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2013年9月21日 (土)

秋の足音につつまれる

 先週は台風の影響でほとんど家にこもっていた。この夏は、夏というものを表現したくて、音を探し、映像を探してきた。そしてそれをまた一つ形にすることができた。写真も、音楽も、そして、音楽にかぶせているセミ(主にヒグラシ)の声も、全てオリジナル。これが、私が感じた自然の夏。夏の日の記憶。

 自然を守るといいながら、その自然はどこにあるのだろう?人々が守るというのならば、まずは愛することが大事だろう。愛するものを守る。これが基本。身近な自然の本当の姿を愛せなくて、どうして守ることができるのか?それに気付かないから、身近な自然を破壊しても何も気付かない。多くの人が、自然はどこか遠くのところにあって、誰かが見せてくれるものと思っているのだから、本当の自然なんて守れやしない。だから、こうして、私は本当の自然に気付いて欲しくて、私は身近な自然の中を自分の足で歩き、自分の目で見て、自分なりに表現する。これが「散歩道プロジェクト」の原点だ。

 さて、そんなわけで、今日は久々の散歩だ。先週歩けなかった分、たっぷり歩きたい。暑さもやわらいだので、たっぷり時間をかけて歩こう。そう思うとワクワクする。もう10年以上もこうやって歩いているのに、自然はまだまだ色々なものを見せてくれる。

 田んぼのわきにはヒガンバナ。いつの間にか真っ赤にさいている。そう、もう季節はお彼岸なのだ。Higanbana2013092101その近くには白花のものもあった。紅白のヒガンバナ。Higanbana2013092102

このあたりの田んぼはほとんどが早場米だ。9月に入るか入らないかというくらいから収穫が始まる。思うに、房総半島は台風の通り道だから、台風シーズン前に収穫を終えたいということがあるのかもしれない。もう、随分前に収穫された田んぼは、今は二番穂の季節。だから、季節外れとも思えるくらい、青々としている。Tambo2013092101そして、まだ収穫を終えていない田んぼの黄金色とのコントラストが美しい。Tambo2013092102
昼間の気温はまだまだ高いが、それでも、田んぼをわたってくる風は乾いていて、秋の風。さわやかだ。

音風景もかわった。夏の間は耳が遠くなるほどの蝉時雨に囲まれていたが、今はツクツクホウシ。そして、地面からはコオロギたちの鳴き声。

 木の上にサトキマダラヒカゲ。ずいぶんと翅がいたんでいる。夏を力強く生きた虫たちは、子孫を残したあとも、余生を送る。Satokimadara2013092101夏に子孫を残した虫でも、意外と長く生きているモノがいる。生きた証は翅の傷となり、そうしてやがて彼らは一生を終える。

 Kamakiri2013092101

地面にへばりついたようになって動かないハラビロカマキリ。どうした?誰かに踏まれたか?

 そっと持ち上げてみる。Kamakiri2013092102すると一生懸命足を動かして抵抗しようとする。でも、かなり弱々しい。おそらくもうすぐ力尽きてしまうだろう。そっと草むらに放す。

 今日はどういうわけか、やたらと蚊に襲われる。私はもともとあまり蚊に刺されないほうだ。だから、虫よけスプレーなし、半そでで歩いても平気なのだけど、今日は結構辛いものがある。どうしたのだろう?歩いていると、まわりの蚊を引き寄せていることを感じる。それを払いのけながら歩く。先週の雨で沢山の水たまりが出来、蚊が大量に発生しているのかもしれない。Michi2013092101
透き通った太陽の光が差し込む林の中。普通なら爽やかに歩けるのだが、どうも、まとわりつく蚊を払いのけながらで鬱陶しい。

 なにやら重機の音がしてきたので、見ると山肌を削り取っている。何をしているのだろう?それはよくわからない。Juki2013092101この風景に色んなことを思い出す。以前はもっともっと大規模にこんなことがこの周辺で沢山行われていた。そして、私の散歩道のような場所が大規模に失われていったのだ。それを何年もずっと見てきたことが「散歩道プロジェクト」の原点。

 そして、随分長い間静かだった。最近またあちこちでうるさくなってきた。これはどういうことだろうかと思う。誰も何も悪いことをしているつもりもない。でも、その結果がどういうことをもたらしているのか。結果として、私たちは何を失うことになるのか。得たモノと失ったモノの価値を正しく判断できないうちは、また繰り返すことになるのか。東京オリンピックが決まって、浮かれているうちに、また、とりかえしのつかないことをしてしまうのか。「物質的に豊かになっても私たちは幸せになれなかった」と多くの人が言った。そういうことは無責任にただ言うだけで、すぐに忘れてしまうのか。本気で幸せになる方法を誰も考えないのか。私たちがずっと先の子孫に残したい未来はなんだろう?そんなことをずっと思ってきた。

 随分歩いて歩いて、そうして日が傾いてきた。気付くと、夏の蝉時雨どころではない大音響のコオロギたちの大合唱につつまれている。Tambo2013092103
収穫が終わって、二番穂で青々と広がる田んぼから響いてくるコオロギの大合唱。そう、これが私がこの地に初めて来た時に驚いたことだった。コオロギなんて、秋の夜に静かに鳴くものだと思っていた。ところが、ここでは夏の蝉時雨をしのぐほどの、大音響につつまれるのだ。力強く生きる生き物を感じることが出来た。それは、毎年、弱々しくなっていくようだった。だが、まだ、こんなに力強く響いている。

 秋の足音だ。その足音は大きな波となって、私のまわりに押し寄せて、私は秋の足音につつまれる。

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2013年9月16日 (月)

夏の日の記憶

沢山の命が力の限り燃えた夏。汗をたらしながら歩いた夏。目を閉じると夏の日の記憶がよみがえる。

作曲/演奏:TAGA

撮影:制作:TAGA

All rights reserved Copyright (c) 散歩道プロジェクト2013

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2013年9月 1日 (日)

黄金色に輝く

 8月も、もう終わり。猛暑の夏が終わり、ようやく秋らしくなったかと思いきや、台風から変わった温帯低気圧が南から湿った暖かい空気を運んできて、真夏の暑さとなった。

 それでも、季節は確実に進んでいる。ツクツクホウシの声が響き渡り、田んぼは黄金色だ。Tambo2013083102

くねくね峠を越えるところで、道端の木の葉が黄色くなっているのに気付く。「あれ、もう紅葉しているのか?」と思ったら、それは田んぼの黄金色の輝きが木の葉に映って光っているのだった。まさに黄金色の輝き。Kogane2013090110
黄金色というのはこういう色なのかと思う。稲が黄金色に輝く絨毯になっているのだ。Kogane2013090102
田んぼに隣接した林の中もうっすらと黄金色がかっている。なんて素晴らしい光景だろう。Kogane2013090111
やがて稲は刈り取られる。だから、いまだけこの光景が広がる。猛暑の中、汗をかきながらここまでやってきて本当によかったと思った。素晴らしい光景に出会えたことをとてもうれしく思う。

 ツクツクホウシの合唱は、四方八方から物凄い勢いで迫ってくる。そのせわしないような鳴き声が、夏の終わりを惜しむようだ。今年の夏は暑かった。そして長かった。そして、いろんなことがあった。

 散歩の前に買ってリュックにつめこんだウーロン茶のペットボトルを取り出して飲む。暑い、とにかく暑い。そんな中をあるいて、こうして水分補給する。今年は例年になく、この暑い中を歩くことができたと思う。

 峠を戻っていくと、道端でアカガエルがピョンと跳ねた。小さめのアカガエル。おそらく今年生まれた個体だ。Akagaeru2013090101しばらく立ち止まってカメラに収まってくれた。元気で生きるんだよ!

 黄金色の田んぼの上を舞うアカトンボがキラキラと日光に輝く。そんな光景をカメラにおさめたくて、炎天下、カメラを構えてトンボと格闘する。ゆっくりとホバリングしているように見えるトンボでも、止まっているのは一瞬で、素早く飛びまわるので、大変だ。子供の頃、捕虫網を持ってトンボを追いかけたように、カメラでトンボを追い回すのだ。追い回しているうちに慣れてくる。Akatombo2013090101そして、なんとかそれらしき写真が撮れた。しかし、これを撮るために、100コマ以上も撮っている。フィルム時代ならありえなかっただろう。

それでも毎回、次はもっと上手く撮ろうと思う。だから、トンボを見るたびにカメラを構えてしまう。

 ツリバナの実に鮮やかな色のカメムシ。Kibaraheri2013090101キバラヘリカメムシ。なにかと嫌われもののカメムシだが、色彩がとってもオシャレだ。もっとも、カメムシだから、触りたくはない。このカメムシ、どうやらツリバナの実の汁を吸っているようだ。かなりの数がツリバナの実についていた。ツリバナにとっては害虫といったところだろう。

 ミンミンゼミは意外なことに、この周辺では鳴き声がする場所が限られる。乾燥した土壌を好むミンミンゼミだから、谷津田周辺は地面が湿っている場所が多いから、ミンミンゼミの生息環境としてはあまりよくないのかもしれない。それでも、大きな声で鳴くから、どれどれ?といって姿を探す。そしてようやく見つけることができた。Minmin2013083101カメラを向けると鳴きやんで、次の瞬間には飛んで行ってしまった。ミンミンゼミは警戒心が強い。子供の頃、あこがれのセミだったんだ。こいつが捕まえたくてしょうがなかった。

 道端にチョッキリが切り落としたと思われるドングリの枝。毎年今頃、チョッキリはこうやって実を落とす。実にはチョッキリの卵が埋め込まれているのだ。Chokkiri2013083101それにしても、よくまあこんなに綺麗に切り落とすものだと毎度感心する。手で拾い上げて、そして、チョッキリのためにと、草むらに放り投げる。

 暑い暑い散歩。汗をたらしながら、黄金色の風景を眺める。歩いている人はほとんどいない。Tambo2013090101

こんなに暑いと、少し歩いただけなのに、随分と疲れる。もう少し涼しくなれば、もっと遠くまで、沢山歩こうと思う。しばらく乗っていなかった自転車で遠くまで出かけるのもまた楽しいだろう。早く涼しくなれと思う。

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