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2011年5月29日 (日)

無事に上陸したアカガエル

先日、私が飼育放流した田んぼを見に行ったら、小さな小さなアカガエルが上陸しているのを見つけた。去年よりも随分多く、それこそ踏みつけそうになるくらいのアカガエルがいた。Akagaeru2011052101 今年は、気候の関係もあり、産卵時期と、田んぼに水が入る時期がうまく重なったため、水涸れで死滅するものが少なかったのかもしれない。ただ、産卵自体、かつて最も多かった年の1/10に過ぎず、決してもとのようになったとは言えない。かつては、本当に踏みつけてしまう状態だったのだ。そして、それを狙って沢山のヤマカガシがやってきていたものだ。そうして、カエルからつながる沢山の生き物のサイクルがそこにあった。それが今、危機的な状態にある。

それでも、今年、少なくとも、400匹ほどのアカガエルは、水が涸れそうになっていた場所の卵を私が持ち帰り、田植えの頃まで自宅の水槽で飼育し、もとの田んぼに戻したものだ(これを私は飼育放流といってきたが、もう少しいい表現はないものか)。そのうちの何割がこうやって上陸しているのかはわからないが、それでもこうして上陸している姿を見ると、我が子のようにいとおしく思える。Akagaeru2011052102 上陸できたことで、産卵からの一番大きな危機である水涸れの危険はクリアできたわけである。水涸れの危険はそれは大きいものだ。田んぼの水はけをよくしたり、それでもわずかに残っている水たまりを排水したりすることによる死滅は、卵から上陸するまでの最も大きな危険なのだ。ある年はそれでほとんど全部死滅した。一つの田んぼに400個ほどあった卵塊がほとんど全滅した。400個の卵塊は、大雑把にいって、20万匹のカエルになる計算だから、20万匹が水涸れで死滅したことになる。20万匹からゼロに。そういう状態が数年続き、その田んぼの産卵数は1/10程度になった。そして、そのほとんどがまた水涸れで死滅した。産卵したものがほとんど一匹もカエルにならなかった。絶滅ということはこうやって起きるのだということを私は目の当たりにした。

まだそれでも様々な生き物がここで生きている。そして、その生命のめぐりがここに確かにある。だから、それをちゃんと回すために、私が目にしたアカガエルの危機を少しでもなんとかしようと思っているのだ。ただ行動するだけではダメだ。その行為がどういう結果をもたらしているのかということをちゃんと観察し、長期にわたって記録し続けなければダメだ。そうしなければ、自分の行っていることがもし誤ったことだった時に、その誤りを発見出来ない。誤りを発見して軌道修正することができない。だから、同時に正確な記録を残すことにした。その記録がなくては意味がない。その記録は長期継続しなければ意味はない。これは私は声を大にして言いたい。自然に対して正しい答えなんて誰も持っていないのだ。それと、ある場所では正しい答えであったとしても、それがどの場所でもどんな状況でもあてはまるとは絶対に言えない。だから、個々の場面でちゃんと記録して、自分の行為にフィードバックし続けることは絶対に必要なのだ。

アカガエルは本当にカワイイ。理屈抜きに、そう思えるし、それが原動力になっていることは確かだ。だが、私はカワイイから死滅しそうなものを飼育して放流しているわけでは決してない。アカガエルだけではなく、それをとりまく全てのこの場所の自然とずっとともに暮らしていけるように、それを願っているのだ。人間は一瞬にしてそれら全てを奪うことだって出来るし、そうして、奪われていったものは沢山ある。本当にくだらない事情で奪われてしまったものすらある。奪われる前に、確かなものをここに残したいのだ。さあ、上陸だ。さあこれから色んなものが待っている。頑張れよ!アカガエル。Akagaeru2011052103

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2011年5月15日 (日)

今年のニホンアカガエルの飼育終了

我が家のニホンアカガエルのオタマジャクシの水槽は、どこからかやってきたアメンボが2匹、それに、オタマジャクシと一緒に知らないあいだに連れてきたと思われるカワニナ。カワニナは卵を生んで増えた。水の中にはミジンコやミドリムシといったプランクトンがうようよ泳いでいる。すっかり我が家の小さなビオトープになっていた。Otama2011042401

5月に入り、気温が高くなってきて、屋外に置いている水槽は昼間直射日光があたると水温がかなり上昇するようになってきた。水温が上がりすぎるとオタマジャクシなどが死滅してしまうため、その前に全て田んぼに戻してやらなければと思った。

昨日、昼間の用事を済ませてから、オタマジャクシを全部放流しにいこうと思ったが、気付くと夕方になっていた。急いで水槽のオタマをすくう。1匹、2匹...と数えながら、とにかく全部すくう。水が濁っているので手探りだが、全部すくい終わるのに1時間近くかかった。水槽に最後に残っていたのは182匹。いままでに250匹放流したから、全部で432匹いたことになる。

さて、水槽を空にするつもりだったから、カワニナやアメンボも救出してやらねばならない。カワニナが困った。ちっちゃな砂粒ほどの子供が沢山生まれていて、さらに、ゼリー状の卵も水槽の壁面についている。これを全部バケツに移し、田んぼに持っていく。そうやって全部をバケツに移していたらすっかり暗くなってしまった。

暗くなってしまったので、翌朝放流しようかと思ったけれど、バケツに移してしまったので、長時間そのままにしておいて大丈夫とは言えない。そこで、すっかり暗くなった田んぼに放しにいった。妻と次女が一緒に。暗い散歩道、妻や次女は初めてだろう。

散歩道の入口の木の上でギャーッと声がした。なんだろう?と思った次の瞬間に、大きなフクロウが目の前を飛んで行った。「フクロウだ!」妻は野生のフクロウを初めてみたらしい。私は見せることが出来てよかったと思った。

田んぼでは、アマガエルが大合唱。それはもう、凄まじい数で、話し声が聞こえ辛くなるほどだ。田植えの終わった田んぼの水面に映る月。暗い田んぼに、恐ろしいほどの生命を感じる。自分がこの地球のこの場所で、様々な生き物の中で生きていることを感じる。

田んぼに到着して、バケツの中のものを全部放流し、最後に、バケツに何も残っていないかを細かくチェック。「よし!これで全部もとの田んぼに戻したぞ」

妻と次女が田んぼに向かって「元気でね~!」という。

今年のニホンアカガエルの飼育放流は、とりあえず成功だったと思う。おそらく放っておけば死んでいただろう生命を、とりあえずなんとかいままでは生かすことができた。もっとも、この先、彼らが上陸する6月頃までに、何が起きるかわからないし、全てが生きながらえることは無理だ。実際には、こんなことをしても、ほとんど何も変わらないかもしれない。それは、今後継続して、この場所のニホンアカガエルがどうなっていくのかを調べていかないとわからない。私は、客観的に、こういう行動が、ニホンアカガエルを含むこの環境にどういう影響があるのかをしっかり見たいのだ。

翌朝になって空になった水槽を見て、少し寂しかった。毎朝、起きて最初にすることが水槽を覗くことだったのだから、その習慣でつい、水槽のところにいって「ああ、そうか」と。

天気のいい日には水槽をながめたものだ。チョロチョロ泳ぐかわいいオタマジャクシたち。どこかから飛んできたアメンボ。何故か水槽で増えたカワニナ。それら全ての生き物がいとおしく、こんなちっぽけな水槽で生きていることが、とてもうれしかった。彼らは、今、田んぼでどうしてるだろう?

私はもう何年もニホンアカガエルの季節を見つめてきた。彼らの一年をずっと見つめてきた。彼らの置かれている状況、彼らの生活、そんなものが見えてきて、そうして、今なんとかしなければと去年から始めた飼育放流。わずか2か月ほどの期間、飼って放流する。たったそれだけのことだが、毎日、見てきたオタマジャクシがやがてカエルになり、自然の中でたくましく生きる。そのことを思うと、何とも言えない感情がわいてくる。彼らは一生懸命自然の中で生きている。がんばれよ!

次女の夏休みの自由研究の題材だったホシウスバカゲロウの幼虫。次女が「飼いたい!」といって連れてきたザリガニ。これらは飼育して、また自然に戻したのだから余計に愛着がわいているが、そうでなくても、いつも出会うアズマヒキガエルの「くねくねの主」や、私の手にとまったオオムラサキ....数限りなく出会った生き物たちとのかかわり。そうして、私も私の人生を生きていて、子供を連れて散歩道に行き、トンボをおいかけたり、フクロウに出会ってビックリしたり。やがて子供は大きくなり、自然とのかかわりも変わっていくが、ずっと身近な自然とかかわりをもって生きること。そのことが本当に生きていることを実感させてくれるし、色んな事を教えてくれる。それらの出来ごとの一つ一つが私の人生の大切な一ページであり、かけがえのないものだ。

Akagaeru20110515 今日、田んぼにいったら、一匹だけ、手足の生えたオタマジャクシ、いやニホンアカガエルがいた。もうこんなに育っているヤツがいるんだ!と、嬉しかった。去年までよりもずっと嬉しかった。

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2011年5月 8日 (日)

美しい季節の過ごし方

毎年、ゴールデンウィークはワクワクする。谷津田に水が入り、田植えが始まる。田んぼではシュレーゲルの大合唱、森の中からはウグイスの澄んだ声が鳴り響き、それが谷にこだまする。静寂の中の美しい音風景。木々は新緑が日に日に濃くなり、緑の濃い香りがただよう。この季節は特に朝がいい。Tambo2011050403_2 夜露が残る朝の空気は清らかで、香りが豊か。そんな空気を吸い込みながら、キラキラ光る水田と、木々の輝きを見ながら歩く。この季節の時間を本当に大切にしていきたい。

ニホンアカガエルのオタマジャクシはもう250匹を放流した。朝、娘を連れて放流にいく。うちの水槽で育ったオタマは、田んぼで育ったものに比べて少し小さいのが気になる。Otama20110503 栄養が足りないのかもしれない。それは今後の課題だが、とにかく、水が涸れて死ぬところだったオタマジャクシをなんとか250匹は死なさずに田んぼに放流することができた。これからあと一カ月ちょっとで無事上陸することが出来ればと思う。

毎年今頃、孵化したばかりのクサガメの子供を見かける。とっても可愛いその姿を娘にみせてやりたいと思い、田んぼを探すとすぐに見つかった。手ですくいあげると、娘が歓声をあげる。「かわいい~」Kame2011050302 500円硬貨サイズのその甲羅はまだやわらかい。手にのせると、手足の先の爪がくすぐったい。そしてヨチヨチあるく。大きな瞳、短い手足、その手の上を歩く感触に心が奪われる。私も初めてクサガメの子供を手ですくいあげた時は心を奪われた。とにかくかわいい。娘はなかなか放そうとしない。そうして、しばらくたわむれて、またもとの田んぼに放す。すると、体のわりに素早く動きまわる。

「元気でね」「元気で大きく育つんだよ」

自然とそんな言葉が出てくる。こういう体験をして、こんな言葉が出てこない子供はいないだろう。だから、これが大事なんだ。自然に対する愛情は理屈ではない。五感で感じ、心で思うこと。

娘は、随分前に田んぼで捕まえてきて、しばらくうちで飼って、田んぼに放したザリガニのことが忘れられないようだ。もう何年も前のことなのに、ザリガニを放した場所を一生懸命探す。もういないと思うけど、なんとなく探す。ザリガニは在来の生き物ではないが、そんなことは何の関係もない。そこに生きていたものと、何かしらの関わりをもって、何かしらの心が通じた気がして、それがまた、そこで生きている。生き物とはそういうものだ。

私はお弁当を持って山の中をさまよう。誰も歩いていない、誰とも会わない山の中を独り歩き、いろんなものに出会う。今年もキンランの群生を見つけてしばらく足を止めて眺める。Kinran20110504 こうやって、自分の足で歩いて、誰も知らないここまでやってきて、出会えるから嬉しいのだ。これを庭に持って帰って植えても育ちはしない。たとえ苦労して育てることが出来たとしても、この自然の中で出会えることの喜びには、遠く及ばない。植木鉢に種を植えて育てた花を愛でるのとは、根本的に違うものがある。だが、世の中そういうことがわからない人だらけだ。

Tambo2011050402 誰もいない休耕田。入り組んだ谷のずっと奥。そこに座って一人お弁当を食べる。五月の眩しい太陽の下で、シュレーゲルの合唱をききながら、ウグイスのさえずりを聞きながら一人食べる。これがいい。たっぷりと、この美しい時間に身をゆだねるのだ。食べていると、においを感じるのか、足元から蟻が這い上がってくる。結構鬱陶しいが、蟻を追い払いながら食べる。

お弁当を食べて、また歩きだす。午後の長い長い時間をのんびり歩く。道端の草花や、突然現れる様々な生き物たち。そんな光景を見ながら、たっぷり歩く。

少し日が傾きかけたころ、もうだいぶん足も痛くなってきて、そろそろ家の方向に向かおうかと思う。見慣れた風景の場所までやってくると、少し安心する。長く歩いてきたので、少し汗ばんでいる。Tambo2011050404 少しずつ暗くなっていくなかで、相変わらず、ずっとずっとシュレーゲルの合唱と、ウグイスの声、そして、時々キジがケンケーンと鳴く。そんな音風景も少しずつ夕暮れがかってくる。今日はよく歩いた。家にかえってゆっくりしよう。

私は、毎年この時期、こんな日々を送ることができている。そのことを本当に幸せに思う。この自然の風景がずっとずっとここにあって、私は歩ける限りあるきたい。そして、子供たちにも、そのずっとずっと未来にも、残していきたいと思う。そのために、私はこの素晴らしさをしっかりと記録し、伝えようと思う。

今、まわりを見わたしてみて、この美しい季節の過ごし方を知る人は本当に少ない。少なくとも、歩いていて、私と同じように歩く、同じ年代やそれ以下の年代の人を見かけることはほとんどない。それでいて、都会のスポーツジムで汗を流すという人が沢山いる。都会のアスファルトの上をジョギングする人は沢山いる。みんな、そんな風に都会に飼われてしまっているのだ。そうして、この美しい季節が身近にあることに気付かないままでいれば、それは失われても気付かない。誰にも気付かれないうちに、どこにでもある街の風景になってしまう。

カエルの声をきき、鳥のさえずりを聞き、木漏れ日の中、美しい草花を見つけ、生き物と戯れる。そういう自然と接した生き方をみんな忘れていないか。こんなに素晴らしい自然が目の前にあるのに...

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2011年5月 5日 (木)

サルトリイバラの柏餅

子供の日、端午の節句である。端午の節句には柏餅である。ところで、柏餅というのは柏の葉っぱに包まれた餅なのだが、広島県出身の私にとって、そういう柏餅を初めて見たのは、妻の実家に初めて行った時だった。妻の実家に初めていったのがゴールデンウィークだったことをなんとなく思い出すが、その時、「柏餅」だといって出されたものに大変違和感を感じたのを覚えている。Kashiwa2011050501 この見たこともない葉っぱで包まれているのが柏餅なのか?と、不思議に思った。

西日本では、いわゆる柏餅は柏の葉っぱでくるまない。柏餅をくるんでいるのはサルトリイバラの葉っぱだ。そのことを知ったのは随分後になってから。初めて柏の葉っぱでくるんだ柏餅を見た私は、強烈に違和感を感じてしまっていたのである。

その頃の話しを妻にすると、どうやら私は、

「あれは柏ではなくて、クワの葉っぱじゃないの?柏の葉っぱというのは丸いんだよ」

などと一生懸命持論を主張していたそうだ(笑)今から考えると、かなり笑える(たしかに、クワの葉っぱのようにも見えるが....)。今日もその話しで笑った。

私はふと思いついて、散歩道にいってサルトリイバラの葉っぱをとってくることにした。道端にごく普通にある雑草のサルトリイバラ。Sarutori2011050500 しかしまあ、餅を包むのに丁度いい大きさで、虫が食っていないような綺麗なものを探すとなると、少し歩き回る必要はあった。そしてなんとか、丁度いい大きさの綺麗な葉っぱを何枚か持ち帰ることができた。Sarutori2011050501 ただ、この時期はまだ新緑で、葉っぱが薄くて柔らかい。餅をくるむなら、もう少ししっかり厚くて硬めの方がいいのだけど、5月5日にとってくるサルトリイバラはこんなもんだっけ?

あとで、柏餅の柏の葉っぱをはがして、こいつでくるんでみようと、葉っぱをテーブルの上に放置していたら、何枚かをうちの猫にかじられた(笑)。残った数枚で試してみる。サルトリイバラのカシワモチは、サルトリイバラの葉っぱ2枚で餅をはさむのだ。Kashiwa2011050502 おお、出来た出来た!(って、葉っぱではさんだだけだけど)これがカシワモチだ。とっても違和感のない出来(笑)。こういうのが子供の頃よく食べた柏餅だね。私はとっても嬉しくなったのだが、妻はとっても嫌そうな顔をして、すぐに葉っぱをはがして、餅が手につくのもかまわずに食べていた。まあ、得体のしれない(しかも、道端に生えていた雑草の)葉っぱでくるんだ餅なんて、嫌だったのだろう。

私は、道端でサルトリイバラを見るたびに「カシワモチ!」と思っていて、いつかやってみようと思っていたが、ようやく念願がかなった(笑)。って、オオゲサだな。まあでも、来年もまたやってみよう。まあ、作って食べるだけなら、来年まで待たなくてもいいのだけど....

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