« 局地的絶滅ということを実感としてとらえる | トップページ | 最後の生き残り »

2018年4月15日 (日)

雨が少なすぎる

3月の終わりからほとんど雨が降っていない。おかげで、土はカラカラに乾き、最後まで残っていた休耕田の水たまりの水もついに涸れはててしまった。Tambo2018041401
かつてのアカガエルの楽園。この田んぼには、かつて400~500個ものアカガエルの卵塊があった。それが、今年はついにゼロ。最後まで残っていたこの水たまりに産卵があるかと期待したが、それもなく、産卵時期は終わってしまった。つまり、この田んぼの周囲からニホンアカガエルが絶滅してしまったのだ。
 こことは別の田んぼ。この周辺では唯一安定してニホンアカガエルの卵塊がある田んぼだが、そこに、先週見に行った時に新しい卵塊が大量にあった。Tamago2018040802 ずっと雨が降らなかったので、産卵時期が遅れ、雨が降ったので、ようやく産卵したのだろう。今シーズンでは最後の産卵だろうと思うが、30個近い卵塊があったことで、喜んだのもつかの間、一週間後には、こんな風になってしまった。Tamago2018041401 この間に少しでも雨が降って水たまりが維持できていたら、生き延びることができたのに。田植え前に田んぼに水が入るまでのあとわずかだったのに、無念としかいいようがない。
 田んぼはどこもカラカラに乾ききっている。Tambo2018041402 多くの人は、斜面林の新緑の美しさに目をうばわれるかもしれない。しかし、その下のカラカラに乾いた田んぼ。これでは、カエルなどの生き物が生き延びることができない。そのことに気づいてほしい。
 いままであまり卵塊がなかった田んぼで、今年は大量にニホンアカガエルの卵塊や、東ヒキガエルの卵紐があって、このままいけば、ここはカエルの楽園になるかもしれないと期待していた田んぼがあった。
 3月の終わりに見に行った時は、順調にオタマジャクシが育っていたのを見つけ、喜んだものだ。Otama2018032501 しかし、これもほんのつかの間の命だった。その後、ほとんど雨が降ず、オタマジャクシが泳ぐ田んぼはこうなった。Tambo2018040101 画面奥の方に、地面が黒くなったような場所がある。これはオタマジャクシの死骸だ。水が涸れて死んでしまった。卵塊の数から推定すると、数万匹のオタマジャクシがこれで死んだ。
 Kiroku2018041401 私は、ここ10年ほど、この周辺のニホンアカガエルの産卵状況をこうやって記録している。赤い文字で書いてあるのは、産卵を見つけた日付と産卵数。黒い文字は水が涸れるなどして死んでしまった卵を見つけた日付とその数。こうやって毎年見ていると、確実な変化がわかる。
 産卵の時期は毎年少しずつ遅くなり、そして、かつて多く産卵があった場所でも、5~6年、死滅しつづけると、急激に卵塊数が少なくなり、そして、ついにゼロになる。それは、その後たとえ産卵に適した環境が復活してももとにもどることはない。
 Tambo2018041403
とてものどかに見えるこの地で、ニホンアカガエルはどんどんと窮地においやられている。それは、誰も知らないうちに進行している。そして、もし、ほんのわずかでも、そのことに気づいて何か行動を起こせば救われるはずだ。
 「今年はもうダメかな」と落胆して歩いていたら、一か所だけ、ちゃんと水たまりが残っている場所があった。元気にオタマジャクシが泳いでいた。Otama2018041401 しかし、頼りない水の量だ。この先どの程度雨が降るかわからないが、このまま雨の少ない状態が続けば、ここも危うい。それよりも、早く田植えのために田んぼに水が入らないだろうか。
 

|

« 局地的絶滅ということを実感としてとらえる | トップページ | 最後の生き残り »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 局地的絶滅ということを実感としてとらえる | トップページ | 最後の生き残り »