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2011年1月23日 (日)

お知らせ

2月13日フローラサクラの例会の岩瀬徹先生の講演の後、私も講演します。どなたでも参加可能です。詳しくはこちら。参加希望の方は以下のサイトからお申し込みください。

http://homepage3.nifty.com/florasakura1/

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真夜中の散歩道

昨夜は隣町で会合。夜遅くまで飲んだ。行きはタクシーでいったのだが、帰りは歩いて帰った。隣町で飲む時は歩いて帰ることが多い。忘年会シーズンであれば、街を歩く。クリスマスのイルミネーションを派手に飾っている家が多いので、それを眺めながら歩くのが楽しいのだ。今はもうクリスマス飾りはない。一番の近道は散歩道を歩くことだが、街灯のない真っ暗な道である。昨夜は月明かりがあり、これなら大丈夫だろうと思う。

Yakei2011012201 丘に登って街を見下ろすと、冬の澄んだ空気に夜景がきれいだ。時折、車が通り過ぎていくが、それ以外は何の音もない世界。街明かりがあるのはここまで。ここから先は月明かりだけで歩く。

すぐに眼が慣れた。眼が慣れれば月明かりに色んなものがはっきりと見えてくる。ぼんやりと光る道には木々が影を作る。森の木立は月に照らされて、くっきりと、キラキラと浮かび上がる。動物が目の前を横切ったりしないかと眼をこらすのだが、ひっそりと、何も出てこない。やがて、木の間から、宝石のような街明かりが見えてくる。Yakei2011012202 ザクザクと砂利道を踏みしめる私の足音だけが聞こえる。

何百回と歩いている道だ。身体が道になじんでいる分、暗がりでも道がどう曲がっているかは体が覚えている。わずかな光だけの世界では、聴覚も、触覚も、嗅覚も、全ての感覚が研ぎ澄まされるのを感じる。まわりの世界に何が潜んでいるかは、その五感、特に視覚意外の感覚を駆使して探ろうとするのだ。

砂利道が終わって、舗装された道に出た。足の裏に固いアスファルトの感覚を感じた瞬間、何故か、ホッとした。そして街灯が照らす道を歩き始めると、普段の感覚に戻った。

しかし、あの五感をフルに活動させていた暗闇の中では感じるものがあった。かつて、人間はこんな街灯の照らす世界で暮らしてはいなかった。その時に感じていた何か。そういうものから自然に対する畏敬の念を抱いたのだろう。自分の力ではどうすることもできず、夜になれば闇がやってくる。月は満ち欠けし、明るい満月の夜もあれば、真っ暗な新月の夜もある。嵐の夜もあれば、おだやかな夜もある。その状況に応じて自分の五感だけを頼って生きていた。それが野生だ。Yakei2011012203

人間は文明を手に入れ、そして野生を失っていった。そういうことが、どういうことなのかということを少しだけ感じることが出来たような気がした。夜中でも昼間のように明るい都会では決して感じることのできない感覚。

昼間の散歩から感じる自然の感覚とはまた違う、夜の感覚。自然は365日24時間、ずっとそこにあって、様々な表情を見せている。それを少しずつでも感じること。それは、忘れたものを思い出すこと。

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