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2010年3月28日 (日)

それでも私はアカガエルを救う

この一週間、かなりの雨が降った。気温も高くなり、都内では桜が開花した。そういうこともあり、異様に少なかった今年のアカガエルの産卵が、もしかしたら、ここにきていっきに増えているのではないかと期待して、散歩道にいってみた。確かに、田んぼには沢山水があった。だが、卵塊はまったく増えていなかった。Tambo2010032701 100匹ほど連れて帰った小さな水溜りの水は溢れ、もともといた水溜りがどれだかわからなくなった。同時に、その小さな水溜りにかたまっていたオタマジャクシは分散して、周辺の水溜りにちらほらと見える。

最も安定した水溜りでは、大量のオタマジャクシが泳いでいる。これは、とりあえず、安心していいのだろうか?と、思う。田植え前に田んぼに水を入れるまで、この状態で水が涸れなければ、おそらく大丈夫だろう。Tambo2010032702 なんとか生き延びてくれ。命をつないでくれ。そう願うばかりだ。

私はどうして、ここまでアカガエルに魅せられているんだろうか?あのスマートな姿。つぶらな瞳。繁殖期に、ささやくように、笑うように、静かに鳴く、あの声。この時期に彼らの一年が始まり、枯葉が舞うころに、冬眠のためいなくなる。散歩すると、彼らはいつも足元にいて、道案内をするごとく、ピョンピョンとはねる。長年じっくりと観察してきて、彼らの育つ環境の危うさを知り、無念にも死んでいってしまう多くのオタマジャクシを見て、それでも、梅雨入り頃には、踏みつけそうになるほどの、小さな小さなカエルが上陸する。その、季節のサイクルの中で生きる全てを見ているからだろうか。

田んぼの水溜りはさらに排水が進んでいた。排水路を掘り、小さな水溜りまでも綺麗に排水しようとしている。この理由を知りたいと思った。どうして、ここまで排水する必要があるのか?もうすぐ田植えのために水を入れるというのに。Tanbo2010032703 排水のために掘った溝にしがみついて、かろうじて生きる彼ら。「がんばれよ!」思わず、そういいたくなる。なんとかここまで持った。だから、あと少し、もう少し生きながらえれば、カエルにまで育つことが出来る。

翌日は忙しく、なかなかアカガエルの様子を見にいけなかった。夕方、暗くなってから見にでかけた。一番大きな水溜りは、なんとか大丈夫。しかし、溝を掘って排水された田んぼは、あちこちで干からびたオタマジャクシを見る。

「やっぱりダメか」

いや、毎年、こういう光景は目にしているのである。それはしかたないことと考えてきた。人の生活とアカガエルの生活のかかわりのなかで、自然に発生することであり、そういうこともこの自然のサイクルに組み込まれていると思っていたからだ。しかし、今年のこれほどまでに少ない産卵数、そして、ことごとく姿を消す水溜り。そういうものを見ると、危機感を感じざるを得ない。Otama20100328 ふと、思うことがある。もうすでにオタマジャクシになっているアカガエルと、これから産卵されるアマガエルやシュレーゲルアオガエル。これらの区別がつく人がどれだけいるだろう。まして、オタマジャクシや卵となれば、どうだ?「カエルならいくらでもいる」と考えているかもしれない。だが、ニホンアカガエルはどこにでもいそうで、実はどこにでもいるものじゃない。彼らの危うい生息環境のことを、もっともっと多くの人が知らなければ、本当に絶滅してしまいかねないと思う。

水が涸れそうになって、瀕死の状態にある卵。Tamago20100328 こんな状態になっても、かろうじて水があれば、小さなオタマジャクシは孵化することが出来る。そして、必死でチョロチョロと動いている。この塊を、土ごとすくい、水のある場所に持っていく。ここならたぶん大丈夫。そう思える場所にもっていく。一箇所だけに持っていくと、そこの水が涸れてしまえば終わりなので、何箇所かに分散する。水の中に放すと、チョロチョロとオタマジャクシは泳ぐ。

「頑張って生きるんだぞ。」

思わず、そうつぶやく。彼らが無事にカエルになる日を思う。そんなことをしながら気付くとあたりは暗くなっていた。寒さで手がかじかんでいる。足も泥だらけだ。

Otama2010032802 私は、こんな風に、自然の中の特定の生き物に手を貸すことはしないと思っていた。今年の異様な状況は、こんなにも私を一生懸命にさせていることに、正直、自分でも驚いている。

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2010年3月22日 (月)

なんとしても散歩道のアカガエルを守りたい

散歩道のアカガエルがおかしい。例年の10分の1くらいの産卵数なので、先週、絶滅寸前と書いた。でも、もしかしたら、単純に産卵が遅れているだけかもしれないと思って、一週間待った。しかし、まったく産卵数は増えなかった。最も多くの卵塊がみられた水溜り。とはいえ、ここもたったの40個である。絶好の産卵場所であるのだが、その後、まったく増えなかった。40個の卵塊はオタマジャクシになった。

Akagaeru2010032201 先週、本当に絶滅の危機を感じた私は、一週間色々と考えた末、水が涸れそうな小さな水溜りにいるオタマジャクシを連れて帰って、水環境が安定するまで飼うことにした。ニホンアカガエルの飼育については、以前経験があり、100%成体まで育てる自身があるし、100%育てた実績もある。これはやってみるしかない。育ててみれば、また新たな発見もあるだろう。

そんなことを妻や子供に話したら、生き物好きの次女が「飼いたい」という。そこで、次女を連れてオタマジャクシを捕獲にいった。

Akagaeru2010032001 とりあえず、水が涸れそうな小さな水溜りにオタマジャクシが泳いでいるのを見つけ、そこにいたオタマジャクシの一部、100匹程を連れて帰った。全部ではなく一部にしたのは、その水溜りが今後どうなるのかを観察するためでもある。もし、完全に死滅してしまったのならば、そこにいたオタマジャクシのうち、生存できたのは私が飼っているものだけとなる。その水溜りにいただいたいの数は予想できるから、何%生存させることが出来たかということになる。

Akagaeru2010032200 ただ、飼うといっても限度がある。私はたまたま大きな水槽を持っていたのだが、水槽の大きさを考えても100匹が限度と思う。しかし、たったの100匹を成体まで育てることが出来たとして、それはほんのささやかな抵抗にしかならない。実際のところ、昨年までの10分の1にまで減ってしまったアカガエルを元の状態に戻すには、数千匹でも飼って成体にまで育てなければ無理だ。こういう水槽を何十個と用意することは、大変なことだ。

そのほかの方法としては、危険な環境、たとえば水が涸れそうであるとか、流されてしまいそうだとか、そいうう環境に産卵されてしまった卵塊や、そこから孵化したオタマジャクシをより安全な環境に移動させるという方法もある。実際、水が涸れて、干からびる寸前の卵塊を、いくつか、より安定した水溜りに移動させてみた。これで、生存の可能性が高まれば、少しは足しになるだろう。

だが、そうして、田んぼをウロウロとしていて、あることに気付いた。今、水溜りがあって、アカガエルの卵が存在する田んぼの多くは、水溜りの水を排水しようと、溝が掘られている。しかも、ごく最近掘ったと思われる溝もある。Mizo20100322 水溜り自体がそんなに大きくなく、アカガエルの卵塊もわずか数個あるだけなのだが、その数個の貴重な卵塊のある水溜りの水を排水して、死滅させようとしている。排水した水がまた田んぼに戻ってくるのならまだ良いが、それは真っ直ぐ川へと流れていってしまう。おそらく、田んぼの持ち主は、アカガエルの卵を死滅させようという気はなく、田んぼの水をきれいに抜くことを考えてのことだろうが。それにしても、小さな水溜りまで、完全に水を抜こうとしなくても良いではないかとおもう。これでは、水に棲む生き物は死んでしまう。稲作によかれと思ってやっているのだろうが、カエルが全滅したら、生態系のバランスが崩れ、害虫の大発生という悪影響も考えられる。それを是非知ってもらいたい。少なくとも、最近まで、ここまで片っ端からきれいに水を抜くことはやっていなかったはずだ。わずかな水溜りが残っていたおかげで、かろうじて生き残ってきたアカガエルが、これでは、本当に絶滅してしまう。

Akagaeru2010032202 田んぼの中に、目に付いた小さな水溜りがあった。その小さなみずたまりにアカガエルの小さなオタマジャクシたちがウヨウヨと泳いでた。必死で生きようとするオタマジャクシ。これを放っておくと、水が涸れて死滅することは確実に思えた。そこで、とにかく、こいつだけでも救えないかと思った。しばらくその場で考えた。まず、この水溜りを深くして、水が涸れないように出来ないものか。そこで、水溜りに手を突っ込み、底をぐっと押し下げて深くしてみた。だが、状況はあまりかわりそうにない。そこで、オタマジャクシをすくって、別の、もっと大きな水溜りに移すことをやった。一箇所だけに移すと、そこが涸れればおしまいだ。だから、何箇所かにわけて移した。気付くと、手も足も泥だらけになっていた。

今年、一気に10分の1になってしまったアカガエルの卵。しかも、ほとんどが極めて危うい状態にある。放っておけば、確実にこの場所から絶滅する。その前に、なんとかしたい。ささやかな抵抗であっても、今、ここで、なんとかしなければ、いずれ朱鷺やコウノトリのようにいつのまにか絶滅することになる。たとえ他の場所で多く生きながらえていても、私の散歩道のニホンアカガエルは絶滅の危機にある。そのことが私には今、大きな危機に思える。梅雨入り頃に、小さなアカガエルが上陸し、それは踏みつけそうになるほど、沢山。その環境を今、なんとしても守りたい。

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2010年3月16日 (火)

助けたニホンアカガエル

先日から暖かい日が続き、毎年、お彼岸の頃にやってくるアズマヒキガエルのカエル合戦は、すでに準備が進んでいるようだ。Hiki20100314001 ここ数年間の間に出現し、その後も安定して水を蓄えている水溜り。これは、田んぼでも畑でもなく。単に水溜りなのだが、そこが、数年前からニホンアカガエルの小さな産卵場所となっていた。そして、今年、アズマヒキガエルがやってきた。産卵場所として、適するということが彼らにわかったのだろう。逆に、周囲にかつてあった産卵場所が産卵に適さなくなり、そこからヒキガエルはいなくなった。

いつも大量のヒキガエルがやってくる場所。私はカエル合戦のメイン会場と呼んでいるのだが、そこの様子を見に行った。見に行く途中に、会場へと向かうヒキガエルの姿があった。Hiki2010031401 メイン会場にいってみたら、まだ数匹が草にかくれて鳴いているだけで、姿はみえず、まだ準備中、さながら開幕に備えてウォーミングアップ中という感じだった。あと一週間のうちに、ピークがやってくるだろう。そして、終われば、さっといなくなる。これがアズマヒキガエルのカエル合戦だ。

さて、そのカエル合戦のメイン会場の周囲を歩いていたら、井戸の中にニホンアカガエルが落ちているのを見つけた。それほど大きな井戸ではないが、ニホンアカガエルが井戸から出ることが出来ないくらいの深さがあった。井の中の蛙というが、井戸の中に閉じ込められたアカガエルはやがて死んでしまうだろう。Akagaeru2010031402 みると、井戸の中に枯れ枝が浮いていて、アカガエルはその枯れ枝に必死でつかまっている。体の色は朱色かかっており、明らかに婚姻色。つまり、繁殖期の色なのだ。繁殖のため、いわゆるカエル合戦のために出てきたのだろうが、ここに落ちてしまい、出れなくなったのだろう。Akagaeru20100314002 私には、そのアカガエルの表情に、困惑と疲労が見えた。

「おやおや、困ったね」

私はそういって、枯れ枝を持ち上げて救出しようとした。アカガエルも必死でバランスをとって枯れ枝にしがみついていたが、枯れ枝はかなり朽ちてやわらかく、上手く持ち上げることができない。やがて、アカガエルはポトリと落ちてしまった。しかたなく、私は井戸の周辺に落ちていた丈夫な枯れ枝を拾い、それをアカガエルの目の前に差し出した。

「ほれ、これにつかまりなさい」

そういうと、アカガエルは素直に、さっと、その枯れ枝につかまった。今度は用心しながら引き上げる。そして、井戸の外に出すことができた。やれやれ。

「気をつけなよ!もう、落ちるんじゃないよ!」

私は本当に聴こえるように大きな声で、アカガエルに話しかけていた。アカガエルは、疲労と安堵の表情を浮かべ、じっと私を見ていた。Akagaeru2010031403

アカガエルの繁殖期には、こうして井戸や水槽などにはまってしまい脱出できなくなっているアカガエルをよく見つける。そのたびに、救出を試みるのだが...普段は、なかなか枝を差し出してもつかまってくれないのだが、こいつは相当に困惑していたようだ。

差し出した枝につかまるアカガエル。その重さを感じながら、ゆっくり引き上げる。そして、必死でバランスをとりながら枝につかまるアカガエル。アカガエルの動きを感じながら、私は力を加減する。アカガエルも私の動きを感じてバランスを取る。そういう生き物との協同作業。生き物と会話が成立する瞬間である。

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2010年3月14日 (日)

散歩道のニホンアカガエル絶滅の危機

ニホンアカガエルは千葉県レッドデータブックではAランク、最重要保護生物に指定されている。それくらい生息環境が危うい。そのことはわかっていたつもりである。しかしながら、毎年、散歩道では数百もの卵塊を見ることが出来、その数は減ることもなかった。だから、ある意味、安心していたし、周辺の、本当に数えるほどしか見られない場所とは違う、何か特別な場所と思っていた。しかし、今年は明らかに違う。

Tamago2010031401最も多くの産卵が見られる田んぼ。そこは、一番多い時は400個ほどの卵塊がみられた。その後も、毎年数百個の卵塊をみることができた。その隣の田んぼもほぼ同様。その2つの田んぼで毎年、およそ1000個近い卵塊を見ることが出来たし、特段減る様子もなかった。

ただ、気になることはあった。数年前から、その田んぼでは、一部を除いて、水が涸れるようになった。 オタマジャクシが孵っても、やがて水が涸れて、ほとんど死滅してしまう。実際のところ、そういう年がこのところ数年続いていた。それでも、産卵数に大きな変化はなかったから、アカガエルはそれなりに育っていると確信していた。

ところが、今年はその二つの田んぼで、現在までに、たったの50個しか産卵がみられない。これは明らかに異常だ。例年の十分の一の産卵数である。

Tamago2010031402しかも、多くが、水が涸れそうな状態にある。このままでは、全滅してしまう。もし、こういうことが続いたら、本当に、この場所のニホンアカガエルは絶滅してしまう。今が気付くときなのかもしれない。今、なんらかの対策を打たなければ、本当に絶滅してしまうのではないかという危機感を感じる。

実際、産卵に適する場所がなくなったかというと、そうでもない。どう考えても産卵があってもよさそうな場所はその田んぼだけではなく、周囲に沢山ある。Suiro2010031401 田んぼの周辺の畑のまわりには、水のたまった水路もある。ここは昨年までは、卵塊がみられたところであるが、今年はゼロ。まったく卵がない。これは、ちょっと異常と思える。

この周囲にはかつて1000個ほどの卵塊がみられた。それが今年は現在まで50個程。それ自体、赤信号である。考えてみれば、50個しか卵塊がないとすれば、産卵したメスの数は50匹程である。オス、メスの比率がわからないが、オスがその倍いるとしても、せいぜい150匹である。150匹のアカガエルしかその周囲に本当にいないとしたら、本当に危うい。

アカガエルは2月の終わりから4月頃にかけて、じわじわと産卵するが、産卵の時期から6月頃に上陸するまでの水環境が生息には重要である。この長期にわたって、安定して生息出来る環境があることが重要なのだが、今、それがかなり危うい状況になっていることをあらためて感じている。もし、今、アカガエルの卵を保護し、安定した水環境になる田植え後まで育てるか、いや、その後も除草剤などで大量に死んでしまうことを考えると、本当にカエルになるまで育てて放流するなどということが必要かもしれない。私はこの場所の田んぼの環境は、とても良いと思いこんでいた。だが、実は、かなり危うい状況にあることに今気付いた。今、なんとかしなければ、本当に絶滅してしまう。そういう危機を、今、とても強く感じる。実際に、ここ数年で散歩道から姿を消した生き物は、いくつか存在する。それがどうしてそういう状況になったのかは、これだけ頻繁に見ていてもわからないものもあった。それを今から悔やんでも始まらない。アカガエルについて、私は悔やむことのないようにしたい。Tambo2010031401

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