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2013年5月26日 (日)

ノウサギ

 散歩道周辺にはノウサギが沢山すんでいる。私は糞が沢山落ちている場所を知っているし、雪が降れば、いくらでも足跡が見つかる。春の繁殖期になると、交通事故にあってしまうノウサギも多い。だから、ノウサギは沢山すんでいるんだ。

 私が初めてノウサギの写真を撮ることが出来たのは、もう10年も前のことだ。丁度、「散歩道プロジェクト」を始めて間もない頃。その頃は、たいして性能のよくないデジカメを1台持ち歩いていただけだから、かろうじてノウサギがいることがわかる写真を撮るのが精一杯だった。Nousagi20517 それでも、証拠写真が撮れたことに喜んだものだ。

 それから、何度もノウサギには遭遇したけれど、ちゃんと写真が撮れたのは4年後になる。走り去るノウサギを望遠レンズで流し撮りして、今度は、しっかりとノウサギの形をとらえることができた。2007年のことだ。Nousagi001 それから、ノウサギに出会うことは何度もあったが、写真が撮れたことはなかった。

 そして、今日、偶然にもチャンスはやってきた。

 歩いていると、そばの藪の中からガサゴソと何かが歩く音がした。こういうことはよくある。でも、多くの場合が、キジやコジュケイなどの鳥の場合が多い。鳥の場合は二本足だから、音を聴くと、「あ、鳥か」とわかる。しかし、今回は明らかに4本足の獣だということが音からわかった。しかし、それほど大きくはない。

 藪の中をそっと覗くと、茶色い小さな獣が土手をのぼっていくのが見えた。かなり小さくて、スマートな体系だったので、一瞬、小さなタヌキか、あるいはネコかと思った。しかし、次の瞬間、特徴的な耳が見えた。

 ノウサギだ!!

 あわててカメラを向ける。ノウサギはそのまま走り去るかと思ったが、土手の上の開けた場所で耳をたててあたりをうかがっていた。Nousagi2013052603 丁度、茂った木々の隙間から光が差し込んでいる場所で、とっても綺麗に撮れた!

 ノウサギはしばらくそこにとどまっていたので、沢山写真を撮ることが出来た。Nousagi2013052602 ノウサギのいろんな表情を撮ることが出来た。そうして、必死でシャッターを切っていると、後ろから、声をかけてきた人がいた。

「何がいるんですか?」

私は小声で、

「ウサギ、ウサギ、ほら、あそこに耳が見えるでしょ」

といった。

「ホントだ!」

その人はノウサギを初めてみたといっていた。見れたことをとても喜んでいた。この周辺にはノウサギが沢山いるけれど、なかなかお目にかかることは出来ないんだということを説明した。Nousagi2013052604

そうやってしばらくノウサギを眺めていたら、ノウサギはこちらの気配に気づいたのか、藪の奥に去っていった。

 ここは、交通量の多い県道の近く。私は「交通事故に気をつけて、しっかり生きるんだよ!」と心の中で、ノウサギに話しかけた。

 何故か昼間なのに、フクロウがボロッポーと鳴いた。そうだ、フクロウにも気をつけるんだぞ!ほとんど誰にも知られずに生活しているノウサギたち。この場所の自然の一員として、生きているのだ。また、時々会いたいものだ。

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2013年5月25日 (土)

水が育む命

 先週、今シーズンのアカガエルの飼育放流を完了した。今年は830匹ほど。昨年が840匹だったから、ほぼ同じだ。今年と昨年と、育てた卵塊は2つ。一昨年は1つで430匹。かなり正確に1卵塊あたり、400~420匹前後という結果になっている。Otama2013051901 最後の一陣を田んぼに放流する。オタマジャクシに妻が声をかける。

「元気で大きくなるんだよ。もう、毎朝、餌が上から降ってこないからね。自分で餌を探すんだよ。」

オタマジャクシたちは、予想以上の早さで田んぼに広がっていく。飼育していたオタマジャクシは色が濃いので、他のオタマジャクシと容易に見分けがつく。だが、これも、次第に、まわりの色になじんでくるだろう。そうして、今年も飼育放流が終わった。水が涸れそうな場所に産卵された卵を持ち帰って、自宅で育て、田んぼに水が入って水環境が安定したころに戻す。今年も無事に終えることが出来た。毎日、水温のことや餌のことを心配しつつ面倒を見てくれたのは妻だ。毎年、そうやって育てる。そうして、少しずつ放流し、全部を放流し終えると、なにか寂しさを感じるのだ。いままで、我が家の水槽の様子を気にしていたが、こんどは田んぼや水路の様子が気になるようになる。元気に育っているだろうか?それが気になる。

 今日、そのオタマジャクシたちがどうなっているのか見にいった。圧倒的な数のアマガエルのオタマジャクシの中を、アカガエルのオタマジャクシを探す。Otama2013052401 おお、いたいた。全体に角ばっていて、背中に一つの黒い点があるのがアマガエル。頭の方が細い卵型で背中の左右に二つ黒い点があるのがアカガエルのオタマジャクシだ。慣れれば容易に見分けられる。この田んぼでは、水涸れでアカガエルは育つことが出来なかった。だから、ここにいるアカガエルのオタマジャクシは私がここから持ち帰り、我が家で育ったものだ。

 中にはすでに足がはえてきているものもいた。Otama2013052402 この状態になれば、あと1週間もすればカエルの形になって、上陸が始まる。そうなれば、もう、水が涸れて死んでしまう心配はない。頑張れよ!と声をかける。無事上陸しても、ヤマカガシなどのヘビが待ち構えているし、鳥にも食べられてしまうかもしれない。でも、それは、まっとうなアカガエルの生き方なのだ。たとえ天敵に食べられても、そんな、まっとうなアカガエルの生き方をさせてやりたい。

 田んぼのまわりは、色々なトンボが飛び交うようになってきた。ホソミオツネントンボは越冬したもの。繁殖の季節はもうほとんど終わりだ。これから、次の命がうまれてくる。Hosomi2013052501 カワトンボもすっかり色が濃くなってきた。Kawatombo2013052501 そして、ヤマサナエは大きく美しい黄色と黒の縞模様を見せながら飛びまわる。Yamasanae2013052501 彼ら、トンボたちは、水の中で育ち、そして水から出て、空を飛びまわるのだ。水が彼らを育んでいる。水があり、陸があり、その中で命がめぐっている。地球の大きさに比べたら、ほんの小さな水たまりのような場所、それが彼らの命をつなぐ。そうして、もうじきホタルの季節もやってくる。

 新緑が出始めてもう一カ月以上過ぎた。緑はずいぶんと濃くなり、散歩道も草がぼうぼうだ。Michi2013052501 田んぼのまわりでは、あちこちで草刈りをしている。草刈り機のブーンブーンという音が谷にこだまする。この音はこれから秋まで聴こえ続ける。

 道端のモミジイチゴが丁度いい具合になってきた。Momiji2013052501 時々、つまみ食いしながら歩く。Ichigo2013052501 これがホントに美味しいんだ。うちの目の前の土手にも生えているのだけど、うちの庭には生えてくれない。ちっちゃな芽を持ってきて植えても全然育たない。でもまあ、こうして歩きながら食べるから美味しいのかもしれない。時々つまんで食べていると、少しずつ味が違うことに気付く。生えている場所の環境の違いなのか、それとも個性か?

 ヒキガエルの水たまりに行ってみる。2カ月ほど前に、ヒキガエルがカエル合戦をくりひろげていた場所だ。ヒキガエルのオタマたちは、それからずっと黒い塊のようになって、くっついて泳いでいたが、今日みると、それはもう黒いツブツブが水面に浮かんでいる状態だった。そう、もうカエルになったのだ。Azuma2013052501 この黒いつぶつぶの一つ一つがちっちゃなちっちゃなカエルの形をしているのだが、遠くからみると、これがカエルだとは気付かないだろう。彼らはこうしてずっとかたまっていることで、天敵にみつからないようにしているのかもしれない。ずっと見続けてきたこいつらも無事に育った。そうして、これからバラバラに散っていく。ちっちゃなちっちゃなカエルが大きく育ってまたここでカエル合戦を繰り広げることだろう。そういう命の営みがずっと続いていくことを願う。そうやって水は命を育んでいる。Yatsuda2013052501 田んぼの稲も少し育ってきた。キラキラと光っていた田んぼの水面が、少しずつ緑色にかわってきた。この水は私たちの命も育む。歩くと少し汗ばむ季節になってきた。賑やかな季節になってきた。

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2013年5月12日 (日)

水の中から、土の中から

昨日は一日雨だった。そして、今日は朝から晴れ。この新緑の季節はすぐに変わっていく。この季節は寸暇を惜しんで散歩に出かけたくなる。谷津田が最も輝く季節。そして、命があふれる季節だからだ。特に雨の後の晴れの日は格別だ。田んぼは青空を映し、緑や土の湿った香りが強くただようのだ。Yatsuda2013051202 田んぼからは、ひっきりなしに響くシュレーゲルアオガエルの声。そして、森の中からはウグイスやシジュウカラのさえずり。水路を覗くと、アカガエルのオタマが順調に育っていた。Otama2013051201 こいつは、うちで育ったやつかもしれない。元気に育っている。アカガエルのオタマジャクシの他に、アマガエルのオタマジャクシも増えてきた。シュレーゲルアオガエルのオタマジャクシはまだまだ小さいが、ちょろちょろと泳いでいるのが見える。水路を見ていると、ホソミオツネントンボの鮮やかな水色の姿に目を奪われる。Otsunen2013051201 キラキラした木漏れ日の中を歩く。Komorebi2013051201 すると、道端にヤマサナエの黄色い色。こいつはまだ羽化したばかりかもしれない。Sanae2013051201 先日からヤマサナエが沢山飛んでいるのを見るようになった。初夏だなと思う。そして、道案内するように黒っぽい蝶。Kojanome2013051201 コジャノメだ。この時期によく飛んでいる蝶だ。Yatsuda2013051203 田んぼの水面に映る青空と緑。その美しさ。この風景がみられるのは田植え直後のこの時期だけだ。やがて稲が育つと水面は稲に隠れていく。だから、今しか見られない風景なのだ。

 あるいていると、ホトトギスの声がどこからともなくきこえてきた。今年もホトトギスが渡ってきた。ホトトギスの声とともに、緑は濃く、深くなっていくのだ。

 道端にタツナミソウ。Tatsunami2013051201 このへんではわりとどこにでもある花だが、木漏れ日の揺れる道端にポツリと咲いていると、また格別な美しさを感じる。ノアザミにはイチモンジチョウが飛んで来ていた。季節は進んでいる。Ichimonji2013051201 定点観測場所で、写真を撮ろうとして、一脚を伸ばそうとしていたら、足元からアリが這い上がってきてかまれた。ふと見ると、足元にアリの巣があって、ちょうど結婚式の準備をしているようだ。初夏にアリたちは結婚飛行をする。新しい女王とオスアリが巣から飛び立つ。そうして、交尾を終えた女王アリは新たな場所に巣を作るのだ。そんな準備をしていたところ、いきなり現われた私に、アリたちは大パニック。兵アリは私に襲いかかる。巣から外にでようとしていたオスアリたちは、まわりのアリたちにうながされて巣の中へと戻る。まるで「王子様、危険ですから巣にお戻りください」といっているようだった。しばらく静かにしていたら、オスアリたちが出てきた。Ari2013051201 長い翅をもったオスアリたちは、まるで燕尾服をきているようだ。

 ずっと奥の谷津田を眺めていたら、足元になにやらセミの幼虫が転がっているのが見えた。拾い上げてみると、なんと生きていた。Semi2013051202 手のひらに乗せると、弱々しいが、それでも一生懸命、歩こうとしている。脚の感触がくすぐったく、それが、この小さな命が一生懸命に生きていることを感じさせるのだ。Semi2013051201 見ると、背中が少し潰れていて、これではもう生きることは出来ないかもしれない。それに、どうして地面から出てきてしまったのだろう。自分の力で地面にもぐることが出来なければ、いずれにしても死んでしまうだろう。そっと、日陰の地面に置いてみる。歩こうとするがすぐにコロコロと転んでしまう。ここで土にもぐることも出来ないで死んでしまうだろうが、でもそうして土に戻り、その土はまた別な命をはぐくむのだ。

 ヒキガエルがカエル合戦をしている場所にいってみた。オタマジャクシがかたまって力強く泳いでいる。

さあ、あと半月もすれば、成長の早い彼らは、ちっちゃなカエルの形になり、上陸することだろう。そうして新しい命のめぐりが今年もめぐっている。

Yatsuda2013051206 この美しい日本の田園風景の中で、水の中から、土の中から、数えきれないほどの沢山の命が芽を出してきた。そうして、数えきれないほどの命がめぐっているのだ。さあ、これから力強く命を燃やす季節がやってくる。

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2013年5月 5日 (日)

小さな命たち。頑張って生きるんだぞ。

 水が涸れそうな場所に産卵されたニホンアカガエルの卵塊を持ち帰り、水槽で育てる。そうして、田んぼに水が入って、環境が安定したころ、もといた場所に放すという試みを始めて、これで4年目になる。最初は色々失敗もあったが、一昨年はおよそ500匹、昨年はおよそ900匹のアカガエルを、ほとんど一匹も死なすことなく育てて放流してきた。

 今年もそろそろ田植えも終わり、放流に適した季節になってきた。しかしながら、困ったことに、もとの場所にはまったく水がなく、放流することが出来ない状態だ。昨年も同様のことで、かなり悩んだ。最近の研究によれば、アカガエルの移動距離は0.5~1キロ程であるというが、少なくとも、放流したアカガエルが育って、次の繁殖に困らない環境である必要がある。色々考えて、放流場所をおよそ見当をつけた。もとの場所からおよそ100m以内で、水が安定しており、今年も産卵があった場所。さらに、現時点でオタマジャクシが生存していること。ならば、オタマジャクシの生存には適しているし、繁殖期になれば産卵場所にも困らないであろう。

 水槽のアカガエルのオタマジャクシは元気に育った。それを1匹、2匹...と数えながらバケツに移していく。Otama2013050501 大きいものや、小さいものと、成長の具合には多少の個体差が出る。これは毎年のことだ。活発に動き、餌を沢山食べてきたものは大きく、不活発なものはあまり大きくならない気がするが、どうだろうか?

 水槽のオタマジャクシをすくっていると、今年はどうしたわけか、いくつかの死骸が出てきた。Otama2013050502_2 大きさはある程度になっているが、死んで腐敗している。成長過程で何か問題があったのだろうか?昨年までは、こんなものはほとんどなかったことである。気候の影響かもしれなし、他の何かがあるのかもしれない。若干、昨年と飼育環境がかわっている点はある。それが影響しているのか?

 今年、飼育しているのはおよそ600匹ほど。天候などのリスクを分散させたいので、何度かに分けて、何箇所かに分けて放流することにしている。今日は200匹を放流する。

 さて、いざ放流場所にいってみると、これがなかなか難しい。水が涸れそうな場所。すでに、かなりの数のオタマジャクシがいて、そこに追加すると過密になりすぎるような場所。あるいは、水の流れで流されそうな場所。水はあるがオタマジャクシが一匹もいない場所。かなり悩んだ末に、放流場所を決めた。そうして、少しずつ場所をかえつつ放流する。Otama2013050503  ここ2カ月ほど、水のこと、餌のこと、気候のことなどなど、様々なことを心配しながら育ててきた大切なオタマジャクシだ。下手な場所に放流して死なせてしまってはいけないと、慎重になる。そうして、放流すると、オタマジャクシたちは元気に泳ぎだす。まるで、ずっとそこで育ったかのようだ。そうして、オタマジャクシのいる水辺の風景が出来る。オタマジャクシの泳ぐ水辺には、フワリフワリとホソミオツネントンボの糸のように細く、あざやかな水色の体が飛び交う。Otama2013050504 この風景。ごくごく当たり前の風景だが、いまやとても危うい状態にあるのだ。「元気で育つんだぞ!」毎年そうやって送りだす。だが、現実は厳しい。毎年毎年、環境は悪化の一方だ。少しずつ、まわりの人々にもこの現状を伝えてきてはいるが、まだまだだ。カエルのことに目を向けてもらえたとしても、それをずっと見守っていくことは相当に骨が折れることでもある。だから、現状ではどうしようもない。少しずつ少しずつ、意識を変えていくしかない。

 そうして今日、無事に200匹を放流した。放流して、田んぼの畦を歩いていると、ちびクサガメがいるのが見えた。Kusagame2013050502_2 ちょうど手が届く場所にいてくれた。手ですくいあげて、一緒に放流に来てくれていた妻に見せる。思わず「かわいい!」と。Kusagame2013050501 いつも、この時期にこんな小さなクサガメに出会える。孵化したばかりのクサガメだ。クサガメたちは、ここでしっかり命をつないでいるのだ。アカガエルに比べて、どちらが危ういだろう。そんなことを考える。もしかしたら、クサガメの方がまだ恵まれているのかもしれない。彼らは40年ほど生きることができる。アカガエルは5~6年。クサガメは多少水が涸れても生き延びることが出来る。カエルはオタマジャクシの時期に水が涸れればおしまいだ。

 手のひらに乗せると、まだやわらかい爪の感触が、くすぐったい。そして、その小さな手足の動きが手のひらに感じられて、とっても愛おしく思える。そうして、そっと田んぼに放す。さっきはじっとしていたクサガメ。こんどは大急ぎで私たちから遠ざかる。「頑張って大きくなるんだぞ!」思わず声をかけた。こういう体験が、この場所の自然を愛おしく思い、ずっと大切にしてきたいと思う心につながるんだ。そう思う。ずっとずっと、毎年、こんな風に生き物に出会いたい。だから私はここの自然を愛し、守りたいと思う。

http://youtu.be/lOHhsoqSe64

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