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2018年4月22日 (日)

最後の生き残り

Sampo2018042201 今年は季節の進行が早く、散歩道は一気に緑になった。3月の終わりからずっと雨が降らなくて、先日はやっと1日だけまとまった雨が降った。雨が降らなかったことで、多くのニホンアカガエルやアズマヒキガエルの卵が乾燥して死んでしまった。あるいは、オタマジャクシにまでなったものの、乾燥して死んでしまったのだ。
 Suiro2018042201 かつて、毎年、ニホンアカガエルの卵塊がみられた水路。ここは、5~6年ほど、水が涸れるようになり、ここに産卵したニホンアカガエルは育つことができなかった。しかし、今年のこの日照りでも、水が涸れることはなかったが、産卵は見られなかった。つまり、その数年、乾燥による死滅が続いたことで、ここのニホンアカガエルは絶滅したのだ。
 何度もいうが、局地的絶滅は確実に起きている。この田んぼもそうだ。Tambo2018042201 ここは一番多い年は、400個くらいのニホンアカガエルの卵塊があった場所だ。それが、5~6年間、産卵しても水が涸れて育つことができない年が続いたあと、水が涸れない状態になったものの、産卵は見られなくなった。それでも、昨年まではわずか10個程度の卵塊があったのだ。今年はゼロ。まったくゼロだ。これを絶滅というのだろう。
 私はニホンアカガエルの産卵と死滅状況を記録しているのだが、そのフィールドでは、今年は1か所を除いて全て、水が涸れて死んでしまった。数百個の卵塊があったにもかかわらず、今生きているのはそのうちの10個ほどでしかない。
 先週、水が涸れて、完全に死んでしまった水路を見てみたら、何故か、わりと新しめの卵塊があった。Tamago2018042201 おそらく、数日前の雨の日に産卵したのだろう。しかし、水は涸れている。今はなんとかゼラチン状になって、水を含んでいるので生きているように見えるが、あと数日は雨も降ることはないので、これはもう死んでしまうだろう。
 そうやって、この卵塊を見ていたら、近くに親がいた!Akagaeru2018042201 今年初めて見る、ニホンアカガエルの親の姿だ。本当に美しいカエルだと思う。スマートな体につぶらな瞳。いま、その彼らが絶滅にひんしている。それは、ほんのわずかなことなのだ。
 今年、最後に残った水たまりにおそるおそる行ってみる。水が涸れてしまっていないだろうか?そう思って遠くからも気にする。もし、そこの水が涸れてしまったのなら、私の観察しているフィールドのニホンアカガエルは全滅ということになる。それは恐ろしいことだ。私が歩いている場所、かつては1000個近い卵塊があって、踏みつけてしまいそうになるほどのニホンアカガエルがいた。それが、一匹も育たない場所になるということだ。
 いってみたら、最後の場所はなんとか水が残っていた。オタマジャクシもしっかりそだっていた。Otama2018042203 なんとか生き延びてほしい。この地からニホンアカガエルがいなくならないために。
 それにしても、今年はひどく雨が少なく、この水たまりの水も涸れそうだ。ここ以外に、水がほとんどないため、先週までは鳴いていたシュレーゲルアオガエルの声も、今はきこけない。アマガエルが少し鳴いているだけ。これもまたひどいことだ。一体どうしてこんなことになってしまっているんだろう。
 近くの田んぼでは、ようやく田植えの準備が始まって、田んぼに水が入り始めた。Tambo2018042202 残念ながら、ちょっと遅かった。ここに産卵された数十個のニホンアカガエルの卵塊、数個のアズマヒキガエルの卵紐は、2週間ほど前に、すべて乾燥により死滅してしまった。だから、水が入ったけれど、ここにニホンアカガエルやアズマヒキガエルのオタマジャクシが泳ぐことはない。
 最後に残された、アズマヒキガエルの産卵場所にいってみた。そこも水がずいぶんと減っていた。しかし、かろうじて残った水たまりが一面真っ黒に見えた。オタマジャクシが泳いでいるからだ。Otama2018042201 これが最後の生き残りだ。ここ以外は全部水が涸れて死んだ。とにかく、最後に残ったここだけは、上陸するまで水が涸れないでほしい。Otama2018042202
雨が降らなかったというのは天候のことで、それはどうしようもない。3月、4月にほとんど雨が降らなかったのだけれど、そういう年もあるだろう。だが、そういうことでニホンアカガエルやアズマヒキガエルが生息する環境が壊滅的な状態になるというのはどうだろうか?彼らは長い歴史の中で、そういう目にもあいながらも命をつないできたかもしれない。
 ただ、あと1ヶ月、田んぼに水を入れるのを早めるだけで、多くの命が救われるのだ。そのことにほとんどの人が気づいていない。そもそも、このカエルたちの存在に、ほとんどの人が気づいていないのだからしかたない。だから、私はこうして、彼らを見守り、こうして、世間に発信しているのだ。

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