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2010年10月31日 (日)

台風一過に進む季節を感じつつ

昨日は台風接近のため、ほぼ一日中土砂降りだった。一日静かに家で過ごした。こういう日もあってもいいだろう。まるでスイッチをOFFにしたかのように、ゴロゴロと寝て過ごしてしまった。台風一過の今日は、天気がすっきりせず、朝からずっと霧雨のような細かい雨が時々降っていた。午後になり、さあ出かけるぞ、と張り切って家を出た。

昨日一日ゴロゴロと寝て過ごしたためか、体が重い。あちこち錆びついた感じがする中を歩いていく。Sampoent20101031 今回の台風は雨は多く降ったが、風はそれほどでもなかった。しかし、散歩道には木の葉や枝が散乱していた。ふと、道端を見ると、ピンクのゲンノショウコ。Genno20101031_10 このあたりでは、白いゲンノショウコが多いが、時々、こんな風に少し色のついたものを見る。上品な色だ。近くの株を見ると、多くは花が終わっていた。

このところ、歩くたびに季節が進んでいくのを感じる。虫の声はすっかり静かになった。冬の静寂が少し近づいている。時々、ヒヨドリが長くヒーヨヒーヨと鳴く。カケスがジャージャーと鳴いたり、モズのけたたましい鳴き声。

Gamazumi20101031 道端のガマズミがとてもいい色になっている。木々の葉も少し色づいているものもある。紅葉というにはまだまだだが、微妙な色の変化を見せる。

道端で、黒っぽい大きめのチョウが飛んだ。クロコノマチョウだ。Kurokonoma20101031 飛んだ時のシルエットが独特。まるでライオンのタテガミのようにも見える。一匹をカメラで追いかけていたら、足元からもう一匹飛び立った。以前は滅多に見られないチョウだったが、よく見かけるようになってきた。

くねくね峠を越えて、いつものように、くねくねの主のところにいってみる。Nushi20101031 今日は留守のようだ。雨が降ると出歩いているヒキガエルを時々見るが、彼も今日は出かけているのだろう。

少し空が明るくなってきて、木々の間から光が差し込んできた。濡れた木々の葉がキラキラと光り、とても美しい。思わず立ち止まって深く息を吸い込む。Hikari20101031

歩いているうちに、体の隅々に感じていた錆のようなものがとれて、体が軽く感じられるようになってきた。今日はどこまでも歩いていけそうだ。ちょっと遠出をしてみようか。

Kamakiri2010103101 道端で、コカマキリの夫婦を見る。思わずカメラを向ける。いい表情だ。カマキリに表情を感じることがあるが、この夫婦は本当にいい表情をしている。彼らの一生の最後に、記念写真が撮れた。そう思うと、嬉しかった。「こんな道の真ん中じゃ危ないよ」そういって道の外に追いやる。

今日は普段歩かないところまで歩いて歩いて、ひたすら歩いた。道端にヒキガエルの死がいを見る。Shigai20101031 雨の中、歩き回っているうちに車に轢かれてしまったのだろう。土にかえっていく筈の死骸。アスファルトの上では、土にかえっていくことが妨げられていて少しかわいそうだと思った。それでも、雨が路面を洗い、死骸は少しずつ土へとかえることだろう。

気付くとあたりは暗くなってきた。早く帰らなくちゃ。ちょっと近道をしてみようと思い、知らない交差点で勘だけをたよりに曲がる。そうしたら、なんだ、また同じ道にでた。そしてまた、この死骸の場所に出た。もう一度写真を撮る。霧雨の小さなつぶが頬に落ちてきた。

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2010年10月26日 (火)

COP10が開催されている名古屋での出来事

COP10って知ってます?それはともかく、その開催地名古屋では、裏でこんなことが起きてます。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20101025-00000302-alterna-soci

http://www.wa.commufa.jp/~hirabari/

みなさん、どう思いますか?まあ、今に始まったことではないけれど....

生物多様性といったら、それ「だけ」に焦点があてられ、現代では、最も受け入れられやすい経済価値などの尺度に置き換え、それをよりどころにしようとするのではないでしょうか?しかしながら、自然環境問題は、人間社会の不完全さの問題でもあり、それの元をたどるならば、人の心の問題でもあり、あるいは、人の生き方の問題でもある。そのことを忘れて、人々が人々の都合で作りだした決まりごとの中「だけ」で考えることに無理があると思います。もっとも、決まりごとがなければ人間社会な成り立ちませんし、人間が自然を守ることもできません。生物多様性が大事というのであれば、大事なものをまもる仕組みや決まりごとに目がいくのはしかたないことです。しかしながら、それが全てではありません。客観的な尺度といわれるものでさえ、人が社会の中で生きるために作りだしたものにすぎず、それが全てを表すわけではないことを人は忘れがちです。自然の中の生き物はそんな尺度とは関係なく日々生きており、自然現象ひとつとっても、人間は完全には把握できません。そんな自然に接して人の心は動くのです。少なくとも私は人間社会の尺度の中「だけ」のつまらない人生を生きたくありませんし、そんなものに惑わされて大切なものを失いたくありませんね。私が自然を大切にしたいのはなにも経済価値があるとか、希少生物がいるとか、そんなことより、自然が好きだから、ただそれだけ。希少生物が生息している云々もいいますが、それは、単にそういえば人々に理解してもらえるから、にすぎないのです。わからない人には一生わからないでしょうが.....

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2010年10月23日 (土)

くねくねの主復活

先日来、くねくねの主が気になる。病気なのか、怪我なのか、痛々しい姿だったくねくねの主。彼はいったいどうしているだろうか?

いつものように、散歩に出かけた私は、くねくねの主のところにいく。留守のことも多いので、会えるとは限らない。今日はいるだろうか?そう思いながら、くねくね峠を越えていく。Kunetoge20101023 峠を越えて、くねくねの主の穴が見えてくると、ちょっとドキドキする。Ana20101023_6 くねくねの主の穴に近づくと、穴の奥に主が座っているのが見えた。

「おおっ、いたいた!」

そう言って私は穴を覗き込む。そして、

「おお~っ。」

Nushi2010102301 それは、2週間前の痛々しい姿とは違い、以前とかわらない元気な姿だった。

「おお、治ったんだね。よかったね~。元気になったね~」

私は思わず声に出してそう語りかけていた。

くねくねの主は私を見ると、いつも、穴から出てこようとする。私は「ああ、出てこなくていいから」という。そうすると止まる。そして、いつものように顎の下をヒクヒクさせながら、じっとこちらを見ている。

Nushi2010102302 よく見ると、目のまわりがまだ少し汚れたような感じがするのと、顎の下が少し膨らんでいるが、ほぼ以前と同じ姿になっていた。よかった。

「元気になってよかったね。これからも気をつけなよ。」

などとしばらく話しかける。もうじき冬眠の季節がやってくる。冬眠の季節になれば、またしばらくは彼とは会えない。そして、春になり、激しいカエル合戦のお祭り。そしてまた、一年、季節が進んでいく。とにかく、彼とはまだ長いつきあいになりそうだ。

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2010年10月16日 (土)

今日もくねくね邸にいってみた

先日、片目がつぶれて痛々しい姿だったくねくねの主。その後、どうなったのだろうかと気になっていた。ようやく、今日の午後、時間がとれたのでいってみた。行く途中で近所のOさんに会った。このブログを見てくれていたようで、くねくねの主のこと、「どうしたのでしょうね?」「でも、ちゃんと帰ってきているんですね」と。

そうだ、確かに、自分の住処であるあの穴にちゃんと帰ってきていたのではある。

Kunemichi20101016 秋の日差しの注ぐくねくね峠を越えていく。夏のセミの声が消え、秋の虫の声も小さくなって、すっかり静かになった。さあ、今日は、くねくねの主はどうしているだろうか?

Nushinosu20101016 見ると、穴は留守だった。実際のところ、留守のことの方が多い。冬の間は冬眠しているため、彼の姿は見えなくなるのだが、そうすると、まわりの草が延びてきたりして、この穴が長く使われていないことがわかる。しかし、今の穴の様子だと、ついさっきまでここにいた感じだ。穴の入口の土が少し削れていて、それがまだ新しい。

先週、主の痛々しい姿を見て、さて、その直前に元気な彼を見たのはいつだっただろうか?と思って調べてみた。彼がこの穴にいた時には必ず写真を撮っている。写真を探してみたら、9月5日には彼に会っていた。Nushi20100905 これがその時(9月5日)の彼の姿だ。普段と変わった様子はまったくなかった。

まあ、でも、留守ということは元気にどこかに出かけているのだろう。そう思う。もしどこかで死んでいるとしたら、もう会うことはあるまい。自然の中ではカエルの死がいはそれほど長く残っていることはなく、すぐに消えてしまうものだから。

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2010年10月11日 (月)

くねくねの主に一体何が?

この三連休は雨で始まった。一昨日の夜から昨日の朝にかけては激しい雨となった。そして、すっきり秋晴れとなった今日、いつものように散歩に出かける。午後は気温も上がり、半そでが丁度いい。半そでだと蚊に襲われるのが気になるが、先日歩いた感じでは、あの蚊だらけの夏とは違い、蚊も随分少なくなってきたように思う。ブユもそうだ。だから大丈夫だろう。そう思ったが、いきなり腕を蚊に刺された。失敗だったか。

季節は当然のように進んでいる。くねくね峠に向かうと、木漏れ日がいくぶん大きくなってきているのを感じた。Kunetogeup20101011 夏の間は真っ暗なこの道も、秋になり、木の葉が少しずつ落ちていくと、木漏れ日が少しずつ大きくなる。真上から注いだ日差しは、しだいに傾いていき、木々の影がどんどん長くなる。

私は、「いるかな?」そう呟きながら足を速めた。「いるかな?」とは、くねくねの主のこと。夏の間は暑くて出歩けなかったのか、いつもの穴に座っていたが、少し涼しくなってきたら、留守のことが多かった。

くねくねの主の穴が見える位置まで行った時、今日は主はいることがわかった。「おお、いたいた」そう言って近づく。その直後、私は異変に気付いた。「どうしたんだ?」Nushi2010101101 片目がつぶれたようになっていて、その下の顎も大きくふくらんでいる。主はいつものように、じっとして、のどをヒクヒクと動かして息をしている。

「何かにぶつかったか?それとも、何かに襲われた?」

とにかく、痛そうで、辛そうだ。

「そりゃ、痛いだろう。なんとかしてあげたいけど、なにもしてあげられないよ。」

主に出会ってもう3年が過ぎようとしている。怪我も病気もした様子もなく、いつも元気だった彼に突然の異変がやってきた。人が近付いても、おとなしくじっとしている主のことだから、心ない人間にいじめられたのでなければいいが。Nushi2010101102 痛々しい彼の姿。しかし、いつものように静かに座って息をしている。片目はもう回復しないかもしれない。そんな状態で自然の中で生きていけるのか?それとも、死んでいくしかないのか?いつもそこにいた、「くねくねの主」。いつかは別れの時が来る。そのことを私は忘れていた。いや、こんな状態でも回復して、「片目の主」になって生き続けるのかもしれない。それは私にはわからない。今、私に出来ることは、この先もずっと見つめ、記録に残していくことだけだ。何もしてあげられないけれど、それだけは出来る。

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