が読んで「感動した」なんて言うんだから、世も末である。

 実際に、タイトルにあるような物凄い成果を実現して言っているのならまだしも、ちょこっとだけ効果があったように見える事例だけを紹介して、いかにも「これが真実である」のように言っているものがあまりに多い。こんなもんで洗脳されたらロクなことにはならんね。

 本当に立派な成果をあげている人がいたとして、その偉業にいきつくまでのことはそんな一言で言いあらわせるようなものではないというものだろうし、本当に凄いなと思う人は、物凄く多面的にいろんなことを考えて常にその場その場で判断して行動していると思う。「この本読んで、この通りにしたらノーベル賞級の成果が出た」な~んて人がいたら、その人はかなりの確率で詐欺師であるし、「これだけやったら健康になった」「これをやるだけで簡単に痩せた」というのも同様である。

 現代のような詐欺師だらけの世の中で、どうしたら騙されないで生きることが出来るだろうか?それは、物凄く当たり前のことになるが、まずは自分の眼で見て、自分で考えることである。簡単なようで、実は難しい。自分の眼で見ているようで、他人の言っていることをただ鵜呑みにしているだけだったり、自分で考えているようで、他人の考えの受け売りだったりするのではないだろうか?そこには、ほんの少しだけ「科学」が必要であると思う。「科学」には正しいことと誤ったことを選別する方法論がある。私たちは、このことをしっかりと身につけようではないか。そうしないと、詐欺師の都合のよいように騙されるだけである。右の詐欺師に左の詐欺師。どっちもどっちなにのに、どちらについていくかはどっちの声が大きいかとか、言っているヤツが悪いやつだとか、良いやつだとか、そんなあてにならないことを基準にしたらエライコトになる。

 世の中、「ヒッグス粒子」発見か?と話題だが、あんなとんでもなく目に見えないものが存在するということを科学的に証明するにはどうしたらよいのだろうか?それが科学的に証明できるということはどういうことだろうか?それが、どこかの誰かが勝手に言っていることとどう違って、何故、科学で判明したといえるのだろうか?そこを今一度考えてみてほしい。

 ところで、私は何度もいうけど、「あなたは天動説か地動説か?」

 たいていの人は地動説であると答えるだろう。太陽の周りを地球がまわっている。これはなにも主義主張の違いではなく、科学的事実に基づいている。これは人類が長年、科学という方法論で獲得してこれたことなのである。

 では、何故、天動説ではなく地動説が科学的に正しいと言えるのかということを今一度考えてみて欲しい。それにスラスラと答えられなければ、あなたは地動説を知識として知っていても理解していることにはならない。そんな人々が今、裁判をやったら、ガリレオの宗教裁判と同じことが起きる筈だ。まったく進歩していない。だから、「そりゃあイケン!」というのだ。

 では、何故、科学的な思考方法を身につけなければならないのか?

 それは、真実は何かを見極める力を得ることだからだ。

 原発問題にしてもそうだが、私たちは、将来こんな世の中にしたいという将来像をもつべきだと思う。その将来像が本当によりよい未来となって、よりよい未来を実現していくためには何をしたらよいか?は、まず、今この世の中の真実を見極めて、判断を下し、行動していくことだ。「トマトジュースで痩せる」程度のイカサマに騙されていたら将来ろくなことにならんじゃろう。そりゃあイケン!

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