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2007年3月24日 (土)

アズマヒキガエルのカエル合戦

丁度、1ヶ月前、ニホンアカガエルのカエル合戦がクライマックスをむかえていた。それから1ヶ月。今度はアズマヒキガエルのカエル合戦のピークの時期だ。ニホンアカガエルは、カエル合戦にピークがあるものの、ピークの2週間ほど前から少しずつ産卵が始まり、ピークが終わっても、2~3週間くらいは産卵するものがいる。ところが、アズマヒキガエルの方は、産卵が始まってから、わずか1週間ほどでピタリといなくなる。ほんの短い期間に一気にやってきて産卵を終える。ニホンアカガエルに対して体が大きいアズマヒキガエルはカエル合戦も迫力がある。

Hiki2006032101 これは去年の写真だ。去年、丁度仕事がピークに達していて、忙しく、かなりの疲労感を感じつつも、このお祭り騒ぎ見たさに、夕方見にいったのだった。ヒキガエルたちの元気な姿に疲れが吹き飛んだのを思い出す。毎年、元気にくりひろげられるカエル合戦。

今年は暖冬で、アカガエルの産卵も早かったこともあり、だちょっとピークを外してしまったかなとは思った。だが、これだけは見ないことには、春がやってこない気がする。

去年はたまたま、こんな風に水が豊富な場所があったので、そこが大賑わいであった。今年はどうだろうか?

毎年見ている谷の奥に向かって歩く。ここにいくには、かなりぬかるんだところをいかねばならず、ズボズボと沼に足をとられながら進む。期待通りにヒキガエルの声がしてきたので嬉しかった。思わず、服がドロドロになるのもかまわずに進む。

ところが、今年は葦などが盛大に繁っているため、声はすれど姿が見えない。声だけをたよりに進むと、葦原の一角にある水溜りでわずかながらもヒキガエルが動いているのを見ることができた。Hiki2007032403

ところが、ドタバタと賑やかにヒキガエルに近づいてしまったため、どうやら、こちらの姿に驚いたヒキガエルは声をひそめ、泥に潜ってしまった。

しばらく、その場でじっと待つ。しかし、ヒキガエルたちも私がそばにいることを忘れることはない。あるものが、ちょっとだけ顔を出すが、視線が合うとスボスボッとまた泥に潜る。またしばらくして、顔を出す-視線が合う-ひっこむ、という繰り返し。その間、まったく声も出さない。

私は粘りに粘ったが、ついに根負けして帰ろうとしたら急に「グェッグェッ」と鳴き始める。みると、一組だけ、抱接しているカップルがいたので、私は半分ヤケクソになって、ズボズボとそのカップルに近づいた。Hiki20070324

それで、なんとかこの姿をカメラにおさめることが出来たが、毎年観察していてこんなのは初めてだ。日が悪かったのかもしれないし、今年はヒキガエルの産卵そのものが少なかったのかもしれない。あるいは、年々悪化する環境に、徐々に数が減っているということかもしれない。実際のところは、もう少し詳しく調べなければわからないだろう。

水の中にはすでに卵が見られた。ということは、大半はもう産卵が終わってまた森に帰ってしまったのかもしれない。Hiki2007032402_1

ガマガエルと呼ばれて多くの人に親しまれている(と思うが、実際どうなのだろう?嫌いな人も多いだろう) このヒキガエルだが、その実際の生活の姿を見る機会は今ほとんどないのではないか?彼らがどこでどうやって生活をしているか。彼らが今、どういう状況に置かれているか。

ヒキガエルもある意味、「鳴かないカエル」である。年に一度のカエル合戦の時以外はほとんど鳴かない。だから、「筑波山麓男声合唱団?」みたいに、歌を披露することは年に一度なのだ。それに、グェッ、グェッ、とあまり良い声ではない。

少し前、東京のある公園で、公園管理事務所が「カエルの声がうるさいという苦情があったから駆除しました」ということを平気で言っていたようだが、年にほんの1週間程しか鳴かないカエルを、姿も見たことがない人々、自然界の営みをこれっぽっちも見たことがない、理解していない人々が、いとも簡単に「うるさいから」といって駆除してしまう現状。これから、入学式のシーズン、挨拶で、「他を思いやることの大切さ」とか「命の大切さ」とか、そんな偉そうなことを言っても、これっぽっちも「命」や「自然」を見つめていない大人たちに言う資格はないのである。少なくとも「カエルの声がうるさい」といって「駆除」させてしまう大人、それを「はいそうですか」といって駆除してしまう大人には、はっきり言って何も言う資格はないね。

今年は、それでもアズマヒキガエルに一目会えたから、私は満足することにしよう。そして、彼らはカエル合戦が終わるとすぐ森に帰り、来年のカエル合戦までほとんど会うことがない。ほんの一目会って、また来年だ。

夕方、出かけていた妻が帰宅したら、駅からの帰り道、ヒキガエルが車に轢かれていたのを見たと。ふと、うちの枇杷の木の下で落ち葉の下に隠れていたヒキガエルのことを思い出した。そうだ、あいつは元気にしているだろうか?車に轢かれてないだろうか?そんなことを心配する私だった。

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2007年3月21日 (水)

続・流れを追う(3)

おもいがけず、谷津田の風景に入っていくと、不思議なほどの静寂につつまれる。私の場合、数年前に難聴になって、とりあえず、今は回復はしているものの、静寂に入ると、耳鳴りの音が強くしてくる。散歩道でも、一人でいるとき、静寂とは耳鳴りの音に囲まれることになる。そんな耳鳴りの中で、田んぼの水溜りをみては、アカガエルの卵などないかと探す。

Nagare2007031130 こんもりとした、小さく切り取られたように残っている森は神社の森だった。現代において、こんな風に神社の土地だけが取り残されたように残っている姿を見ることは珍しくはない。それが、かろうじて残る理由を考えることもさほど難しくもない。しかし、それが残っている理由に「心」が見えない。これが残っている理由を人に尋ねるならば、法律上の問題であるとか、経済的な理由であるとか、文化遺産、歴史的建造物、そんな言葉はいくらでも出てくる。しかし、そこに「心」というものはまったく感じられない。そのことが当たり前になっている。だから、「心」の問題ではなく、「法律」や「経済」の問題から必要なだけの土地が切り取られるだけである。そうして切り取られた土地には当然ながら「心」がない。それが、世の中の仕組みだからしかたないと、現代の人はいうだろう。しかし、それを誰が望んだのか?望みもしない仕組みを当たり前のことと捉えるならば、戦争だって、当たり前の必要悪になってしまうし、殺人だろうが、自殺だろうが、いじめだろうが、現代社会の病、それも当然の成り行きである。それでいいのか?ということだ。

ふと、田んぼの水溜りをみると、いた、すでにオタマジャクシになっている。私の散歩道に比べれば、とても少ない数ではあるが、まぎれもないアカガエルのオタマジャクシたちが泳いでいる。Nagare2007031131

いままで、流れを追ってきて、最上流の泉谷公園にわずかにいた以外、まったくいなかったこの流れに、かつてはいたことが容易に想像できる。「いない」のではない、「いなくなった」のだ。誰かが絶滅に追いやったのである。

それにしても、あまりに数が少ない。最上流の泉谷公園からここまでの距離は、私の散歩道の全長の2倍はあると思う。そこに、こんなわずかなアカガエルしかいない。これでは、おそらく3桁はいかないだろう。たったの2桁のニホンアカガエルしかいない。どう考えても、絶滅寸前である。考えてみて欲しい。あれだけ歩いてきて、その間にニホンアカガエルは100匹もいないのである。

さらに、そこから歩くと、そこには、まるで「くねくね谷」のような綺麗な谷津田が残っていた。まだ生きている。ここで谷津田がいきている。アカガエルさえ絶滅寸前になったこの場所で、しっかりと手入れをされた、生きた谷津田があったのだ。Nagare2007031132

わずかながら、最近ようやくさえずりはじめたウグイスの声がその谷津田の奥から聞こえてきた。

息を吸い込むと、かすかに谷津田の香りがした。そうだ、このあたりは、ずっとずっと、こうだった。私の記憶が急によみがえる。そうだ、今の街も大部分はこんな風景があちこちに広がっていたのだ。それはほんの十数年前のこと。たったの十数年で、それは失われた。

今の世の中で、ここに、このような風景を残すためには、ほとんど世間に逆らうような膨大なエネルギーを必要とし、世の中の仕組みや価値観、ライフスタイルをも乗り越えていかねばならない。どうしてそんなことになったのか。その現状に、誰も何も思わない。それが当たり前のこと、しかたのないことと捉えている。何度もいうが、私はそれがいやなのだ。それは、現代人がこういう風景とともに「心」を置き去りにしている証拠であると、私には思えてならない。非常に抽象的だが、私にはそう思える。

私には幼い頃、曾祖母にかわいがってもらった思い出がある。祖母や祖父にも随分かわいがってもらった思い出がある。それはいま私の中の思い出でしかない。しかし、大切にしたい思い出であり、そこには感謝したい思いがある。それを私は捨てることは決してできない。同じように、かつて、人々はこういう風景の中で育てられてきた。命をつないで来られた。そのことは、もうどうでもよく、今はお金になること、いや、お金にならなくてもいいから、今「かっこいい」こと。そんなことが一番大事であって、こんな田舎の「かっこわるい」ことはどうでもいい、捨ててもいい、と言っているとしか思えない。それは、世の中がそういう世の中だから「捨てるのが当たり前」だから。それを病んでいるとは思わないのか。

そんなことを思っていたら、空からポツリポツリと雨が落ちてきた。早く帰らなければ。口をかたくむすんだ私は、その静寂の中をもとの道を引き返した。心を感じることのないコンクリートで造ったまがい物の中を無言で歩いた。

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2007年3月14日 (水)

続・流れを追う(2)

エビをつかまえていた少年達とわかれて、さらに流れを下っていく。ここまでは、最上流のホタルの公園(泉谷公園)からまっすぐ流れてきているが、このすぐ先には一旦暗渠に入る。実際には、一部の流れを分岐させて、水車を回していたりする。このあたりの事情は前回の「流れを追う」の中でかいた。要するに、このあたりからは、真っ直ぐ流れているわけではなく、暗渠に流れ込んだり、ダムのようなところで一旦貯められたりする。いよいよ人工的なコンクリート水路になってくる。

Nagare2007031101 最後の砦の暗渠は、道路の下を走り、そこを抜けると、大規模商業施設の駐車場のわきを流れていく。ふと思うのだが、これは下水の役目をしているわけでもなく、農業用水でもなく、なんなのだろうと思うが、このあたりではわずか数センチの深さの流れである。このくらいにしておかないと、水が濁っていることが目障りなのかもしれない。

周囲はごく最近開発が始まったばかりの住宅地であり、現在売り出し中のところが沢山ある。

そして、終着地の公園へと流れる。ここは丘があり、森があり、そのわきを流れる。だから、一見すると最上流のアカガエルの卵があった場所と同じような環境に思えるが、見たところ、まったく生き物の気配がないのである。Nagare2007031102_1

底はことごとくコンクリートに石が敷かれており、まわりは岩で囲んでいる。これでは、生き物が自然に棲めるはずはなく、自然の循環を無視している。私はこれを露天風呂といっているが、つい先日、ドブサライをして綺麗になったはずの露天風呂は、ちょっと放っておくと、ごらんの有様である。こんな露天風呂には入りたくないね。

ここから少し下流にいけば、もう、そこはヘドロの流れであり、異臭すらただよってくるのである。Nagare2007031103 そのドブくさい水(別に下水を流しているわけでもないのに、ドブくさくなるのである)が流れ込む大百池は、それこそドブくさい池になってしまっている。

誰が始めたのか、なにやらこのあたりで自然観察を行っている人がいるようである。そりゃ、ドブだろうが、生き物はいるかもしれない。けれども、自然をぶっこわして、こんな露天風呂を作り、そこでわずかに瀕死の状態で残っている自然をみて「さあ、こんな生き物がいるのです。皆さん大事にしましょう」などとよく言えるものだと思う。

おそらく、都会からやってきた人たちからすれば、それでも、意外性があるのだろう。ノウサギがいるとか、カワセミがいるといえばそれは驚くが、それは、ここの自然がもっと豊かだったころ、もっと健全に暮らしていたのである。それが破壊されて、今、かろうじて生きているのである。それを観察しましょうというのは、どういう意味で観察するのか?ホントに大事にしたいのなら、この現状に疑問を感じないのか?そういうことが自然のことを考えるということなのではないか?

結局、池までいってみて、池をぐるっとまわってみたが、アカガエルの卵など、一つも見つからなかった。私は、この地形と、この水面の状況かすると、かつては確実にいたであろうことが私にはわかる。しかし、今はいないのである。いつからいなくなったのか?いつ、この地域のアカガエルは絶滅したのか?水辺があるのに、カエルが棲めないのである。これを自然とはいわない。

さて、池の向こうには、おそらく、以前のこのあたりはこうであったであろうという風景がわずかながらに残されている。ちょっとみると、まるで私の散歩道のような風景である。Nagare2007031104

以前から気になってはいたのだが、一歩足を踏み入れると、忘却のかなたに消え去ろうとしていた風景が、なんとなく私の中でよみがえってくるのを感じた。

気付くと私は、まっすぐ前を向き、無言でこの奥に向かって歩いていた。何か、後ろから押されるような、そんな気持ちがしながら、長時間歩いてくたびれた足を前へ前へと進めた。

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2007年3月11日 (日)

続・流れを追う(1)

その場所で何が起きているのか?は、一度や二度そこを見ただけでは到底わからない。もっとも、一度も見なければわかりようもないし、何度も見たところで、狭い視野から見たのではわかることが限られる。これは、長年、散歩道の定点観測をしてきたからよくわかる。何年も、何気なく、そこで起きているであろう自然現象に思いをはせながら、ただ歩いている自分がいた。そして、もっと詳しく見ようと、カメラをぶらさげて歩き始めてから、想像以上の世界が見えてきた。しかし、視点がそのままではやがて壁にぶちあたる。これは何度も経験してきたことだ。その壁がある日取り除かれる。そして、また新たな視野が開かれてくる。

さて、前置きが長くなったが、以前、流れを追った都市の公園を、また流れを追ってみた。そこが、どのように変化していくのか?その周辺で急激に変化しつつある人間社会が、どのような影響を及ぼしていくのか?ただの都市の公園が、公園でなかった頃、いや、都市すら無かった頃をおぼろげながらも記憶にとどめている私だ。その間の変化は、ほとんどすっかり忘却してしまっている私だ。おぼろげな記憶。そこにあるのは、今の都市ではなく、私の散歩道とそれほど違わない里山の風景だった。その風景の面影も、痕跡も、いまとなっては探すのが困難である。ただ、今、その周囲でうごめく人々の生活が、物凄い勢いでおしよせてくる、その前線にいることは確かである。将来を考えたときに、今の人々の生活はどのようになっていくのか?誰もそんな展望のないままに、ただ、その変化を当然のこととして受け入れ、受け流している。私にはそのように人々が流れていくことが、どうにも納得がいかない。だからこそ、こうしてその納得のいかない姿、誰も気付かない姿を記録しようとしているともいえる。それが原動力でもある。私は、この流れを追う。これからも何度も追うであろう。そして、それは人々の生活の流れでもあると思う。時の流れも追うのだ。

Koen2007031101 もっとも上流の公園は、まわりがことごとく開発されてしまっているとはいえ、まだ、少しだけ、そこが里山の風景であったころの面影を残していると私には思える。公園であるから、それは、完全に里山の風景ではないのであるが、こうして森の中に入っていくと、それは、私がくねくね森に入っていくのと似たような感覚である。それは、ここが、この周辺が開発されていく前から公園であったのであり、開発のオマケに作られた公園でないことがはっきりとわかる。要するに、この周辺の開発にかぎらず、大規模な宅地開発によって作られる公園というのは、公園を「建設」するのである。それは「建設」することが目的であって、そこで生活する人々に自然に親しむ場所を作ろうなどという考えは毛頭ない。なぜなら、そこにどんなにゆたかな自然があろうが、開発地の中の公園というのはそれを一旦砂漠にして作られる。公園セットを建設して売るのである。そのことは、私にはよくわかる。だが、世の中にはそれがわからない人が多い。

Koen2007031102 公園の一番奥地はかつて、ここは谷津田であったであろうと思われる湿地である。この湿地のまわりでホタルが飼育されている。ホタルが自然に生きられるように様々な配慮をされていることが感じられる。私の散歩道谷津田では、今、アカガエルの卵塊が大量にある。地形的には私の散歩道谷津田と似ているので、ここにもきっとあるだろうと一生懸命に探す。ところが、一生懸命に探さなければみつからないほどにないのである。これは、やはり周辺の自然にそれだけのアカガエルを養うだけのキャパシティーがないのであろう。この程度の広さであっても、アカガエルが数百匹くらいであれば、その餌は足りるかもしれない。しかし、数百匹のアカガエルが繁殖できるまで育つには、その数百倍ものアカガエルが生息出来なければならない。このことを多くの人は忘れている。

水辺という水辺をくまなく探し回り、ようやくアカガエルの卵を見つけた。確かに、ここにもアカガエルが生息するだろう。数はともかくとして、それだけの環境は整っているからだ。Koen2007031103

しかしながら、この公園をくまなく探して、見つけた卵塊はわずかに10個程度である。いくつかは、もうすでにオタマジャクシになっていたから、実際にはもう少し多いかもしれないが、それは、この地で産卵したメスがその程度の数であったということである。これだけの広さにわずかに10匹程度のメス。オスの数をくわえればその数倍になるだろうが、たったのそれだけしか、アカガエルがいないのである。それでも、ここに卵があるだけマシなのである。先に言ってしまうが、なぜなら、ここから流れを下り、いわゆる都市の公園のコンクリート底の水辺では、一切見つけることが出来なかったからである。卵があったのはここだけ。ここから、もっとも下流の大百池まで皆無であったのである。これは恐ろしいことだ。私には、かつて、そこに、これよりはるかに多い数のアカガエルがいたであろうことは容易に想像がつく。しかし、もう、延々と続くこの水辺周辺にはアカガエルは数十匹しかいないのである。これをどう思うだろうか?

Koen2007031104 この公園でアカガエルの卵を見つけることが出来たのは、湿地の中の水溜りと、周囲の水路である。昨夜からまとまった雨となったため、斜面から流れてきたであろう泥水で、多少濁った感じがしているが、それでも水は底が見える程度に綺麗である。それはホタルが棲める環境を維持しているのだから当たり前だという人がいるかもしれない。では、どうやってこの水を保っているのだろうか?浄水器にでもかけているのだろうか?そんなことはあり得ない。

それは土の水路であるからである。底には落ち葉が溜まっているが、これを分解する生き物がいるように、栄養分の豊富な水が流れてきても、土の中の微生物が分解するからこそ、水が綺麗に保たれる。土が流れるのは嫌だからと、コンクリート底にしてしまったのでは、分解のしようがなくなるので、綺麗にするにはドブさらいが必要である。こんな当たり前のことも、自然というものが目の前からことごとく姿を消してしまった都会の生活では、すっかり忘れてしまっている人がいる。そういう人々が忘れたままに、おかしなことをやろうとする。何度も言うようだが、都市計画とやらの専門家と称し、偉そうに御託を並べる方々は、都市にはこのような自然の循環は不要なのだろうか?ということを今一度考えてもらいたいものだ。もっとも、そのような方々は自然の循環などということは頭の中にこれっぽっちもなく、人間社会のなかで人工的に処理されなければ気がすまないのかもしれないが、それは無理というものである。

対照的に、この公園から一歩でれば水はことごとく濁った流れとなっている。先日は、比較的綺麗な水が流れていたが、ひとたび雨が降ると、泥水が流れ込み、また、栄養分や周辺の人々の生活の垢のようなものが分解しきれずに泡のようになって浮いている。Koen2007031105

これを見てだれもが汚いと思うだろう。では、何故汚いのか?周辺の人々が汚い水を流しているのだろうか?そんなことはいまの都市ではあり得ないだろう。人々の排水は下水として処理されているはずである。では、何故汚いのか?そこに、ここをコンクリート底にして、まわりもアスファルトで固めてしまったからだということに気付く人がどれだけいるだろうか?それは、上流のアカガエルの卵のあった流れと比べてみれば、その仕組みがわかろうというものである。ちょっと考えればわかりそうなことを、考えもしない人々なのである。

さて、そこからしばらく歩いたら、なにやらこの流れの中を網ですくっている少年の二人組に出会った。流れの底を一生懸命すくっている。「何が取れるの?」と、水槽の中を見て驚いた。ヌマエビがいたのである。Koen2007031106

しかも、大量にいる。「へえ~、エビがいるんだ?」ときいたら「このへんには結構いますよ」と教えてくれた。コンクリート底の上にわずかにたまっている土や落ち葉をすくって中を見ると、エビが沢山とれるのである。

少年は得意げに、網で底をすくう。「ほら、いましたよ」と、いとも簡単にエビをすくって見せてくれた。Koen2007031107

「へえ~、これどうするの?飼うの?」ときいたら釣り餌にすると言っていた。これでもっと大きいのを釣ると。

コンクリート底にわずかに溜まった土や落ち葉の中にこんな生き物がいることに驚いたが、これは、もしかすると、ここがかつては生き物が豊かな流れであったことを物語っているのかもしれない。この場所は、上流の公園からは、一度も流れをせき止めることなく、流れてくる。だから、このヌマエビも上流の、あの、ホタルの公園から流れてきた、あるいは、このあたりまでずっと生息しているのかもしれない。私にとってはとっても驚きであった。この流れの真実をまた一つみた思いであった。

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2007年3月10日 (土)

アカガエルの生命力

先日の大量の死骸発見は、少し焦ったが、とにかく、検査の結果、ツボカビではなく、その後も特に死骸が増えていることもないので安心した。それにしても、難儀な世の中になってしまったものだ。どうしても神経質になってしまう。

今日、またアカガエルの様子を見にいってみた。驚いたことに、あれだけ沢山散らばっていた死骸はほとんど跡形も無く消えていた。おそらく、死骸を食べる生き物がきれいに処理したのであろうと思う。それに、それ以降は、ほとんど新たに死んだものがいないということだ。それより、もっと驚いたのは、乾燥して死滅したと思っていた卵塊のうち、場所によってはしっかりと生きており、オタマジャクシがピチピチとはねていたということだ。Otama2007031001

この写真の真ん中の黒く見える部分は全てオタマジャクシである。先日は、田んぼの土が干からびて卵も干上がった状態に見えた。しかし、カエルの死骸を採取するにあたって、卵塊を触ってみると、プルプルという感触があって、ゼリー状の卵の中はしっかりと湿っている感じがしたのを思い出す。完全に干からびたわけではなく、内部に水分を保つことが出来ていたようだ。

卵は何箇所かにかたまって産卵されており、そうすると、一番外側は乾燥してしまっても、外側の卵塊が土手の役割をして、真ん中には水分がたくわえられるのではないかと思う。

以前、オタマジャクシの行動を見ていて気がついたのだが、オタマジャクシは水が少なくなってくると、集団で、土にもぐるような仕草をする。そうすると、土がくぼんで穴が出来る。穴は周囲より低いので、そこに周辺の水が集まってくる。おそらく、水が少ないときはそうやって、しのぐこともあるのだろう。完全に干からびなければ、わずかな水でも生きていけるのかもしれない。水の少ない時期に産卵するニホンアカガエルだから、生きるためにギリギリの水量でも生きていけるように、いろんな工夫があるのだろう。

水の豊富な隣の田んぼでは、もう、凄まじい数のオタマジャクシが泳いでいた。Otama2007031002

薄い緑色に見えるのは、卵の殻の残骸である。オタマたちは、その殻を食べる。緑色は卵の表面に生える藻である。藻が生えることで、餌の少ない時期に孵化するアカガエルのオタマたちは、わずかながらも餌を確保できるのだろう。やがて、藻と、殻はあとかたもなくなる。

とにかく物凄い数だ。先日、ここの田んぼだけで、数えたところ、300~400の卵塊があったので、一つの卵塊に平均1000個の卵が含まれているとして、30万~40万匹になる。

今日みたら、さらに卵塊が増えていた。ニホンアカガエルは最初の産卵から、最後の産卵までおよそ一ヶ月にかけて、卵を産む。この前のカエル合戦が産卵のピークだが、それで、ばったりと産卵がなくなるわけではなく、その後もポツリ、ポツリと卵塊が増える。時期をずらすことで、リスク分散しているのだろうということは、前にも書いたが、実際見ていると、そういうことがあるようだ。

Otama2007031003 卵は、日当たりのよい、暖かい場所から産み始め、だんだんと日当たりの悪い場所に移動していく。この写真でいえば、一番手前はもうオタマジャクシになっているが、その向こうはまだ孵化しておらず、もうじき孵化する状態にまで成長したもの、一番奥は、まだ産卵されてからそれほど日にちがたっていないもの、という風に層が出来ている。これは、一番向こう側が南になるのだけれど、その南側には斜面があるため、南にいくほど、斜面の影になるのだ。季節とともに太陽が次第に高くなってくると、だんだんと奥の方まで日があたるようになる。だから、だんだんと奥に向かって産卵するのだ。夜に産卵するアカガエルが、昼間の田んぼの様子を知っているのである。

Otama2007031004 それにしても、とてつもない数である。この場所のアカガエルの卵は、年々増えてきたが、今年は爆発的に多い気がする。昨年の倍以上は確実にあると思う。この写真は、田んぼのほんの一部であるが、ここに卵塊がいくつあるか数えてみて欲しい。いや、途中で数えられなくなってくる。

以前は、毎年、一つ、二つと数えて、毎週毎週、どこに何個あったと記録していたのが私のアカガエルプロジェクトであった。しかし、去年あたりから、全部数えきれなくなってきて、今年はもう、どうにもならない。

田んぼが乾田化したり、開発により、生息場所が消えたりして、絶滅が心配されたニホンアカガエルだが、ここでは本当に元気だ。そして、厳しい環境も生きるすべをもっていて、なかなかたくましい。ツボカビをはじめ、カエルたちにはなかなか棲みづらい世の中が押し寄せているが、ここのアカガエルたちは、これからもずっと元気に生き続けて欲しい。それはこの場所の、多くの生き物の元気の源でもあるのだから。

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2007年3月 9日 (金)

ツボカビ検査、陰性

先日のニホンアカガエルの死骸について、麻布大学及び関係機関にて検査の結果、ツボカビに関しては陰性であった。今回の件で、色々とお手を煩わせた方々に、あらためて感謝したい。今回に関しては、死骸の状態が乾燥化、腐敗化していたが、それでも、迅速に正確な結果を出すことが出来ることに驚いた。それを支えている方々の努力に頭が下がる。私もフィールドという位置から、何か出来ることはしなくてはという思いが強くなる。

とにかく、日本のカエルたちを未来に残したい。そのために一生懸命の人たちがいる。自分もとにかくカエルが好きなだけに、自分に出来ることで何か出来ればと思う。まずは、カエルたちの生活の一番近くから出来ることをやっていこう。

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2007年3月 4日 (日)

アカガエルの死骸、検査へ

昨日、大量に発見したニホンアカガエルの死骸。先週のカエル合戦の結果である可能性が高いとは思うのだが、いままで、こんなに多数の死骸を発見したことがなかったこと、ある特定の場所で多数見られたこともあり、カエル探偵団と麻布大学経由で相談していたところ、麻布大学に死体サンプルを送付して検査をしてもらうことになった。カエルツボカビ症の日本上陸が確認されたこともあり、もしものことがあってはならない。慎重には慎重を期したい。

Sample2007030400 ゴムの手袋、そしてビニール袋を持ち、散歩道の現場に出かけていき、状態のよさそうな死骸を探す。多くが、ひからびてミイラ化しているのだが、卵塊の上にいるものや、日陰にいるものは比較的状態がよさそうである。干からびた状態の卵塊を触ってみると、プヨプヨとした感触があり、内部はかなり水分を含んでいる。乾燥して死滅したと思われた卵塊ももしかしたら、少しの水分でなんとか生き延びているのかもしれないとおもった。

実際、地面から染み出した水分で、卵塊がわずかに湿っているようなところでは、オタマジャクシ状になって動いているものもいた。Tamago2007030401

明日は前線通過に伴い、雨の予報であり、もし、明日までなんとか持ちこたえれば、この部分だけは生き延びることが出来るかもしれない。そんな気がする。丁度、まわりに沢山かたまって産卵された卵塊が土手の役割をして、中心部分の卵塊の水分が逃げないようになっているようでもある。「これなら、大丈夫かもしれないな」そんなことをつぶやく。まるっきり死骸だらけの世界で、生きているものが、動いているものがいたのだ。少しうれしかった。

さて、卵塊の上で死んでいた死骸にはすでに蝿がたかっていたが、それを取り上げてみると、卵塊が湿っていることもあって、お腹の部分は乾燥していない。プヨプヨとまだ新鮮な状態である。Sample2007030401

私は、思わず小声で「ゴメンネ、でも、きっと役にたつから」と話しかけながら、袋につめる。そして、袋の中の空気を出来るだけ追い出し、真空パックに近い状態にして持ち帰り。そして、まずは冷凍保存した。

最近は便利なものがある。それはクール宅急便というものだ。電話一つで取りに来てくれて、冷凍のまま送ることが出来る。サンプル死骸は2体、状態のよさそうなものを採取した。それを密封した二重のビニール袋にいれ(台所用品として売られているジップロックという製品が便利である)、保冷剤をつめた発砲スチロールの容器につめて、クール宅急便で冷凍したまま送る。こうすれば、出来るだけ腐敗を防ぎ、新鮮なまま送ることが出来る。Sample2007030402

もっとも、麻布大学のU先生によれば、乾燥した状態であっても検査できる方法があるので、ミイラ化していても大丈夫なのだそうだ。ただ、より精度を上げるためには、出来るだけ新鮮な状態で出来る検査をした方がいい。

検査結果がどう出るかはわからない。私の予想では、今回はシロのような気がしている。だが、たとえシロであったとしても、それは、こういう状態が他で見つかってもシロの可能性が高いという事例となるわけであり、また、サンプル採取~送付~検査、が一般の人がどの程度可能かということを知ることにもなる。実際、今回、ジップロックという台所用品がとても有用であることや、クール宅急便が使えるということがわかっただけでも、私には収穫であった。もし、近所で同様に多数の死体が見つかるようなことがあれば、私はアドバイスなり協力なり出来ると思う。とにかく、ツボカビは今防がなければ、取り返しのつかないことになる可能性があるだけに、こういう方法を訓練しておくのも必要だろう、そう思った。

なんだか、嫌な話ばかりだが、死骸が多数みつかった反対側の田んぼでは、卵の殻をやぶって出てきたばかりのオタマたちが、ピチピチと元気に動き始めていた。生まれたばかりのかわいい赤ん坊だ。Otama20070304

その、星の数ほどの小さな赤ん坊に、私は思わず、「ガンバレ!」と心の中で叫ぶ。

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2007年3月 3日 (土)

アカガエルの命尽きる時

Akagaeru2007030301 先週のアカガエルのカエル合戦のお祭り騒ぎは、その後、まったく異なる二つの結果を生んだ。水が耐えることなくたっぷりある田んぼでは、卵は成長し、すでにオタマジャクシの形になり、動き始めているものがいる。一方で、産卵の時には水があったものの、その後、渇水して水がなくなってしまった田んぼでは、卵は死滅した。

その二つの田んぼは、ほんの1本の道を隔てているだけである。あのカエル合戦のお祭り騒ぎの前夜以来、雨が降ったのはわずかであり、水はけの良い田んぼは乾燥化して、土にひびが入っている状態だ。そして、お祭り騒ぎの翌日から、気温はぐんぐん下がった。おそらく、お祭り騒ぎの余勢をかって、田んぼにい続けたカエルがいたのだろうと思う。気温はカエル合戦の翌日の夜からぐんぐんと下がり、次の朝には氷点下に近かった。谷津田は谷のため、夜間から朝にかけては、周囲よりも気温がぐっと下がることを考慮するならば、田んぼは氷点下となり、水たまりには氷が張ったであろう。変温動物であるカエルは、自ら体温を調節できない。そうすると、気温が下がれば動けなくなり、氷の中で凍死したのであろう。渇水した田んぼは、もともと水が少ないゆえに、それが全て氷結して、カエルは身動きがとれなくなってしまったのだろう。もしかすると、子孫を残せなかったオスが、次のチャンスをと、一生懸命に粘って田んぼにい続けたのかもしれない。結果、二度と子孫を残すことはなくなった。このように、あちこちに死んだカエルを見た。

一方の田んぼでは水量が多く、ゆえに、全てが凍結することもなかったに違いない。卵は生き延び、そこにいたカエルもおそらく逃げ場があったのだろう。こちらにはまったくカエルの死骸はなかった。

こうして道一本隔てた二つの田んぼが明暗をわけたのである。

Akagaeru2007030305 死んだカエルは、多くが、まるで祈るがごとく、体の前で手を合わせていた。無念であったであろう。しかし、これが自然界なのである。天候にしても、水の状態、環境にしても、何一つ思い通りにはならない。運がよければ生き延びる。運が悪ければ生きられない。今回は、たまたまこの田んぼに産卵したものが死滅してしまったが、いつもそうだとは限らない。

アカガエルはとても不安定な2月という気候条件のなかで、産卵し、育つためには、かなりの犠牲をはらっている。逆説的だが、だからこそ、長い間生き延びてきたのだろう。

アカガエルのカエル合戦には、先週私が見たようなピークがあるが、その後も一ヶ月以上にわたり、少しずつ産卵するものがいる。毎年毎年、天候条件が変化する。だから、生き延びるためにはいつ産卵すればよいか、などということは、いつがベストとは言いがたい。今年ベストであった日は、来年は最悪かもしれない。もし、毎年の気象がまったく同じ変化をするなら、その最も条件のよいときにだけ産卵すれば一番多く子孫が生き延びられるのだが、そうはいかない。だから、天候がゆらぐのと同じくらいにアカガエルの産卵行動もそれにあわせてゆらぎが生じているのだ。

私は、長年アカガエルの産卵から成長までを観察してきて、無事上陸できるアカガエルはほんの一握りであって、死んでいくアカガエルが圧倒的に多いことがよくわかった。しかし、その死はけっして無駄ではないということがあるときに非常によくわかったのである。では、何故無駄ではないのか?多くの人は誤解をしているかもしれない。他の生き物の餌になるからとか、アカガエルが餌にする生き物のためとか、そういうことではまったくなく、それは、アカガエル自身のためなのだ。運悪く死んでしまった時期に、死んでしまうような場所に産卵をしたということは、その年の条件が、たまたまそのアカガエルにとっては悪かったということに過ぎない。気候をはじめとした環境条件は毎年様々に変化するため、何年かに一度は、他の場所や他の時期がまったくダメでも、違った場所、違った時期に産卵したものが運よく生き延びるということがあるからだ。これが多様性であり、一つの種の中にも多様性を持っていることが、環境の変化、気候の変化に対応できることに繋がるからである。

Akagaeru2007030307 乾燥して死んでしまった卵の上で、まるで卵を守るかのように、覆いかぶさって死んでいるアカガエル。それは、人間が地球に生まれるはるか昔から、このようにして命をつないできたアカガエルの姿であり、そのことは、なんにも知らない赤ん坊のような人間に、大事なことを教えてくれているのかもしれない。死んでもその命を無駄にしないとは、こういうことなのだろう。

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