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2018年2月17日 (土)

散歩道プロジェクト15周年。さあ原点に戻ろう

Dscf0006  2003年2月16日は雨が降っていた。

 大好きな散歩道。その散歩道に宅地開発がせまってきていた。豊かな里山だった場所がどんどん削りとられて砂漠のようになっていく。私はその何年も前からそんな風景を見続けていた。そしてその前の日に、テレビで「もののけ姫」の映画を見た。そのことから、私の中で何か大きなものが動き始めた。
 その日、朝からぼーっと色んなことを考えていた。VangelisのMemories of Greenを何気なく聴いたのを覚えている。緑の記憶。鳥があちこちでさえずり、風に木々が揺れてざわめく。虫が飛び、羽音をたてて目の前を横切っていく。そんな情景が浮かぶ。そして、ふと思いついたのだ。
「そうだ、散歩道を歩いて、さまざまな写真を撮り、自分が見たもの感じたことを多くの人に見てもらおう」
 そうして、カメラを持って家を出た。最初に撮った写真がこれだ。
Dscf0001 写真の左側が私の散歩道のあるエリア。そこから続く里山が削り取られて宅地として造成され、右側のようになっていた。
この砂漠のように広がった造成地は今はほとんど住宅が建っている。おそらく、今、15年前にここがどんな風だったか知る人は少ないだろう。
 この左のずっと奥、私の散歩道はある。いくつも枝別れして入り組んだ、細長い谷津田。それが私の散歩道エリア。Sampomichi2018021701
ここを歩き続け、写真を撮り、いろんなものを見て、いろんなものを感じた。
Sampomichi2018021702 ここは私が「爪の谷」と名付けた谷だが、この休耕田の奥の水たまりにニホンアカガエルの卵を見つけ、それが育っていく様子をずっと観察した。やがてアズマヒキガエルもやってくる。ドジョウが泳ぎ、夏の夜にはホタルが舞う。
 そして、ここが散歩道の中で一番のお気に入りの「くねくね峠」だ。Kunetoge2018021701
この峠のあたりからずっと同じアングルで写真を撮り続け、それを繋いで動画にした。そして、自ら作曲した曲をつけた。
峠の土手に棲んでいたアズマヒキガエルの「くねくねの主」とは長い付き合いになった。ここを通るたびに挨拶をした。Nushi2009071901
そして、初めて出会ってから5年後の夏、偶然にも、この「くねくねの主」の最後をみることとなった。Nushi20120729002
いまでも、この主が棲んでいた土手にあいた穴を覗き込む。新たな主が現れてくれないかとずっと思っていたが、いまだ現れないままだ。Nushiana2018021701_2
この周辺はコナラとクヌギの森で、かつて、この峠道に突き出すように生えていたコナラのこと。Konara2006112601_2
それはかつて木と会話する (2006年11月27日)に書いている。
 だが、その木との別れはすぐにやってきた。別れは突然やってきた(2006年12月17日) で、このコナラの木との別れのことを書いている。
 くねくね峠道には様々な想い出が詰まっている。突然手の上にオオムラサキが舞い降りてきたりもした。
その峠道から森の方に入っていく「くねくね森の道」がある。Morimichi2018021702この森の奥に入っていく道。こんな道端にいろんな花が咲く。そして、いろんな生き物が、この森の中で生きている。
 
 何気なくみていた道端のアリジゴクの巣。アリジゴクがどんな生活をしているかなんて、まったく知らなかった。
Arijigoku2018021701
単に土の中にいて巣を作って、そしてウスバカゲロウになって出てくる。そんな知識しかなかった。だが、2009年の夏、次女の夏休みの自由研究題材にアリジゴクを選んで、私は次女と一緒に、この場所のアリジゴクを連れて帰って飼育して、それで物凄い発見の連続があった。そのことはホカスリ氏はホシウスバカゲロウ(2009年10月11日) に書いている。それ以来、ここのアリジゴクの巣は私にとって特別な存在になった。毎回、ここを通るたびに、ホカスリ氏の子孫はどうしているだろうか?などと考える。
 この15年間歩き続きけた散歩道は、私に数えきれないほどの発見と、数えきれないほどの物語をくれた。これこそ、15年前に私がやろうとしていたことなのだろうと思う。自分で歩き、自然を自分で見て感じて、記録して、多くの人に見てもらうこと。
 多くの人は気付いていないだけなのだ。身近な自然の奥深さを。ほんの少しだけ道端の自然に目を向けるだけで、今まで知らなかったことがどんどん出てくる。ほんの少しだけ自然と接して生活することで、様々な物語が生まれる。そして、その物語は、身近な自然と自分の人生との接点となる。
 ある人がいった。
 「もう、散歩道は体の一部ですね?」
 いや、違う。
 「私は散歩道の自然の一部」
なのだ。誰もが身近な自然をそんな風に思うようになったのなら、いとも簡単に自然を破壊して砂漠のような場所にかえようなんて思わないだろう。身近な素晴らしい自然よりも、整備された都市の公園の方がよいなどと思わないだろう。
 そう思うから、私は自ら自然を感じて、それを発信しつづけたいのだ。これがライフワーク。それが原点。15年の時は流れたが、やはり原点に戻ろう。自然を感じて生きること。自然と接して生きること。自然の中の一部として生きること。それが「散歩道プロジェクト」の原点だと思うから。

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