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2006年9月25日 (月)

害虫益虫

今時こんなことを言う人はあまりいないかもしれないし、おそらく今の子供達は「害虫」「益虫」という言葉を知らないかもしれない。しかし、私が子供の頃は「○○は害虫だから殺してもよい」「○○は益虫だから殺してはいけない」などと、当然のことのように言われていた。

そもそも害虫ってなんだろう?蚊やダニやノミなど、人間に直接危害を加えるような虫はもちろんだが、直接危害を加えなくても「稲の害虫」や「花の害虫」ということもあり、シロアリのように家屋を破壊するものもある。人間の生活に何か不都合なこと、人間の意志に反して、不都合なことをする虫は害虫といわれる。そして、害のある虫の天敵だったり、人間の役に立つような虫を益虫と。

農作物を荒らす害虫は人間にとっての生産物を横取りすることになるわけだから、害を減らすことは死活問題でもあろう。自然の中では、いろんな生き物がいろんな利害関係のもとに生活しているのだから、人間だけでなく、あらゆる生き物にとって「害」になるものは沢山存在し、だからその「害」から身を守るためにいろんなことをして生きている。たとえば、虫に葉っぱを食べられた木は、葉に毒となる成分を多く生産するようになり、また、それをまわりの木々に伝えているともいわれる。かのセイタカアワダチソウがあれほどはびこったのは、他の植物の成長を阻害する物質を出しているといわれるが、そのおかげで自分自身にも危害が加わり、ある程度蔓延すると、こんどは衰退していくこともあるという。自分の「利」を求めすぎて、結局、自分自身がそれにやられる結果でもある。

その土地のもつエネルギーは有限であるから、そこに生活するあらゆる生き物がそれを取り合って生きている限り、そういう「利害」は生じるわけで、人間だから「害」のあるものを勝手に懲らしめている、と、一概にはいえない。どんな生き物でも他の生き物の「害」から身を守り、自分の生きる場所を見出している。

以前、どこかの街で、昔街路樹として植えたケヤキの木が大きく成長して、落葉の季節になると大量に葉を落とすので、それが大変だと、一生懸命掃き集めて、「燃えるゴミ」として捨てている。「ああ、大変だ、なんとかしてくれ、木を切ってくれ」と人々が言っているのを見たことがある。うちの近所でも似たようなことがあり、木を根こそぎ伐ったこともあった。そういう意味では落葉樹は「害木」か?だいたい、落ち葉はゴミなのか?

そういう人に限って、やれリサイクルをしろ、ゴミは分別して出せ、などとうるさいのではないか?それをいうなら落ち葉は優秀な資源であり、リサイクルに最適であろう。

落ち葉をゴミにしてしまうのは、どこもかしこもアスファルトやコンクリートで固めまくり、「生きた土地」を「死んだ土地」に変えてしまうからだ。どうも、その方が快適だと勘違いをしている人たちがいるようだ。なぜなら、こんな公園に、こんなにして木を植えているからである。その人たちにとっては、害虫、害木を通り越し、害土、害自然が存在するようだ。Gaitochi20050923

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2006年9月19日 (火)

秋の花粉症

先日あたりから、秋の花粉症があやしくなってきた。私の場合、春先のスギ花粉症は重症で、薬なしでは普通の生活が送れない。しかも、大好きな散歩道には杉林が沢山あって、困ったもんだ。

春先のスギ花粉症にくらべれば、秋の花粉症は軽症なので、特に薬を飲むこともなく生活できる。妻も随分前から秋にも花粉症になると言っていた。その原因が「ブタクサ」だという。調べてみると、ブタクサという草は北アメリカ原産の移入種で、アメリカあたりでは、このブタクサ花粉症患者が多いという。

恥ずかしながら、私は以前はブタクサという草を勘違いしていた。丁度、同じころによくみかけるアレチギクをブタクサだとばかり思っていた。妻もまったく勘違いしていて、セイタカアワダチソウをブタクサだと思っていたようだ。考えてみると、今の時期、セイタカアワダチソウはまだ花が咲いていない。

セイタカアワダチソウは一時期物凄い勢いで広がって、しかも花が黄色く目立つので、なんとなく害がありそうというイメージもあってか、子供の頃、喘息のモトだと言われていたのを思い出す。それで、アレルギーのもとのブタクサはあれに違いない、と多くの人が思ったのか、セイタカアワダチソウのことをブタクサという人が多い。よく調べると、ブタクサというのはHog-weedの訳だそうで、そもそもHog-weedとは、ブタクサのことだけでなく、広く似たような雑草のことを指す単語だということだ。だから、セイタカアワダチソウもHog-weedであり、であるならば、セイタカアワダチソウをブタクサと呼んでも間違いではないような気もする。

セイタカアワダチソウの方ではない、普通にいうところの(?)ブタクサ、学名Ambrosia artemisiaefolia var. elatiorは、地味な草だが、よくみると、今、あちこちに普通に生えている。花粉症のモトはこれだというが、実際、私がブタクサ花粉症なのかどうかはわからないが、可能性は高いのだろう。ブタクサは花期が7~10月、セイタカアワダチソウは少し後の10~11月ということから考えると時期的にはブタクサが私の症状に一致するのではある。

ところで、セイタカアワダチソウ、一時期は大変増えたが、場所によっては減ってきているともいわれる。うちの近所の河原では、10月になると一面黄色の花に覆われて、それはそれで綺麗ではある。丁度ススキと勢力争いをしているようで、ススキの淡い色とセイタイアワダチソウの黄色がまだら模様になる。その勢力争いに隠れて、他の草がひっそりと生えていたりもするのがおもしろい。絶滅危惧種といわれるタコノアシなども、そんな中にあったりもするが、なかなか気付かない。Seitaka20051022

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2006年9月10日 (日)

自然の中の音楽家

自然の中には、先日紹介したような、素晴らしい壁画を描く画家がいれば、素晴らしい音楽を奏でる音楽家もいる。今の季節、セミの中でもツクツクボウシの鳴き声は、素晴らしく音楽的だ。イントロのジーーッツクツクツクツク....で始まり、主題のオーシッツクツクのリズムの繰り返し、やがてアッチェランドして、だんだん速く盛り上がってきて、ウィッ!といってコーダにはいり、ウィーオースッツクウィーオースッツク....そして、最後はジーーッとフィナーレとなる。一曲終わると拍手をしたくなるほどだ。しかも、一匹ずつ微妙に違うし、まわりの状況に合わせて変わったりもする。たいしたものだ。音楽は、曲の造りが様々なパターンで論じられるが、そのパターンが人間の耳にしっくりくるのは、太古からの、そういう自然のリズムが持っている性質にうまく合致するからであろう。人間が作曲を始めるはるか昔から、ツクツクボウシはそうやって鳴いていたはずである。人間は生まれたときからそういった自然のリズムを聴いていた。

ある人が、少し前に、キジバトの鳴き声に様々なバリエーションがあるのを発見したといっていた。キジバトといえば、特徴のある「デーデーポッポ」の鳴き方だが、その人の近所にやってきて鳴くキジバトに、6種類くらいのリズムの違いがあり、それを楽譜に書き写しているとのことだった。おそらく、一羽ずつの個性なのだろうと思う。もしかすると、親子は似たリズムになるなどといった遺伝もあるのかもしれない。

先日、明け方に、夢の中で妙なリズムが鳴り響いていて、思わず目が覚めたことがあった。いったいこれはなんだろう?と思ったら、窓の外でキジバトが鳴いていた。しかし、そのキジバトの鳴き方のリズムがいまだかつて聴いたことのないリズムだった。普通、よく聴くキジバトは「デーデエッポポーデーデエッポポー....」というゆったりしたリズムで鳴いていることが多いが、そのキジバトは「デエッデエッポポ」と、ちょっと速くてまるでルンバのリズムだった。なかなかいいリズムで鳴くやつがいるなあ、と思いながら、うとうとと寝ていたのだが、それ以来、時々そのリズムを聴くようになった。そのたびに、「ああ、またあいつが来てるな」と、思うようになった。鳴き声のリズムでキジバトの個体認識が出来てしまった。他もよく聴けば微妙なリズムの違いがあるかもしれず、それがききわけられれば、何羽くらいのキジバト(のオス)がうちのまわりにいるかがわかるに違いない。

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2006年9月 3日 (日)

謎の壁画

以前、ガードレールに謎の壁画が描かれているのを発見した。

Hekiga20060115 とっても不思議な模様が沢山描かれている。なんだろうと思ったが、これはカタツムリかなにかが、ガードレールにうっすらと生えた苔を食べた跡のようである。それにしても絶妙の曲線であり、その曲線がうまい具合に模様になっている。

その気になって探せば、これと同じような壁画はあちこちで見ることが出来る。うちの車庫の壁にも、それこそ立派な壁画が出来ているのを発見した。

作者はカタツムリだろうというのがおおかたの予想なのだが、実際に、この壁画を描いている現場を目撃したことがなかった。昨日、朝早く起きて、散歩をしていたとき、あちこちの壁や塀などに、小さなカタツムリが沢山いるのをみた。丁度、前の日に雨が降って、湿っていたので、彼らには過ごしやすい気候だったようだ。それで、期待してガードレールにいってみたが、実際には、期待したようなカタツムリはいなかった。が、ナメクジが何匹かいた。もしかしたら、この壁画の作者はナメクジなのかもしれないと思った。

いずれ、壁画を描いている現場を写真におさめたいと思っている。ナメクジなのか、カタツムリなのか。いずれにしても、姿を見せず、密かにこんな素晴らしい作品を残すとは、なんという芸術家だ。Hekiga2006011501

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