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2012年5月14日 (月)

アカガエルよ元気に育つんだぞ!

 昨日、今年最後の飼育放流をした。今年、田んぼから持ち帰った卵塊は2個。結局、持ち帰った田んぼは今年は耕作されないようで、いまだ水が入っておらず、私が持ち帰った2個の他に産卵されたおよそ50個の卵塊は全滅した。本当なら元の田んぼに戻したいところだが、今年はそれがかなわないので、すぐ近くの水路や、隣の田んぼなどに分散して放流した。そうなると、来年からの対応は少し考えなければならない。元の田んぼに産卵に来るのか、それとも、その周辺の水たまりなどに産卵するのか。それにもよると思うが、来年どうするかは今からじっくり考えることにしよう。

 昨年は1卵塊でおよそ430匹のオタマジャクシ。今年は2卵塊でおよそ870匹のオタマジャクシだった。なんと、丁度2倍だ。もしかしたら、意外にも、一つの卵塊に含まれる卵の数はそれほど大きな差がないのかもしれない。これは今後の研究課題にしよう。いずれにしても、卵から孵ったオタマジャクシを1匹も離脱させることなく、100%生きて放流させることが出来た。去年も100%であったから、2年連続100%の成果だ。

 Otama2012051302 これは、毎日、妻が本当によく面倒を見てくれているおかげだと思う。私はほとんど卵を連れて帰って、水槽に入れただけ。毎日、餌をやり、水の心配をし、暑くなってくれば傘で日陰を作りと、全て妻がやってくれた。

 一昨年から始めた飼育放流だが、一昨年は色々失敗があって100%どころか10%程度の生存率しか得られなかった。その時の失敗を色々と改善した結果だ。「命を預かるのだから、大変だ」と妻は言う。本当にその通りだ。我が子のように、面倒を見てここまで育てることが出来た。一匹も欠けずに。

 Otama2012051301 放流前にオタマジャクシをバケツに移す。1匹、2匹と数えながら移す。オタマジャクシは元気にピチピチと跳ねる。2つの卵塊だから、半分は兄弟姉妹なのだけれど、少しずつ個性がある。物凄く体が大きく立派なものもいれば、その半分くらいのちっちゃなヤツもいる。それぞれ個性があるのだ。

 放流を開始してからというもの、放流した水路や田んぼを見てまわる。昨日も一通り見てまわった。田んぼでは、遅くに産卵されたものの成長のとても早いアマガエルのオタマジャクシの圧倒的な数の多さに驚く。しかし、その中に、時々みかける見慣れた顔たち。水路ではすでに後ろ足の生えているものがいた。Otama2012051303 我が家の水槽でチョロチョロと泳いでいたオタマが、自然の中で立派に、たくましく育っているではないか。この水路は一時水が涸れかけたことがあって心配したが、もう大丈夫だろう。上陸まであと少しだ。頑張れ!

 昨日は水槽を空にしようと思い、残っていた220匹を一気に放流した。いつも「元気で育つんだよ!」そういいながら放流する。少し寂しく、少し心配。でも、あと一月もしたら、チビガエルに会えるだろう。それが楽しみでもある。Otama2012042901 今年は、何度も何度も妻と二人で放流に出かけた。おかげで、出かけるたびに妻に色々なものを見せることが出来た。普段はこんな場所にあまり出掛けない妻だが、アカガエルの生息環境のことを理解してくれた。放流した水路の水が涸れそうになって心配もした。やはり、そんな風に身近な自然と日常的にかかわっていくことで、色んなことを見て、色んなことを考えることが出来るというものだ。多くの人々は、自然に触れることもしないで、都会の真ん中でゴミをリサイクルだけして、エコと言う。そうではないんだ。それは違うんだ。私はそれをいつも言い続けている。

 Otama2012051304_2 最後の放流を終えて空っぽになった水槽を見る。毎年、この瞬間は少し寂しい。飼育している間、毎朝、まだ寝ている私のそばで妻が餌の準備をする。そして、餌をやったころに私は起きて、最初にすることはオタマジャクシの様子を見ること。でも、明日からはもういないのだ。オタマジャクシたちはもとの環境で頑張って生きていることだろう。上陸したころ、また妻と会いに行こうと思う。

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