2019年のアカガエルの卒業
思えば、毎年2月頃から6月頃までずっとアカガエルの産卵から成長を見てきた。今年は本当に悲しいことの連続だった。あれほど毎年順調にそだっていた場所の水が涸れはてて、とても多くのアカガエルのオタマジャクシたちが死んでしまった。
干上がったオタマジャクシを見るのはつらいものだ。毎年毎年、どれだけのオタマジャクシの死を見てきただろう。しかし、この実態を見ている人はほぼゼロに等しい。そうして誰もが気づかないうちに、ニホンアカガエルはどんどん数を減らしていく。
だが、うれしいこともあった。全て死んでしまったと思っていた田んぼのわきで、チビアカガエルを見つけた時は、驚いたと同時に、とてもうれしかった。
そして、最後の水たまりだ。
少なくとも、私が産卵から最後までずっと見届けてこれたのは、ほんの一ヶ所。小さな小さな水たまりだけだ。
先日からずっと雨。今日も朝からずっと雨が降り続く。そんな中、やはり、その水たまりのアカガエルたちがどうなったかは、一番気になることだ。そして、雨と強風の中、傘をさして水たまりに向かう。
セイタカアワダチソウはさらに伸びて、私の背丈を上回るほどになっている。雨が次第に強くなる中、ずぶぬれになりながら、草をかき分けて進み、ようやく水たまりに到達することができた。
ぱっと見た時、オタマジャクシの姿が見えないように思った。「みんな卒業しちゃったかな?」そんな風につぶやく。
よく見ると、わずかながら、カエルになりかけのオタマジャクシがいる。
ほとんどカエルになりかけだ。たぶん、これは最も成長が遅いものだろう。見ると、数匹いた。「まだ卒業してないのか」とつぶやくそのそばで、チビアカガエルが跳ねた。
「おお、いた!」
そいつは、すぐに草陰に逃げて、潜ってしまった。
でてこないかと粘ったが、ずっと潜ったままだ。その姿はなんとか写真に撮ることができた。
しかし、これでは、まったくなんだかわからないではないか。でも、この水たまりから育ったアカガエルであることは間違いない。
ちゃんとした写真がとりたくて、雨が降りしきる中、しばらく粘った。他にもいないかと探し回ったが、見つけることはできなかった。
あきらめて、帰ろうかと、さらにずぶ濡れになりながら、草をかき分け戻る。
とにかく、もう大丈夫だ。私の背丈を超えるような濡れたセイタカアワダチソウをかきわけながら、
「今年はもう、ここに来ることはないな」
とつぶやく。
「また、来年ね!」
そういって水たまりを振り返り、あとにした。
しばらく歩くと、草むらからピョンと跳ねるものがいた。チビアカガエルだ。
おお、いたいた。元気に育つんだよ。
そういって、ずぶ濡れの私はそこから先に進むこともなく、家へと向かった。今年の私のアカガエル観察はこれで終わり。チビたちは、ここからこの自然の中でたくましく生きていくことだろう。
来年また、アカガエルの卵を見つけるところから、私とアカガエルの一年が始まるのだ。またその時まで。


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