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2007年2月24日 (土)

カエル合戦のあとに

昨夜のカエル合戦のクライマックスの盛り上がりから一夜明けて、その結果がどうなっているのか、正直、それもまた大変楽しみだった。夜に繰り広げられるカエル合戦は真っ暗闇の中のため、田んぼ全体がどうなっているかは見渡せない。だから、どのくらいの数の産卵が行われているのかは、懐中電灯が照らす狭い範囲の残像をたよりに想像するしかない。昼間見に行けば、実際にどのくらいの産卵があったのかがよくわかる。

Tamago2007022401_1  それはもう、私の想像をはるかに超えていた。

毎年、このシーズン、私は卵塊を一つ二つと数えてまわる。いままで、最も多かったのが昨年で、それでもせいぜい300個というところだった。ところが、今年は軽くその倍になっていた。田んぼ一面に広がる卵。ほとんど地面が見えなくなっているところもある。

もっとも、卵塊の様子からすると、これが全部昨夜産卵されたものではなく、ここ一週間ほどの間に産卵されたものであろう。新しい卵塊は小さく透明感があるが、日がたつにつれて大きくふやけてきて、やがて全体に濁った感じになってくる。

その卵の感じからすれば、全体のおよそ1/4が昨夜産卵されたと思われる卵塊であった。ざっと150~200個の卵塊が昨夜一晩で産卵されたことになる。全体の卵塊の数はおよそ600~700個であった。卵塊は、大きさにかなりばらつきがあるが、およそ500~3000個の卵を含んでいるという。これを平均1000個とみても、60~70万匹ものオタマジャクシが生まれる計算だ。

ところが、実際は、産卵した場所の水が涸れて、オタマジャクシになる前に乾燥してしまうものも多いので、オタマジャクシになる数は、それよりはかなり少ない。オタマジャクシになっても、カエルになれるのは、だいたい感覚としては1/100くらいだろうか?それでも、もともとの卵塊の数は数年前から少しずつ増え続けている。今年は爆発的に増えた。記録的な暖冬が影響しているのかもしれない。

今日は、昨日よりは気温が低くなったとはいえ、昼間はよく晴れて、この時期としては暖かいほうであった。しかし、やはり昨夜のあのお祭り騒ぎが嘘のように静まり返っている。カエルの姿もまったくない。

よくよく探すと一匹だけ、卵塊の陰にひっそりとたたずんでいるものがいた。Tamago2007022403

きみはちゃんと子孫を残せたのかい?とききたくなった。

カエル合戦のお祭り騒ぎは終わったが、それでも、あと1ヶ月近くは、少しずつ新しい卵が増えていく。

日照りが続いて、水が涸れてしまうと、卵もオタマジャクシもダメになってしまうが、こうして少しずつ時期をずらして産めば、生き残る確率も高くなるのだろう。

田植えの時期になり、田んぼに水が入る時期まで、なんとか生き延びることが出来れば、その後は水が涸れる心配はなくなる。かといって、今度はオタマジャクシを食べる天敵も増えてくる。

カエルが上陸するころ、それを狙って様々な生き物がやってくる。ヤマカガシはカエルたちが上陸するのを田んぼのそばで待ち構えているし、サシバもやってくる。

祭りは終わった。アカガエルの一年はスタートした。ここで育ったアカガエルが、来年はどういう祭りを見せてくれるのか。静かな田んぼで昨夜の祭りの余韻に浸りつつ、そんなことを思った。

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カエル合戦クライマックス!

Sora2007022301 今日は朝から雨だった。当初は夜まで降るかと思われたが、意外と早く雨はあがり、日が暮れてからは青空が出てきた。雨が降り、気温が高い。しかも、時期的にも、私の散歩道谷津田のアカガエルのカエル合戦がピークにならないはずはない。そう思うと、ドキドキしてきた。

仕事が終わり、帰宅したら、すぐに真っ暗な散歩道谷津田に向かった。この谷津田は、東側には道にそって街灯があるが、西側は明かりがなく、したがって真っ暗である。今日は少しだけ月明かりがあるが、懐中電灯を持たないと田んぼに落ちてしまいそうで危ないくらいである。そのおかげで、初夏にはホタルが見られるのでもある。

その真っ暗やみの中を、はやる気持ちをおさえつつ、懐中電灯の明かりをたよりに、田んぼに向かう。田んぼに近づくと、いっきにアカガエルの合唱につつまれた。キョキョキョキョキョッと、ささやくようなやさしい鳴き声が、まるで夜空の星のごとく、あたり一面に散らばっている。これだ!私が夢にみたアカガエルのカエル合戦のクライマックス。数え切れないくらいのアカガエルの愛のささやきが、あたり一面からきこえてくる。

Akagaeru2007022301 田んぼを懐中電灯で照らしてみると、それこそ、星の数ほどのアカガエル。こんなにいたっけ?と思うくらいである。もっとも、一晩で卵塊が100個近くも増えていたことがあるし、この周辺の半径20m以内のアカガエルの卵塊は、毎年200近くにもなることを考えると、それだけのアカガエルがいるということはわかっていた。だから、産卵がピークに達した時には物凄い光景が繰り広げられるのだろうと想像はしていた。だけれども、このカエル合戦の瞬間をいままで見たことがなかった。

Akagaeru2007022302

意外なことに、先日のような一匹のメスを沢山のオスが奪い合うというようなことはほとんどなく、多くがすでにペアーになり、抱接している。おそらく、この気候で多くのメスが出てきたので、メスの数が多くなったのではないかと思う。ニホンアカガエルは、個体によってかなり大きさが違う。そのため、大ぶりなカップルや、やや小ぶりなカップルがいるが、不思議なことに、大ぶりなメスには大ぶりなオスが、小ぶりなメスには小ぶりなオスがペアーになっていて、ノミの夫婦状態のものは少ない。

近づいて懐中電灯で照らしても、逃げることはないし、カメラのストロボにも怖気づくこともない。むしろ、ストロボを焚くと、その光に刺激されるのか、合唱が盛り上がるような気がしたが、気のせいだろうか?

Akagaeru2007022303 よくみると、田んぼの中にはすでに卵だらけでもある。今日も激しく盛り上がるカエル合戦だが、卵の様子からすると、数日前くらいから、かなりの盛り上がりを見せていたはずだ。

Akagaeru2007022304 地面がかなりぬかるんでいたため、気をつけないと転びそうになる。まして、真っ暗であるから、注意しないと、足元がかなり危険である。しかし、私はもう、無我夢中でカエルたちの姿を追った。水路にも沢山のカップルがいた。道に面した水路はコンクリート壁になっていて、流れも少し急である。その水路にはまったカップルはなかなか水路から這い上がれない。しかし、一箇所だけ、水路がきれて田んぼと繋がっている場所がある。そうすると、水路におちたカエルたちは、そこから田んぼに上がるしかない。だから、その場所で待っていると、次から次へとひっきりなしにカップルがやってくるのだ。Akagaeru2007022305

もう、私は服がドロドロになってしまうのもお構い無しに、カエルたちの姿を追いかけ、シャッターを切りまくった。三脚も、リュックも道端においたまま、本当に時間を忘れ、カエルと一緒に、この年に一度のお祭りに興奮した。今夜はクライマックスだ。

そして、あと何日かすれば、このお祭り騒ぎは静かになり、そして、沢山のオタマジャクシたちが泳ぎだす。今年もアカガエルの季節が始まったのだ。

太古の昔から、こうしてアカガエルたちは、このお祭り騒ぎをし、命をつないできた。毎年、毎年、こうしてアカガエルの季節は始まったのである。そのアカガエルが今、あちこちで危機にさらされている。いままで、こんなお祭りがいくつ消えていっただろう?アカガエルの賑やかなお祭り騒ぎに、私も泥んこになって一緒に参加しながら、そんなことを思う。そして、今、いろんな意味で、人間の愚かな行為によって様々な脅威にさらされているアカガエル。カエルたちはそんなことは知るよしもなく、こうして一生懸命に命を燃やしているのだ。そのことを思い、少し胸が熱くなった。来年もまたお祭りやろーぜ!

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2007年2月19日 (月)

鳴かないカエルが鳴いた夜

Nihonaka2007021902 今日の昼間は天気もよく、かなり気温があがった。この調子なら、今夜あたり、ニホンアカガエルの産卵が沢山見られるかもしれない。そう思ったので、仕事から帰ったら、すぐに散歩道谷津田にいってみた。すると、今日は、ニホンアカガエルのささやくような、キョキョキョキョッという声がきこえていて、田んぼの中を動き回るカエルが見られた。

よくみると抱接しているものもいる。この写真は一番下のお腹が大きくて、赤味が強いのがメスであり、そこに抱きついているのがオスだ。オスはメスを見つけると、必死で抱きつく。その抱きついているわきから、一生懸命抱きつこうとするオスがいる。そうすると、もともと抱きついていたオスは足でライバルを蹴飛ばし、引き離そうとする。これがカエル合戦だ。これが始まると、見ていて飽きない。

Nihonaka2007021904 この写真に見えているのは、全部オスである。実はこの下に一匹のメスがいるのだが、みんなして、一生懸命抱きつこうとするので、こんな風にダンゴ状になっていることもある。

とにかく、カエルの産卵というのはこんな風にドラマが繰り広げられる。

アカガエルはまだ寒い夜の闇の中で、こうしてカエル合戦を繰り広げ、朝になると、さっと姿を消す。

ヒキガエルの場合は、昼間もずっとカエル合戦をやっていることが多いので、比較的見つけやすい。

こうしてみていると、だんだんと、鳴き声があちこちから聞こえてくるようになった。キョキョキョキョッ、キョキョキョキョッと本当にささやくような、小さな声で鳴く。ヒキガエル(関東の場合はアズマヒキガエル)も、こうしてカエル合戦を繰り広げる間だけ、グェッグエッと鳴くのだが、アカガエルよりは多少大きな声だが、これもまたささやくように鳴くだけである。しかも、アカガエルもヒキガエルも産卵の時期しか鳴くことはない。昨日書いたように、産卵の時期でも、こんな風な合戦状態にならないと、なかなか鳴かない。ほとんど、じっとたたずんでいるだけである。どうして、アマガエルやシュレーゲルアオガエルのようにメスを一生懸命呼ばないのだろうか?と思うが、カエルは天敵が多いため、大きな声で鳴けばそれだけリスクが高くなるのだろう。アマガエルもシュレーゲルも、隠れるのが上手であり、鳴き声はすれど姿が見えないのが普通である。それに大して、ニホンアカガエルやアズマヒキガエルは姿がはっきりと見える。それは、彼らが水面上に産卵するので、どうしても目につきやすいところに出てくるからであろう。だから、ささやくように静かに鳴く。それもメスが近くにいる時だけ。

さて、昨日一緒に夜の散歩道に行った前田さんから、今日、メールがきた。前田さんの家の近くの公園で、アズマヒキガエルが産卵しているのを見つけたとメールがきたのは昨日。しかし、それは今日は忽然と消えていたそうだ。どうしてだろうか?何者かが食べたのだろうか?公園事務所にきいたら、駆除したとのことだったらしい。なんだ?駆除って?と思ったら、近所の住民から「カエルの声がうるさい」と苦情がきたので駆除しましたということらしい。なんだそりゃ?ついに日本人はカエルの声が騒音に聴こえるほど馬鹿になったようだ。だから、コンクリートで固めた、生き物のいない公園が喜ばれるのも無理はない。そもそも、ヒキガエルは産卵するわずか1週間ほどの間しか鳴かないというのに。しかも、ささやくように鳴くだけである。無知もはなはだしいが、そういう苦情を「はいそうですか」といって、駆除するほうも、どうかしている。これが一般的日本人の自然観のレベルなのだろう。

とにかく、一度、カエル合戦を見てみるといいと思う。ヒキガエルならば、場所とタイミングさえ合えば比較的簡単にみることが出来る。そういうものを見て、そこから考えることが大事だと思う。そんなこともなく、地球環境が云々だのと頭で考えていくらしゃべってもなんの説得力もない。それより、身近に起きている自然の営みを是非、一度でも、自分の目で見て欲しいものだ。Nihonaka2007021903_1

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2007年2月18日 (日)

鳴かないカエル

一週間ほど前から、この週末は雨の予報だった。だからとても期待していた。雨の翌日の夜、気温がそれなりに高ければ、ニホンアカガエルの産卵が見られるはずである。この週末はそれを見にいこう、そう思っていた。私の散歩道フールドは、おそらく、千葉県ではニホンアカガエルの産卵が最も遅い場所の一つだろうと思う。だいたい、周辺よりもおよそ10日から15日くらい遅い。いつもなら、2月20日ころに一番最初の産卵が見られ、そして、ピークは2月末から3月頭くらいである。ところが、今年は暖冬のせいもあり、2月10日が最初の産卵日。ということは、今日あたりがピークとなりそうな計算である。しかも天気予報では土曜日が雨。日曜日は晴れとなっていた。これは期待できそうだ。

実は、私はもう何年もニホンアカガエルの観察をしているが、一度も、産卵のピークに出くわしたことがない。丁度、産卵の時期の雨の翌日の気温の高い夜という条件となれば、そう何日もないので、うまく出くわせそうなのだが、なかなかそうもいかない。

昨夜、当初は夜半には雨が止むだろうと思っていた。だから、夜中に起きてフィールドに出てみようと思っていた。それで深夜2時頃に目が覚めたが、外は土砂降り。ダメだ!こんな土砂降りだと逆にカエルは出てこない。その後、朝までなんどか(夢にカエルが出てきながらも)起きてみては、外の様子をうかがったが、ずっと土砂降りで、結局あきらめた。あきらめたけれど、それは、次の夜がピークになる可能性が高くなったということである。朝、起きて朝食をとり、「よし、今夜、行くぞ!」と、朝から気合が入っていた。

そうしていると、自宅の電話が鳴った。カエルの写真で有名な前田憲男さんからだった。前田さんとは、カエル繋がりで、何年か前に私の散歩道フィールドを案内してからの知り合いだ。いまでは、私の散歩道も前田さんのお気に入りのフィールドの一つとなり、ちょくちょく私のフィールドにおいでになっている。

「どうですか?アカガエル、もう出ちゃいましたか?今夜あたりは、どうですか?」

丁度、私も今夜見にいこうと思っていたというと、それでは、フィールドで会いましょうということになった。

夜暗くなってから、期待に胸を膨らませながら、散歩道にいってみた。丁度、前田さんも到着してカメラの準備をしていたところだった。

「なんだか、静かですねえ」

「そうですねえ」

と、いきなり、お互いちょっと落胆したような会話になった。

実は、私はニホンアカガエルの鳴き声を生できいたのは数えるほどしかない。というと驚くだろうか?そのくらい鳴かないカエルなのである。まず繁殖の時しか鳴かないし、それも比較的小さな声なのでそばにいかないときこえないくらいである。合唱になれば、それはそれなりに響くだろうが、単独で鳴いても、鳴いたのか空耳なのか区別が出来ないくらいである。カエルを求めて全国を飛び回っている前田さんは、日本に生息する全種類のカエルの声を録音したとのことだが、ニホンアカガエルはうまく録音できたためしがないとのこと。毎年、録音に挑戦すべく、私のフィールドにもいらっしゃるのだが、どうもうまくいかない。

Akagaeru20070218 鳴いていないから、カエルがいないのかといえば、そうではない。いくらでもカエルの姿は見ることが出来る。こうして、写真にも撮ることが出来る。

カエルの姿を見ることが出来るといえば、「そんなこと簡単じゃないか?」と思うかもしれないが、では、産卵の時期に、ニホンアカガエルの姿を見つけよ、というと、たいていの人が見つけられないと思う。

なぜなら、産卵の時期は、普通は昼間は隠れていて、夜だけ出てくるからである。夜の田んぼに行かなければ、普通見られないのである。よく、この時期の自然観察会などで、「アカガエルの卵を探しましょう!」といえば、ある場所にはいくらでも見つかる。「あった!ここにもあった!」と喜ぶ人たちに、「さて、では、カエルはどこにいますか?」というと、みんな困る。だって、探してもどこにもいないからだ。さらに、鳴き声となれば、これはもう、そう簡単に聞けるものではない。夜になれば、カエルは姿を現すのだが、たいていの場合、黙っている。不思議なくらいに沈黙している。カエルが沢山集まって、メスをめぐって争う状態、つまり、いわゆるカエル合戦だが、その状態になって、初めて聞けるくらいなのである。これはヒキガエルについてもいえることだ。カエルは年中、田んぼでゲロゲロ鳴いていると思ったら大きな間違いで、一年中鳴いているのはアマガエルくらいであり、普通は繁殖期だけ、しかも、滅多に鳴かないカエルも多い。

Tamago20070218 結局、今夜もあちこち田んぼをハシゴして、探してみたが、卵もカエルもいるのに、鳴き声がきこえたのはたった一箇所、それも一瞬だけであった。

ニホンアカガエルの産卵の時期には、私はいつも、「ここにいくつ」「あそこにいくつ」と卵の数を数える。そうすると、条件のよい日には一晩に一つの田んぼで50~100も卵が増えていることがある。こんもりと、山のように卵が折り重なっていることすらある。そういうピークに出くわしたら、さぞや賑やかだろうと、いつもそれを夢見るのだが....

ニホンアカガエルはまだ寒いこの時期を、天敵がいないからと産卵の時期に選び、そして、夜、暗くなってから姿を現し、そして、小さな声で密かに鳴く。それほど、天敵を警戒して生きてきたのだろう。それでも、天敵に襲われるものもいるようだ。今夜も沢山の死骸を見つけた。夜の谷津田に繰り広げられるドラマ。まだまだ私たちの知らないことがいくらでもある。それにしても、次回こそは!!(一度逃すと次は一年後!)Akagaeru2007021802

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2007年2月17日 (土)

散歩道プロジェクト4周年

すっかり忘れていた。昨日、2月16日は、散歩道プロジェクトの誕生日だ。プロジェクトを思いついたのは、2003年2月15日の夜だったと思う。いつも歩いてきた散歩道。千葉にやってきてから、力強い自然に囲まれ、散歩道を歩くのが好きだった。そんな散歩道も、急激に押し寄せる開発という名の破壊にずっと脅かされてきた。いつもどこかで重機の音がしていた。大きく力強い自然は、だんだんと小さく弱くなってきた。小さくなって、なくなるのが当たり前のことのように言う人もいた。それが人間社会の当然の成り行きなのだと。でも、どうしても納得出来なかった。2003年だ。バブル崩壊、その後の不良債権問題で、底なし沼のような借金に無駄な金が消えていくのをずっと見せられてきたころである。そして、日本の人口が確かに減り始め、少子高齢化が現実となり始めたころである。それでも、多くの人は、なおも広がっていく砂漠に、なんの疑問も持たなかった。私は疑問だらけだった。でも、自分の力ではどうしようもないと思っていた。いかに理不尽だろうが、私のようなものが止めることは不可能なのだと。

この現実と、消えていく自然、消えていく生き物、消えていく人々の心、そういったものを自分でよく見て、見たものを人に伝えることが出来れば、何かが少しは変わるかもしれないと思ったのだ。そう思ったらいてもたってもいられなくなり、雨が降る中をカメラを持って出かけたのである。Sanpro01

そして、最初に撮ったのがこの写真だった。丁度、私の散歩道を反対側から、私がいうところの砂漠エリアから見たものだ。実際に、ここが当時の破壊の最前線だった。前線は、つい数年前はここから数百メートル離れた場所だったが、そこからここまできてしまったと思ったものだ。ここは、このあたりでは一番の高台で、遠くに見える森の向こうはくだり斜面。そこに私の散歩道谷津田はある。ついにここまで破壊がやってきたと思ったものである。だから、ここを撮っておきたかったのだ。

今日、ふと思いつき、この場所が現在どうなっているか写真に撮ってきた。Sampro2007021701

若干、カメラの画角が違うが、森の木の形などから、同じ場所であることがわかると思う。4年後も、ここから先はほとんどそのままだった。なんとか散歩道谷津田は残ったのである。

そして、砂漠エリアの写真、Sanpro02

こんなに、なんにもなかった砂漠。なんにもなかった造成地は、いまでは、家が建っている。Sampro2007021702

とはいえ、どういうわけか、この境界線の周辺から家が建ち始めたので、4年たった現在でも、空き地の方がはるかに多いのである。

どういう計画なのかさっぱりわからないが、砂漠の真ん中を延々とのびる道がある。Sabaku2007021701

この道の風景は、4年前には写真に撮っていなかったが、4年前も、現在も、まったく同じ風景であると思う。これから、ここはどうなっていくのか?これがまったくの無駄であったのなら、こんなに大規模な破壊はそもそも必要だったのか?ということだ。

少子高齢化という言葉はもう聞き飽きるほどであるし、実際に、まわりをみていてもそれは実感することが出来る。人が減っていくから、これは無駄だと、私は以前は単純に思っていた。しかし、これはそれだけのことではないと思う。

大量生産、大量消費、大量廃棄社会の問題はずっといわれていることであるが、街ですら、大量生産、大量消費、大量廃棄であるのである。この風景はある意味、生産過剰で在庫の山なのである。しかし、この砂漠を作る側からしたら、そんなことは知ったことではないのである。

無理やり、こういう生産過剰の状態に、人々の生活を合わせればなんとかなると信じている人々がいる。実際、なんとかなったのである。ニーズのないところに無理やりにニーズを作り出す。それは社会の歪みを生み出し、無駄に自然を破壊してきたのである。ニーズがあるから作ったのではない。作りたいからニーズを無理に生み出しているのである。

少子化をなんとか食い止めて、今のままの生活を維持しようなどと、うわごとのように言う人がいるが、そんなことよりも、これからの社会がどうなっていくのか、現実を見据えて世の中の仕組みや人々の価値観を変えていくことの方が大事ではないか。

散歩道プロジェクトはこれからもずっと、私と散歩道があるかぎり続く。それは、散歩道とそこに生きる生き物の現実を見つめ、考え、同時にそれをとりまく人間社会について考えていきたい。私には、まだ伝えたいことが山ほどある。見せたい現実が山ほどある。

たまたま破壊の最前線の近くに住み、現代の日本人の愚かな行動がありありと見える場所にいる。もし、ここにいなければ見えなかったであろう。だから、それを見つめ、考えて、多くの人に見せていきたい。自然の巧みさ、生き物たちのありのままの生活と、人間の愚かさを。

4年間、数えてみれば、散歩道を歩いた日数は207日。カメラは3代目。靴は5足目。撮った写真は約2万6000コマにもなっていた。もっと歩き、もっと見つめ、もっと考える。散歩道プロジェクトはこれからもずっと続く。

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2007年2月15日 (木)

ノウサギその後

先日、ノウサギの写真を撮って以来、ノウサギが気になってしかたがない。いつ出会ってもよいように望遠レンズを装着したカメラを持ち歩く。望遠レンズはそれなりに重いので、大変だが、一瞬のチャンスを逃したら、もう二度と同じチャンスがめぐってこないことはよくある。

Nousagi2007021001 まさかと思ったが、ノウサギは先日とまったく同じ場所にいた。丁度私は同じ時間に同じ場所に行ったわけだが、それは狙ったつもりはなかった。たまたま、その時間が私に都合がよかったというだけだ。しかも、ノウサギを探していたのではなく、先日と同じように、アカガエルの卵を探していたのである。

アカガエルの卵があったと思ったその瞬間、同じ茂みからノウサギが出てきた。今回は私の気持ちに余裕があったからか、それとも、ノウサギの動きがやや緩慢だったような気もして、しっかりよく見えた。そのかわり、私のカメラ操作も緩慢になり、あまり良い写真は撮れなかった。

Nousagi2007021002 同じ場所にいたノウサギは、前回とまったく同じコースを通り、まったく同じ藪の中に消えていった。わずか数秒の出来事であった。

Nousagi2007021003 二度、同じ場所で目撃したので、その後も何度かいってみたが、ノウサギに出会うことはなかった。それでも、今回二度、同じ場所で見たことで、私にとってはとても大きな経験になった。

いままで、ノウサギを見た場所や、足跡や糞を見つけた場所のことを思い出してみると、いくつかの共通点があることがわかったのである。

いずれ、その経験をもとに、もっとよい写真を撮りたいと思う。

ノウサギは、私が散歩道で最初に出会った野性哺乳類であり、思い入れは強いものがある。しかし、警戒心の強い生き物でもあるので、出会うことが難しい。でも、だから、こうして、ノウサギがここで生活していることを写真に撮り、多くの人に知ってもらいたいと思う。そして、そのことから、ここの自然について興味を持ってもらういたいと思う。

ごく身近な存在でありながら、ただ、通り過ぎていく人たちに、ここに生きる生き物の現実を見てもらいたい。そのために、私自身も実際に自分の足で歩き、目で見て、自分で考える。なにも、人々が考えている大自然だけが自然なのではなく、ごく身近な足元に、こんな自然のめぐりがあることを知ってもらいたい。それは、そのことを知らずに、全てを無にしていく人々の現状をなんとかしたいからだ。その思いが散歩道プロジェクトの原点であり、原動力でもある。

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2007年2月13日 (火)

ちょっとお知らせ

またまたココログの調子が悪く、コメントが付けられなくなっています。私自身も付けられないので、ここに書いています。

このところ、数日に一回くらいのペースでトラブル発生するので、我慢の限界に達しています。まあ、ココログフリーなので、ただで使っているということもあり、あきらめてますが。所詮、その程度のサービスだと思ってますが、かといって、このレベルでは、有料コースでは、ぼったくられそうで、移行できませんので、他のところに引越しを考えています。

引越しするのも大変面倒なのですが、しばらくしたら引っ越すと思います。コメントなどを付けなければ、いままでのコンテンツはしばらく残しても問題なさそうなので、残しておいて、いままで沢山書き溜めたコンテンツはまた、別な方法で別な場所に引っ越そうと思っています。

コメント投稿したのに、投稿できなかった方、申しわけありません。引越しの際にはまたここでご案内いたします。もっとも、普通にご案内投稿が出来ればの話ですが。

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2007年2月12日 (月)

流れを追う(3・終)~どぶ川と露天風呂

City2007020401 水車をすぎて、また、道路の下をくぐる。これまでも、道路の下をくぐる時は、本当に人工的なコンクリートの水路を水が流れているという感じであったが、ここは、何故か、流れの中に大きな石をごろごろと配置している。景観的にも、ほとんど無意味だと思うが、こんなところも渓流風にしたいのか?いや、単純に石が余ったという程度のことだろう。

City2007020402 ところが、道路をくぐると石はなくなり、一旦渓流風ではなくなる。もっとも、ここはまたプール状になっていて、流れを制御するための一種のダムのようなところだと思われる。それに、わきから、水道水なのか井戸なのかわからないが、水が噴水のように湧き出してくる場所があり、そこから、時々水が流れ出す。つまり、ここより下流の流れを制御するためのダムの機能と、ダムに貯めた水だけでは足りないときに、水を足してやる機能をもっているのであろう。

City2007020403 そして、その先にある暗渠をすぎると、流れは一変する。土手は、渓流風の岩がゴロゴロしているものから、石垣風に変わる。しかし、あいかわらず流れの中に大きな石をポツリポツリと配置しているあたり、こうやれば、自然の流れ風に見えるということだろう。しかし、これは非常に不自然である。

私は、小学校3年の時の夏休みの自由研究で、近所の河川を上流から下流まで流れを追って、その様子を観察して、まとめたことがあった。何度も何度も川に行き、スケッチをしたり、河原の石の大きさを測った。その時のことは今でもよく覚えているが、自然の河川というのは、上流が岩ゴロゴロの渓流であっても、下流までそれが続いているわけではない。当たり前のことだが。河原の石はだんだんと小さくなり、川幅は広くなり、流れは緩やかになってくる。そんなことは、ちょっと川を見ればわかることである。もし、最初の渓流風の場所が上流を模していて、こちらは下流を模しているならば、これは非常に不自然である。City2007020404

さらに、流れは続く。どこまでいっても、流れの中には大きな石ゴロゴロで均質である。不自然であるが、どういうわけか、このあたりから先は土手は岩ではなく、石垣風に変わる。これは、まあ、いろんな「大人の都合」があるのだろう。業者の都合、予算の都合、地形の都合などなど。まあ、そんなことはどうでもよい。

ただ、ふと思い当たるフシもある。もし、これが下流ということを意識しているのであれば、都会の河川の下流はこうなっていることが多い。それは、大都会のコンクリートの中を流れるからこんな風にせざるを得ないのだろうが(流れの中の石コロを除く)、そういうものを見て、「川の下流ってのは、こんな風になってるぜ」と思ってこれを作ったのだとしたら、笑止千万である。

City2007020406 そして、しばらくいくと、流れの中の石ころもなくなり、単に「水が流れているところ」というだけの流れになる。これはもう、別に全部暗渠にしたって、何のかわりもないし、近づくとドブ川のにおいすらしてくる。それはそうだ、タイル張りの底に、石垣の土手であるから、これであれば、水が流れていても、自然の浄化作用も一切働かない。生き物も棲めない。もっとも、金魚蜂のように、金魚だか、コイだか、そんな魚を泳がせておいて、餌を投げれば、その魚は育つだろうが、金魚蜂を定期的に掃除しなくてはならないのと同様に、定期的清掃をしなければ、ヘドロ底になり、異臭を放つようになるだろう。

その異臭を放つドブ川のドブさらいをして、「私たちが綺麗にしました」っていって喜ぶ人々がいるのだろうが、根本的に間違っている。ドブさらいは「生活に必要なドブ川」や「排水溝」があって、それを清掃する作業であり、こんな、なんのメリットもうまない、ただ単に水を流しただけの水路であれば、ここを全部暗渠(地下を流れる水路)にしたほうが、暗渠の上の土地も活用できるし、いいことが沢山ある。オープンな水の流れを作れば、それだけで、「良い環境だ」というまやかしに騙されてはいけないのである。なんども言うが、これなら暗渠の方がよっぽどマシである。オープンな流れを暗渠にするのは環境破壊だなんていう馬鹿げた考えがそもそも間違っているし、余計なオープンな流れは環境破壊を生む。なぜなら、ここに、誰かが農薬やら毒物を流し込んだらどうなるであろうか?

City2007020407 そして、最近出来た大規模商業施設のすぐわき、駐車場の車の排気ガスが流れのほんの1mのところから出てくるような場所を流れて、終着地である公園のわきから、露天風呂風になる。

ぱっと見て、生き物が乏しい流れである。一番上流のホタルの流れと比べてみるがよい。悲しいくらいのこの落差を。もしかすると、ここにもホタルをということになっていきそうな気が私はしているが、それは無理である。放流しても明るすぎてホタルの光がみえないし、そもそも、こんなところではホタルは育たない。光る季節だけホタルを連れてきて放つのであれば、そんなもん、街路樹に豆電球でもつけて電飾するのとかわりはない。ホタル業者(ホタルを飼育して、ホタルが光る季節だけ、売りつけて商売にしている業者もあるようである)が儲かるだけで、やがて、繁殖も出来ずに死に絶える無数のホタルをうんでいるだけである。はっきりいって病気である。

この場所で、最近もカワセミがいたという話もきいたが、だからどうしたというのだ。カワセミがいれば自然が豊かなのだろうか?餌になる魚がいて、カワセミがやってきたというだけであり、そのカワセミを含めた自然生態系がうまくまわっているわけでもなんでもない。どうせ、魚なんてだれかが放流したんだろうし、放流しても、それ以上になんにもならない。

さらに、この流れが注ぐ池には、現在、わずかながら水鳥がいるが、毎週、よくよく見ていると、固定されたわずかな個体(しかも大部分はアイガモ)がいるだけであり、とても豊かな自然とはいいがたい。鳥たちはきわめて不健康そうでもある。それに、こんなところにブラックバスなどを密かに放流したヤツもいるらしい。水辺に近づくと、嫌なにおいすらする。このあたりの大規模開発で、自然の水辺がないから、それでも、この場所が貴重だと思う人がいても不思議ではないが、それはおかしくないか?

いつのまにか自然が失われて、それを回復するために、このような場所を確保したのなら、まだ許せる。しかし、もともとあったものをことごとく破壊しておいて、アリバイのごとく、それらしい水辺をつくり、植物を植えて、「さあ、みなさん、ここを大切にしましょう」では私には許せない。「良い環境のため」といいつつ、それは単にアリバイ工作であって、無駄な金を注いでいるだけである。本当にこの場所の自然こと、環境のことを考えるのならば、もっと生き物が普通に棲めるような、生き物の循環が自然に生まれ、水が自然に浄化されていくような、そういうモノに作り変えようなどと、どうして誰も言わないのか。なんの理念もなく、ただ、水辺を作っただけの流れが、「これはヘンだ」とどうして誰もいわないのか。歩いていると、年齢の高い方々が、一生懸命、健康のため「だけ」に早足で歩いている。複数集まれば、井戸端会議の延長の、どうでもよい近所のワイドショーネタのごとき噂話をしながら歩くだけである。そして、小さな子供を連れている人々はいても、それ以外の世代(私より年齢が上、もしくは少し下の年代以外)はまるで見かけない。寄り付かない。夏になれば若者が明け方まで花火で爆音を撒き散らし、ゴミを平気で捨てていく。それが、この流れの周辺にみえる人々の実際の姿である。そんな場所を作るために、誰が金を払うのか。

忘却の始まり」はやがて、本当の忘却になり、そこに、なにがあったのか、何が大事だったのかさえ思い出せない。思い出せないまま、人々は勝手に次の時代へと進んでいく。なんのビジョンもないまま、現状を肯定したまま、ごまかしながら進む。それでも、その場所しか知らなければ、それが自然だと思うことだろう。忘却ではないのかもしれない。最初から知らないのだから。そして、そういう過去には一切無関心のくせに、歴史的建造物だけは大事にしたがるのが日本人だ。

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2007年2月10日 (土)

流れを追う(2)~流れのある公園セット

Nagare2007020401 ホタルの公園、これは泉谷公園といい、東西に長い公園である。その東西に長い公園の東側と西側に2つの池がある。東側の池を中心とした水辺がホタルの水辺である。そこが一番上流であり、そこから水が延々と流れる。以前、ここにホタルを見に来た時の経験では、この泉谷公園の東の池と西の池の中間地点くらいまででホタルが見られた。公園の中の最下流には道路が走っており、水は道路の下をくぐるように流れていく。

流れていくといっても、このあたりでは、ぱっと見た感じ、流れを感じられるほど流れてはいない。よどんだ流れである。道路はこのあたりでは、比較的交通量の多い道路で、ひっきりなしに車が走っていく。

Nagare2007020402 道路の下はこのような水路になっており、かなり幅は狭くなっている。また、水はよどんでおり、一見してながれているようには見えない。

道路をわたったとたんに、流れは一見渓流風の流れになる。大きな岩を配置し、流れの中にも岩を置いている。この渓流風の流れにくると、急に水の勢いが増している。これは、道路の下までのよどんだ流れというのは、一種のダムのように水を貯める役割をしており、そこから、段差をつけて流しているのであろうと思う。

Nagare2007020403 その渓流風の流れは、片側が遊歩道となっていて、片側には木を植えたりしてある。実際には、水の流れている幅は2mくらいである。左右の土手の上はいきなり住宅街となっている。

Nagare2007020404_1

流れの中を見ると、まわりの土手から流れこむのか、あるいは、上流から流れてくるのか、底には土が溜まっているように見えるのだが、実際のところは、この底は石が敷き詰められている。しばらく前はまるでタイル張りのようであったが、まわりから土砂や落ち葉などが流れ込むために、ぱっと見て土の水路のようにも見える。しかし、やはり石を敷き詰めた平らな底は見える。

このような流れが、多少のカーブはあるが、一番下流の大百池公園まで、およそ2kmを、ほぼ真っ直ぐ流れている。

Nagare2007020405 流れの途中では、ところどころ、このような暗渠になっている。暗渠になっている部分はたいてい、その手前で水がせき止められ、プール状になっていて、そこから、格子状のフィルターを通って、滝のように落差のある暗渠に流れ込む。

暗渠であるから、その下で流れがどうなっているかは探ることが出来ない。また、落差のある暗渠であり、暗渠の水面は地面よりかなり低くなっているはずである。

Nagare2007020406 最初に現れた暗渠の後には、狭い誘導水路のようなものが突如あらわれる。この水路は幅がわずか50センチに満たない狭い水路、しかも浅い水路であるので、全体の水量からしたら全部がここを流れているわけではなく、ほとんどの水は暗渠を流れており、一部だけをこの水路に分岐させている。何故分岐させているかといえば、その先に水車があり、そこに水を引くためである。

Nagare2007020407 さて、ここまでみてきて、どう思うだろうか?これは、都市の公園にある水辺とすれば、ごく当たり前の風景かもしれない。 確かに今の日本ではその通りであり、いまや全国どこにでも見られる風景であろう。しかしながら、雑木林に囲まれ、土の水路や池や、湿地のあるホタルの水辺とは明らかな違いを感じないだろうか。

考えてみると、このあたりは、ここが開発される前は完全な里山であり、まわりは雑木林や草地、畑、田んぼといった風景であった。それらをすべて一旦更地にして、こういう公園を作ったのである。ここにもともと生えていた植物や、ここに住んでいた生き物と、生き物が棲むための環境を全てリセットして、作り出したのである。木を植え、花を植えてはいるものの、それは、もはや、生き物が棲むことを想定して作られているわけではない。さて、それでは、何を想定して作っているのだろうか?それこそが、私が以前から何度も言っている、「公園セット」なのである。

周囲は完全に開発し尽くされて、いまでは完全な住宅街となっている。住宅街は人が住む場所であるが、それでは、公園というのはどういう役割があるのであろうか?もちろん、広いグラウンドのある運動公園や子供の遊具がある公園も、人が住むからには必要である。では、人々の憩う場所としての公園や遊歩道としての公園はどうだろうか?色々な考え方はあるかと思うが、私は、その土地土地にもともとあったものや、もともとあった地形を活かしつつ、そこに住む人が憩える場所があればよいのではないか?と思う。私の散歩道谷津田は作られた場所ではなく、そこにもとからあった谷津田が、私の住む、住宅地に隣接していたというだけのものだ。だから、私は頻繁にそこを歩き、その場所を愛することが出来る。

この流れのある公園セットであっても、無味乾燥な住宅街の中では貴重な場所であるから、人々はここで憩い、そして、ある人たちは、この公園を大事に思い、そこから清掃活動などのボランティアをする人々がいる。だが、ふと、それでよいのだろうか?と思う私は、あまりに頑固モノすぎるであろうか?

公園セットを考えたとき、こういうことから、人々の思考が単純化され、そのことが、思考停止をまねいていると考えるのは考えすぎだろうか?「住む場所」=「ニュータウン」,「住む場所に隣接した憩う場所」=「全国どこでも同じ公園セット」,「時々でかけていって楽しむ場所」=「観光地」、「それ以外」=「考えの中に存在せず」=「無関心」。となっていないか?と思うのは考えすぎだろうか?

一時期、「青葉台」とか「緑が丘」といったような、その場所になんの脈絡も感じられない地名が、新興住宅街に付けられることが多く、それでいいのか?ということが話題になっていたことがあった。それは地名だけの問題ではない。風土も、歴史もなにもかも、全部リセットして出来上がるニュータウン文化では、「そこに昔からあったもの」=「歴史上のこと」=「今の我々には関係ないこと」というような、一時間と空間が分断されていると思う。その分断こそがかつて「戦前、戦時中の嫌なものは全部捨てることが出来る」という「戦後のニュータウン」の魅力であったのかもしれない。だが、そういう場所で生まれ育った子供達は、どうやったら自分の出身地にアイデンティティーを見出し、故郷を愛し、故郷の風土を愛することが出来ようか?故郷の風土を愛せないことは、身近な自然を愛せないことに繋がるのではないか?

そして、新しくなくなったニュータウンは存在価値がなくなり、見捨てられる。街ごと粗大ゴミになってしまう。それはどうしてか?どうして、生まれ故郷に魅力を感じず、新しい土地に出ていかねばならないのか?生まれ育ち、馴染んだはずの場所、それも、都会に近く便利であるはずなのに、それを捨て去り、さらに無味乾燥な高層マンションへと移り住む人々が大勢いる。そのことをもっと掘り下げて考えてみてはどうか?この場所は、決して一世代限りの場所ではなく、今後、何十年、何百年後にどういう土地となっているか?どのようにしたいのか?そういうことを何も考えず、ただ、今、誰かが一瞬にして考えた程度の「新しい」とされているものを作る。それでいいのだろうか?

そのような観点で、この水の流れる公園セットを含んだニュータウン文化を見た時、今の日本が抱える自然破壊を含めた多くの病の一つの原因が見えるような気がすると私は思うのだが、それは間違っているだろうか?

さらに下流に下ると、また、そこに公園セットの病が見えてくる。

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2007年2月 6日 (火)

流れを追う(1)~ホタルの水辺

Izumiya2007020401 流れの源流ともいえる場所に公園がある。ここは、この周囲の公園の中では、私が一番好きな公園でもある。池と、それをかこむ雑木林は、作られた公園というより、ここにもともとあった雑木林を残したのではないかと思う。雑木林の中には、遊歩道、それも、私の散歩道にあるのと同じような、落ち葉を踏みながら歩くことの出来る道である。そして、水辺にはホタルである。もともとは、ここでゲンジボタルを養殖し、それを放流していたということであるが、いまではしっかりと水辺にホタルが自生するようになったとのことである。

Izumiya2007020402 それもそのはず、水辺は、ちゃんと土で出来ている。なんだ、当たり前じゃないか?と思うかもしれないが、それが当たり前でないのが、このあたりの「公園セット」公園なのである。水は大変綺麗である。もともと放流したとはいえしっかりカワニナが生息しているようである。丁度、「良好なホタルの生息環境を創造するために、主たる流れの流量を改善するために、止水している」と立て札があった。

Izumiya2007020403
大変立派な公園であると思う。一つ残念なのは、大きな池には誰かが放したのかもしれないが、錦鯉やアカミミガメが沢山いて、あまり自然が感じられないところだろうか?それでも、ここで私はクサガメも見たことがあるし、サギなどが魚を狙って枝にとまっていることも多く、トンボの種類も豊富である。

ここはゲンジボタルを放流し、それが定着しているようである。定着しているというところが、今、どこもかしこも、水があればホタルが育つだろう、などと安易な考えで、ホタルの時期だけ、どこかからホタルを連れてきて放流するという都会にありがちな公園とは少し違う。

何度か、私もホタルの時期に来て見たことがあった。最初の頃は、それほど人も多くなかったのだが、いつのまにか、見物客が物凄い数に膨れ上がり、周辺道路は物凄い混雑し、ちょっと辟易した。それ以来、来ていないのだが。その時の感想として、残念に思ったのは、周辺の住宅街からの光害である。公園の本当にギリギリまで住宅街になっているから、そこからの光の漏れはどうしようもなく、光を求愛の手段にするホタルには少しかわいそうであった。
調べてみると、この公園が出来たのは昭和59年ということである。私がこの地に来たのが平成5年頃だったと思うが、その頃でさえ、この周囲はまるっきりの里山の風景であったので、当然、昭和59年といえば、周辺がこんなにまで開発しつくされていなかったはずだ。それなりの理念というか、ここにあった自然を大事にしながら、公園を作り、そして「ホタルの棲む水辺を!」という思いから、一生懸命にホタルを育て、放流した人たちがいるのだろう。今でも、ここを歩けば、そのことを感じる。Izumiya2007020404

そして、この場所を残して、周囲を開発していったときの薄っぺらな理念とのあまりの落差を、ここからの流れを追うに従って感じることが出来る筈だ。

ここにホタルが棲み付くようになるまで、どれだけの時間がかかったのだろうか?それまでじっくりと、ホタルを育てた人がいる。その水辺を作った人がいる。それに比べ、今はなんでもインスタントの世の中になり、すぐに結果を求めたがるくせに、将来のことは何にも考えない。そういう世の中になってしまった。この公園が出来た当時の昭和59年から、平成の時代になって、世の中が、人々が随分と荒れてきたものだと、この先の流れを追うに従って感じることが出来るのだ。

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2007年2月 5日 (月)

流れを追う(予告編)

先日からずっと、ある公園への水の流れが気になっている。コンクリート底に小石をちりばめたような、まるで露天風呂を彷彿とさせる流れ。ありとあらゆる川の機能を無視し、ただ、「水が流れている」というだけで、美しい環境を作り出したと思う発想の貧困さ。そこに鯉でも放せばそれでいい庭が出来た程度に思うのだろう。もともとあった豊かな自然をぶっ壊してそんなものを作る意味がどこにあるのか?そんなことを私は散々ここで言っている。現代、それもいわゆるニュータウンの公園というのは、どこもたいていそんなものである。山を崩し、谷を埋めて、そこにあったものをなにもかもゼロにして、住宅地を作り、その中に公園とやらを作る。その公園は、緑があり、水の流れがあっても、それは自然を豊かにしようと思ってやっているわけではない。単に「公園セット」という商品なのである。そんなことに気付かずにいると、そういう「公園」を作ることが、まるで環境によいことをしているかのような錯覚を覚える人々が出てくる。その公園を掃除して、落ち葉をかきあつめて、燃えるゴミとして処理するというような、馬鹿げたことを平気でやっておきながら、私たちは地域の環境美化をしていますなどと放言する人々が出てくる。それはいったいなんなのか?生き物が寄り付かないような人工的な水辺にホタル、しかも決まってなぜかゲンジボタルであるが、そんなものを放流し、ホタルが飛ぶ季節になると祭りを催して、ホタルには似つかわしくない賑やかさを作り、逆に環境悪化を招いているような実態もある。

いずれにしても、日頃から自然というものに接していないし、見たこともないのであれば無理もないと思うが、そういう自然をこれっぽっちも見たことのない人々が「環境」だの「自然」だのという言葉を、さも当たり前のように口にする恐ろしい世の中である。

前置きが長くなったが、私は先日、その、露天風呂のような人工的な流れを実際に上から下まで歩いて、色々と観察してきた。観察したことで、いろんなことがわかってきた。それは、どういう流れであり、何が問題で、自然の川とは根本的に何が違うのか?何故そうなるのか?これが今後どうなっていくのだろうか?そういうことを少しずつ考えていきたいと思う。Nagare20070204t

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2007年2月 3日 (土)

ノウサギ

Nousagi20070203 散歩道でノウサギに出会った。至近距離でノウサギを見かけたのは本当に久しぶりだ。

今年は暖冬の影響でニホンアカガエルの産卵が早いらしく、すでに全国から沢山産卵のたよりが届いている。いつも、まわりより1~2週間産卵が遅い私の散歩道谷津田だが、今年はもしかしたら早く産卵が始まるかもしれないと思い、田んぼや水溜りをくまなく見てまわっていた。いつもあまりいかない場所の水溜りを目を皿のようにしてアカガエルの卵がないか探していた。その時だった。水溜りわきの草むらからガサガサと動くものが...カエルか?....いや、ノウサギだ!

ノウサギは物凄い勢いで走って遠ざかっていく。私はあわてて、カメラを構え、シャッターを切った。ほんの数秒、わずか2~3秒だと思う。カメラは連写モードになっており、シャッターを押し続けたが、わずかに数コマ。その中でノウサギが写っていたのがたったの4コマ。この写真は最後から2番目のコマ。このわずか0.何秒か後に、ノウサギは藪の中に消えた。そのくらいの一瞬の出来事だった。そのわずかな時間でこのように、なんとかノウサギの姿がわかる写真が撮れたのはラッキーだった。

散歩道でノウサギに初めて会った時はとても驚いた。杉林のわきの草むらを歩いていた時、ピョーンと、物凄い勢いで跳ねた。跳ねたときの後姿、ウサギらしい耳の形と、想像以上に素早く、高いジャンプに感動したものだ。その時も、ほとんど1秒~2秒くらいの一瞬だったが、私はそのわずか1~2秒の出来事をことこまかく記憶している。そのくらい衝撃的な出会いだったということだろう。当時もカメラを持ち歩いていたが、今のような性能のよいものではなく、シャッターボタンを押してから、シャッターが切れるまでに随分タイムラグのあるデジカメであったので、写真に撮ることはまず不可能に思えた。それでもなんとかあの姿を写真におさめたいという気持ちは強かった。

それからしばらくして、なんとかノウサギの写真を撮ることが出来た。

Nousagi2003051701_1 それは、丁度竹やぶの斜面を下っているときのこと。竹やぶの下を比較的ゆっくりと歩くノウサギの姿が見えたのだ。私は凍りついたように立ち止まり、息をころしながら、そっとカメラを向けた。しかし、一瞬にしてノウサギは私の存在に気付いたようで、サッと藪に隠れてしまった。それでも、かならずあの藪から出てくるに違いないと、息をころしながら待ち続け、ようやくなんとかノウサギの存在がわかる写真が撮れたものだ。

ただ、この写真は、ノウサギがいるということはわかるというだけの写真であった。

その後も、なんどかノウサギに遭遇したが、全てがほんの一瞬の出来事であり、最初に撮ったこの写真以来、何年もノウサギの写真を撮ることは出来ないでいたのだ。ただ、痕跡はよくみかけた。独特の小さな糞。普段はあまり気付かないが、ノウサギの足跡のパターンは独特で、ケンケンパのパターンである。雪でも降れば、その上にノウサギの足跡を容易に見つけることができる。

Ashiato2005030501 だが、実際、このあたりは雪が積もることはめったにないため、このような足跡にお目にかかることも少ない。けれど、雪が降れば、探せば必ず発見出来るくらいであり、姿をみることが出来ないだけで、ノウサギは頻繁に出現しているということだろう。

本当にノウサギは警戒心の強い生き物だ。これだけ警戒心が強いということは、それだけ天敵に襲われることが多いということだろう。

その、ノウサギのような警戒心の強い生き物の姿をどうやって捉えようかと思ったとき、先日から実験を繰り返している自動撮影装置をどう使って、どのようにしてノウサギの姿に迫るかということになる。それが私の大きな課題であり、目標でもある。そして、それに向かって試行錯誤していくことで見えてくるものがあるだろうと思う。私の小さな散歩道谷津田に生きる生き物の一つでもあるノウサギから、いろんなことが見えるかもしれない。逆にそうやって見ていかなければ決して見えないものがあるのではないか?とも思う。それは、この場所の自然のありのままの姿に近づくことでもあると思う。それは「散歩道プロジェクト」を作った当初の目標でもある。

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