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2016年11月13日 (日)

秋空は寂しい色

 昨日は市原市立市津公民館主催の市津自然散歩の観察会の日だった。私はこの自然散歩の講師をつとめてもう11年目になる。この自然散歩の観察会の前日にはいつも、第一回目の観察会から欠かさず参加してくれている近所のOさんから私のPC宛にメールが来る。「明日は○○時集合でよろしくお願いします」と。そして、私の車にOさんを乗せて、公民館まで行くのだ。

 一昨日、いつものようにOさんからのメールを期待してPCを立ち上げる。しかし、メールが届いていない。どうしたんだろう?と思った。私が見落としているのかもしれないと、過去のメールなどを一生懸命に探す。今思えば、少し不安に思ったのだが、とにかく明日の朝、連絡してみようと思い、そのまま寝た。
 朝、出かける支度がおおよそ終わったので、Oさんの家に電話をしてみようと受話器に手をかけたその時、ゴミ出しにいっていた妻がドタバタとあわてて帰ってきた。

 「ちょっとまって!」

 私は何事かと妻の顔を見た。

 「Oさん、亡くなったって!」

 私は一瞬言葉を失った。

 ゴミ出しに行った時、妻は珍しく近所の知り合いにゴミ集積所で会った。「最近どう?忙しいの?」と何気ない世間話のつもりで話しかけたのだ。すると、「そういえば、ご存じないかもしれないけど、先日向かいのOさんが亡くなってね...」「えっ??」
妻は、私がOさんと出かけようとしていること。連絡がないから電話してみようと思っていることを思い出し、大慌てで家に帰ってきたのだ。

Oさんの家とはほんの目と鼻の先のご近所だったが、通りが一本違っていることもあり、昔はまるで付き合いがなかった。私が「散歩道プロジェクト」のホームページを立ち上げて、この市原市瀬又の自然をホームページで発信しはじめて、丁度一年くらいした頃、Oさんが私の「散歩道プロジェクト」のホームページを見つけて、メールを送ってきてくれたのがそもそもの始まりだった。その時のことは、「近所の人と」 いうタイトルで散歩道日記にかかれている。それから、時々連絡をとりあって、たまに一緒に歩いたり、散歩道の情報交換をするようになった。
 その後しばらくして、私が市津公民館で観察会をするようになったとき、Oさんはとても喜んでくれた。そして、第一回目からかかさずに参加してくれていた。講演のために沢山の荷物を公民館に運び込む時、いつも手伝ってくれた。本当にいつもニコニコしていて、柔和な方だった。

 夕方、妻と一緒にOさんのご自宅にお悔やみに訪問した。奥様が色々お話ししてくれた。11月4日の夜、夕飯を食べていて急に具合が悪くなり、救急車を呼んだ。しかし、救急車の中ですでに心臓が停止してしまい、そのままだったと。本当に急だった。一週間ほど前には、何かのイベントで物凄く長い距離を歩かれたのだとか、本当に直前までお元気だった。思い起こせば、私は、7月の観察会の後、自宅近くまで一緒に歩いて帰ってきて、「じゃあ、次は11月ですね」といって別れたのが最後の会話だったと思う。
 奥様としばらくお話しして、「さあ、それでは帰ります」と席を立った後、私は涙が止まらなくなった。玄関先でのご挨拶も声にならず、涙があふれてきた。Oさんの家から私の家まで歩いて帰る間、ずっと涙があふれていた。見上げると、満月に近い月が明るく照らしていた。帰ってきて、しばらく、私は自分の部屋で泣いた。

 今日、いつものように散歩に出かけた。そういえばここをOさんと歩いたな、とか、ここでOさんとフクロウを見かけたんだよな、とか、いろんなことが思い出される。向こうから歩いてくる人がOさんに見えて、ちょっとドキッとする。すれ違いざまに「こんにちは」と挨拶する。しかし、Oさんではない。今日はよく晴れた。秋空が少し寂しい色に見えた。
Oさん、いままでありがとう。
Oさんも愛したこの散歩道の風景や生き物たち。私はこれからもずっと歩き、ずっと見つめつづける。
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