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2009年12月29日 (火)

一年、そしてまた一年。その時間が見せてくれるもの

Sampoent20091229 毎年、年末に振り返る。今年も散歩道を沢山歩くことが出来た。毎年、少しずつ変化していく散歩道。くねくね峠道入り口付近の木は数年前にすっかり伐採されたのが、もうかなり木の壁が出来つつあるとか、木を伐採した場所が何箇所かあったりとか、それはそれで変化しているのだけれど、やはり、ここにくると、静かに自然に包み込まれるようにして、ゆっくりと流れる時間み身をゆだねることができる。

一年を振り返ると、季節が大きく変化しながら、私もそれぞれの季節を感じながら歩いていることに気付く。その時々で、いろんなことを考えながら。

散歩道に何を見るのか?そのことがよくわからなくなったこともあった。しかし、この一年で少しだけ答えに近づいた気がする。私は、五感を使ってこの場所を感じ、この場所とともに生きて、この場所のことを記録し、考える。そのことで私の中に何かが熟成されていく気がする。Sampo20091229

時間をかけなければ熟成することが難しいものがある。すぐに答えを求めたがる現代の世の中。人間社会の時間スケールは小さくなっていく。そのことをさも当たり前のように、それが進歩であるかのように言われることがあるが、そんなことを言うのは人間だけだ。そんなことは人間の頭が無理に作りだすだけのこと。

自然の中の出来事は変わらず、小さなものから大きなものまで時間スケール、空間スケールの違うもので出来ている。人々の生活の時間が変わったからといって、変わるものはないし、変えることが出来ないものが沢山ある。

人の一生だって、極端に短くなったり長くなったりするものではないじゃないか。そして、人が感じることが出来るものは、やはり時間、空間スケールに限度がある。ここを歩く時は、自然を感じられる速さで歩こう。何年も何十年も歩くなかで、ようやく感じられるものがあることを、頭の片隅にちゃんといれておこう。

今年も沢山歩いて、沢山感じることが出来た。来年も、その先も。自然も少しずつ変わるだろう。私も少しずつ変わるだろう。そのことが見せてくれるものがきっとあるはずだ。Sampo2009122902

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2009年12月20日 (日)

寒波

「ことしは暖冬にあらず」。私は、秋口からずっと言ってきた。自分の経験に照らし合わせて、そう思っていたからである。今年の秋の花は、ものによっては例年よりも2週間も早く咲いた。Sarashina20091107

そろそろ咲いているだろうと思って、いってみたら、もうすっかり花がおわっていたものも多かった。植物や動物の動きが、今年がけっして暖冬に向かうのではないことを伝えていた。少なくとも、私にはそう思えた。

私は何年も同じ場所で、同じものを見ている。そんなに同じ場所を同じに見て、何の発見があるのだろう?と思うかもしれない。正直、自分でも時折そう思うのだから無理もない。ところが、ずっと見ていると見えてくるものがある。そのために見ているのだと思う。

冬や春の訪れは、毎年微妙に違う。暖冬だから同じになるとは限らないし、単純なものでもない。様々な複雑なパターンがある。それは何年も見ていてようやくわかってきたと思う。どうしてそんなパターンが生じているのかは、もっと詳しく調べないとわからないだろう。ただ、今は、感覚的に違いがわかるという段階だ。

気象条件は年によってまったく違う。暖かいが日照が少ない、暖かくて雨が多い、暖かくて日照が多い、寒いが日照が多い、寒くて雨が多い.....などと気温と天気傾向だけでも色んなパターンがあるし、周期的に変わる天候と、季節の移り変わりのタイミングだけでいろんなことが当たり前に起きる。いろんな気象要素に微妙に違う反応を示す植物や動物がいるから、その組み合わせで色んなパターンが生じているのだろうと思う。私は感覚的に感じるのだが、実際に詳細なデータを収集すれば、その感覚的なものが、実際はどういう原因でどういう風に生じているのかわかることだろう。

そういう複雑なものが自然なのであって、ちょっと暖かいとすぐに「地球温暖化」のせいにするどこかのニュースキャスターが言うほど単純ではないし、人間が全てを把握して、コントロールできる筈など決してないことは、少し自然を素直に見つめていればわかるというものだ。

最近は自然を見ることもなく、硬直的な概念だけで環境問題などと勝手なことを語る輩がいかに多いことか。そういう輩こそが、自然とともに生きること、自然を素直に見つめること、自然から素直に学ぶことを阻害しているとも思える。だとしたら、それが一番の環境問題だ。Hayashi20091213 少なくとも、私は、そういう頭だけで考える自然愛護野郎にはなりたくない。私は自然とともに暮らし、自然を見つめて生きたいのだ。

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