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2008年1月27日 (日)

自動撮影再始動

去年の今頃、熱中してやっていたことがある。それは自動撮影だ。毎日、庭にやってきていたヒヨドリがよい練習台になってくれて、何度も何度も自動撮影カメラに写ってくれた。おかげで、一羽一羽のヒヨドリの顔を覚え、個体識別ができるようにさえなっていた。一度だけ私の好きな鳥であるツグミが写ってくれていたときには感動したものだ。ツグミやヒヨドリはありふれた鳥だから望遠で撮れば難しいことではない。だが、まわりの環境まで写真におさめたり、同じ場所に何度もやってくる鳥を、散歩しているうちに自動的に撮ってくれて、よくみると顔の違いから個体識別が出来るというのは自動撮影のおかげだった。Tsugumi20070127s

ただ、同じ場所で同じ鳥ばかり写していても進歩がないので、次のことをやってみようと思って、 いろいろ挑戦していたのだが、いくつかの技術的な壁にぶちあたっていた。そうしているうちに、やがてアカガエルの季節になり、ツボカビ騒動もあったりして、なかなか自動撮影に手がまわらなくなってきた。

最近、ふとしたことでまた自動撮影を再開しようと思った。一年前に作った装置の動作確認をしてみると、ちゃんと動く。ただ、以前ヒヨドリやツグミが来てくれていた庭の一角は、環境がかわったこともあり、鳥がこなくなったので、試し撮りをするにも少し考えなくてはならない。

そんなことを考えているうちに、以前の悩みのタネであったいくつかの技術的問題の解決方法をふと思いついてしまった。忙しくてあまり時間がないけれど、とりあえず試運転をやってみるかと思い、庭に設置してみた。周囲の環境が若干かわったこともあり、最近庭の一角に最近、いろんな鳥が来る場所が出来た。そこに設置してみた。鳥がとまりやすいようにと、木の切れ端をうめて、そこを狙うことにした。

Shashin2008012601_2 ここに鳥がとまったときにシャッターが下りるように、と、調節するために、手をかざしたのがこの写真だ。このあと、何度か調整してみた。 しかし、このあとしばらくカメラを放置したが、結局、自分の手やら自分の後ろすがたやらが写っていただけで、試運転は失敗に終わった。

家の中から時々自動撮影カメラを見ていたのだが、そうすると、近くに鳥は来ていても、決してこの木にはとまらないことがわかった。よくよく観察していると、このカメラの位置や木の位置ではどうにもならないことがわかった。まずは鳥の習性を考えないと。やみくもに設置してもどうにもならない。以前、ヒヨドリやツグミがよく写ってくれたのも、毎日観察していた妻のアドバイスのおかげだった。最初の1枚が撮れずにいたとき、妻が、「ヒヨドリはいつもこの場所に止まる」と教えてくれたおかげで最初の1枚が撮れたことを思い出した。

次にどういう作戦に出るかはだいたい頭の中に出来たので、まずはそれを実践してみようと思う。その次にやりたいことがいくつかあって、そのためにはさらに工夫が必要だ。

自動撮影は自分が見えなかったものを見ることができる。それはワクワクする世界だ。初めて自動撮影カメラにヒヨドリが写ってくれたときの感動はわすれられない。Shashin2008012602

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2008年1月14日 (月)

ハクビシン

今朝、ちょっとした用があったので、車で出かけた。その時、近所の道路わきになにやら動物の死骸がころがっているのを発見した。交通事故死体のようだ。一瞬の出来事であったので、それが何の動物かはわからなかったがイタチのような細長い体が見えた。いつもはどこに行くにも、たいていカメラを持って出かけるのだが、今朝はたまたま持っていなかった。それに、いろいろとスケジュールがたてこんでいたので、カメラを取りに帰ることもできなかった。それが大変心残りのまま、ちょっと都心まで出かけた。なんとか明るいうちに帰ってこれたので、帰宅してすぐにカメラをもって死骸のところにいってみた。イタチ?アナグマ?などと想像していたが、そこに転がっていたのは、私にはちょっと意外な動物に思えた。Hakubi2008011300

この角度からだと、ちょっとわからないが、顔を見ればすぐにわかる。これはハクビシンだ。夜行性の動物なので、ほとんど目にすることがない。しかし、果物などを食べることもあり、農家の方にとっては獣害をもたらす動物として、やっかいなものだそうだ。私はこの近辺では、何度か目撃したことがあるが、とても敏捷で一瞬のうちに見失うことが多かった。

そして、今日、初めて、触れるほど近くで目撃したその獣は、すでに死んでいた。

Hakubi2008011302 道路側を頭にして倒れていたが、ちゃんと道路わきにあったので、交通事故にあった後に、誰かが端によせたのかもしれない。それでも引きずったような跡もなく、事故状況がよくわからないのではある。

見た感じは、死後1~2日だろうか?まだそれほど腐っている様子はないが、眼は白くなっている。

ハクビシンに限らず、獣の交通事故死体はこのあたりではよく見かける。私の経験では冬場に見かけることが多い気がしている。アナグマ、タヌキ、ノウサギなどがよく犠牲になっている。いずれも夜行性の動物だから、夜、見通しが悪い中で車にはねられているのだろう。

Hakubi2008011305 間近にハクビシンを見て、最初に気付いたことがある。それは、足の形だ。あきらかにイヌやネコなどとは異なっているし、アナグマなどとも違う。独特な形をしている。なにより、はっきりと指が5本あり、指先に鋭い爪がある。足跡で見分けるのならば、この形を覚えておけば見分けられる気がする。田んぼや畑に、あきらかにイヌやネコとは違う謎の足跡がついていることがあり、その足跡の主が誰なのか知りたいといつも思っているのだが、ハクビシンはらばわかるかもしれないと思った。

死後、少し時間がたっているせいか、あまり獣臭はしなかった。時々、散歩をしていて、得体のしれない強力な獣臭がしてきて、「これはいったい?」と思うことがあるので、臭いも、わかるものは覚えておきたいものだ。

この事故に遭遇した人は、このハクビシンを見てどう思っただろうか?道路わきに片付けた人がいたら、その人はどう思っただろうか?少し驚いたのではないか?それも気になる。私はもっとこの生き物の生きている時の生活の様子が知りたいと思った。身近にいる、こんな動物のことをもっと知りたい。それはどんな世界が広がっているのだろう。私は、これから少しずつでも、出来ることなら彼らの生活の一部を見ていこうと思う。

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2008年1月 8日 (火)

サワガニ

散歩道プロジェクトを始めてから、この場所で見かけた生き物で、もしかしたら絶滅してしまったのではないか?と思うものがいくつかある。そのうち、もっとも絶滅した可能性が高いと思っていたのがサワガニである。5年ほど前には一番谷奥のアカガエルの沼や、その手前の土水路で普通にみかけたものだ。時々草むらを歩いていることもあった。一時期、水路で死んでいるのをよく見かけたが、それ以来、すっかり見かけなくなっていた。その後、2004年7月24日の日記で、私は小さなサワガニを何匹か目撃しているが、以降、ほとんどみかけていない。サワガニがいそうな場所を見ていないわけでもない。

ところが、このところ死骸を多くみかけるようになった。先日の12月29日に、水路でひっくりかえって死んでいるサワガニを見た。Sawagani20071229

比較的大きいサワガニだった。特に天敵に襲われたような様子もない。

5年前は、こんな光景はごく普通に見られたのである。もちろん生きたサワガニが歩いているのも同じくらい普通にみられたのである。

そして、また先日サワガニをみた。Sawagani2008010602

これは何かの獣か、鳥に襲われたのかもしれない。このあたりでは、獣か鳥におそわれたと思われるカエルなどがよく落ちている場所である。

あるいは、比較的人通りのある場所なので、歩いているところを踏まれたか。

千葉のサワガニは色が青っぽいといわれる。その通りに、このあたりで見かけるサワガニはきまって青白い色をしている。

サワガニは名前の通り、サワのカニ。このあたりの谷は湧水があり、その湧水を利用して田んぼが作られている。だから湧水に棲むサワガニが生息しているわけだが、人々がその湧水を大事にしてきたからこそずっと生きながらえてきた。

そして、それが私の目の前で絶滅していったと思っていた。しかし、そんなことはなかった。それは私に見えていなかっただけで、サワガニはしっかり生息していたのである。

では、何故、急に見かけるようになったのか?よくよく考えると思い当たるフシがあった。Suiro20071222

このあたりの田んぼや畑には谷奥の湧水や井戸からの水をひくための土水路があるが、土水路というのは放っておくと少しずつ埋まってくるため、時々掘り返してやらねばならない。丁度、去年の暮れあたりに、このあたりの水路を一斉に掘り返したようで、水路わきに掘り返した土が延々と積まれていた。

おそらくこの土の中にサワガニが潜んでいたのだろう。それが掘り返されたために、あらたな棲みかを求めて、さまよい歩くものがいたのではないか?それが、獣や鳥の餌食になったり、人に踏まれたりして、死骸が目につくようになったのではないかと思う。

見えないところでしっかりと生きている生き物がいる。私はもうすこしじっくりと色んなところをみなくてはならないと思った。水路もいつも見ていたつもりだが、土を掘り返したりしてはいなかったので、サワガニが潜んでいても気付かなかったのだろう。今年はもう少し、じっくりと見ていこう。Sawagani20080106_2

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2008年1月 6日 (日)

2008年の最初に思う

散歩道プロジェクトを始めてから、今年で5周年を迎えることとなる。散歩道プロジェクトのホームページを作ったのは2003年の2月16日のことだが、思い出してみると、その前の1月の長い正月休みの最後の日に、散歩道を歩いて近所の神社(八幡神社)にお参りにいったときの日記にそのルーツがある。そして、さらに、2月15日の日記は散歩道プロジェクトの序章ともいえる。当時はブログという便利なツールもなく、テキストや写真を貼り付けたページを一つ一つ作っていた。そこから、散歩道日記が始まり、そしてこの散歩道ブログとなった。

それから、毎年、正月にはそのルーツとなる八幡神社には必ずお参りにいっている。去年までは三が日中にお参りにいったので、神社で御神酒をいただいて帰っていた。帰り道に少しよい気分で散歩道を歩き、今年もまた散歩道を歩けることに感謝した。

今年は三が日にお参りすることが出来なかったので、今日、遅ればせながらお参りした。Omairi20080106

何をお願いするわけでもなく、一年間元気に散歩が出来て、また、ここにやってくることが出来たことに感謝し、それから、また一年、家族みんな元気で、私もいつものように散歩することができるようにという思いを持ちつつ。

お参りして、神社の鳥居をくぐったら、車椅子のおばあさんと、それを押す女性に会った。おばあさんは、私を見て嬉しそうに手を振った。「おめでとうございます」そういって挨拶をした。私はたぶん会ったことのない人のような気がするのだけれど、もしかしたら、私がいつも散歩道を歩いているのをどこかで見ていたのかもしれない。なんとなくそう思った。

いつしか、散歩道プロジェクトは成長し、多くの人に見ていただいている。ふりかえると、雑誌の記事に協力したり、地域情報誌の取材を受けたり、また、それがきっかけで、公民館で地元の自然コースの講師をつとめたり、あるいは、昨年は地元で講演会を開いたりと、ずいぶんと広がった。いろんな人にも出会ったし、いまや、散歩していても、いろんな人に会って話しをすることも多くなった。ありがたいことだと思う。

単に、個人的にふつふつとわいてきた思いから、ひたすら歩き、写真を撮り、考えてきたこと。それが少しだけ広がりをみせている。私にとって、散歩道プロジェクトなしの生活は考えられないし、散歩道を歩くことが私に力を与えてくれていると思う。そのことに感謝しつつ、それでも、マンネリ化して、同じところにとどまってしまうのならば、それ以上の意味はなくなる。だからといって、一気に何かが出来るわけでもない。

自然を感じ、見つめながら、自分も少しずつ成長して、それにともなって、いろんな事が生まれ、育つ。それは、身近な散歩道、すなわち自分の足元の自然とともに生きることの全てである。足元の自然を見て、感じて、生きるということ。人間が人間のために作り出したものの中だけで生きるのではなく、自然の中の一部としての人間が自然に何かを感じながら生きるということ。今、多くの人が忘れてしまった当たり前の事。それを感じ、考え、形にしていきながら生きる。それが散歩道プロジェクトの究極の目的であろう。今年もまた正月、初心に戻りつつ、また一年、今までに私の中に蓄積された様々なことがらと、散歩道の自然とともに生きて、またいろんなものを蓄積していきたいと思う。Kunetoge20080106

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