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2010年1月11日 (月)

2010年ようやく始動

年が明けて、ようやくじっくり散歩できる時間が出来た。ほんのわずかな期間遠ざかっただけでも、自分の中の自然の感覚は少しずれてしまっている。ゆっくり歩きながら、少しずつ自然のリズムに自分のリズムを合わせていく。時には、見晴らしのよい場所で、一人たたずんで、何気なく、目の前の色んなものを見る。Tatazumi20100111

カケスがジャージャーと騒いでいる。そこにカラスがやってきて、カーと一声鳴いて、カケスに向かって降下してくる。カケスは枝を飛び移り、ジャージャーと騒ぐ。

そんな光景を見ていた。しばらく自然から離れていると、こうして、少し体を慣らさないと、よくみえてこないものがある。

さあ、何を見ようか?まず、今年のアカガエルがどんなシーズンになるのか?それが気になって、水溜りを見て歩く。去年、アカガエルにとって天国のようであった場所が、今年は少し様子が違う。ある年には、とても良い産卵場所だったところ、今年は水流がきつくて、これでは産卵が出来ないな、とか、去年までは流れがきつかったところが、すっかり流れが止まっていて、絶好の産卵場所になりそうだとか。水溜り一つのコンディションを気にする。Tambo20100111_2

もっとも、まだ産卵が始まるまでは1ヶ月以上あるから、この先の天候や、田んぼへの水の入り方に左右されるであろう。ただ、あらかじめ、おおよその見当をつけて、過去の経験から予想しておくことは、実際に産卵が始まって、予想と比べてどうだったかということは大変ためになるし、色んなことを考えるきっかけをつかむことが出来る。さて、今年は産卵は早いのか遅いのか?多いのか少ないのか?多い場所はどこになるのか?そんなことを考えながら水溜りを見てあるく。

藪に入ると、地面にシュンランのツボミが折れて落ちていて、たいそう驚いた。これはいったいどうしたのか?シュンランがツボミをつけるのはまだまだ先のはず。しかし、ツボミが、しかも折れて落ちているのはいったい何が起きたのか?Shunran20100111

私にはまったく理解出来なかった。「まさか?」と思い、そこいら中にあるシュンランの株を見てまわったけれど、ツボミがついているものなんて一つもなかった。そりゃあ当たり前だ。

冬の林の中は面白い。落葉樹がすっかり葉っぱを落として、明るく、見通しがよくなっている中、青々とした照葉樹が目立つ。この時期をチャンスとして、どんどん伸びていく。中でも、今日は何故かヤツデが目に付いた。ヤツデの葉っぱは面白い。ヤツデといいながら、大きな葉っぱは、たいてい9つにわかれている。Yatsude2010011101

でも、根元の方にある、ちっちゃな葉っぱは一枚。それがやがて3つに分かれてYatsude2010011102

どんどん切れ目が入っていく。ヤツデをみつけては、1つから9つまでの葉っぱを探してみるが、実際のところ、たいてい奇数である。1,3,5,7,9。

要するに、真ん中の中指のような部分と、左右対称に同じ数だけというのが普通のようだ。Yatsude2010011103

ただ、完全に左右が同じ形とは限らず、切れ込みが左側だけ不完全であったりするものもあるので、そういうやつは偶数に数えられたりする。1~9までの葉っぱの写真を全部そろえようか、などと思ってヤツデを探して歩く。

そうしているうちに、葉っぱの裏に越冬する虫を発見。これはセモンジンガサハムシだろう。Semon20100111

静かな静かな冬の曇り空の下、気付くとまた生き物との会話が始まっていた。2010年の散歩道。ようやく始動した。

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