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2006年11月29日 (水)

コゲラの音が心地よい

Kogera20061126 静かな林の中から、ココココッと、リズミカルな音がきこえてくる。ココココッ。コゲラが木をたたく音だ。

以前はコゲラがこんなに身近な鳥だとは気付かなかった。近所を歩いていて、時々木を叩く音に、その存在には気付いていたが、あまり姿をみたことがなかったからだ。

自然の中で写真を撮るようになって、コゲラはとても身近な鳥になった。木の幹にとまって、ココココッとたたきながら、その木を登ったりおりたりする。だから、音のする方にそっと行ってみると見つけやすいし、幹にとまっているとカメラで狙いやすい。

冬になり、落葉樹が葉を落とすとコゲラはさらに見つけやすくなる。木の間を素早く飛び回り、軽やかにピョンピョンと木を上り下りしながら木を叩く。その動きを見ていると、不思議なことに、まるで自分が木になったような気がする。そのピョンピョンと跳ねて上り下りする足の動きがくすぐったかったり、リズミカルにコンコンとたたかれて、気持ちよかったりする。木でもないのに、見ているだけで、そんな気がしてくる。

コゲラは、木をたたいて、木の中にいる虫をとって食べる。木を食べる虫をほじくりだして食べる。だから、木にとっては気持ちのよい存在なのかもしれない。だから、木はコゲラの棲みかも提供しているのかもしれない。木にとってコゲラは大事かもしれないが、それ以上にコゲラにとって木は大事な存在だろう。だからといって、木を食い荒らす虫がいなければコゲラは困る。それぞれの立場で、それぞれに害になったり、利益になったりという微妙な連鎖がある。そういう連鎖がうまくいっていないと、自然は健康ではなくなるだろう。だけれども、生きものの体に自然治癒力があるように、自然にはある程度の自然治癒力がある。こんな連鎖でも、多少の変化はまたうまい具合に穴埋めし、うまくめぐらせることが出来る。だから自然はうまく出来ていると感じることがある。それがうまくいかない状態が自然としては本当の不健康なのだろう。病気になっても、治癒する力があればいつまでも健康。体の様子が以前と変わっても、それは健康なのである。逆に、そういう自然治癒力を奪ってしまうと、うまいバランスでまわっているうちはいいが、何か一つが崩れ去ると、たちまち全て崩れてしまうようでは不健康といえよう。人間も自然の一部とみれば、人間が介在したって健康な自然は存在してもよいが、表面上は健康に見えても実際は不健康であるという場合もないとはいえないだろう。(...実際にはコゲラと木の関係だって、こんなに単純なわけではないし、自然もそんなに単純ではなかろうが...)

いずれにせよ、生き物が生きているということがとても大変なことを当たり前に行っているように、自然が生きているということは、ある意味、とても大変なことを当たり前に行っているのである。生きている自然を素直に見ることがなくなり、そんな単純なことさえわからなくなった人々が、人間「だけ」の感情や、人間社会のご都合からしか自然を見ることが出来なくなっていくことに危機感をいつも感じている。自分の体も含めた「生きもの」を、人間社会のご都合や人間の感情だけで見ることが危険であると同じように。人間の「ご都合」は人間にとって大事なのはわかるが、それを全てに押し付けては、大きなお世話どころか、全てがおかしなことになる。ああ、何故、コゲラからこんな話になってしまうのだろう...

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2006年11月27日 (月)

木と会話する

Konara2006112600 いつのころからか、いつもこの場所にきては上を見上げ、木々の葉のざわめきや、木々の間を飛び回る鳥たちのさえずりに耳をすますようになった。時々、目を閉じてみる。自分のまわりが沢山の樹にかこまれ、木々のざわめきは遠く、近く、立体的な広がりを感じる。そして、いつの頃からか、ここにきて、その時間を感じられることを感謝するようになった。心の中で木々に想いを告げる。日々の雑多な出来事のこと、しかし、充分幸せな毎日に感謝しつつ、木々に想いをつげる。木々は静かに、しかし、ゆっくりとうごめきながらそこにありつづけている。ここはそれほど大きな場所ではない。いや、かつては、もっと大きかった。だが、小さくなってきた。そのことが、数年前の私の心を動かし、私を動かした。街の喧騒からは離れているが、木々のざわめきの向こう、それでも、遠く街の音がする。そんな中で、ここでじっとしていたくなるような、時を忘れて、ここでこうして静かにたたずんでいたくなるような、そんな気になる。木々の根元近くはササ藪に覆われているが、それでも、春には木々の根元に沢山の様々な花を咲かせる。藪をかきわけて進むと、小さな花に出会える場所でもある。藪に隠れたノウサギに出会うこともある。四方八方からきこえてくるウグイスのさえずりにつつまれる場所でもある。雨が近づくと、アマガエルの合唱が波打つようにきこえてくる場所でもある。Konara2006112601_2 

その端に、一本の木がある。コナラの木だ。このあたりに数あるコナラやクヌギの木の一つなのだが、私がいつも立ち止まる場所のすぐそばにある木だ。私はいつも、この木の横に立ち、上に広がる枝や葉を見、それらのざわめきをきき、木々を飛び回る鳥のさえずりを耳にする。

見上げてみると、随分と立派な枝ぶりだ。道端にある木でもあり、時々人が出入りするので、ある程度手入れはされている。昨日もこの木のそばに行き、この木を見上げた。今は葉は色づき、木の根元には沢山の落ち葉が積もっている。すぐに葉は落ち、木は冬の装いになる。

Konara2006112602 森をみると、こんな元気な木もあれば、いつのまにか枯れて、朽ちていく木もある。朽ちる木は虫の餌となり、生き物にすみかを提供する。そして、そんな木に潜む虫たちを狙って、コゲラたちが、コンコンコンと軽やかな音をたてて木を鳴らす。

元気な木は、その葉を食べて育つ蝶や蛾もいれば、ドングリを食べるものもいる。地面に落ちたドングリはやがて芽を出すこともある。木々のまわりに寄り添って生きる沢山の生き物達。木々は物言わず、じっとそこに立っている。

木は、その香りを放ったり、風に枝をざわめかせたりする。それはかすかな木々の声だ。そうして私はそのかすかな、ゆったりとした声に耳をかたむけながら、木々と会話する。

秋が深くなり、木々は葉をすっかり落とし、やがて静かな冬がくる。明るくなった森を歩きながら、それでも木々の枝の先に少しずつ膨らむ芽をみて、待ち遠しい春を感じる。春、わずかに出てきた淡い色の芽に、心がときめく。やがて、葉は繁り、あたりは暗くなる。湿った香りに覆われ、様々な生き物が活発に活動する。セミが夏を謳歌して、やがてまた静かな秋がくる。そうして一年中、私は木々と会話する。

人は無意識のうちに、そうして自然と会話してきたのかもしれない。しかし、いつのまにか、その言葉を忘れた人々が増え、木々の落とす葉がゴミとなり、木は邪魔な障害物となる。

それでも、人々は庭に木を植えたがる。それは現代の人々の心がかかえた矛盾なのではないか。人はまた木の下に戻ってきたいのかもしれない。忘れかけた言葉を思い出すために。

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2006年11月23日 (木)

またもやアリジゴク

先日から、散歩にいくたびにアリジゴクの巣が気になってしょうがない。私の散歩道で巣がみられる場所というのは何箇所かある。それらは全て最近発見したわけでもなんでもなく、随分昔からそこを通るたびにきまって巣をのぞきこんだりしていたのだ。巣はひっそりと何の音も立てずにそこにあるが、近づいてよくみると、底から砂を飛ばしていたり、文字通りアリがはまってもがいていることもある。時には、クモがはまっていることもあるが、クモ対アリジゴクの肉食対決はいったいどんな風になるのか興味のあるところだ。

Usuba2006112301 一つの巣はだいたい直径が2~3センチだが、巣と巣の間はそれなりに離れている。だから、一つずつ数えられる。巣を作れる条件の場所というのは、それほど広いものではなく、広いところでも、幅が1.5mくらいで、奥行は30センチくらいしかないから、一箇所にある巣は充分数えられる。ウスバカゲロウの仲間(アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫ということだが、ウスバカゲロウの仲間は何種類かいるらしい)は幼虫の期間は2~3年ということであるから、1年生から3年生までの巣があると考えると、普通の昆虫の幼虫の数と比べればかなり少ない気はするがどうなのだろうか?

最近、アリジゴクの巣を作るのに適した場所がどうやって出来るかということについて、少しわかった気がしたということで、このブログにも書いた。要するに、比較的急斜面の木やササの根が密生したところが、根の密度が高くなりすぎて、根のしたの土がもろくなり、風化して、えぐれて窪みが出来ると同時に、さらさらの砂が出来る。そこは雨もほとんどあたらず、アリジゴクの巣に適している。探してみると、大小さまざまなそういう場所は結構あるものだ。ただ、それら全てに巣がみられるかというとそうではなく、そんな中でも、わりと日当たりがよくて、砂が乾燥して細かくなっているところに巣が多い。

Usuba20061123 実際、もっと湿った場所にも、巣のような窪みを見つけたので、もしかしたら、それも巣なのかもしれないが、これでは、アリが足を滑らせることもなく、あまり好条件とはいえないだろう。

アリジゴクの巣の主、つまり、ウスバカゲロウの幼虫は捕まえてみるとわかるが、ほとんど歩けず、後ろ向きにズリズリと砂の中にもぐるだけである。丁度、座れるようになったころの赤ん坊が、すわったまま、お尻をズリズリとすべらせて後ろに進むのと同じような仕草で後ろに進むのである。だからつまり、自分で好条件の場所を歩いて探しまわって、そこに巣を作るというのはちょっと考えにくいのであるが、どうだろうか?だとするならば、ウスバカゲロウの成虫は、巣に適した場所を選んで産卵し、幼虫はほとんどそこから動かずに成長するのだろうか?しかも、成虫になるまで2~3年の間である。こういう場所は小さな土砂崩れなどは頻繁に起きるから、それですっかりまわりの環境が変わることもあり、一旦、巣を作るのに適さない状態になったらもう生きられなくなるのだろうか?

そうすると、夏に晴天続きでうちの庭が砂浜のように乾燥しきった時、数日の間に突然あらわれたアリジゴクの巣はいったいどうして出来たのだろうか?彼らはどこからやってきたのだろう?そしてどこにいってしまったのだろうか?色々と考えると謎は尽きない。

誰もが見過ごしてしまうような場所で、ひっそりと、しかし太古の昔から生きてきたアリジゴクの生活は、謎に満ちている。人間の常識では考えられないような不思議がそこにある。そういうものを見るたびに、人間はなんと無知なのだろうと思う。同時に、そんな謎を探るのはワクワクする。こんな身近な自然であっても、自然は果てしなく奥深いのである。

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2006年11月19日 (日)

雨音を聴く

Ame20061119昨日ははるばる横浜まで宮崎学先生の講演会へ。講演会はとても刺激的で、ワクワクした。ツキノワグマの現状に日常的に接し、撮った写真の数々は説得力が違う。日常的に自然に接し、確かな目で見ているからこそ伝えられる真実があるのだと思った。終わった後は先生たちと数名で新宿へ。自然や自然と人間のかかわりに興味を持つ人たちとの会話はとても楽しかった。こういう会話が出来る場は貴重だ。なにより、宮崎学先生のエネルギッシュな、意欲溢れるお話しにとても刺激を受けた。

そうして昨夜遅くに帰宅し、一日のエネルギーを使い果たした充実感とともに、よく眠れた。朝起きたら雨。雨は次第に強くなり、ザアザア降りになった。雨だけれど、散歩に行こうかどうしようかと迷っているうちに時間がすぎた。そして、子供達の買い物に付き合い、食事をして、ついでに自分の買い物もして戻ってきた。帰ってきて、横になって雨音を聴いているうちにうとうと眠ってしまった。

しばらく前に、ベッドの位置を変え、窓のすぐそばで寝るようにした。眠っている頭のすぐそばに窓があるので、月夜には、見上げると月が見える。星空を見上げることが出来る。窓のそばには枇杷の木があり、朝早くから鳥たちがやってくる。枇杷の木にやってきた鳥の足音や鳴き声で目覚めることもある。最初からそうすればよかったなあと思った。雨の日は枇杷の葉にポツリポツリと雨があたる音が心地よい。

うとうとしながら、心は散歩道へ。今日も歩きたいんだけれどな...と思いながら、眠くて体が動かない。散歩道を歩いていて、雨が降ってきたことが何度もある。そんなことを思い出す。林の中でアマガエルの合唱が大きくなり、そろそろヤバイぞと思いつつあるいていると、急に暗くなった空からポツリポツリ。田んぼや水溜りに輪を描く。やがて雨が強くなり景色が雨に滲んでくる。木の下にはいって雨宿りをしながら少しずつ進む。雨の中、ひっそりたたずむ鳥たちの姿。心が穏やかに、静かになる。雨音だけがする中を少しずつ進む。そんな心おだやかになる雨の日も私は好きだ。そんなことを思いながら、うとうとする私の思考はあちこちへと飛んだ。そうして雨音にうとうとしながら気付くともうすっかりあたりは暗かった。静かに暮れる一日だった。こういう日もまたよかろう。多様な日本の季節、日本の天候はいろんなものを見せてくれる。いろんな気持ちにさせてくれる。

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2006年11月16日 (木)

鳥のための米

Tori20061112 とっくに収穫が終わった田んぼ。残った切り株から自然と稲が伸びてきて、今、また実っている。こういう光景をうちのあたりではよく見かける。ある地元の農家の人に尋ねたら、これは「鳥のための米」なのだという。一般的にそういう風に言われるのかどうかしらないけれど、それをきいてなるほどと思った。まあ、もっとも、気候が穏やかな千葉だからこそのことかもしれないのだが。(もっとも、全ての田んぼがこんな風になるわけではなく、冬になる前に、田おこしをして、この稲ごとかき混ぜる田んぼも多い)
こちらでは、多くが早場米であり、米はかなり早くに収穫される。9月に入るともう収穫が始まっているところもある。そういうわけで、早くから収穫物を人間のために根こそぎ持っていくので、その罪滅ぼしのようでもある。食べ物の少ない冬には、ありがたいものかもしれない。が、実際のところ、鳥たちがどう思っているかは知らない。人間の方も別に無意識に放っておいたら芽が出て穂が実っているだけである。稲は稲で「自分達の子孫を残そう」と思って実をつけているのだろう。それぞれの立場でそれぞれにやっていることが、たまたま重なっているのではある。
農作物は人間が「自分たちのため」と思って作っているわけだが、野生の生き物たちには、それが人間のものであるかどうか、そんなことはおかまいなく、「そこに餌があるから食べる」というだけだろう。が、まあ、人間としてはそれが気に入らないわけで、いろんな手段で排除しようとする。これはなにも人間と他の生き物に限ったわけではなく、同じものを餌とする生き物なら、餌をめぐって争いがあるわけでもある。この「鳥のための米」のように、争いなく、うまい具合にわけあっているという場合もある。
都会では、ゴミをあさるカラスが問題になっているところもあるが、これとて、増えすぎたゴミがその後の自然処理能力のなくなった都会に散乱するから問題なのであって、そこらへんに自然に投げておいたゴミをカラスがきれいに食べてくれるのであれば、誰も問題にしないだろう。ある意味、人とカラスの共生関係でもある。
昔の田舎のくらしは、こういった自然の共生関係や物質循環に頼る比率がうんと高かった。というより、今のように世界をかけめぐる強力な物流システムがあるわけでもなく、ほとんどの物質をその地の生産力に頼って得るしかなかったので、自然とそうならざるを得なかったのだろう。その中で自然と生まれてきた人間のまわりに出来た生物相が、今でいうところの「里山」あるいは「さとやま」の自然を形作っていた。豊かな里山というが、それは、農業を中心とした自然の生産力を利用する人間の生活を維持するために、人間が活動することによって出来てきた自然のシステムである。だから、その人間の生活スタイルが変化していけば、里山自然も変化するのは当然である。その変化を見て「荒廃」という人があるが、これは勝手な表現であると私には思える。もし、里山の「自然」だけを見て「荒廃」というなら、里山の近くで暮らす人々の生活スタイルや意識こそ「荒廃」であろう。里山を大規模に切り刻み、どこもかしこも同じようなコンクリートの塊にして、公園といえば、芝生を植えて、なんの脈絡もない園芸種の花を植えては刈り、また植える。または、どこもかしこもゴルフ場だらけ。これが「荒廃」の実態ではないか?その「荒廃」した世の中では、落ち葉がゴミとなり、草も生えないコンクリートの公園がもてはやされる。落ち葉が落ちたり草が生えるのは、余計な手間がかかるから害であり、害は可能ならば人間の力によって駆除されるべき、コントロールされるべきであると考えるような人の荒廃した心こそが「荒廃」の元凶である。
ごく自然なこととして、自然を敬い、鎮守の神社があり、神社の裏の鎮守の森があり、それを大事にし、そこに集い、お供え物を供え...そういう「里山文化」というものもある。そんなことはどうでもよくなってしまった人々の心こそ「荒廃」というべきであろう。何故か「鳥のための米」から話がとんでもない方向にいってしまったようだ。ホントは他のことも色々言いたかったのだけど...「鳥のための米」はこれ以外にも、いろんなことに気付かせてくれる事柄でもある。それはまた追々書こうと思う。

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2006年11月12日 (日)

ササ藪を考える

Sasa2006111201 我が家の庭は、以前、大量のササに覆われていた。ササは地下茎でどんどん増えるので、普通に刈ったくらいでは、あとからあとからどんどん芽が出てきてしまう。しかも、刈ったら、刈った場所から枝分かれして伸びてきてしまい、少し放っておくとすぐに以前にも増して密なササ藪になってしまう。

その頑固な庭のササ藪を、妻が毎日一生懸命スコップを使ってササの地下茎を取り除き続け、半年くらいでようやくほとんど取り除くことが出来た。今はこの写真のように、エアコンの室外機の裏の手の届かない場所のみが残っている。それにしても、ここまで追いやるのには相当大変だった。地下茎を取り除くには地面を少なくとも30センチくらいは掘らなくてはならない。しかも、地下茎は相当に丈夫で、時にはノコギリで切らなければならないほどであった。

このあたりはどこを見ても、ササが繁茂している。里山の藪はほとんどササ藪だ。密生しているところの密度は物凄く、人は足を踏み入れることが出来ないほどである。私の散歩道わきも、散歩道と斜面林の境界線はササが形作っているといっても過言ではない。散歩道にササの生垣が出来ている状態だ。Sasa2006111202

こうなると、ササ藪の下はほとんど日が当たらなくなる。そうなると当然、日なたを好む植物はその藪の下では生育出来なくなるといい、いつの頃からか、こういう状態を、手入れが行き届いていない状態と見て、里山としては好ましくない状態と考える人が多くなってきたようだ。ただ、私は一概にそうはいえないと思っている。少なくとも道端のササの繁茂の状態だけを見て、「荒れている」というのであれば、はっきりと、それは間違っているといえる。

私の散歩道周辺は、農地としてしっかりと生きており、農作業を行う人々によって草刈りなど、大変熱心に手入れがされている。だが、それでもこのようにササが繁茂する。ただ、このササ藪を撲滅しようとは誰も思っていない。だからといってササはけっして放置されているわけでもない。農作業のために、必要な部分は刈られている。また、ササ藪の中を切り開いて、人が一人歩ける程度の道が縦横に延びている。そういうところではササはしっかり刈られているのだ。しかし、それだけのササを刈るだけでも相当な重労働である。春から夏にかけてのササが伸びる速さは凄まじく、次から次へと伸びてくる。地面からもニョキニョキと出てくる。それでも今は、エンジン付きの草刈り機もあり、手で刈ることを思えば効率的なのにである。まして、ササ藪を撲滅しようとするならば、妻がうちの庭でやったように、地面を掘って縦横に張った地下茎を取り除かなくてはならず、それはまるで山を開墾して畑を作るくらいの大仕事になる。放っておけば繁茂してくるこのササに、そんなことをしていたらとても農作業どころではなくなるだろう。そんなことは、はっきり言って、やってられないのである。

実際には里山の中では、ササの繁茂の仕方というのは場所によって様々だ。どこもかしこも放っておけば密生して手が付けられなくなるわけではない。

Sasa2006111203_1 たとえば、スギ林の下というのは、ササはほとんどない。もっとも、他の植物もほとんど生えていない。生えているとすれば、シダ植物や背の低い常緑広葉樹の若木などが生えている程度であり、なんだか閑散とした感じがする。これはスギ自体が、他の植物を寄せ付けないようにしているというのもあるが、年中葉が密に繁り、杉林の下というのはかなり薄暗い場所であるということもいえるだろう。

よく見ると、最もササが密に繁茂して、人が一歩も中へ入れないような場所というのはかなり日当たりのよい場所である。実際には、人通りのある道端周辺がもっとも密になっている。

クヌギやナラなどの落葉広葉樹林では下生えにササが見られるが、実際にはどこもかしこも密生しているわけではない。道路側から見ると、道路周辺では密生していて手が付けられない状態に見えても、それは外側が密なササのバリヤーに覆われているという感じになっており、一歩林の中に入ると、中は意外と疎であり、かきわけて充分に歩ける程度であることが多い。Sasa2006111204

こういう落葉広葉樹林は冬になると落葉し、5月頃になると一斉に葉がしげる。このことは、林の中の環境が季節によって大幅に変わることでもある。冬は葉が落ちているので、非常に明るい。冬はササもほとんど成長しないので、明るいからといって、ササが密になることはない。さらに、冬にはササもある程度葉を落とすから、早春にはその疎なササ藪の中は適度に明るい。木漏れ日が地面を適度に照らす。その適度に照らされた藪の中で、様々な早春の花を見ることが出来る。特に早春の花は、広葉樹の葉がまだ繁る前のわずかな明るい期間に大急ぎで芽を伸ばし、花を咲かせ、そして、新緑の頃にはもう花の時期を終え、やがて葉も落としてしまう。

Shunran200603261 これは、今年の春に撮ったシュンランの写真である。適度に疎なササ藪の中に寝転がって撮ったのである。寝転がれるのであるから、その程度に疎らなのである。みればわかると思うが、充分に空が見えていて、日光があたっている。ただ、ここにいきつくまでには散歩道から密なササのバリヤーを越えてこなければならなかったのではある。が、ここは特に手入れがされているわけではないが、ごらんの通りなのである。

初夏の頃になると、こんな風 に空は見えない。まず、木々が葉を繁らせると相当に薄暗くなり、また、ササも伸びて、かきわけて入るのが困難となる。が、入ってみると驚く発見もある。

以前、春先に田んぼ周辺で沢山羽化するオオアオイトトンボが、夏になるとほとんどいなくなり、また秋に出現するので、一体どこにいっているのだろうか?と思っていたら、こういうササ藪の薄暗いところに入ってみたら大量のオオアオイトトンボがいて驚いたことがある。彼らは夏の間はこんなところで暮らしていたのだ。また、ノウサギなどの小さな動物やキジなども人間の姿を見ると、深い藪の中に身を隠す。実際には、猛禽などの天敵から逃げて藪に入ることも多いのだろう。

セイタカアワダチソウのような繁殖力の強い外来種が、いつのまにか日本の自然の中に入り込んで繁茂するという光景は、いまや当たり前のようになっている。これらの外来種は、たとえば、セイヨウタンポポとカントウタンポポを見てみると、その分布は意外とくっきりとわかれている。それは、とても当たり前のようだが、人通りの多い場所、人の生活に近い場所、人が常に土地を撹乱しているような場所には外来種が多いのである。草刈りをした場所にセイタカアワダチソウが黄色い絨毯のようになっている場所もある。だが、当然ながら、ササ藪バリヤーの内側にまでは入ってきているわけではない。Seitaka20061022

実際、ササ藪バリヤーの内側には、セイタカアワダチソウに代表されるような、外来種はほとんど見ない。これは道路に面したところに密なササ藪バリヤーがあるおかげでその内側に入ることが出来ないのだと思われる。もし、これらを綺麗に取り除いてしまったら、こういう外来種はどんどん内側に入り込み、とんでもないことになるのではないかと思う。

最近は、どこからどういう経緯で広まったのか知らないが、手入れをしなければ里山が荒れるといわれ、きれいな花が咲く里山を取り戻すといっては手入れをしようとする。それは結構なことだが、どこもかしこも街中の庭のようにただ手入れをして、藪を刈って、きれいにすること「だけ」にこだわり、実際にそこの自然がどうなっているのか?かつての日本人の生活とかけはなれた現代の人間社会のこと、モノの流れる速度が桁違いになった現代の人間社会の影響、そういったものも何も考慮しないで、ただ単に、「きれいにすればよい」というのでは困る。やみくもに手を入れること「だけ」にこだわるのではなく、その自然がどういう現状にさらされているのか、そういうことを実際によく見て、考えて行動しなくてはならない。やみくもに「手を入れさえすれば」自然が保たれると思うべきではない。自分のやっていることが、果たしてどういう影響を与えるのかを考える、人間社会が自然にどういう影響を与えて、どうなっているのかを考えることがまず必要なはずである。それを忘れてはいないか?自然を大事にしようと思う人が増えたというが、私は、今の人々の、なんでもかんでも一様化したがる現実にあえて警鐘を鳴らしたい。そして、それをはっきりさせるために、今、ある長期観測計画を練っているところだ。なんでこんなことにこだわるのかと思うかもしれないが、日々の観察からの強い想いが、ついついこんな長文を書かせてしまったのである。

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2006年11月 8日 (水)

アカガエルの謎

Aka20061103 先日、うちの庭で芋ほりをしていたところ、落ち葉貯めに大きなアカガエルがいるのを発見した。これにはたいそう驚いた。うちは住宅街の中。しかも、丘の上というところ。普段アカガエルたちが暮らす田んぼはここから5~600m坂を下った谷底。アカガエルはあの谷底の田んぼから、えっちらおっちらやってきたのだろうか?そのアカガエルは冬眠色になっていたので、おそらくこれから冬眠するのだろうが、冬眠場所を求めてやってきたのだろうか?だとすると、冬眠場所は随分広範囲に広がっていることになる。そういえば、以前、庭でヒキガエルを見つけたこともあった。つまり、カエルというのは繁殖場所の水辺の近くばかりにいるわけではなく、かなり広範囲をうろついている、冬眠するのもかなりの広範囲ということになる。カエルの行動範囲を詳しく調べることが出来たら、それは凄い発見があるかもしれないと思った。そういえば、最近、よく道端で車に轢かれているカエルを見るが、冬眠時期が近くなって、カエルの行動範囲が広がったのだろうか?

アカガエルについては、毎年「アカガエルプロジェクト」と称して、産卵の様子、オタマジャクシが育って上陸するまでを観察してきた。観察することで、わかったこともあるが、本当に「わかった」といえることは少なく、「わかったかもしれない」という程度のことばかりだ。実際に、「わかる」ためには、もう少し踏み込んだ観察が必要だと思っている。しかし、観察すればするほど謎も増えていく。

写真のアカガエルはつい先日、私の足音に驚いて、たんぼわきのコンクリート水路に落ちてしまったアカガエル。アカガエルはアマガエルのように手足に吸盤はないので、コンクリートの壁を登ることは出来ない。だから、コンクリート水路だらけになると、溺れて死ぬ=数が減る、と考えられているようだが、私はそれには非常に疑問を感じている。なぜなら、まず、長年観察していて、水路で溺れたアカガエルを一度もみたことがない。そのかわり、水路で溺れたアマガエルは見たことがある。これは矛盾しているように思える。アカガエルの跳躍力は素晴らしく、浅い水路であれば、壁こそ登れないが、ピョンと飛び跳ねて水路から出てしまう。だから、コンクリート水路溺死説はたぶん違うんではないかな?と思う。

ただし、コンクリート溺死説ではないが、コンクリート水路がアカガエルの数を減らす原因になっていると思うことはある。それは、水流の速さだ。実際、コンクリート水路は土の水路に比べて遥かに水流が速い。といより、土水路は流れのほとんどないところが多いが、コンクリート水路は目で見てわかる程度に水が流れている。これは大きな違いで、まず、アカガエルはわずかでも流れがあるところには産卵しない。アンパンみたいなまるっこいアカガエルの卵は流れのあるところに産卵すると、卵はどんどん流されていってしまうので、産卵できないのだと思う。しかも、オタマジャクシはほとんど泳がない。水の底でじっとしているだけ。だから、流れがあるとオタマジャクシは流されてしまう。実際に、流れのない土水路には産卵するが、コンクリート水路には産卵しない。これははっきりしている。

もう一つの減った原因として、湿田が乾田化したための産卵場所減少説も有力説としてある。それはそうだとしても、産卵以降、上陸するまでの間はかなり長く(3~4ヶ月)、その間には湿田といえど、農作業のために田んぼの水を抜くこともある。このとき、田んぼに産卵された卵やオタマジャクシはどこにいくか?それは水路である。もし、水路の流れがきついと生きられない。それから、乾田でも、実際には水溜りのある田んぼも多く、そうすると、そこにアカガエルの産卵も見られる。天候によっては、それが乾いてしまって、全滅することもある。水路には常に水があるので、水路に産卵されたものは生き延びる率が高いように思う。

といったわけで、実は水路がコンクリートになってアカガエルが減ったというところの因果関係は、溺死説よりも、産卵とオタマジャクシ時代の環境の問題ではないかと私は思っているのだが...

例年アカガエルプロジェクトでは、産卵と成長を中心に、産卵、成長に適した場所は?というテーマで観察してきた。それはそれで興味深かったが、来年は少し工夫して、コンクリート水路との関係について調べてみようかと思っている。どうやったら確かめられるかなどと色々考えているところだ。まあ、どうでもいいじゃないか?という人がいるかもしれないが、私は大きな問題だと思っている。というのが、コンクリート水路溺死が問題だとするならば、脱出できるような水路にすりゃいいじゃないか?といことになろうが、そうではなくて、コンクリート水路の水流が問題だとすれば、別な解決策があると思うからだ。そのためには、原因をはっきりさせておく必要があると思う。

私はアカガエルが大好きだ。だからこそ、色々知りたい。実際に見てきて不思議に思ったこと、謎が沢山ある。その謎を一つずつ解き明かすことはなんだかワクワクする。だが、時間がいくらあっても足りないと思うくらいに謎が次々と出てくる。

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2006年11月 5日 (日)

アリジゴク

Ari2006110501 散歩道に、アリジゴクの巣が沢山ならんでいる場所が何箇所かあって、私の観察場所になっている。実際に、その名の通り、アリがはまっていたのも見たことがある。アリジゴク、それはウスバカゲロウの幼虫であるが、そいつが、時々、このスリ鉢状の巣の底から砂を飛ばしているのを見ることもある。この幼虫を捕まえてみると、ほとんど歩けない。歩くというよりは、後ろ向きに土の中にもぐっていく。そんなわけだから、こうやって、落とし穴をつくり、その中でじっと獲物がくるのを待つ。獲物がくると、底から砂をかけ、足を滑らせて、底に落とす。

アリジゴクという名前はだれが考えたのだろう?実際には、私の観察では、アリよりもダンゴムシの死骸が転がっていることが多いように思う。先日などは、小さなクモが落ちていて、これはまた、肉食同士の凄い対決だなと思った。

私がアリジゴクを初めて見たのは、神社の縁の下だった。私の母の生まれた家というのが、深い谷奥で、そこから先は民家がないようなところであるが、そこに初めていったとき、谷奥の神社の縁の下にアリジゴクがいるのを教えてくれたのは母である。捕まえてきて飼ってみたが、なかなか巣をつくってくれない。アリを落としても、なかなか食べない。それでも結構長いこと生きていた記憶がある。(結局は死んでしまったが)

縁の下は雨が当たらないから、アリジゴクの巣に適したさらさらの土がある。しかし、自然の中には神社があるわけでもなし、縁の下のような雨のあたらない都合の良い場所はまずないだろうと思っていた。だから、普通、アリジゴクはどこで暮らしているのだろうかとずっと不思議に思っていた。10年くらい前だろうか。夏にほとんど雨が降らず、深刻な水不足になった年があった。我が家の庭の土がカサカサに乾き、一部は砂漠のようなサラサラの状態になったことがある。そうしたら、どこからやってきたのか、アリジゴクの巣が沢山出来てたいそう驚かされた。やがて、雨が降り、いつのまにかアリジゴクはいなくなった。やはり、アリジゴクはどこからきて、どこへ行ったのか謎だった。

Ari2006110502 実は、私の散歩道フィールドで普通にアリジゴクが見られる場所は、この写真のような場所である。急斜面の土手、その上に木が生えている。木が成長して、根を伸ばすが、根が張りすぎて土の割合が少なくなり、もろくなって小さな土砂崩れが起きる。木の根の下をえぐるように土砂が崩れ落ちる。そうすると、土が崩れてえぐれた上にひさしのように木の根がおおいかぶさる。そのため、ここは雨が当たらず、しかも、土がもろく、風化してさらさらの砂になる。まさに、アリジゴクが巣を作るには最適の場所である。これを見つけた時、長年の私の疑問、「アリジゴクはどこにいるのだろう?」という謎が解けたのである。

ただ、この侵食が進むと、やがて土手は崩落するだろう。土が風化しすぎ、露出した木の根は腐り、上にある木をささえられなくなる。そうして、大きく崩落し、アリジゴクのすみかは消えてなくなる。だが、ここが崩落するまでの長い年月のうちに同じような場所が別に出来る。そうしてアリジゴクは生きながらえる。まさに、森の長い年月の移り変わりに調和した生き方である。

Jiga20061105_1

実際、こうした小規模な土砂崩れ跡はアリジゴクだけでなく、様々な生き物にすみかを与える。この写真には沢山の横穴があいている。これはジガバチの巣であるが、これもまた、大小の土砂崩れが起きて、土が露出したために、巣を作るのに適した条件が出来たといえる。

森というのは、長い年月をかけて、変化する。それは、このような土砂崩れを起こす場所もあり、古くなった木が枯れて、大きな洞が出来、そこを巣として活用する生き物もいる。洞は腐食がさらにすすんで、ついには崩落して、土にかえる。土にかえったものが、木々を育てる養分として使われる。これは、おそらく一人の人間の一生よりも長いスパンでゆっくりと起こる変化である。

生き物には、生まれたばかりの者や、青年、年寄り、と、いろんな世代があるように、自然の森にも、いろんな世代のいろんな場所が存在し、そこに多様性がある。その多様性のおかげで、そこに生きる生き物にも多様性が生まれる。それが健全な自然の姿であろう。

しかし、どこもかしこも一様な、工業製品のような環境にしたがる現代の人々。そんな中にあって生物の多様性の大事さを訴える人は増えてきたかもしれない。それは生物が家畜のように、人々にコントロールされて多様性を保てるわけではなく、自然環境そのものの多様性、長いスパンでの変化、遷移、そういったものがあってこそ多様性が保たれることをまず考えなくてはならないだろう。アリジゴクはそんなことを考えさせてくれた。もし、アリジゴクが絶滅に瀕していたとしよう。その時、それを保護したいあなたは一体何をする?何を守る?実際、自然の中にはアリジゴクのような生き物は沢山いるのだ。

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2006年11月 3日 (金)

秋は夕暮れ

随分と日が短くなった。散歩に出掛けるにも、午後ならば早い時間に出かけないと、すぐに暗くなってきてしまう。虫たちの声が静かになった分、鳥たちの声が賑やかにきこえる。秋晴れで移動性高気圧に覆われると、朝夕は冷える。しかし、昼間は日差しがあるぶん、とても暖かい。冷え込んだ朝は、霧や靄におおわれることもあり、湿った空気を感じるが、昼間日差しが注ぐと冬の乾いた空気を感じ、乾いた枯葉が沢山落ちてくる。今、私の散歩道では、とても熱心に草刈りが行われている。そして、枯れ草を燃やす煙がただよっている。最近気付いたことがある。冬の間、藪に入ったりして感じる香りは秋に草を燃やした香りがかすかに残っている。おそらく、この枯れ草を燃やす煙によって、わずかながらも物質循環に寄与しているのだろう。何気ない、人々のいとなみが自然の中に組み込まれているのかもしれない。

秋の日差しはすぐに傾く。長い影とオレンジ色の光線の中、静けさとともに暮れていく。そうして一年も暮れていく。今はその静かな季節の入り口だ。秋の午後を歩くと、自然と心が冬に向かう気がする。本能にきざまれた季節のリズムが体の奥で気持ちを動かすのかもしれない。この先の冬に備えるための変化かもしれない。やがて春を待ちわびる季節がやってくることをどこかで感じている。Sugi20061103_1

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