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2012年5月26日 (土)

さあ上陸だ!アカガエル、命をつなげ!

すっかり初夏。そろそろホトトギスがやってくるころだと思いつつ、散歩道にでかけるといきなりホトトギスの鳴き声がきこえてきた。右から左から、賑やかに鳴く。ウグイスのさえずりと、飛びながら鳴くホトトギスの音の饗宴だ。

なにやら、ブーンとホタルのような虫が飛んだので、みると、ヒゲナガハナノミだった。Higenaga20120526 この時期、よく見かける虫ではあるが、オスの触覚はとても立派だ。

とにかくまずは、アカガエルの成長が気になる。先日は後ろ足が生えたものが多くいたから、そろそろ上陸するころだ。ちっちゃなチビガエルに会えるかな?

田んぼを覗き込むと、相変わらず、圧倒的な数のアマガエルのオタマジャクシがにぎやかだ。彼らは、私の足音を感じて、物凄い勢いで泳いで逃げる。そのたびに田んぼの水面にザワザワと波が立つほどだ。時々見えるアカガエルのオタマジャクシはほとんどが後ろ足が生えた状態だ。「まだ上陸してないかな」と、思って歩いていると、ピョンとちっちゃなものがはねた。見ると、ちっちゃなアカガエルだった。Anagaeru20120526 おお、いたいた!やっとカエルになったね。

思い起こせば、3月の初めごろ、卵塊を二つ持ち帰ったのだった。その持ち帰った卵塊以外はほとんど乾燥して死滅した。毎日、毎日、水槽の中で面倒を見てきて、そして、4月の終わりから少しずつ放流した。今年は、いつもの田んぼが休耕になってしまい、そこでは一匹もアカガエルは育たなかった。だから、こうして今、カエルになっているものは、まず、ほとんど私の家で育ったっものだ。

田んぼの中では、圧倒的多数のアマガエルに混じって、アマガエルよりも少し大きくそだっているアカガエルのオタマジャクシはかなり少数派だ。でも、こうして自分の力でしっかりと育ったことを嬉しく思う。

頑張れ!そうして命をつないでくれ!

さて、ヒキガエルもそろそろ上陸するころだと思い、先日ヒキガエルのオタマジャクシが沢山群れていた場所に行ってみる。しかし、オタマジャクシの姿も、カエルの姿もなかった。おそらく、とっくに上陸して散り散りにどこかに行ってしまったのだろう。まあ、生き延びてくれれば、そのうち会えるだろう。

Yatsu20120526_2 谷津田は緑が濃くなり、賑やかになってきた。あちこちで草刈りが行われ、草刈り機の音がブーンと谷に響く。やがて梅雨になり、夏がやってくる。

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2012年5月19日 (土)

春と初夏の間

このところ、大気が不安定で、雷雨になることが多かったが、今朝起きてみると、外は快晴。今日は気温があがりそうだ。まずは、アカガエルのオタマたちのことが気になる。もう足が生えたかな?無事に育っているかな?と、我が子のように気になる。Tambo2012051901 田んぼは美しく輝いている。ウグイスのさえずりや、コジュケイのチョットコイチョットコイ、そして、時々、キジがケンケーンと鳴く。賑やかだったシュレーゲルの鳴き声は随分静かになったが、それでも、時々、カカカカカッとシュレーゲルの声がする。

水の中を覗くと、圧倒的な数のアマガエルのオタマジャクシ。その中に、シュレーゲルのオタマがいて、時々みかけるアカガエルのオタマ。今、アカガエルが一番大きい。見ると、すでに後ろ足が生えているものがいる。一番成長の早いものは、もう、顔がカエルに近くなっている。Otama2012051901 そんな姿を見て、「なまいきな~」などと独り言を言う私。そういいながらも成長した姿に嬉しい。それと、沢山のドジョウやホトケドジョウなどの稚魚がうごめく。Tambo2012051902 ここの水は、この奥の休耕田のさらに奥の谷から湧いている水が流れてきているもので、この谷の水は本当に多くの生き物をはぐくんでいるんだなということがわかる。

そうやって、田んぼを覗き込んでいたら、近所の人が通りかかり、しばらく田んぼのほとりで話しこむ。そうして、田んぼのほとりで話しをしていると、気のせいか、アカガエルのオタマたちがどんどん寄ってくるような気がした。もしかしたら、ずっと聴きなれた私の声に、なんとなく反応したのかもしれない。

田んぼを見ていたら、コシマゲンゴロウが泳ぐのが見えた。Gengoro20120519 この田んぼは、本当に色んな生き物を育んでいる。全ての生き物にやさしい環境ではないかもしれないが、それでも、彼らが命をつないでいることに、頑張れ!と言いたい。

歩いていると、目の前をヒラヒラと大きな蝶が舞った。まるで、「ほら、ここにいるよ」と言わんばかりに、道端から飛び出してきたのだ。みると、立派なアサギマダラだった。Asagimadara20120519 そういえば、この時期に、このあたりで何度かこの蝶をみかけたが、もしかしたら、このあたりで育っているのかもしれない。アサギマダラは、イケマなどを食草にしているらしいので、イケマならこのあたりに普通に生えているのだから、そこらで育っていても不思議ではない。

いつものように、くねくね峠に行く。いつものように、くねくねの主の穴を覗くが、今日も留守だ。しばらく前から、出入りしている気配はあるから、どこかで元気に動きまわっているのだろう。くねくね峠の道端に、黄色いニガナが花盛りだ。ちっちゃくて地味な花だが、私の好きな花だ。Kunekune20120519 この黄色い花の咲き乱れる木漏れ日の中を歩く。なんて素晴らしい道なんだろうと思う。

ヒキガエルの産卵場所に行ってみる。アカガエルが後ろ足が生えてきたので、成長の早いヒキガエルはどうだろうか?Hiki20120519 ヒキガエルのオタマたちは、いつも、おしくらまんじゅうをしている。真黒に固まって、ちょろちょろと泳いでいるのだ。そんな黒い塊がいくつもある。しかし、まだ足は生えていないようだ。早くまたあの、ちいさなちいさなカエルに会いたいものだ。

さあ、帰ろうか。そう思って、家の方向に歩きはじめたら、目の前をトコトコと走っていくキジに会った。Kiji20120519 私と一定の距離を保ち、まるで道案内するかのように歩くキジ。私もキジを追いかけるように、歩く。道が少しカーブしたところで一瞬見えなくなった。カーブを曲がると、はるか先を走り抜けていった。

空は青く。日差しが強い。ひっきりなしに鳴くウグイスの声。音はまだ春だが、しだいに初夏になっていく。もうじき、ホトトギスがやってくるだろう。

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2012年5月14日 (月)

アカガエルよ元気に育つんだぞ!

 昨日、今年最後の飼育放流をした。今年、田んぼから持ち帰った卵塊は2個。結局、持ち帰った田んぼは今年は耕作されないようで、いまだ水が入っておらず、私が持ち帰った2個の他に産卵されたおよそ50個の卵塊は全滅した。本当なら元の田んぼに戻したいところだが、今年はそれがかなわないので、すぐ近くの水路や、隣の田んぼなどに分散して放流した。そうなると、来年からの対応は少し考えなければならない。元の田んぼに産卵に来るのか、それとも、その周辺の水たまりなどに産卵するのか。それにもよると思うが、来年どうするかは今からじっくり考えることにしよう。

 昨年は1卵塊でおよそ430匹のオタマジャクシ。今年は2卵塊でおよそ870匹のオタマジャクシだった。なんと、丁度2倍だ。もしかしたら、意外にも、一つの卵塊に含まれる卵の数はそれほど大きな差がないのかもしれない。これは今後の研究課題にしよう。いずれにしても、卵から孵ったオタマジャクシを1匹も離脱させることなく、100%生きて放流させることが出来た。去年も100%であったから、2年連続100%の成果だ。

 Otama2012051302 これは、毎日、妻が本当によく面倒を見てくれているおかげだと思う。私はほとんど卵を連れて帰って、水槽に入れただけ。毎日、餌をやり、水の心配をし、暑くなってくれば傘で日陰を作りと、全て妻がやってくれた。

 一昨年から始めた飼育放流だが、一昨年は色々失敗があって100%どころか10%程度の生存率しか得られなかった。その時の失敗を色々と改善した結果だ。「命を預かるのだから、大変だ」と妻は言う。本当にその通りだ。我が子のように、面倒を見てここまで育てることが出来た。一匹も欠けずに。

 Otama2012051301 放流前にオタマジャクシをバケツに移す。1匹、2匹と数えながら移す。オタマジャクシは元気にピチピチと跳ねる。2つの卵塊だから、半分は兄弟姉妹なのだけれど、少しずつ個性がある。物凄く体が大きく立派なものもいれば、その半分くらいのちっちゃなヤツもいる。それぞれ個性があるのだ。

 放流を開始してからというもの、放流した水路や田んぼを見てまわる。昨日も一通り見てまわった。田んぼでは、遅くに産卵されたものの成長のとても早いアマガエルのオタマジャクシの圧倒的な数の多さに驚く。しかし、その中に、時々みかける見慣れた顔たち。水路ではすでに後ろ足の生えているものがいた。Otama2012051303 我が家の水槽でチョロチョロと泳いでいたオタマが、自然の中で立派に、たくましく育っているではないか。この水路は一時水が涸れかけたことがあって心配したが、もう大丈夫だろう。上陸まであと少しだ。頑張れ!

 昨日は水槽を空にしようと思い、残っていた220匹を一気に放流した。いつも「元気で育つんだよ!」そういいながら放流する。少し寂しく、少し心配。でも、あと一月もしたら、チビガエルに会えるだろう。それが楽しみでもある。Otama2012042901 今年は、何度も何度も妻と二人で放流に出かけた。おかげで、出かけるたびに妻に色々なものを見せることが出来た。普段はこんな場所にあまり出掛けない妻だが、アカガエルの生息環境のことを理解してくれた。放流した水路の水が涸れそうになって心配もした。やはり、そんな風に身近な自然と日常的にかかわっていくことで、色んなことを見て、色んなことを考えることが出来るというものだ。多くの人々は、自然に触れることもしないで、都会の真ん中でゴミをリサイクルだけして、エコと言う。そうではないんだ。それは違うんだ。私はそれをいつも言い続けている。

 Otama2012051304_2 最後の放流を終えて空っぽになった水槽を見る。毎年、この瞬間は少し寂しい。飼育している間、毎朝、まだ寝ている私のそばで妻が餌の準備をする。そして、餌をやったころに私は起きて、最初にすることはオタマジャクシの様子を見ること。でも、明日からはもういないのだ。オタマジャクシたちはもとの環境で頑張って生きていることだろう。上陸したころ、また妻と会いに行こうと思う。

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2012年5月13日 (日)

多くの人に知って欲しい、ニホンアカガエルの生息環境の実態

 Akagaeru20080315 ニホンアカガエルの観察を長く続けてきて、特にここ5年くらいで急激に数を減らしていくのを目の当たりにした。そんなニホンアカガエルをなんとかしたいと思うようになり、色々な試みを行ってきた。最近は、水が涸れそうな田んぼの水たまりに産卵された卵塊を連れてかえり、家の水槽でしばらく飼育。それを田んぼの水が安定する田植えのころにもとの田んぼに放流するという試みを何年も続けている。これを私は「飼育放流」と呼んでいる。昨年およそ500匹、今年はすでに650匹を飼育して放流した。本当はそのような人工的な保護活動をしなくても、ニホンアカガエルが自然に生きていけるのであればそれにこしたことはない。しかし、もし、今のまま放っておくならば近い将来絶滅の恐れがあることは確実である。

 では、そもそも、彼らはどうして絶滅の恐れがあるのか?彼らの生息環境はどうなっているのか?それを多くの人に知ってもらう必要があるだろう。彼らの生息環境の危うさを知れば、私たちは何を考え、何をしなければならないのかが見えてくるだろう。そうして、彼らを守るためには、ほんの少しだけ彼らのことに目を向け、ほんの少しの取り組みだけで、非常に多くのニホンアカガエルを救うことができるはずだ。今なら、彼らを守るのに、それほど大がかりな仕掛けも、困難な取り組みも必要ないのだ。彼らのことを知らないが故、知らないうちに彼らの生息を困難にするようなことを次から次へと行われているのだ。多くの人々はアカガエルに悪いことをしているという意識もこれっぽっちもない。知らないのだから、これはしかたない。だから、知っておいて欲しい。

 Akagaeru11 まず、第一に知っておかねばならないこと。当たり前のことだが、ニホンアカガエルの子供はオタマジャクシであるということである。カエルの子がオタマジャクシであることは誰もが知っていると思う。そこまではいい。だが、その次の一歩、考えを進めることが大切だ。それは、オタマジャクシが育つのは水の中である、という、これまたごく当たり前のことだ。「なんだ、簡単じゃん」と思うかもしれない。ただ水があればいいわけではない。さらに次のステップとして、その水の環境というのが重要なのである。

 まず、彼らは地域によっても異なるが、ここ千葉では、およそ2月頃から産卵を始め、4月頃まで続く。そうして、オタマジャクシに肢が生えてカエルになって上陸するのが6月頃である。つまり2月頃から6月頃まではオタマジャクシなのであるから、その間、ずっと水の中にいる必要がある。もし、この間に水が涸れたら死んでしまう。産卵から上陸まで水が涸れてはいけない。

 そういうと、じゃあ池なんか大丈夫だね、川も水が流れているから大丈夫、と思う人がいるかもしれない。ダメダメダメ!!何故なら、まずは、以下の理由である。

 ・ニホンアカガエルの卵は流れが少しでもあると流されてしまう。
 ・ニホンアカガエルのオタマジャクシは流れに逆らって泳ぐ力はほとんどない。

つまり、流れがあってはならないのだ。ほとんど流れのない水たまりのような場所が必要なのだ。

 さらに、この水たまりの深さも大事になる。彼らが産卵するのは、深さが10センチ程度の浅い水たまり。そのくらいの深さでないと産卵しない、産卵出来ないのである。Akagaeru12

 つまり、2月から6月まで水が涸れない深さ10センチ程度の流れのない水たまり、ということが彼らの生息環境として重要なのである。

 さて、彼らの主要な産卵、生息環境である田んぼを見てみよう。最近の2月頃の田んぼというのは、どこもたいていこんな状態である。Tambo20120212 水たまりはあってもわずか。それも雨が降れば水たまりができるが、数日間晴れの日が続くと涸れてしまうことが多い。雨が降っても水たまりが出来ない田んぼも多い。仮に水があって産卵出来たとしても、水が涸れたら終わりである。水がかれるとこんな状態になる。Tamago20110306 これではいくら産卵しても一匹も育つことはできない。

 私の散歩道フィールドで実際にどの程度の産卵があって、どの程度が水が涸れて死ぬかというのを調べたのがこのグラフである。Sanran2011 産卵されたものの実に1/3は水が涸れて死んでしまう。これは全体で見ているのでこんな風になるが、産卵があっても全滅する田んぼというのは多くある。Tambo20120506 この写真の田んぼは、耕作放棄されてしまったため、田植えの頃になっても水が入らず、この年に産卵されたおよそ50個のアカガエルの卵塊は全滅した。1個あたり約500匹のオタマジャクシになるから、この田んぼだけで、およそ25000匹のオタマジャクシが死んだことになる。

 田んぼをよく見ているとわかるが、同じように水たまりがあるのに、隣り合った田んぼでもアカガエルが産卵にやってくる田んぼと、産卵にやってこない田んぼははっきりと分かれる。それは何故か?アカガエルは自分が生まれ育った場所に産卵に来るからである。もし何かの間違いで隣の田んぼで産卵したとしても、その田んぼでは、いずれ水が涸れて育つことが出来ないとしたら、その田んぼから親カエルになるものがいない。その田んぼから育った親ガエルがいないので産卵にくるカエルがいないのである。かつて、そこでアカガエルが育っていた田んぼが、ある年から育てない環境になったとする。そうすると、およそ5年くらいで、産卵にこなくなる。これは、そこに産卵にきていた親ガエルが寿命が尽きてしまったためである。これは局所的な絶滅である。そういうことがよくある。局所的絶滅はどんどん増えている。

 Tambo20110226 アカガエルが産卵する春先に、どういうわけだか、田んぼの水たまりの水を抜くということがよく行われる。溝を掘って、水たまりの水を排水するのだ。こんなにしてしまうと当然ながらオタマジャクシは育つことができない。もし、その水たまりに産卵があって、オタマジャクシまで育っていたら、水の流れと一緒にオタマジャクシが流れていって、オタマはそこで育つことが出来ると思うかもしれないが、そんなことはほとんどない。なぜなら、田んぼの排水はコンクリートの排水溝を流れ、一気に川へ、海へと流れていってしまう。それでは育つことができないのである。

 これで少しは理解できただろうか。私は、やがて水が涸れてしまうであろう田んぼの小さな水たまりに産卵された卵を持ち帰り育てる。そして、田植え前、田植え後あたりの田んぼに水が張られ、アカガエルが上陸するまで涸れない状態になったころに放流する。Horyu20110506 そうすれば、途中で水が涸れて死滅するという事態を回避出来る。実際のところ、今年、私が卵を持ち帰った田んぼでは、ほぼ全てが水が涸れて死滅したから、私が保護した2つの卵塊、およそ1000匹だけが生き残ることが出来た。私が保護しなかったものは全て死滅したのだ。

 私の「飼育放流」は、その場所からは絶滅してしまうのを防ぐため、しかたなく「つなぎ」でやっているつもりである。本当なら、アカガエルが産卵する頃、産卵に適した田んぼに水たまりがあったとして、それが乾くこともなく、排水されることもなく、田植えの頃、田んぼに水が入るまで残り、アカガエルが上陸する6月頃まで水が涸れなければ、アカガエルは「普通に」生きることが出来るのである。それだけのこと。たったそれだけのことで、守れるのである。逆にいえば、たったそれだけのことが出来ないで絶滅の危機に追いやられているのである。Akagaeru_2

 ただ、そのほかの色々な環境条件もあるため、水がありさえすれば生きられるわけではない。それは長くなるので、ここでは詳しくは説明しないが、少なくとも、現時点でアカガエルが産卵にやってくる田んぼがあったとしたら、その田んぼは生息条件の整った場所であるということだ。そこで、田んぼにできた水たまりの水を抜かないで、6月頃まで水が涸れないようにしておく、これだけのことで、私の「飼育放流」は不要になるし、アカガエルは普通に生息できるようになるのである。

 ただ、田んぼは通常「お米を作るため」にあって、カエルを育てるためにあるわけではない。よく、カエルがいなくなると、カエルの餌である昆虫が増えて、農薬を沢山使わなければならなくなるといわれるが、そのカエルは別にアカガエルである必要はない。アカガエルよりも遅くに産卵し、早く上陸するアマガエルなどにとっては、別に今の環境でも大量に生存することが出来ている。では、何故、アカガエルを守る必要があるのか?そういう人もいるだろう。しかし、身近な生き物に目を向け、その生存環境を守ることは、身近な自然を理解し、自然とともに生きるということに他ならない。よくエコ、エコといってホッキョクグマが出てくるが、一度も見たことのないホッキョクグマを守ろうなどという意味のないことばかり唱えるのではなく、身近な生き物をよく見て、それをどうしたら守ることが出来るのか?そのことをほんの少しでもみんなが考えるようになるならばと思う。

 今、放鳥したトキの雛が生まれて、話題になっているが、日本のトキは絶滅したのである。今のトキは中国からもらってきたものを繁殖させたものだ。一度、絶滅してしまった生き物を復活させることがいかに大変なことかがわかるであろう。トキばかりではなく、日本にかつて生息していた野生生物で絶滅してしまったものは無数にある。ニホンアカガエルがそのようにならないために、そして、アカガエルに限らず、今、危機に瀕している多くの身近な生き物のことに、多くの人が目を向けてくれることを切に願う。

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2012年5月 6日 (日)

さあ季節は始まった

 ゴールデンウィークも今日で終わり。毎年のことだが、散歩道の自然を見ていると、新緑が完全に出るのがゴールデンウィーク頃。早春の花も一気にゴールデンウィークを目指して咲く。ゴールデンウィークが終わる頃に、ほぼすべての春の花が終わり、季節は夏へと向かう。今年の生き物の季節の準備段階が一気に終わり、次の段階へと向かうのだ。生き物の様子も、そして、自然の中の音も、それを感じることができる。Tambo2012050601 繁殖期の賑やかなカエルの声が一段落し、少し落ち着くと同時に、トンボなどの昆虫が飛び交うようになる。そして、季節は夏へと向かう。

 アカガエルのオタマジャクシの様子が気になるので、放流している田んぼや水路、水たまりに向かう。すると、繁殖期の色をしたダイサギが田んぼで餌をとっていた。もしかしたら、私が放流したオタマも随分食べられたかもしれない。Daisagi20120506 でもまあ、それはそれでいいのだ。

 田んぼを覗くと、オタマジャクシは、すでに大きくそだったニホンアカガエルのオタマと、うまれたばかりのシュレーゲルアオガエルやアマガエルの小さなオタマが目立つ。とりあえず、ニホンアカガエルのオタマたちが元気でいることが嬉しい。

 私が放流を行っている水たまり以外のニホンアカガエルのオタマジャクシの様子が気になる。卵塊がいくつもあったけれど、その後、何度も水がほとんど涸れてしまった田んぼも、今は田植えが終わって水が沢山入っている。そんな田んぼの中を一生懸命覗いていると、なんとオタマが私に向かってやってきた。それも1匹だけではなく、何匹もこちらに向かってやってくるではないか。普通、オタマジャクシは、近づくと、いちもくさんに散り散りに逃げていくものだが、これには驚いた。しかも、みんなニホンアカガエルのオタマたち。Otama20120506 「ぼくたちはここにいるよ!」といわんばかりのその姿にビックリした。そうか、元気で育っているか。自然と接していると、こんな不思議なことにはしょっちゅう遭遇する。まったくの偶然と言えばそうかもしれない。それは、理屈で説明できるものではない。なんにも見ようとしない人、なんにも感じようとしない人には、まったく見えないものが、ずっと目を見開き、心を開いてみようとすると見せてくれる瞬間があるのだ。まさにその瞬間だと思った。

やや強い風が帽子を飛ばしそうになる。そんな中で、シュレーゲルの大合唱が続き、谷にはウグイスのさえずりがこだまする中。5月のひざしをあびて、田んぼの中を覗き込む私に、アカガエルのオタマジャクシたちが寄ってきてくれた。これは偶然であったとしても、私はこの瞬間を忘れないだろう。

 今日もまた、時間を忘れて、「あの場所のあの生き物は今頃どうなっているだろうか?」などと、すっかり顔なじみになった友人に一人ずつ会いにいくがごとく、くまなく歩き回る。水の入った谷津田のなんと美しいことか。Tambo2012050602 どんな著名な観光地に出かけていくよりも、私は身近なこの場所で一日を過ごす方が好きだ。

 歩いて、歩いて、歩いて、もう足が随分とくたびれた頃、ふと足をみると、コメツキムシがとまっていた。Musi20120506 私は追い払うでもなく、とまらせたまま歩く。虫もしっかりとつかまったままで逃げようともしない。「おやおや、どこまでついてくるの?」などと語りかける。コメツキムシのことを忘れてしまうほど歩いたころ、見ると、どこかに飛んでいっていた。

 目の前のアスファルト道路の上にまたまたクサガメを発見した。大きさや甲羅の状態からしておよそ3歳のクサガメだ。Kusagame2012050601 ぱっと見て、生きているとわかった。「こんなところに出てきたら危ないよ」と声をかけて、ひろいあげる。カメハ思いっきり首をひっこめる。Kusagame20120506001 しばらく、そっとしておくと、少しずつ首をのばしてくる。こいつは、もう随分と大きいので、生まれたばかりのクサガメのように、手足の爪の感触は、くすぐったいを通り越して、少し痛い。Kusagame2012050602 手足の力もそれなりにある。このくらいになるとしっかりと力強いのだ。

 私はこいつを近くの田んぼのほとりに連れて行って放す。「道路は危ないから、あっちにいっちゃダメだよ」と声に出してかたりかける。Kusagame2012050603 カメはおそるおそる首を出し、手足を出し、歩きはじめる。

 この地が彼らがずっと生きられる環境であることを願う。私は一言「長生きしろよ!」といって後ろを振り向きもせず、その場を去った。

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2012年5月 4日 (金)

クサガメの日

5月4日が「みどりの日」になって、毎年、「みどりの日」はお弁当を持って、一日、新緑の中を歩き回ることにしている。今年は少し天気が心配だったが、昨日までの大雨もあがり、雲が多いものの、新緑の中を歩くには良い天気になった。雨の翌日の新緑の中はとてもよい香りがして、いいものだ。Sampoent20120505 田んぼのそばで会った近所の人と、少しばかりの会話。先日から、アカガエルの卵のことを心配してくれていた方だ。昨日はここを結構大きなクサガメが歩いていたという。まさか、今日がそんなクサガメの一日になるとは、その時は思わなかった。

まずは、放流したアカガエルのオタマたちのことが気になる。放流した場所に行ってみる。かつて、私がここで最初にアカガエルの観察を始め、私が「アカガエルの沼」と名付けた場所にいってみる。空が曇っているので、水面が反射して、水の中が良く見えないが、帽子で影をつくって水の中を覗く。Otama2012050501 いたいた!オタマは元気にここで育っている。少し流れがあったので、流されていないかと心配していたが、丁度、折れた木の枝が流れをせき止める形に流れをふさいでいて、この場所の流れはごく弱いものになっていた。これならアカガエルが生きられる。胸をなでおろし、「元気に育つんだぞ」と声をかける。

下の田んぼのまわりの水路は、湧水から流れる水で少し流れが速い。ここにも放流したが、多くは流されてしまったかもしれない。泥の中にもぐってくれていれば大丈夫だろう。そして、田んぼの畦を歩いていたら、小さな小さな、生まれたばかりのクサガメが水に浮いているのを見つけた。Kusagame2012050501 「おお、かわいいのがいたね!」と思わず声に出してしまった。手で拾い上げてみる。その瞬間に、力ない首の感触を手のひらに感じた。Kussagame2012050502 「おや、死んでる」。くすぐったいカメの爪の感触を想像していた私には意外だった。「かわいそうに。それにしてもどうして?」Kusagame2012050502 裏返してみても、特に外傷があるわけでもない。つぶらな瞳は閉じたままだ。Kusagame2012050503 生まれたばかりのこの子の命は、ほんの一瞬で終わってしまった。何があったのかわからない。でも、これが自然なのだ。私はそっと、もとの田んぼにそのクサガメを置いた。「かわいそうに。でもしかたないね。」ふと、つぶやいた。

そうしてまた、畦を歩いて行くと、また、同じくらいの大きさのクサガメを見つけた。私に気付くと、スッと首をひっこめる。「ああ、この子は元気だね」Kusagame2012050504 また、同じように手のひらですくいあげる。さっきの子亀とは明らかに感触が違う。突然拾い上げられたので、ビックリして縮こまっているが、明らかに生きている感触だ。Kusagame2012050506  しばらくすると、私の手のひらの上で動き始める。おお、この感触。くすぐったい感触。この感触に心奪われるんだよな。かわいくてしかたない。小さな爪が手のひらにあたる感触。やがて、私の手のひらから逃れようと、力強く動く。Kusagame2012050505「おいおい、落ちるよ!」そういって、私も手を動かす。間違いなく、今年生まれた子だ。その爪の感触を感じながら、しばらく手のひらにのせていた。そして、また田んぼに戻す。「元気で生きるんだぞ!」そういって放すと、全速力で私から遠ざかって、すぐに見えなくなってしまった。

今日はひたすら歩く。お弁当を持って、このあたりのありとあらゆるものを見て、新緑を感じて歩く。ひっきりなしに鳴くウグイスのさえずりと、シュレーゲルアオガエルの声、時折、キジがケンケーンと鳴く。コジュケイもチョットコイと鳴く。そんな中、色んなものを探しながら歩く。森の中の道端に立派なササバギンラン。Sasaba20120505 そういえば、去年もこのあたりに生えていたっけ。黄色い花が目立つキンランとは違って、花が白いと地味だが、私はこのササバギンランも好きだ。しばらく歩くと、ちっちゃなギンラン。Ginran20120505 そうして私は、この季節にしか出会えない生き物たちに一つ一つ挨拶しながら歩く。県道に出ると、丁度、村田川では多くの鯉のぼりが泳いでいた。Koinobori20120505 これは、近所の人たちが自宅で使わなくなった鯉のぼりを集めてこうやって泳がせている。うちには女の子しかいないから鯉のぼりはなかったが、地元の小学校では毎年4月に、この鯉のぼりを上げるのを学校総出で手伝うのだ。うちの二人の娘たちもそうやって毎年てつだったものだ。最近は、この場所が少し有名になり、バスで団体がやってきたりする。今日も沢山の人がいる。近くのコンビニは大にぎわい。だが、私が歩く、この自然の中では、滅多に人に出会うこともない。ひっそりと、そこに素晴らしい自然がある。だが、そこに確実にあることを、私はこの目で見て、そして記録する。それが大事なのだ。

Yatsu2012050501 今日は雲が多く、空が光っている上に、田植え直後で水面に空の雲が反射して、新緑の景色が上手く撮れないなと思っていたら、少しだけ見えた晴れ間が水面に映っている様子がとてもいい具合に撮れた。この色は今までなかったかもしれない。天気の具合で、こんな風景が見れるとは。

Jirobo20120505 今年は天候の加減なのかどうなのか、花の色が濃いものが多い気がするが、ジロボウエンゴサクも鮮やかなピンクだ。そして、イカリソウも。Ikaroso20120505

気付くともうとっくにお昼をまわっている。そろそろ弁当の時間だが、いつも弁当を広げる秘密の場所まではまだまだ遠い。じっくりと花を見ていたいのだが、先を急ごう。

そうするとまた、道端にクサガメの姿を見つけた。ちょうど3~4歳くらいの若いクサガメだ。ところが、こいつは明らかに死んでいるということが一目でわかった。Kusagame2012050507 おそらく、車にひかれたんだろう。目が飛び出していて、その姿が痛ましい。クサガメが活発に歩きまわるこの季節。こういった交通事故死体を見るのは珍しいことではない。この季節に歩けば必ず見かけるといっても過言ではない。それだけ、この周辺には多くのクサガメが生息しているということでもあるが、クサガメにとって、丈夫な甲羅で天敵から身を守ることは出来ても、人間という天敵にはかなわない。

そこからまた、歩いて歩いて、随分歩いて、もう、お腹が空いているのかどうだかよくわからなくなったが、いつもの昼食場所に到着した。レジャーシートを敷いて、座ろうと、草むらを見たら、また小さなクサガメの姿があった。Kusagame2012050508 こいつは生きているのか、死んでいるのか?手でそっと持ち上げてみる。軽い!これは死んでいる。

見ると、何かに襲われて食べられてしまったようだ。Kusagame2012050509 甲羅の中が空っぽだ。これは自然の中で生きている限りしかたあるまい。これはほとんど生まれたばかりの小さなクサガメだが、もっと大きな大人のクサガメでも、同じように、何かに襲われて、食べられてしまったものを見かけることがある。丈夫な甲羅を持っているとはいえ、完全に蓋をしてしまうわけではないから、万能ではないのだ。

そのクサガメの死体を草むらの中に置き、すわって弁当を広げる。ゆっくりと昼食といきたいところだが、ゆっくりしていると、蟻んこがにおいをかぎつけてやってくるから、あまりゆっくりもしていられない。でも、こうしてお天道様の下で、鳥の声やカエルの声を聴きながら食べるというのはよいものだ。

昼食を終え、また、歩いて歩いて歩きまわる。森の中を歩き続けると、やがて、県道を通る車の音が近くなってくる。そうすると、不法投棄現場に出くわす。たいてい、県道などの大きな通りから、車で入ってこれるような場所で、人目につかない場所は狙われる。Fuhotoki20120505 いまや絶滅危惧種となったダイヤル式電話も捨ててある。一方で、絶滅危惧種のキンランのそばには不法投棄禁止の看板。Kinran20120505

今日も良くあるいたな。さあ、そろそろ家に帰ろう。もうずいぶんと足が痛くなってきた。

それにしても、今日は多くのクサガメに出会った。一日でこんなに沢山のクサガメに出会ったことは初めてだ。だが、生きていたのは一匹だけだった。ほとんど誰にも知られずに、それでも力強く生きているクサガメたち。私はその姿をしっかり見ていよう。誰にも気づかれずに、その生息場所を追われてしまった、彼らの多くの仲間たち。私は、ここで、見て、記録して、そうして、こんな自然の姿を知らない多くの人に知ってもらう。こんな彼らが、生きているこの自然がとてもかけがえのないものだということを知ってもらうために。あのくすぐったい爪の感触を忘れずに。

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2012年5月 3日 (木)

くねくね峠の物語

私が「くねくね峠」と名付けた道がある。散歩道の中の、一番のお気に入りの場所だ。

そこには、「くねくねの主」がすんでいる。時々、そいつに挨拶する。そして、ある夏の日、オオムラサキが私の手に舞い降りてきた。いつも話しかけていたコナラの木は、最後に「帽子落としたよ」と教えてくれた。美しい夕日の中で。

私は歩く。この時代に、生きたということ。くねくね峠は私に語りかける。私が生まれるずっと前からの物語を。そして、また新しい物語を作っていく。

http://youtu.be/k8pnUImqzt0

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2012年5月 1日 (火)

今年も「カエル駆除」検索シーズンがやってきた

相変わらず、毎年出てきますね~。「カエル駆除」で検索して私のブログにやってくる人が。この季節になると急増するんですよ。最も身近なアマガエルが最も賑やかに鳴くシーズンですからね。そういって検索してくる方々に是非、考えて欲しいことがあります。

今年は、そのあたりについては、「そりゃあイケン」の方のカエルを駆除しようと思う前に考えることはないのか。の方に書きましたのでそちらをご覧ください。

過去にも、

そんなにカエルを駆除したいのか(2008年)

それでもカエルを駆除したがる人々に告ぐ(2009年)

カエルの駆除方法を調べて結局どうした?(2010年)

という記事も書いておりますので、「カエルを駆除」したい皆さんは、そちらもあわせてどうぞ。多くの皆さんからいただいたコメントも有意義なものが多いですよ。その上で、ご意見、ご感想はご自由に。

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