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2018年5月 6日 (日)

15年目の緑の日

2018年5月4日。
 散歩道プロジェクトを始めて、15年以上の月日が過ぎた。いつの間にか、カメラをぶら下げて、ここを歩いて、いろんなものを見て、記録するというのは私の人生の中のとても大きな部分を占めるようになった。そして、その散歩道が一番輝く季節であるゴールデンウィーク中、私は必ずお弁当を持って、一日中歩くことを毎年かかさずやってきた。今年もその日がやってきた。
 今年は季節の進行が早く、ゴールデンウィークに入った時点ですでにイチリンソウ、ニリンソウなどは花が終わっていた。緑もすっかり濃くなっている。澄んだ青空とのコントラストがまぶしい。Sampo2018050401
 ここ数年で休耕田が急激に増えてきた。今年もまだ水の入らない田んぼが沢山ある。Sampo2018050402 かつてのアカガエルの楽園では、今年ついに1つも産卵が見られない場所があった。産卵があったところでも、一か所を除いて全部水が涸れて死滅してしまった。確実に環境は変化している。
 環境は人間の営みの変化によって確実に変化している。だが、それが良いことなのか悪いことなのか、私にはわからない。確かにアカガエルなどは急激に減っている。しかし、これが悪いことだとどうして言えようか。かわりに他の生き物にとっては適した環境が増えることであるかもしれない。だから、一つのことをもって、悪い環境を良い環境にしようと何か行動を起こすというのは私にはできない。私には、わからないからである。
 私自身はアカガエルについてはずっと見守ってきて、水が涸れそうになっている田んぼの卵を持ち帰り、育てて、田んぼに水が入ったあとに放流したことがある。だが、それがどういう結果をもたらしたかは、ずっと見てきた。持ち帰り、放流を行っていた田んぼはついに休耕田になった。そして、私は卵を持ち帰って育てることもやめた。そうして数年の間、水が入ることはなく放置された。その間にそこからアカガエルはいなくなったのである。しかし、その田んぼはさらに環境が変化し続けている。それがどうなるのか。もしかしたら、それは、この地に田んぼを作り始めたずっと昔から、今まで私たち人類が経験もしたことのない変化なのかもしれない。私はそれをしっかりと観察、記録していこうと思うのだ。
 Akagaeru2018050401 そんな中でも、一か所だけ、ここまで水が涸れないでアカガエルのオタマジャクシが育っている場所がある。それは、数年前から休耕田になった場所である。今年は、アカガエルのオタマジャクシが育っているのは現在この場所だけだ。私の観察では、卵塊として20個程度が生き残り、現在まで生き延びている。せいぜいたった20個でしかない。それは20匹のメスが生んだものでしかない。
 10年前と比較しても10分の1以下である。ここだけでも生き延びてくれたらと思う。本当に小さな場所だ。せいぜい10m四方くらいの広さしかないこの場所が最後のアカガエルの生き残りの場所である。Sampo2018050403 では、何故ここだけ水が涸れないのだろうか?その理由は、この田んぼの周りの水路から水が漏れているからである。水路の一部はコンクリートで固められている。そのコンクリートにひびが入り、それがそのまま放置されているため、そこを流れる水がそのひび割れから流れ出て、ここに注いでいるからだ。
 放置されているからこそ、そのひび割れ、水漏れを修復しないままになっている。だから、ここが存在し得るのだ。それを考えると奇跡である。自然に生じた奇跡で、アカガエルが生き延びる。それを私は、今、この目で見ているのだ。
 Kunetoge2018050401 くねくね峠は、すっかり暗くなり、コナラやクヌギの木がしっかりと大きな影を落とすようになった。木漏れ日と影とのコントラストがまぶしい。そして、風が吹くと、木漏れ日の形は様々に変わり、揺れ動く。
 アカガエルが生き残った場所は一ヶ所だけだが、同様に、今年、ヒキガエル(アズマヒキガエル)が生き残った場所も一ヶ所だけである。それも休耕田のほんの小さな水たまり。Sampo2018050404 延々と続く、休耕田の中に、奇跡的に残った水の涸れない小さな水たまり。ここで、なんとかヒキガエルは命をつないでいる。このほんの小さな水たまりがなくなったら、この一帯からヒキガエルは絶滅する。そのことに誰も気づいていない。
 先日、ほとんど足が生えていたヒキガエルのオタマジャクシ。あと少し、あと少し、上陸するまで水が涸れなければ、彼らは生き延びることができる。今日もおそるおそる、行ってみる。水は涸れていないか??近くにいくまで不安になる。が、水は涸れていなかった。それどころか、ヒキガエルたちは上陸を始めていた。Hikigaeru2018050401 集団でダンゴ状態になっていたオタマジャクシの中から、足が生えそろったものが、まわりに歩いてちらばっていくのが見えた。そうして、このオタマジャクシのダンゴはだんだんと小さくなり、最後はみんな散り散りになる。Hikigaeru2018050402 なんとか、上陸するまで水が涸れなかったので、今年も命をつなぐことができた。これで一安心だ。しかし、今年ヒキガエルが生き延びられたのは、ほんの小さなこの水たまりだけだ。その水たまりはヒキガエルにとってとても重要だが、そのことに気づいている人は誰一人いない。そこに気づくことができないで、自然観察もクソもないと思うのだが....
 Sampo2018050405 田植えの終わった田んぼは、風が吹くとさざ波が広がり、太陽の光をキラキラと反射してまぶしい。まぶしい光の中を歩きながら、今年もゴールデンウィーク、その一番光輝く季節がやってきたことの幸せを感じる。15年前に、ここをカメラをもって歩き始めた時から、いろんなことが始まった。私の人生の大きな場所を占めながら、ここで暮らす生き物たちとその環境をずっと見てきた。そこから多くのことを学んできたし、さまざまな喜びも悲しみも、そこから感じてきた。そして、アカガエルやヒキガエルたちなど、まるで我が子のように思い、ずっと見守ってきた。私の中には様々な物語ができてきた。そして、これからも、また来年のゴールデンウィークもそうして歩くことができれば。
 ここの自然はこれから、私になにを見せてくれるのだろう。私は、それを、自分の足で歩き、自分の目でしっかりと見ていきたいと思う。
 

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