今年も谷津田に輝く季節がやってきた
巷では、ゴールデンウィークの始まりという。行楽シーズンという。そのゴールデンウィークの始まる少し前から、私の散歩道フィールドである、瀬又の谷津田は輝き出す。それは本当に輝きはじめるのだ。
それは、丁度田植えが始まる時期である。田んぼには水が入れられる。林の木々は芽吹き、新緑が輝いている。最初はごくごく淡い色の芽が出てきたかと思うと、日に日に色を濃くしていく。そして、静かに水を蓄えた田んぼに新緑が映る。それはもう、たとえようのない透明感である。そして、シュレーゲルアオガエルが鳴く。カエルの声は谷にこだまし、ときどき盛り上がり、そしてまた静かになる。ウグイスの透き通った声が四方八方から響き、ときおりキジのケンケーンという鋭く甲高い声がこだまする。
この時期は、一年でもっとも花の多い時期である。それこそ色とりどりの花が咲くのだ。この時期になると、私は歩く早さがぐっと遅くなる。それは見るものが多すぎるからだ。一歩一歩進むと、一歩一歩違う花が見える。
イチリンソウ、ニリンソウ、ジロボウエンゴサク、ヤマエンゴサク、ネコノメソウ、クマガイソウ、キンラン、ギンラン、ササバギンラン......それらが一斉に咲く。色とりどりの花の中を歩く。
こんな幸せがあろうか?と思う。この谷津田の輝きを見たら、どんな花壇だって、つまらなく思える。
この自然の中に咲く花を道端に見ながら歩くことの素晴らしさは、どんな花壇にもかなわないだろう。
この時期は早起きして、朝早くに散歩をするのが気持ちいい。夜露に濡れ、まだ花が半分くらいしか開いていない。葉が繁り出して、やさしくそそいでくる木漏れ日の下で、色とりどりの花がキラキラと輝くのだ。湿った緑の香りがただよい、カエルが鳴き、ウグイスが鳴く。チョウはまだ寝ぼけているのか、飛び方がゆるく、時々花にとまっては、ゆっくりと翅を広げたり閉じたりする。
この美しい季節の美しい自然、それがこんなに身近にあることを、もっと多くの人に知ってもらいたい。そして、それがいかに脆いものであるかを知り、それを大切にしてもらいたい。
いや、決して花だけが大事なのではない。私は何度も言っているが、きれいな花を守るためといって、人が一生懸命手をかけるというのはどうか。あげくの果てには花につく虫を追い払うために殺虫剤を撒くなどということを、こんな自然の中でやってしまう人がいる。それは私に言わせれば本末転倒である。
花を愛する気持ちがあるなら、その花を育んでいるもっと大きな自然を愛せないのだろうか?自然があって、そこにいろんな生き物が様々な生活をしている。その中で、奇跡的に咲く花がある。その奇跡を奇跡としてどうして愛せないのだろうか?木を見て森を見ずというが、花を見て自然を見ず、になっていないだろうか?
花は美しい。だから花だけに目がいってしまう。しかし、花を食べる虫がいる。花とともに生きる生き物だっている。植物だって、花を咲かせるために、いろんなものを犠牲にしていたりもする。それが自然の姿であり、そこに綺麗な花が咲いているということは、自然の複雑な営みが生んだ奇跡なのだ。その奇跡を生んでいる自然の凄さに思いをはせることが出来なければ、本当の花の美しさは感じることができないと私は思う。そうでなければ、花壇の花を見ていればいいではないか。そちらの方がよほど手軽に見れるではないか。でも、それでは私にはまったくつまらないのだ。
この美しい自然がずっとずっとそこにあって欲しいと願う。そこには自然という奇跡が生んだ美しいものがある。そのことを多くの人がごく当たり前に感じる世の中であったらいいと思う。昔から自然を敬い、大切にしてきた心。自然は、人の心に美しい恵みを与えてくれるのであろう。誰でも自然を素直に見つめるだけで、その素晴らしい自然からの贈り物が見えるはずだ。なにも遠くまで花壇の花を見にいかなくても、あなたの足元に素晴らしい贈り物が沢山あるではないか。なにも私の散歩道が特別なわけではない。私は多くの人にそのことに気付いて欲しいのだ。



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