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2017年12月24日 (日)

変わりゆく散歩道

 ブログの更新が随分と間があいてしまった。カメラをぶら下げて歩く日々は変わらない。様々な発見があり、様々な出会いがあることもかわらない。

 「散歩道プロジェクト」のホームページを立ち上げて、カメラを持って歩きはじめてから、来年で15年になる。15年の月日が私に見せてくれたものは大きい。私の人生の重要な部分はこの散歩道とともにある。
 数年前から、休耕になった田んぼがあった。その上の田んぼも今年から休耕になった。Tambo2017122401草が生い茂り、周囲は背の高いセイタカアワダチソウが繁茂した。
ここがこの先、また田んぼに戻るのかどうかは知らない。ここをいつ誰が開墾して田んぼにしたのかも知らない。けれど、こうして人の生活の変化によって、田んぼがただの草むらになろうとしている。
 ただ、ここはただの草むらではない。ここは谷の奥に通じる場所にあり、谷の奥や斜面からは水が湧いているのだ。この谷の手前には大きな井戸があった。それは、かつて住宅地に水を提供していたが、維持が難しくなり、廃止された。この斜面林に降った雨が、谷に染みだしているのだ。
 休耕になる前は、その水を人が制御していた。田んぼわきにはポンプ小屋があり、そこは井戸から水をくみ上げて、田んぼに供給していた。そのポンプ小屋もすでに草で覆われている。
Pump2017122401水路の水は適宜、田んぼに入れられたり、田んぼから抜かれたりと、人が制御していたのだ。
 そして、人が制御しなくなった水は、自然の流れに従うようになった。水路の水はいつのまにか田んぼに向かい、かつて、冬の間はカラカラに乾燥していた田んぼが沼のようになっている。Tambo2017122402そして、水は水路をとおって、下の田んぼにまで注ぐようになっている。数年前に休耕になった下の田んぼも、沼のようになっているのだ。
 ここは、かつてニホンアカガエルの楽園だった。毎年、数百個のニホンアカガエルの卵塊がみられた田んぼだ。しかし、一時期、田んぼの水はけがよくなり、冬の間、乾燥して、ニホンアカガエルの卵塊は乾燥して死滅するようになった。数年前からは、田んぼではほとんど卵塊がみられなくなり、かろうじて、水路の一部で生き延びている状態だ。
 ここが休耕になってしまったとき、この田んぼ周辺のニホンアカガエルはさらに大きな打撃を受けるだろうと思っていた。しかし、もしかすると、逆のことが起きるのかもしれない。ここは自然に水が湧いているのだ。その水を人が制御しなくなって、元の状態に戻っていくのかもしれない。ずっとこの周辺の定点観測を続けている私だが、この先これがどうなるか、可能な限り見届けようと思う。
 今年、夏のある日、この周辺でイノシシに遭遇した。Inoshishi2017073001
もともと、この周辺にはイノシシはいなかった。すくなくとも、私がこの地にやってきた20年前はイノシシなんてどこにもいなかった。ところが5年くらい前からイノシシの被害が出るようになった。そして、今年、ついに、散歩道にイノシシが現れた。畑をやっている人が、イノシシに荒らされた畑を目の前にして途方に暮れていた。ついにイノシシが出たと。
 そして、ついに、ワナが設置されたのだ。Wana2017122401
はたしてこれにイノシシがかかるのかどうか?
 少なくとも、私が「散歩道プロジェクト」を始めた15年前には、どこにもなかった人と獣との戦いが、今発生しているのだ。畑にも、柵が出来た。こんな風景は15年前はなかったことだ。
 人々の生活がかわっていき、自然もかわってきている。しかし、身近な自然に目を向けている人が増えているとは思えない。この人口減少の世の中で、いまだに山を切り開き、宅地を増やす。Takuchi2017120901
確かに宅地は増えて、そこに住む人は増えているが、ではあと50年たったらどうなっているだろう?あと100年たったらどうなっているだろう?そういうことを誰も考えない。こんな宅地造成風景の近くに、誰も知らない間に、自然がどんどん変化していっているのに。
 今年最後の散歩で、そんなことを考える。

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