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2017年6月25日 (日)

緑深い季節

 2017年6月24日(土)

 梅雨入りしてしばらくたつが、今年はまだ梅雨らしい天気にはなっていない。今日もまた、天気は良いが、明日からはしばらく雨が続きそうだ。
 散歩道はすっかり緑に覆われている。今は一年で一番緑の勢いがある時期かもしれない。少し湿った空気に緑の香りが強くただよってくる。Midori2017062401ホトトギスが飛びながら、大きく澄んだ声で「トッキョキョカキョク」と鳴く。いまの季節の音風景だ。
 ヒメコウゾが色鮮やかな実をつけている。かつて、この実の鮮やかな色に騙されて、さぞや美味しいに違いないと、一粒とって食べた時のことが忘れられない。Himekozo2017062401この見た目とはまったく異なる不味さに思わず吐き出してしまった。まあ、食べられないこともない。しかし、まったく美味しくはないのだ。この鮮やかな色から期待した味とはまったく異なるものだ。
 Tambo2017062401今年は一気に休耕田が増えた気がする。この場所は私がずっと定点観測をしている場所だ。この場所の季節の「うつろい」を捉えたいと思って撮影を続けてきたが、季節のうつろいだけではなく、年々かわる「うつろい」が映像として捉えられることだろう。撮影し始めた頃にはまったく想像できなかった変化だが、こうしてこの場所は変化していく。かつてのアカガエルの楽園は、いまやアカガエルが生きていくにはきびしい環境になった。しかし、それも自然。
 Murasaki2017062401ムラサキシジミが目の前で舞った。飛んでいても紫の鮮やかな色が見える。しかし、翅を閉じると本当に地味な蝶だ。今、ちょうど、この蝶が沢山飛ぶ季節だ。
 今年、かろうじてアカガエルがカエルまで育った場所が一つ。そこに行ってみる。去年までは毎年、歩いていて踏みつけそうになるほどの多くのチビアカガエルがいたが、今年は本当に少ない。それでも、歩いていると、目の前をピョンピョンと跳ねる。Akagaeru2017062401急激にきびしさを増す環境の中で、なんとかカエルまで育ったものがいたことは、少し安心する。しかし、今年はついに、この場所でサシバを見なかった。毎年春にやってくる猛禽のサシバを今年はここでは見ていない。これもまたこの場所の自然の変化なのだろう。そういう変化を今、私はここで感じているのだ。
Oobanotombo2017062401 オオバノトンボソウはかろうじて見つける事が出来た。これも、毎年、今年は消えてしまったかもしれないと思いながらも、なんとか見つけることが出来ている。もっとも、消えてしまった植物もいくつかあるのだが、これは地味なので、そもそも存在に気付いている人がいないかもしれない。
 Tsuribana2017062401ツリバナが沢山実をつけているのを見る。これもまた、注意深くみていないと見過ごしてしまうものかもしれない。ある程度、注意深く見ていなければ、こんな多様な自然に気付くことは出来ないのかもしれない。本当に色んなものが生きていて、不思議なものが沢山ある。見えない人には、ただの緑にしか見えない。都市の公園に植えられた緑も、この里山の緑も同じにしか見えなければ、この場所の自然の奥深さなんて知るはずもない。それを知って欲しいから、私はこうやって語り続けている。
 最近、ミドリシジミを見つけた場所で、アゲハモドキを見た。ここでアゲハモドキを見たのは初めてだ。20年近く歩いていて、初めて見つけたものがあるというのはどういうことだろう?
Agehamodoki2017061101
この場所の自然を何十年と見つめてきて、やっと見えるものがあるのだ。それが自然。それだけ、私たちには知らないことが多いということだ。ちょっとだけ見て、何かを知ったような気になってはいけない。
 歩いていると、足元にナナフシがいた。かなりおぼつかない歩き方なのでよくみると、足のうち何本かがおかしな形になっている。生育不良だろうか。Nanafusi2017062401それでも一生懸命に歩いて、私の足にしがみついてきた。「こんな道に出てきたらあぶないよ」といって、そっと道端の草むらに逃がす。
 目の前に不思議な模様の蛾が飛んできてとまる。Ga2017062401いったいこれは、どういう模様なのか?そして、どうしてこんな不思議な模様が出来るのか?その謎はいまだ誰も解くことが出来ていない。もし、その謎が解ければ、この宇宙の成り立ちが少しだけわかるかもしれない。そんなことを思う。自然は知らないことだらけだ。とても不思議な世界が道端にも沢山ころがっている。そのことに気付かないままの人々。気付かないままに、多くのものを失っていると私には思える。

木漏れ日
2カ月ほど前に木漏れ日を見ながら、思いがわき上がってきた。そして、こんな作品を作ろうと思った。そしてようやく出来た。

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2017年6月 4日 (日)

ここの自然はこの先どう変化していくのだろう

もうこの散歩道を20年以上も歩いている。「散歩道プロジェクト」を始めてからも来年で15年になる。その長い間に様々な出会いもあったし、発見もあった。それだけ歩いているのに、新たな発見はある。先日も、イチヤクソウが咲いているのを発見した。いつも歩いている道端だ。どうして今まで見つけられなかったのか?とても不思議に思う。

Ichiyakuso2017052802 イチヤクソウ自体はそれほど珍しいものでもないが、私がここで見たのは初めて。よくみると、周辺に何株か花をつけていた。
 散歩道の自然も少しずつ変化している。それは日常的にここを歩いている人でないと気付かないかもしれない変化かもしれない。しかし、大きく変化している。かつて、ニホンアカガエルの楽園だった田んぼは、今年はとうとう水が入らなかった。このまま休耕になってしまうのだろうか?Tambo2017060301かつては、数百個の卵塊がみられた田んぼだが、今年は10個程度しかなかった。それも全て水が涸れて死んでしまった。
周囲の水路にもアカガエルの卵塊があり、それは生き延びるかと思っていた。しかし、このところの日照りもあって、それも難しそうだ。Suiro2017060301水路が完全に干上がっている。もし田んぼに水が入ったなら、こんな風にはならなかっただろうと思う。
 ここのアカガエルをもう10年以上見守ってきた私としては、本当に残念な気がした。
 その後、もうひとつのアカガエルの楽園といえる田んぼにいってみた。ここは、毎年、踏みつけそうになるくらいの大量のアカガエルが上陸しているのだが、そこも、今年は半分くらいが休耕田になり、アカガエルの卵も激減した。それでも、最後まで生きながらえていたのを見ていたから、どうだろう?と思っていってみた。すると、
いた!
Akagaeru2017060401 ちゃんと、チビアカガエルが育っていた。例年に比べると、10分の1以下の数に感じる。しかし、それでもなんとかカエルにまで育つことが出来ている。数は少ないが、なんとか命はつないでいけるだろう。少し安心する。
 いまはモミジイチゴがたくさん実っている。時々それをひとくち食べながら歩く。一か所だけ、モミジイチゴではなく、カジイチゴが実っているところがある。去年、それを発見したのだが、すでにアリがたかっていて食べられなかった。行ってみたら、たべごろの実があった。アリもたかっていない。食べられる。Kajiichigo2017060401一粒つまんで食べてみた。美味しい!モミジイチゴよりも酸味が少なく、甘い。このあと、近くにあったモミジイチゴを食べてみたが、このカジイチゴを食べたあとでは、酸味が強く感じた。
 アズマヒキガエルの産卵場所にいってみる。先週の時点でほとんど上陸し終わった感じだったが、もしかしたらチビカエルに出会えるかもしれないと思い、目をこらしてみる。アズマヒキガエルのチビガエルは本当に米粒ほどに小さいのだ。それでちゃんとカエルの姿をしているのだから、驚く。親はあんなに大きいのに。一生懸命チビカエルを探すが、見つけることが出来なかった。もう散り散りに巣だっていったんだろう。そう思って残念がっている私の目の前に、キラキラ光るものがあらわれた。
Midori2017060401 ミドリシジミだ。ここで見たのは初めてだ。私に「ほら見て!」といわんばかりに目の前にとまって翅を広げている。
思わず、「うわー、マジっすか?」などと、アホなことをつぶやいてしまう。
しばらくシャッターを切りまくる。翅の裏もみせてくれないかなあ?などと思っていたら、飛び立った。飛び立って近くの草の葉にとまった。Midori2017060402本当に美しい蝶だ。
自然は本当に時々凄いものを見せてくれる。こんなに長年歩いていても、初めて見るものがあるのだ。それは、まるで、「まだこんなものがあるよ」と少しずつ小出しにして教えてくれているかのようだ。
 人の生活とともに、この場所の自然も変わっていく。この先、どんな風になっていくのだろう?この春からの色々な変化は、この場所が急激に変わりつつあることを私に教えてくれているのだろう。そして、どう変化していくか?それはまだ私にも想像出来ない。新しい発見もまだまだある。ずっとこの場所の自然を見つめ、感じていきたいと思う。

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