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2011年4月29日 (金)

元気に育て!オタマジャクシ

3月に水が涸れそうな場所に産卵されたニホンアカガエルの卵塊を1つ持ちかえった。それは一週間ほどで孵化し、やがて元気なオタマジャクシが泳ぎ回るようになった。それからおよそ一カ月、天敵もいない水槽の中という快適な環境で、すくすくと育ってきた。1匹も離脱せず、およそ400匹のオタマジャクシは元気に水槽の中を泳ぎまわる。Otama2011042401 餌は、市販の金魚の餌とザリガニの餌を混ぜて与えている。それと、田んぼにあった藻を少し。毎朝、餌を撒くと、しばらくして水面近くにオタマジャクシがのぼってきて、口をパクパクさせて餌を食べる。こんなオタマジャクシでも飼っていると愛情がわいてきて、本当にカワイイものだ。

さて、田んぼの水環境も安定してきたので、そろそろ放流を開始することにした。天候の具合や、その他いろんなリスクがあろうかと思うので、一度に全部放流せず、少しずつ何回かにわけて放流する。今日はとりあえず50匹を放流することにして、バケツに移した。Otama2011042402 もともと連れ帰った卵塊が産卵されていた田んぼにこのオタマジャクシを放流する。

田んぼに行ってみると、田んぼにもオタマジャクシの姿が見られた。田んぼで生まれ育ったオタマジャクシだ。みると、うちで飼ったものより大きい。餌が足りなかったか?と思った。もっとも、ほとんどザリガニの餌と、金魚のエサだけで育てたので、自然の状態より栄養が偏っているかもしれない。まあ、今度は少し餌を増やしてみよう。

Otama2011042403 去年は、飼育途中で少し事故があり、全部を放流することが出来なかった。今年は今のところ一匹も死んではおらず、全てを田んぼに帰すことが出来たらと思う。今日50匹、そして次はまた50匹、と、少しずつ放流しよう。そして、自然に帰ったオタマジャクシたちが、自然にもまれ、カエルになっていく。そうして、その中の何匹かが、この田んぼに戻ってきて産卵する。そのサイクルをちょっとだけ手助けして、それが、今後どうなっていくのか、私は見守りたい。今年から、産卵状況の詳細な記録も付け始めた。これがどうなっていくのか?長期にわたって調べていくことが大事だと思う。根気強く続けよう。

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2011年4月10日 (日)

今年もカエル合戦が始まった

今年の3月は異様に寒かった。実際、3月の平均気温は平年に比べてかなり低かった。それは生き物の季節にも大いに影響している。

アカガエルはここにきて、ようやく産卵が本格化した。ほとんど一カ月遅れである。ただ、そのことは彼らにとって良いこともある。田んぼに水を入れる人間の生活は、あまりずれていないからだ。Tambo20110410

水を入れる時期に産卵が重なり、水が涸れて死滅する確率は減るだろう。今日も、沢山の新しい卵を見つけ、これがこのまま生きながらえてくれればと願う。Tamago2011041001 先日、我が家に連れてかえってきた卵は孵化し、元気なオタマジャクシになっている。屋外に置いた水槽で飼っているので、場合によっては放射性物質が降り注ぐことが気になるが、まったく何も異常は見られない。元気に育っている。この先、どうなるかわからないが、もし何かが起きるとすれば、彼らが身をもって教えてくれるのではないか。あるいは、彼らが安心を与えてくれるのではないかと思う。Otama20110410 とにかく、今はまだ一匹も離脱していない。すくすくと育っている。しっかり、元気に育つんだぞ。

この地は地震や津波の被害もさほどなく、生き物たちは、季節にしたがって、いつものようにそれぞれの営みを始めている。それを感じながらも、私はどこか、いつもと違うものを感じてしまう。

しかし、天災は人間だけに降り注いでいるのではない。そこに生きている全ての生き物に降り注ぐ。そして、人間が作りだしたモノが大きな脅威となって襲いかかってくることも、人間だけに襲いかかるのではない。ただ、私たち人間は、それとなく、日々その脅威におびえているが、同じこの地で生きる生き物たちは、ただ、いつもと同じように営みを繰り返すだけだ。そこには情報操作もなにもなく、ただ事実があるのみだ。

例年だと彼岸のころにピークをむかえるアズマヒキガエルのカエル合戦。先週まで、まったく見ることができなかった。一週間くらいの遅れはかつてあったが、こんなに遅いことはいままでになかったので、もしかすると今年はもう見られないのではないか?という心配が脳裏をよぎる。毎年、毎年、見てきたあのお祭り騒ぎ。私自身の混乱もあって、まだ見ていないということに危機感を覚えていたところ、近所の人が「見た」と教えてくれた。そこで、一緒に見にいってみた。

すると、元気な鳴き声が聞こえているではないか。「おお、やってる、やってる!」私は嬉しくなった。Gassen2011041001 近くで畑仕事をしていた人に、「毎年ここにカエルを見にくるんです」などと話しかける。「年々少なくなってきた」という。そのことは私も感じることである。それでも、泥んこになって、一生懸命くりひろげているカエル合戦。見ていて飽きることがない。Gassen2011041002 それは、私が初めてこの地で見た時よりもはるか昔から、いや、人間がこの世にあらわれるずっと前から行われてきた営みだ。私たちは、それを今、ここでこうして見させてもらっている。

やがて、小さな小さなオタマジャクシが生まれ、そして、それが小さな小さなカエルになって上陸し、そしてまた、何年かしてここにきて、激しい合戦を繰り広げる。Gassen2011041003 投げ飛ばしたり、投げ飛ばされたり、蹴られたりしながら、自分の子孫を残すために、必死で戦う。静かな静かな冬から、やがて賑やかな春がやってきて、暑い暑い夏へと向かう。その一年の始まりに、毎年こうやってお祭りがくりひろげられる。Gassen2011041004  いつまでも、こうした命の営みが続いてほしいと願う。今年は特別にそう思う。もし、私たちがこの地から去らなければならなくなったとき、彼らはそれでもこの営みを続けていけるだろうか?そんなことも考えてしまう。

少なくとも私は、彼らの営みをずっと身近に見つめて生きていきたいと思う。

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