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2019年5月19日 (日)

アカガエルの最後の生き残りの悲しい結末

季節は一気に進んだ。緑も淡い色からすっかりと濃くなってきた。散歩道に入るとマユミの小さな花が出迎えてくれた。Mayumi2019051901

遅くに水が入り田植えが終わった田んぼはキラキラと輝いている。Tambo2019051900

よく見ると、すでにアマガエルのオタマジャクシが沢山泳いでいる。Amagaeru2019051902

単なるオタマジャクシ。だが、これを見て、これがアマガエルのオタマジャクシだとちゃんと認識できる人がどれだけいるだろうか?田んぼにはオタジャクシが泳いでる。しかしそれは、ニホンアカガエルでもアズマヒキガエルでもなく、アマガエルのオタマジャクシだ。ニホンアカガエルのオタマジャクシや、アズマヒキガエルのオタマジャクシがこの周辺ではどんな生活をしているか知っている人がどれだけいるだろうか?

アズマヒキガエルのオタマジャクシの話は先週書いた。半分は死んでしまった。半分はもう上陸した。だから、もういない。ニホンアカガエルのオタマジャクシたちは、あと一ヶ月くらいはオタマジャクシのままだ。そのあいだ、水が涸れなければ生き延びることが出来る。

Tambo2019051902

唯一残されたアカガエルのオタマジャクシの生息地に行こうとすると、ほんの一週間前とは違う風景が広がる。草がどんどん伸びて、歩くのが困難になるほどだ。その草をかき分けて進むと、最初の生息地がある。ここは田んぼわきの水路の途中にある大きな水たまりだ。Mizutamari2019051901

水はたっぷりある。これなら安心だ。水の中を見ると、先週見たときと比べて、オタマジャクシはずいぶんと減った様子だ。Akagaeru2019051902 しかし、しっかりと育っている。あと一ヶ月、無事に育ってほしいと思う。

しかし、よく見ると気がかりなことがあった。ここは水路を通って上流から水が供給されてきている場所なのだが、どうやらその上流の水路が干上がっていて、水が供給されてきていない様子だ。そうなると、このさらに下流にあるアカガエルの最後の生き残りのもう一ヶ所は水が涸れてしまっているかもしれない。このところほとんど雨が降らなかったし、気温も高く、蒸発する水も多かっただろうから水量が減っているのだろう。

とても心配だ。それでも、もしかしたら、この下流にもしっかり水があって、オタマジャクシたちがしっかり生きているかもしれないと、一抹の望みと、半々な気持ちで恐る恐るその下流の生息場所に行ってみる。

あ、、、

ダメだ。水が涸れている。愕然とする。Akagaeru2019051901

先週までオタマジャクシが泳いでいた水たまりの水が干上がっている。そしてハエが飛んでいる。ハエはオタマジャクシの死骸に集まってくることがある。

ついに、この場所で、今年、アカガエルは育つことが出来なかった。去年までは、水路から漏れる水が供給されて水が涸れることがなく、無事にカエルにまで育った場所だ。しばらく、この周辺を見て立ち尽くす。Tambo2019051903

本当に単なる平和な休耕田の風景でしかないこの場所で、アカガエルが最後の最後に命をつなぐことが出来なかった。ついに、水路の途中の水たまりの一ヶ所だけになってしまった。

記録用紙に黒い字で「5月19日死滅」と書き入れる。

そして、本当に最後の一ヶ所となってしまった水路の途中の水たまりに行って、アカガエルのオタマジャクシを眺めていたら、思わず声が出た。

「早く育ちなさいよ!みずが涸れないうちに元気に育つんだよ!」

そうして我が子のようにオタマジャクシを見つめていた。

この場所でこんなことが起きているとは誰も知らない。誰も無関心だ。だから、私はずっと見続けている。最後まで見届けたい。Akagaeru2019051903

今日は今日の悲しい結末。毎年、毎年、こんな思いをする。でも、だからこそ、毎年、毎年、見続けているのだ。

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