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2008年2月24日 (日)

ニホンアカガエルの産卵事情

毎年、この頃に散歩道のニホンアカガエルが産卵する。これは千葉県としてはかなり遅い。千葉市内では、毎年最も早い産卵は1月の下旬である。この周辺でも2月の上旬には卵が見られることがおおい。だが、ここは違う。過去に最も早く卵を見たのが2月10日である。

この時期になると、私は毎年、「まだかまだか」とアカガエルの産卵が始まるのをとても楽しみに待っている。期待して散歩道で目を皿のようにして卵を探すが、みつからないとがっかりする。Akagaeu20070211

これは去年の写真。2月11日に最初の卵を見つけた。この最初に1つを見つけた時は毎年、とても嬉しい。これからアカガエルの季節が始まるのだ。そして、散歩道に春がやってくる。

去年は2月23日の夜に産卵のピークをむかえた。Akagaeru2007022301

田んぼの水溜りに、ひしめきあうアカガエルたち。昼間はひっそりと土の中にもぐっていて、日が暮れると同時に出てくる。まっくらな田んぼや水路を懐中電灯で照らすと、ここにもあそこにも、アカガエルが静かに座っているのが見えるのだ。

さて、今年はどうかといえば、まだ卵はゼロだ。昨日、くまなく探してみたが、一つの卵も見つけることが出来なかった。

産卵する場所はだいたい決まった場所であるが、その場所ごとに順番がある。一番早い場所、それから遅い場所というのは、たいてい決まっている。早い場所はよく日のあたる場所。水温は周囲よりも高いのだろう。この時期の谷津田では、日陰の部分は昼間でも氷が張っているままなので、こんな場所に産卵するわけにもいかない。Kori20080223 もっとも、こんな場所でも、3月に入ってぐっと暖かくなってくれば、いずれ卵がみられるようになる。アカガエルはダラダラと長期間少しずつ産卵していく。どうしてそんなことをするのかは、卵が育っていく様子を見れば想像がつく。

もうひとつ大事なことがある。それはいうまでもないが、水である。オタマジャクシは水の中で育つ。オタマジャクシがそだって陸に上がるのは6月頃であるから、それまでずっと水があることが大事だ。

毎年、もっとも早く水が入る田んぼは、アカガエルの産卵にはもってこいの場所だった。ここ数年、早くに水を入れた田んぼがあった。そのおかげで、アカガエルの産卵数は毎年ジワジワと増えてきた。最初はせいぜい100個くらいの卵塊があっただけだが、毎年倍増してきた。去年などは数えるのも大変で、600個を越えていた。

ところが、その田んぼ、今年はまだ水が入っていない。とはいえ、小さな水溜りがあるので、産もうとすれば、ここに卵を産むことは出来るだろう。ただ、キャパシティーを考えると、せいぜい10個程度ではないかと思う。Mizutamari20080223

それ以上はどう考えてもこれだけの水溜りでは無理がある。

だが、そもそも、今年は今現在、卵はゼロである。昨日、一昨日と気温が急上昇したのだが、何故か?それは理由がある。雨が降らないからだ。

アカガエルはまとまった雨のあと、気温の高い夜に産卵する。雨が降っても、そのあとで気温が低くなるような場合はほとんど産卵しない。それは、産卵する自分達の命が危険にさらされるからでもある。産卵にきて、急に気温が下がって凍え死んでしまうこともめずらしくない。

天気予報では、次の火曜日から水曜日にかけて雨の予報となっている。おそらくここで産卵するものが多いだろうが、ただ、気がかりなのは気温だ。産卵するには気温が低すぎるように思う。

毎年、早くに水の入っていた田んぼに水が少ない。となると、どこで産卵するか?ということを予想しながら周囲を歩いてみると、一ついえることは田んぼのまわりの水路だ。Suiro20080223

これもまた微妙である。実は、アカガエルは流れがある場所にはまず産卵しない。水路の水がサラサラと流れているような場所には卵がない。水が溜まっているだけの水路がよいのである。考えてみれば、丸っこいアカガエルの卵は流れがあると、水に流されてしまうだろう。それだけではなく、オタマジャクシも水の流れにさからって泳ぐなどということは出来ないのだ。

よく、田んぼが乾田(ようするに冬場は水の入っていない田んぼ)になったためにアカガエルの数が激減したように言われることがある。私はこれには疑問を持っている。昔から農業を行ってきた人に色々と話しをきいても、乾田そのものが急激に増えたとは思えないからだ。年中水が入っている田んぼは「ヌカッタ」といわれ、普通の田んぼとは区別されていた。つまり、年中水が入っている田んぼこそ特殊だったと思える。それに、冬に田んぼの水を抜いたからといっても、その水が消えてなくなるわけではなく、それは周囲の水路に水を逃がすのであり、その水路にも充分に産卵場所となりえるからである。

それと、もう一つ疑問に思っているのは、水路がコンクリート化したからアカガエルが溺れて死ぬ=アカガエルが減る、という理論だが、これも疑問だらけ。私はコンクリート水路で溺死したアカガエルを一匹も見たことがない。アマガエルは足に吸盤があるので、コンクリートの壁を登れるが、アカガエルは吸盤がないので登れない、これは事実である。にもかかわらず、水路で溺れたアマガエルならいくらでも見たことがあるのに、水路で溺れたアカガエルを一度もみたことがないというのはどうしてだろう?説明がつかない。それに、浅いコンクリート水路であれば、アカガエルは水路の中からピョーンと飛んで外に脱出可能であることは、観察していればすぐわかる。そもそも、水路のそばを歩いていて、驚いて水路に落ちるアカガエルは何百何千といるのに、何百、何千の死骸はいまだかつて見たことがない。

コンクリート水路の問題は、コンクリート水路と土の水路の両方がある場所で、アカガエルがどういう場所に産卵するかを考えてみたらすぐにわかることである。コンクリート水路は水の流れが土水路にくらべて急であるし、水がよどんでいることはほとんどなく、冬場はほとんど水がないのである。こちらの方が問題であろう。コンクリート水路と乾田の問題は多くの人が間違っていると思う。もっとも、ただ単にデータだけを見れば、そういう結論に結びつくのかもしれない。しかし、それは実態を見ていないと思う。私の考える正解はこうだ。

「冬場に田んぼから抜いた水をアカガエルの産卵に適さない流れの速いコンクリート水路に流すためと、コンクリート水路には水を貯めておくことが出来ず、水の供給が絶たれると水が涸れるため」

今年、いつも水が真っ先に入っていた田んぼに水がないが、それでも産卵のためにアカガエルは出てくるだろう。そして、産卵に適した場所を探す。私もアカガエルより一足先に産卵に適した場所を探した。そしたら、それはすぐ近くにあった。Suiro2008022302

ここまでアカガエルたちが無事にたどりついてくれることを願う。たぶん、彼らは知っているだろう。

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2008年2月17日 (日)

散歩道プロジェクト5周年

最近のあまりの忙しさに、つい忘れそうになっていたが、昨日、2月16日は「散歩道プロジェクト」の誕生日。昨日で5周年を迎えた。Kunetoge20080217

5年前のことを振り返ってみると、本当にその時散歩道を歩いていた自分がまるで別人のように思えてくる。私は何を思ったか。いったい何を考えたのか?散歩道プロジェクトの最初の頃の日記を見ると不思議な感じがする。

私は確かに何かを感じていたと思う。それも歩くたびに強く感じるものがあった。散歩道プロジェクトを通じて、自然を見て、考えて、それがどういうことなのかが見えてくるというプロセスの真っ只中に私は今いるのかもしれない。

私は今でも時々、散歩道を歩きながら、散歩道プロジェクトで最初に歩いていたころの気持ちを思い出してみることがある。ふと立ち止まって、散歩道の空気の香りを感じ、風が木々をざわめかせる音をきき、冬から春に移行していくこの頃の太陽の光を感じ、あの時、私の心を強く動かしたものは何なのか?それを思い出す。それを見失わないように。あの時、何をしようと思ったのか、それを見失わないように。

私は、こんなことを思っていたそしてそこから延々と続く私の散歩と記録、そして考えたことがある。そこから様々な出会いがあった。今、私のまわりの人の繋がりは多くがここから始まっていることを考えると、この5年間は私にとっては大きい。

5年前のあの日、小さなデジカメ一つをぶらさげて、散歩道を歩き始めたのだった。そのことを思い出してみる。今は、ずいぶん大掛かりなカメラを2台もぶら下げている。ただ、散歩道の自然を見ようとする気持ちは小さなデジカメ一つでも相当に強い思いがあった。

今日、散歩に出掛けるときに妻に「5年前の昨日、散歩道プロジェクトを始めたんだ」といったら、「こんな寒い時だっけ?」といった。そう、こんな寒い時だったのだ。まだ生き物が冬の寒さにひっそりとしているとき、そして、じわじわと生き物が活動を始める時。思えば、いいタイミングで始めたものだと思う。

Numa20080217 散歩道プロジェクトを始めた頃よく行ったアカガエルの沼にいってみた。考えてみれば、もうじきアカガエルの産卵の季節となり、散歩道には沢山のアカガエルの卵がみられるようになるが、そんなことすらよくわかっていなかった。ただ、ここでアカガエルの卵を見つけ、それから、ずっとそのアカガエルが育っていく様子を見たのだった。そのころ、ここには丁度よい水溜りがあり、ドジョウやザリガニや水生昆虫の姿をみることが出来た。ウグイスの声が谷にこだまし、それをききながらここでじっと、湿った土の香りを感じているのが好きだった。

そして、色んな生き物と出会い、色んな人とも出会った。いろんな出来事があり、私は少しずつ散歩道のことがわかるようになってきた。

Kutsu20080217 散歩道を歩くときは、いつも散歩道用の靴で歩く。この靴はもう5代目になるが、かなりくたびれてきて、水漏れがするので、そろそろ交代させよう。

散歩道はぬかるんだ場所が多く、ズボンがドロドロに汚れることも多い。時には斜面で足を滑らせて、泥んこになって帰ってくる。それを何もいわずに洗濯してくれる妻にも感謝。なにより、はたからみると、カメラをぶら下げて、いつもいつも同じ場所を歩いているという妙な行動に、ちゃんと理解を示してくれたことにも感謝せねばなるまい。

Mirror20080217 私の心を強く動かした砂漠エリアも様変わりして、いまでは多くの家が建ち、少しずつ街になっていく。

その外れにあるカーブミラー。これはかつてのこのあたりの姿と新しくなっていく姿を両方映す。この両方の風景がどんな風になっていくのか、それを見ることが散歩道プロジェクトの使命でもあり、それぞれの世界で起きていること、その接点で起きていることをちゃんと見つめねばならぬと思っている。

歩いた回数はもう数え切れない。だが、いくら歩いても奇跡を起こせるわけではない。ただ、そこには私が歩いて見たこと、考えたこと、感じたことが残るだけだ。今という時代の中で、私がここで何を見て、何を考えたか、そのことが残るだけだ。そこには、今という時代を、都会の人間社会の中からだけ見ようとする人々。人間社会の価値観やものの見方、考え方は永遠ではない。いずれ変わるだろう。その時、今という時代がどう見えるのだろうか?

私は何故この散歩道にこれほどまでに心を奪われたのだろう。どうしてこんなに歩き続けるのだろう。それはわからない。しかし、自分がここを歩いて見て感じたこと、そのことは自分が今という時代をこの散歩道を通じて感じて生きているという証だと信じて。これからも歩き続ける。

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2008年2月11日 (月)

ノウサギの足跡

昨日は派手に転んでしまったが、怪我もなく、2台のカメラも無事だ。今朝はさすがに慎重に歩いた。日陰ではまだたっぷりと雪が残っている。Yuki20080211

雪の上に新たな足跡がないかと、また一生懸命探す。足跡探しは楽しいものだ。足跡の主がどの動物なのかが瞬時にわかればいいのだが、なかなか難しい。ただし、すぐにそれとわかるものはある。それはノウサギだ。

ノウサギの足跡は「ケンケンパ」の特徴のある形をしているからすぐにそれとわかる。ただ、雪がかなり融けかかっているので、古い足跡は明瞭でなくなっている。よくみると足跡のようにも見えるし、単に融けてくぼんでいるだけかもしれない。新しい足跡があればと、雪が降るたびに、ノウサギの足跡を見つける場所にいってみた。そしたら、いきなり見つけた。比較的新しい足跡だ。Usagi20080211001

これは足跡がついた後で雪が融けたのではなく、解けかけた雪の上に新しい足跡がついたことを示すような、エッジがするどいものがあった。

この場所では雪が降るたびにノウサギの足跡を見つけているので、いつもこのあたりにノウサギがウロウロしているということだろう。Usagi20080211002

普段はなかなかお目にかかることが出来ないが、しっかりと雪の上で足跡を残してくれたことで、元気にここで活動していることがわかった。

実は丁度一年前に、2週続けて同じ場所でノウサギに遭遇し、写真も撮ることができたが、それ以来、遭遇していなかったので、少し心配していたのではある。こんなに新しい足跡がすぐに見つかるのだから、ノウサギはしっかり生きている。

Usagi20080211003 雪が降らなければ、ほとんど足跡もわからないが、こうして雪が降ったおかげで彼らの動きを知ることが出来た。

今度は、しっかりと姿を写真におさめたいと思う。彼らの行動、どこでどう生活しているのかが知りたいと思う。

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2008年2月10日 (日)

すべって転んでさあ大変

先週、千葉としては珍しい大雪が降った。まあ、大雪といっても千葉では数センチの積雪で大騒ぎである。今年はラニーニャの影響もあり、関東南部は雪が多い。千葉でも、ここ一週間に何度か積雪するほどのことがあった。昨日も午後から雪がぱらつき、それが次第に雨になった。

雪が降ると、雪の上に動物の足跡がつく。これは普段はなかなか見れないものだ。その足跡で、どんな動物がどこに出没し、どういった行動をしているのかを考えるだけでも、いままで見えなかった自然が見えてくる。だから、今朝はある意味楽しみだった。どんな足跡があるだろう?と少しワクワクした。

ただ、雪の後に雨が降ったこともあり、足場がなかり危うい状態だった。いつもカメラ2台をぶら下げて歩いている私である。転んだら、怪我をするだけでなく、カメラも台無しになってしまうかもしれない。だから用心しながら歩いた。ゆっくりといつも以上に用心しながら田んぼわきの斜面を下っていたその時、足元をすくわれた。ズテーン!D2002008021001

「ああ、派手にやっちまった!」と声を出してしまった。カメラはドロドロだ。幸い、怪我はしていない。

散歩に出掛けた直後だけに、まだ何にもしていない。ほとんど写真も撮っていない。ここで引き返すわけにもいかないと思った。

「泥はそのうち乾くだろう」などといいつつ、そのまま進んだ。実際のところお尻のあたりがドロドロになり、冷たさも感じる状態だ。散歩道から家までこの状態で歩くのは勇気がいるな、そう思った。そして、少し腹が立った。こんなところでみっともない転び方をしてしまった自分が腹立たしい。

しかし、「こうなりゃ何度転んでも一緒だ」と開き直った。そして、普段あまりいかない奥地にガンガン入っていった。

おかげでそれなりに収穫もあった。いろんな足跡を見つけた。小さな小さな足跡が、田んぼから藪に向かって真っ直ぐとのびていた。Ashiato2008021002

それは2~3センチほどの小さな足跡だ。足跡は小さいが、足跡にくらべたら歩幅が大きい気がする。これはなんの足跡だろう?とても興味を引かれる。Ashiato2008021001

散歩といっても、私の場合は、急傾斜を上り下りしたり、藪の中を進んだりすることもあり、年に1,2度は転んだりすることがある。しかし、こんなに派手に転んだのは実際のところ5年ぶりかもしれない。丁度、散歩道プロジェクトをはじめてまもないころ、リスを見つけて、リスを注視しながらカメラを取り出そうとした瞬間に転んで、そのまま斜面を数メートルすべり落ちた時のことをよく覚えている。それから5年がたとうとしている。来週末、散歩道プロジェクトは5周年を迎える。その記念すべき転倒だ。まあ、怪我がなくてよかった。カメラもなんとか無事だ。さあ、気を取り直してまた歩こう。

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2008年2月 2日 (土)

イタチに遭遇

散歩道は今、真冬の景色だが、少しずつ春の気配を感じつつある。鳥たちが賑やかで、オオイヌノフグリも咲きはじめた。

枯れ草を踏みながら歩いていると、道端でガサゴソと何かが動く音がした。散歩している時は音に敏感になる。何か生き物が動く音は、生き物の居場所を教えてくれる。それは確かにすぐそばで音がした。私は反射的に立ち止まり、あたりを見回した。しかし、何が動いたのかわからなかった。そっと一歩前に踏み出すと、さらにガサガサと音がして、次の瞬間、側溝の穴に茶色い何かが入っていくのが見えた。Itachi2008020201

なんだろう?たしかにそれは獣なのだが、ネズミにしては色があざやかだ。穴の中を用心しながら覗いてみるが、暗くてなにも見えない。ストロボをつかって、穴の中を撮影しようと試みるが、狭くてうまくいかない。

さて、どうするか?ここでしばらく待っているか?と、思いながら、穴のそばで待つ。しかし、さっきの生き物は出てくる様子もない。

しかたなく歩きはじめたら、穴の反対側の出口(その穴同士が繋がっていることにいままで気付いていなかった)から、なんとイタチが出てきた。私とイタチは一瞬、お互いに視線があってしまい、ほんの一瞬、お互いにフリーズした。私は「イタチだ!」と頭の中で猛スピードで認識し、次の瞬間にはカメラを構えようとしていた。その間わずかコンマ何秒かである。しかし、どんなに素早く反応しても、カメラを構え、ファインダーをのぞいてシャッターを切るまでの1、2秒の間に、イタチはスルスルと走って藪の中に入っていってしまった。

私は立ち止まって、その足音を耳で追う。心の中では「遠くにいかないでくれ、戻ってきてくれ」と叫んでいる。すると、足音は遠ざかることなく、あたりを行ったり来たりしている。これはもしや、戻ってくるかもしれないと思った。

足音が近づいてきたのに反応して私はまたカメラを構えようとする。その次の瞬間、目の前を横切った。あわててシャッターを切る。しかし、間に合わない。イタチは、すばやく土手に上っていく。その上って行く後姿をなんとかカメラにおさめることができたものの、イタチらしい写真にはほど遠い。なんだかわからない写真になってしまった。Itachi2008020200

イタチはその後、もう一度だけ私の前を横切っていった。しかし、本当に一瞬のことで、目ではしっかり見えているのだが、カメラが間に合わないのだった。

藪の中、遠ざかる足音をききながら、あきらめきれず、その後もしばらくそのあたりを探し回っていた。

イタチは思ったより小さく、ネズミを長くしたような印象だった。とてもかわいい顔をしていた。動きはウサギほど素早くはなかった。

今、また再開した自動撮影で、このイタチを写真におさめたい。もう一度、遭遇したいものだ。

イタチに出会ったことで、ふと考えてみると、身近に沢山ある生き物の謎の痕跡の一部は、もしかするとイタチの仕業の可能性が考えられると思った。もう少し詳しく探ってみたいものだ。散歩道は、時々私にテーマを与えてくれる。

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