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2007年4月30日 (月)

(続)アカガエルの生命力(その後)

今日も朝からよく晴れて気温も上がった。こうなると、昨日かろうじて生きていたアカガエルのオタマたちにとってはアンラッキーなことである。いってみると、案の定、水はからからに干上がっていた。昨日はあんなに元気にピチピチと音を立てて、最後の力をふりしぼり、穴を深く、水を確保しようと集まっていたオタマたちも、ついに力つきた。そしてどこからかキンバエがやってきていた。オタマたちはたちまち土にかえる。もう、2,3日もすれば、そこにオタマジャクシがいたことすらわからなくなる。彼らの一生はこれで終わった。かれらの親たちにとって、今年の繁殖は失敗だった。しかし、これが自然の営みなのである。このことも、この場所の自然を形作る小さな小さな一つの要素なのである。ただ、多くの人々はそれを見ることもない。Aka20070430

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2007年4月29日 (日)

(続)アカガエルの生命力

3月頃のことである。ニホンアカガエルの卵がようやく小さな小さなオタマジャクシになった頃、それまで雨に恵まれて水が豊富にあった田んぼが干上がって、まだ、自ら遠くへは泳げないオタマジャクシたちは死んだと思った。だが、よくみると、ゼリー状の卵が含んでいたわずかな水分の中で、ピチピチとオタマジャクシが泳いでいるのを見て、アカガエルの生命力の凄さに驚き、この散歩道ブログ「アカガエルの生命力」に書いた。

それからもう2ヶ月近くが過ぎようとしている。その水が涸れた田んぼのオタマジャクシたちは、結局は育つことが出来なかった。あの直後に雨が少し降ったものの、その後また田んぼはカラカラに干上がり、さすがにそこまでの乾燥には耐えることが出来なかった。Aka200704317

こうして、乾燥化によって死んでしまうアカガエルのオタマジャクシというのはごく普通の光景である。わずかな水溜りにでも産卵するニホンアカガエル。水が干上がるリスクを冒しても何故そんな場所に産卵するのか?これは私の推測だが、他の水辺とは隔離された水辺ならば、それは天敵もいない快適な世界であり、運良く生き延びることが出来たなら、生存率は高いのではないか。まさにギャンブル。リスクも高いが、運良く生き延びたら効率もよい。

田んぼの水溜りであれば、田植えの時期になり、田んぼに水が入るまで生き延びることが出来ればよい。

近年、田植えの時期が遅くなったり、田んぼに水を入れる時期が遅くなったこともあり、乾燥して死滅する率も増えたような気がしていたが、アカガエルもそれに合わせて産卵時期が遅くなっているように思う、ということも、この散歩道ブログに書いた。

今日、今は完全な休耕田となっている場所にある、小さな水溜りに、オタマジャクシが泳いでいるのを見た。Aka2007042901 かろうじて水が残っている。実際、ここにはもともと10個以上の卵塊があったから、それからすれば泳いでいるオタマジャクシの数はかなり少ない。おそらく、今日はこのように、オタマジャクシが泳げるだけの水があるが、日によっては、もっと乾燥した日もあっただろう。それで、死滅したものも多いのではないか?あるいは、サギなどの鳥に食べられたものも多いかもしれない。こうしてオタマジャクシがだんだんと減っていくのが普通である。カエルになって上陸する頃には、かなり疎らになる。

ふと、隣の水溜りを見て驚いた。なんと、ほとんど水がなくなっている。そのわずかに残った水たまりにオタマジャクシがひしめき合っていた。Aka2007042902

これ以上水が減ってしまえば死んでしまうという状況である。しかし、今日までよくこれだけのオタマジャクシが生き延びてこられたものだ。そういえば、先週あたりは雨の日が続いたから、ここの水溜りはずっと水が豊富だったのかもしれない。昨日も少し雨は降ったが、水溜りの水を増やすほどではなかったのだろう。移動性高気圧に覆われた今日はよい天気で気温も上がり、空気も乾燥している。急激に水が減ったに違いない。

水溜りの近くにいってみた。ピチピチとわずかな水分の中でオタマジャクシが跳ねる音がきこえた。それはもう、生まれたばかりのオタマではなく、随分と立派にそだったオタマであった。Aka2007042903

直射日光を受けて、水温もかなり高くなっているであろう。そのなかで、一生懸命ピチピチと動いているのだ。

実際、こんな風に水がわずかになった時、オタマジャクシたちがピチピチと動き、集団で穴を掘るような行動をして、水溜りを確保しようとしているのをたまに見かける。オタマジャクシがピチピチと動くことによって、土に窪みが出来て、そこにまわりの水が集まってくるのだ。集まってきた水の中でオタマたちは生き延びようと試みる。

この水溜りは、そういう行動がかなり大規模に行われた結果であろう。だが、もう水はわずかにこれだけしかなくなった。果たして生き延びることが出来るのか?それでも、水溜りの真ん中付近はなんとか生き延びることが出来るかもしれない。でも、すでに、端の方では死んでいるものもいて、ハエがあたりをブンブンと舞っていた。無理に生かそうとするならば、私がここにバケツで水を汲んできて、撒けばなんとかなるだろう。だが、そんなことはしない。死んでいくのもそれが自然であるからだ。何度もいうけれど、それにはちゃんと意味がある。もし、生き延びることが出来るならば、それにもしっかりと意味がある。

明日の夜からは雨になるという。もし、そこまで生きていたのなら、しばらくは大丈夫だろう。もし、それまでに死んでしまったのならば、それは土となり、他の生き物の餌となる。このオタマたちが育つか死ぬかは、今年一年限りの出来事であるが、もっともっと長いスパンで見れば、生きるか死ぬかにまた違う意味が出てくる。ここで生きるアカガエルたちの歴史の中のほんのわずかな出来事でしかないが、それはこの地で生きるアカガエルという生き物の生活史にほんのわずかばかりの影響を与えるであろう。そうして、生き物は、自然は、少しずつ動いている。

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2007年4月15日 (日)

アリジゴクの不思議

今日散歩していたら、沢山のアリジゴクの巣に目がとまった。いつも歩いている道なのだが、この場所でアリジゴクの巣を見たのは初めてである。暖かくなって、アリジゴクが活動を始めたというのはわかるが、はて、ここに最初からいたのか?というと疑問である。かといって、今年卵から孵ったものではない。Ariji2007041501

ということは、冬の間の休眠からさめて、この場所まで移動してきたのであろうか?それもまたとても不思議に思う。アリジゴクを捕まえたことがあればわかるが、彼らは後ろ向きにズリズリと進むことは出来るが、普通の昆虫のように移動は出来ないのではないか?いや、もしかしたら私のその認識はまったく間違っているのかもしれない。

そういえば、夏に雨がまったく降らず、うちの庭の一部が乾燥して砂漠のようになり、アリジゴクが巣を作るのに適した状態になったことがあった。その時、突如、沢山のアリジゴクの巣が出来てきて、たいそう驚いたことがあった。アリジゴクの親はウスバカゲロウの仲間であり、これは翅があるので飛ぶことが出来る。だから、わずかな期間でも移動できるとは思うのだが、その幼虫であるアリジゴクは翅はなく、貧弱な足でお腹を引きずるように後ろ向きに進むだけである。あの姿で延々と巣を作るのに適した場所を探して移動するとしたら、それはどうかんがえても私には不可能に近く思える。でも、移動してきたとしか思えない。あんな風に移動するとして、どうやってこの広いフィールドで巣作りに適した場所を探し当てるのか?実際に、こういう巣作りに適した場所はかなり限られる。それをどうやって探し当てるのか?Ariji2007041502_1

みると、車のタイヤの跡がついているそのすぐそばに巣を作っているものがいた。ここで冬眠していたとは到底考えられないから、ここに移動してきて、巣を作ったのであろう。しかし、どこからやってきたのだろうか?

以前、沢山巣があった場所が、上の土が崩れて巣が見えなくなっていた場所があったが、今日行ってみたら、巣がいくつか復活していた。その崩れた土の下で生きていたのだろう。しかし、元の数よりはるかに少ない巣の数だったし、巣の大きさも小さなものしかなかった。もしかしたら、環境が悪くなったので、別な場所に巣を移したものがいるのかもしれない。

ウスバカゲロウの成虫はフワフワと飛ぶ。ウスバカゲロウだけではないが、カゲロウというのは成虫の期間も短く「はかなき者」のように言われる。それは成虫になって飛んでいる一瞬のことである。彼らは何年もこうしてアリジゴクとして過ごす。その生活は謎に満ちている。散歩道の道端に大きな謎が沢山潜んでいるのだ。それを感じながら歩く。それも自然を感じるということの大切な一部である。

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2007年4月14日 (土)

自然の個人情報保護

かつては、広告ダイレクトメールが郵便で沢山おくられてきていた。一目見てゴミ箱行きである。最近はこういうのは少なくなった。かわりに、スパムメールが大量に来る。メールアドレスをWebなどで公開していると、酷いものである。アンチスパムソフトを利用して、スパムメールは即ゴミ箱行きなのであるが、それでも山ほどくる。また、セールス電話もよくかかってくる。ためしに、そういう電話をかけてくる相手がどのくらいの情報を知っているか、いろいろと探りを入れてみたことがある。電話、住所、生年月日くらいまではおさえているようであった。

個人情報保護法が出来たというのもあるが、個人情報の扱いについて、大変うるさくなった。個人情報がどこでどんな風に利用されるかわからないので、ちょっとしたことでも大変神経を使うという、面倒な世の中である。先日も娘の小学校の地区連絡網のための名簿を作るにあたり、いちいち電話して「電話番号と、住所を載せてもよいか?」などと確認しなくてはならない。連絡網なのだから、当然必要な事項なのであるが。

そもそも、そういう情報をこっそり入手して、ウラで何をしでかすかわからないようなヤツが沢山てぐすね引いているような状況が今の日本の社会なのであろう。面倒な世の中になったものだが、面倒な世の中にするヤツがいるから面倒な世の中になるのでもある。

自然にも個人情報というのがある。植物など貴重なもので人気のある植物は、盗掘という犯罪から守るために、「生息地を教えない」ということがある。どこかからとってきた山野草を高値で取引する業者もいる。個人が栽培する技術すらないのに盗掘して持っていってしまう。そうして盗掘が自然の生き物を絶滅に追いやる。絶滅を防止するために、たとえばレッドデータブックに貴重種として載せたり天然記念物指定などをすると、「天然記念物指定される前に採っておけ」などという馬鹿野郎が出てきて、余計な被害を生んでいる現実すらある。

植物は自分で移動できないから特にやっかいである。しかも、成長して花が咲くまでに長い年月がかかるものであったり、生息するための環境が非常にデリケートで、その場所から少しでも動かすと生息出来ないというものもある。だから、貴重な植物を見つけても、生息する場所を信頼できる人にしか教えないというのは鉄則である。しかし、まったく秘密にしてしまうのも、それはそれで問題となる。丁度、私の住んでいるところのように、開発の圧力が常にかかっているような場所であれば、今、残されているここの自然がどのくらい貴重なものであるかということを、多くの人々にわかりやすく示すためには、「貴重な動植物種がこんなに豊富である」ということも必要である。そういうことから多くの人にその場所の貴重さを当たり前のこととして認識してもらう必要もあるからである。

私は自分のWebに、私が観察している散歩道フィールドで発見した貴重な動植物を多く載せている。それは、この場所がこんなに自然の豊かな素晴らしい場所なのだよ、ということを多くのことに認識してもらい、そのことが、そこにある自然を守ることにつながればと思ってやっている。だから特に貴重な植物の生息場所は特定されないように出来るだけぼかしている。まるで、「Aさん(仮名)」という風でもある。

私の活動や、Webのことが、地元の情報誌に載ったとき、少なからず反応があった。その反応で一番多かったのは「散歩道はどこにあるのですか?」という質問であった。私は正直「おいおい!」と思った。なぜなら、「家の目の前が散歩道」というような場所に住んでいる人からも少なからず問い合わせがあったからである。そういう人に「目の前ですよ」といってもピンと来ない。そういう貴重な自然が残っている場所というのは、そんな目の前にあるものでないと思っている人がいるようである。しかも、私の散歩道にだけこだわっているところがおかしい。なぜなら、開発によって失われた場所を除いて、この周辺は見渡せばいくらでも似たような場所があるからである。周辺の人口が増えて、その増えた人々のほとんどが、周囲の自然に対してこのような認識であるから、それは自然を守るのも至難の業である。自然というのは、どこか「自然公園」とか、「天然記念物」とか、そういうお上の「指定」をされた場所にしかないと思っているようだ。そこに当たり前にある自然に目を向けないで、自然というのはテーマパークのごとく、どこか特別なパークがあるとでも思っているのが現代の都会に住む人々のほとんどの認識だ。

少なくとも私は、そういう現実はよくないと思い、それなりに活動を行っている。公民館の講座もそうだが、このブログだって、半分は、そういう誤った認識の人々が気付いてくれたら、と思って書いているようなところもある。

先日、ある大変貴重な植物を見つけたという情報を、近所の人からもらい、私はそれを探しにいった。出来るだけその情報は秘密にしようということにしている。それが「ある」という事実は大変重要であるが、それが「どこにあるのか」という事実は、自然に対して理解のある人にしか教えられない。全てのこの手の情報交換がそうである。公民館の講座にしても、実は、「多くの人に知れても大丈夫」という確信をもったことのみを教えているのであって、講座ではけっして教えることの出来ないものも沢山ある。それよりも、講座に参加した人が盗掘をするような誤った自然感に向かわないように、いろんなことを考えている。それは、いままでにない自然観察の仕方でもある。私は山を越え、谷を渡り、崖から滑り落ちそうになりながら、崖を下り、また崖を登り、藪をかきわけ、苦労して苦労して、ドロドロになって、汗だくになって、ようやくその場所にたどり着いた。そこに本当に貴重な植物があった。この場所だけは絶対に誰にも教えられない。Katakuri2007041400

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2007年4月11日 (水)

平気でゴミを捨てる人々

Gomi20070408 先日、春の植物を探しに、いつもあまりいかないところを探索した。貴重な植物をいくつか目にすることが出来たが、それと同時にゴミの不法投棄現場も沢山発見した。自然の中を歩いていると、ゴミが捨てられているか否かで、そこに人が入ってきているのか否かがわかるくらいだ。

特に、近くに新しい街が出来はじめてから、街と森の境界線あたりは酷い状態である。一生懸命「不法投棄禁止」の立て札を立てていた地主さんの怒りもかなりなものである。「トラックで捨てに来た」といって憤慨されていた方もいた。

不法投棄といえば、悪徳業者が大量に産廃を捨てるイメージがある。確かに、この近所でも、そのような業者によって悲惨な状態にされてしまったところがある。しかし、実際にはどう考えても「家庭ゴミ」としか思えない、明らかに個人が捨てているゴミの方が圧倒的に多い。この写真のゴミも業者が捨てたとは思えないであろう。家庭のゴミである。

何も、現代の街に住んでいるわけだから、ゴミを捨てるのに苦労することもないと思うが、わざわざこんなところまでゴミを持ってきて捨てるというのはいったいどういうことだろうか?

Gomi2006041501 なかにはこんなゴミもある。三輪車である。これに乗っていた子供がいたはずであろうが、この子供はどんな風に育っているだろうか?そして、これを捨てにきたのは親であろう。どういう気持ちで捨てにきたのだろうか?子供がこれで遊んだ思い出は、不法投棄という犯罪に汚されてしまう。この三輪車に乗って遊んでいた子供が大人になって、不法投棄されたこの三輪車を見た時、どう思うだろうか?いや、何も思わないのだろうか?あなたの子供の頃の思い出は、不法投棄という犯罪にそまっているのである。

今の世の中、こういった粗大ゴミの処理は有料とはいえ、けっして、普通の市民が払えないようなべらぼうな額ではない。わざわざここまで運んできて捨てる労力、また、犯罪を犯すということを考えたとき、どちらが安く済むのかということも考えられないのであろうか?

金属やプラスチックで出来たゴミはけっして自然に土に戻るということはなく、誰かが処分しなければ、朽ち果てるまでそこにあり続ける。もし、捨てたあなたは目の前から消えたと思うかもしれないが、あなたが死んだ後もずっと亡霊のようにそこにあり続ける。そんな想像力もない。

こういうゴミの現状を見ると、とにかく「片付けましょう」(ボランティアで)ということになりがちだが、私にはそれはちょっと納得がいかない点もある。こうやって捨てていても、いずれ心やさしい誰かが片付けてくれるという甘い考えがあるのではないか?と思うからである。

人目につく場所、みんなが集まる場所に不法投棄ゴミの展示場でも作ったらいい。捨てたゴミがみんなの目の前でさらしものにされれば、それでも捨てるだろうか?一度試してみたいものだ。ゴミの山など見たくはないが、人が集まる場所に不法投棄ゴミを展示したらいい。渋谷ハチ公前でもいいぞ。それを全国TV放映でもすればいい。「誰だよ!こんなの捨てたバカは!」と見る人々みんなに非難される。名前のついた自転車や三輪車、家具、服、など不法投棄したものが、都会の真ん中でさらしものになる。それがいい。さあ、それでも捨てるか?こうして私はこれらの不法投棄ゴミをブログで全世界にさらしものにする。捨てたヤツはそんなことになっていようとは想像出来なかったであろう。

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2007年4月 1日 (日)

自然の柔軟性

先日、めぐりめぐって私のところに、NHKさんから朝のニュース番組で生中継できないだろうか?という話しがきた。カエルツボカビ対策の話題関連だったのだが、その時の話しの流れもあり、NHKの担当の方が「ニホンアカガエルの卵、一つでもいいからありませんかねえ」と言う。当初の予定は3月の20日頃だった。毎年の感じからすると、ギリギリ卵がありそうだったが、都合により、放送が一週間延びるという。さすがに生き物の季節に一週間の差は大きい。「その時期だと、難しいだろう」と話した。結局、NHKさんも色々探して、もうすこし北の方でニホンアカガエルの観察をしているグループの方にお願いするかもしれないとのことだった。私の散歩道が全国放送で紹介される機会は逃すことになるが、まあ、それは正しい選択だろうと思った。

結局、その後、能登半島地震があり、ニュース番組の予定が大幅に変わったようだ。その後、NHKさんからは音沙汰がない。わずかな時間ではあるが、アカガエルの卵と、カエルの置かれている現実を多くの人に知ってもらえる機会だったかもしれないと思うと少し残念な気がするが、ニュースというのは、その時々の世の中の動きとともに動くものでありしかたないことだ。

それで、今日、散歩道にいってみて驚いた。なんと、ニホンアカガエルの卵が、しかも、産卵後まだ数日しかたっていないであろう卵が沢山あったからだ。Tamago20070401

私はアカガエルを何年も観察しているが、こんなに遅く、こんなに沢山の卵を見たのは初めてだ。過去にも3月の終わりにわずかながら産卵されているのを見た記録はある。しかし、今日はもう4月である。

今日は気温が大変高く、散歩道はまるで新緑の季節のようであった。ウグイスはあちこちでさえずり、シュレーゲルアオガエルの大合唱が響く。これは、桜の季節の音風景ではなく、新緑の季節の音風景である。だからこそ、驚きも大きい。これなら、もしかしたらNHKさんがやってきても大丈夫だったかも知れない。しかし、自然のことである。そんなことは当日にならなかければわからない。毎日見ていても、なかなか予想はつかない。

そのアカガエルの卵からそう遠く離れていない場所には、ヒキガエルの卵もあった。Hiki20070401

ヒキガエルの卵と、アカガエルの卵がほとんど同時にあるなんて、少し不思議な気がする。もっとも、毎年見ていなければ、どこがどう不思議なのかわからないだろう。

カエルの産卵と成長を観察していると、まず最初にアカガエルとヒキガエルアカガエルの戦略とヒキガエルの戦略が違うのだな?とわかる。なぜなら、寒い時期に無理して産卵するアカガエルのオタマジャクシはゆっくりと育つのに対し、ある程度暖かくなって一気に産卵するヒキガエルのオタマジャクシはわずか1ヶ月ほどで手足が生えてアカガエルよりも早く上陸する。そこに、それぞれの生存のための戦略を見る気がする。

一度そういうものを見てしまうと、全てその固定された観点で見てしまうが、自然はそんなに単純ではないということだろう。それは、かなり柔軟性を持っているのではないかと思う。だから、こんなことが起きる。

考えてみれば、3月の後半はかなり気温が低い日が続いた。だから、その時に産卵されるはずのものが少し後にずれこんだのかもしれない。もう一つ思い当たるのは、年々少しずつ遅く産卵するものが増えている気がするのだ。これは、おそらく田んぼに水が入る時期が年々遅くなってきたからではないかと思う。近年、多くの農家で田植えはゴールデンウィークに行われる。それが何故かは容易に想像がつくだろう。そんな田んぼの水入れは人間の都合に合わせたわけだが、アカガエルも、それにうまく順応していくのかもしれない。

また、散歩道のある場所で、いままで私は一度もヒキガエルの卵を見たことがなかった場所に大量のヒキガエルの卵を見つけて驚いた。Hiki2007040102

この場所は、産卵には充分適している場所のような気がしていたが、何年もここに産卵するものがおらず、はて、どうしてだろう?と大変疑問に思っていた。周辺の他の水辺と比較しても、とても優良な水辺であるように私には思えたが、少なくとも、昨年までの数年間、私はこの場所でヒキガエルの卵を見たことがなかったのだ。それが、今年はこんなに大量にある。

おそらく、周辺の環境が微妙に変化しているので、ここが選ばれたのだろうと思うが、では、どうして昨年まではなかったのかというのも不思議である。その理由を探りたくなった。

自然はじっと止まっているものではなく、少しずつ動く。毎年同じ気候や同じ条件というのはあり得ない。地形も少しずつ変わる。だから、その程度の違いには充分対応できるような柔軟性を持っていないと生き残れないということだろう。では、彼らはどうやってその柔軟性を確保しているのだろうか?

以前、乾燥して死んでしまうアカガエルの卵の死は無駄ではないと私は言った。それは実際に観察してきて、そう思ったからである。アカガエルの中にも多様性があり、産卵の場所や時期にもある程度の多様性を持っている。つまり、それぞれに個性の広がりを持っていることが、毎年、変化する気候や環境条件に対応できる可能性を残しているということだろう。一見無駄に思える行動が、ある時、とても重要な意味を持つことになるのである。

何でもかんでも均一化したり、規格化したりしたがる現代人。規格に合わないものは無駄だと思うのだろう。いまや、自然や環境まで均一化したがる人がいる。「環境のために良い」ことは均一化ではないということをわかっていない人が多すぎる。多様性、ばらつき、個性の広がりを持つことは大きな意味を持っている。そのことの重要性を自然は教えてくれる。

それはそうと、思いがけず、今年はアカガエルとヒキガエルがすぐそばで観察出来ることに、私は少し嬉しく思った。これから楽しみである。

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