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2006年4月26日 (水)

新緑の香り

夜、帰宅途中、近所の大きなヤマザクラの近くまできたら濃い新緑の香りがして少し驚いた。木々の葉もほぼ出揃った。昨日は上空に寒気が入ったこともあり、大気が不安定で、雷雨などがあったが、今日はすっきり晴れて、湿った新緑が太陽の日差しを思いっきり浴びて、新緑の良い香りを漂わせているのだろう。今日は気温が比較的低いこともあり、ムンムンとした夏の香りではなく、少し秋のような香りがしたので「おや?」と思った。今は春だぞと。おそらく日が落ちて、また気温が下がったので、結露するなどして、そのような香りを漂わせていたのかもしれない。

私は鼻が利きすぎるといって、家族には少々嫌がられる。洗濯物を部屋に干していたりすると、台所の料理の香りが下着などに移り、「これじゃ魚臭くて着れないよ」などといってもう一度洗濯させてしまうし、味噌など、調味料の銘柄を変えたりすると、すぐに指摘するが、指摘するときは大抵「これは不味い」というので、それが嫌がられる元なのだ。いや、「これは美味い」ということも結構あるのだが、それはあまり記憶に残らないらしいが...

自然の中の季節や天候による香りの違いはよく感じる。よく、森林浴というけれど、森林は日々変わっていて、季節や天候で香りも違うし、そうなるとそれぞれの季節や天候によって人に違う影響を与えるのではないかとは常々思っている。雨の日はなんだか気持ちが落ち着くような気がするし、晴れて暑い日は気持ちもウキウキする。それは天候がそうさせる面もあるだろうが、香りがそうさせている面もあるような気がする。もちろん音も。

新緑の季節、私は一番好きかもしれない。冬から春になるときの、白く明るい日差しの中で縮こまっていた気持ちがむくむくと動きはじめる時期とはまた違う。木々に葉が出て、影が出来る。シュレーゲルやウグイスが鳴く。特に朝がいい。朝早くは森に入ると少しひんやりし、露で湿っていたりする。そして一日が始まり、静かに日が暮れる。一日、太陽の光がかわっていくように、朝の香りから昼、そして夕、夜、と香りが変わっていく。音も変わっていく。その香りの中、音の中、光の中を私は生きていると感じる。Shinryoku20060423

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2006年4月24日 (月)

自然は空間であり時間である

以前、といってもわずか数年前だが、私の愛する散歩道フィールド周辺に大規模な開発計画があった。今は休止状態である。私はこの休止状態という時間を有効に使いたいと思っているのである。以前、その時の環境影響調査報告書というものにぶちあたったことがある。「まとまりのある自然環境との調和」などという言葉を使いつつも、結局は開発のための報告書であり、その「自然との調和」という言葉は、一種のアリバイ工作のように思えた。なにより、貴重種といいつつも、私がそこで観察した種とはかけ離れているように思えたし、おかしいのは「工事区域内に貴重種があった場合....適当な移植場所に移植」などと書いてあった。

貴重種=点である。自然は空間であり、時間の流れである。これは、私はよく自然は五感で感じるものと言っているが、これは空間を感じ、時間の流れを感じるということ、すなわちそれが自然を感じるということではないか。自然を守るという時、点を守ることが大事なのではなく、空間、時間を守ることであろうが、日本ではまだその認識がほとんどないように思える。それは例えば、かつては「天然記念物」であるとか、最近の言葉でいえば「絶滅危惧種」という言葉はよく耳にするし、それを「守る」ために云々とは言えば、みな納得する。しかしながら、単なる里山、谷津田を守るといった場合、どうもピンとこないのではないか?そこに「こんな絶滅危惧種が生息する場所」といって、やっと納得する。納得したはいいが、それじゃあ「移植しよう」という話になる。それはいったいなんのためなのか?

私は自分の散歩道フィールドを歩いていて、そのなかの、本当にまわりが360度、人工物がなにもないところ、そんなところを歩いていて、物凄く心に響く瞬間がある。立ち止まって目を閉じて、まわりの音をきいたり、木々の葉の間から見える空を眺めたり、その瞬間に私が生まれるずっとずっと以前からの時間の繋がりや、生き物たちの変遷などということに自然と思いがいく。いまここで飛んでいるチョウは、かつてもっと沢山飛んでいたかもしれないし、あるいはここにはまったくいなかったかもしれない。人々はここで木を切り、薪をとり、あるいは山菜を採り、生活の糧にしていたかもしれない。ここにはもっと沢山の花が咲き誇っていたかもしれない。そこからずっと続く時の流れのなかでこの自然があり、私はその中にいるのだと。私はなんだか未来からそこにポツリとやってきたようでもある。風景はとてもゆっくり変わっていく。ただ、私はそれをほんの少ししか知らない。その空間に身を置いて、それを感じとる自分がいるのだけれど、私が感じていることはこのまわりの空間であり、今も流れるときの流れである。ただそれだけだ。だが、ただそれだけのことも「無」にし、無視して破壊するか、あるいは、「点」にだけ気をとられ、ただそれだけのことを見ることもないのか。

かつて人々がもっと身近に自然に対峙して生きていた時、それはごく当たり前の感覚だったのではないかと思う。知識ではなく、経験と知恵で自然に対峙してきた。最近はエコロジーといい、生態系云々というが、それは自然の一つの面を言っているにすぎず、生態系=自然では決してない。もっといえば、そこにある自然を見ずして生態系もエコロジーもくそもあるもんか。自然は点でも貴重種のためにあるのでも生態系のためにあるのでもなんでもなく、そこにある空間、そして時間の流れだ。以前書いたが、人間が自然を自分の都合の良いようにコントロールしようなんて浅はかすぎるし、無理なことだ。どんな形でも、そこにある自然を見て、それに正面から向き合う。それが大事だと思う。もっとも、そんなこととはまるっきり関係のない生活をしている現代人が大多数であり、そんな現代人が人の世を動かしている。それは、かつて不幸な戦争に向かって誰も疑問を持たずに突き進んだようなものを感じてしまう。私は今、エコロジーという言葉が氾濫することに、同じものを感じてしまうのだ。

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2006年4月23日 (日)

クマガイソウ

今日、自然観察仲間とクマガイソウを見にいった。昨日は、地元の公民館が主催する自然講座の講師として、自然観察に出かけたが、クマガイソウだけは、存在をほのめかしながらも絶対に場所は教えられないと、誰にも教えなかった。まあ、それは当然とはいえる。そもそも、大勢で観察をするため、観察場所についてはかなり気を使った。多くの人が歩いても平気な場所であること、これは大事だ。狭い場所に大勢が入って、歩きまわると、まわりの色んなものを踏み荒らしてしまう危険性もある。花を見つければ花は踏まないだろうが、咲いている花だけに気をとられて、まだ花の咲かない貴重な植物を踏みあらす危険性がある。だから人が歩く場所、観察する場所、これが上手く分離できなければならない。それから、花は自然の中でしか見れないものであるが、あまり貴重なものであってはならない。いくら説明しても中には持って帰りたい欲望を抑えきれない人がいる。そのような人がたとえ持ち帰ったとしても、それが大きな影響を与えることがないこと。そんなことをあれこれと考えながら、自分の観察フィールドの中の適した場所を選んだのである。だから、クマガイソウの群生地はそもそもフィールドから外してある。自然に対する考え方、自然の見方、そういうことがある程度理解出来ていると思う人でないと教えられない。そういうものは沢山ある。自然に関心のある人にはごく当たり前のことが、世の中一般、当たり前でないことが沢山あるのである。それは、ごくごく普通の人と少し自然の話しをしてみればわかる。そもそも自然というものを見たことがないし、彼らが見る自然は、花の咲く時期に花の名所に観光バスやマイカーで出かけていき、ちょこっとだけ見て、帰る。そんな程度であり、その花が自然の花であろうが、庭園に植えられた園芸種であろうが、そんなことはなんの意味もなさないのである。それが世間一般のレベルであることを認識することは大事だ。だからこそ啓蒙していかねばと思い、そのためにどうすればよいかということを考えるのである。

さて、クマガイソウ、観察していたら、丁度、地主の人がやってきた。中には入らないで、離れたところから写真を撮ってくださいと言われた。クマガイソウ、以前はもっと沢山あったそうだ。それが、やはりこの近所に住宅地が出来、人が増えるたびに減っていったということらしい。みんな持っていかれたと。最近、その方がここを見回るようになって、持っていく人は減り、そしてだんだんと増えてきたのだそうだ。確かに、私がこの場所を発見してから随分と増えた気がする。その地主の方と色々と話しをしたが、やはりキンランやギンラン、イチリンソウ、ニリンソウ、このあたりに以前は沢山あったものが、盗掘にあい、随分と数が減ったそうだ。それはここにやってきて十数年の私でさえ感じるのだから、昔からここに住んでいる方にはそれは恐ろしいほどの変化を感じるだろう。それでも、その方はいろいろと我々を案内してくれた。仲間の会話から、なんとなく自然に対する姿勢を理解していただけたのかもしれない。それにしても、そこはとても美しい里山だ。これほどに手入れが行き届き、様々な花が見られる里山はそれほど多くあるものではない。地主の方の日々のご苦労、さらに盗掘に対してのご苦労にはただただ頭が下がる。そこでそうして里山の自然をしっかりと守っておられるのだと感じた。私は外野ながら、自分が出来ること、しっかりと人々の自然に対する意識を変えていかねばならないと思った。それは自分自身、自然に対してしっかりと見つめ、学ばねばならないし、それを人々に上手く伝えることも考えていかねばならない。講師として、受講者の方にクマガイソウを安心してみせることが出来るようになること。これは一つの目標だ。全員とはいかないだろうが、いずれ何人かの人と一緒にクマガイソウが見られるようになれればと思う。Kumagai20060423

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2006年4月20日 (木)

花よりダンゴ、花より自然

散歩道ブログ、しばらく間があいてしまった。少々多忙な日々を送っていた。私の散歩道の自然を広く見てもらう機会が近々あり、そのための準備を進めていたのだ。

さて、気付いてみれば散歩道の道端にはいろんな花が自己主張をしている。春先は黄色い花が多いが、黄色い花があちこちにあると、それがなんとなく春を感じさせる。上を見ると、木々がそれぞれに芽吹いている。里山の木々はそれぞれ芽吹くときの色が微妙に違う。それがまだら模様となっている。そのまだら模様は日々変わっていく。新緑というと、みな薄い黄緑を連想するかもしれないが、実際にみていると、様々であり、白っぽい芽、茶色っぽい芽、真っ赤な芽、などなど色々ある。それが日々変化して色が少しずつかわっていく。それは遠くから見てもわかり、季節が進んでいることと、木々がたくましく生きていることが実感として感じられる。

やがて木々の葉が出揃うと、冬の間は明るい森だった里山の森は、木の葉の陰で覆われるようになる。そして、ゆれる木漏れ日は春の黄色い花にゆるやかに動く影をつくり、その陰の中をアブやハチやチョウが飛ぶ。ウグイスやシジュウカラが鳴き、田んぼにはカエルの声、水の上にはアメンボが泳ぎ、水の底には無数のオタマジャクシが跳ねる。カエルを狙って空にはサシバが舞い、地面にはトカゲやカナヘビがチョロチョロと走る。そしてシマヘビやヤマカガシといったヘビたちも出てくる。その風景、その音、その香り、その肌に感じる風、その全てが私の散歩道の春であり、そのどれか一つがかけてもそれは違うものになるだろう。やがてキンランやササバギンランも花をつける。とくにキンランは盗掘が多く、見にいくたびに「今日は無事だろうか?」とドキドキする。なくなっているとガッカリする。花が終わるまで残っていれば胸をなでおろす。花が終わったものを持っていく人はまずいないからだ。もっとも、花が終わったものを見つけられればであるが。

花を持っていく人は花のまわりにある全ての自然を感じているだろうか?花しか見えていないのではないか?いや、もっといえば花が咲いた時の花だけである。庭に植えた花の種でさえ、芽が出て、花が咲くまでの過程があろうし、それは育ててみればわかろう。一生懸命花を育てている人の鉢植えを割ったからといって、花屋でそれより立派な花を買ってきて、はたしてその育てた人は許してくれるだろうか?そこには過程があり、時間の流れがあり、それは単純に値段、見た目、そういったもの計れないものがあろう。それとは若干違うが、自然の中の花は、自然がそれを育て、あるいは自然の中でたくましく生きているのである。自然の一部として存在しているのである。そういう花というものをまったく想像すらせず、単にアクセサリーが落ちていたとでもいうかのごとく、持っていく。

その時期にその場所にしか咲かない花。それは確かに大事なものであるが、それはその自然の風景のほんの一部、ほんの一瞬の出来事でしかない。花を持って帰っても、大事に育てているからよかろうなどと考える人があれば大きな間違いである。自然の中の全てのもの、時の流れを含めて、それが自然であり、それがその場所の花を育て、その中で花は一生懸命生きている。それが自然なのである。その一生懸命生きている花の姿や、それを育む様々なもの、花を訪れる虫たち、花に影を落とす木の葉...五感を使って自然の中の空間を、自然の中の時間を感じていれば、自然の中での自分のまわりのもの全て、それこそが自然だと思うのであって、花だけ持ってきても、それは手間のかかった料理のスパイスだけを持ってきたに過ぎないと感じる。それだけを食べても美味しくないのだ。しかし、スパイスを持っていかれてしまえば、料理の味が台無しになる。普段からスパイスだけを舐めている人にはそんなことわかるはずもなかろうが...

まあ、もっとも「花よりダンゴ」なのであれば、なんの関係もない話だろうが、そうもいかないのは花に値段がついたりするからか。

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2006年4月 8日 (土)

タンポポの雑種

最近、とあることがきっかけで、ネット検索していたら、面白いものを発見した。それは、農業環境技術研究所というところの成果発表の中にあるが、

http://www.affrc.go.jp/seika/data_niaes/h16/niaes04024.html

いきなりタイトルがショッキングである。少し戻って説明すると、今の日本に生えているタンポポは、もともと日本に生えている在来タンポポ(カントウタンポポ、ヒロハタンポポなど)と、明治の頃に野菜として栽培されたのが広まったといわれる、ヨーロッパ原産のセイヨウタンポポがある。
セイヨウタンポポと在来タンポポの簡単な見分け方を知っているだろうか?実際には、在来タンポポでも、カントウタンポポやヒロハタンポポなどもあり、微妙に違うのだが、要はセイヨウタンポポは、花の根元の部分、茎との境目のところが、めくれている。在来タンポポではめくれているものはない。随分前のそう教わったので、それ以来、そうやって見ては、「これはセイヨウタンポポ」などといっていた。
うちの近所では、人通りの多い場所や造成地、荒地などにはセイヨウタンポポ、そこから少し自然の中に入っていくとカントウタンポポ、そんな風に綺麗にわかれていると思っていた。確かにそれはそうなのだが、実際には関東地方に生える見た目はセイヨウタンポポのものが実は85%は雑種だということだ。しかも、造成地や荒地などのオープンな環境には雑種が多く、さらに、その4割が単一のクローンだということだ。
単一のクローンというのが難しげであるが、要は、まったく同じ遺伝子を持ったものということだ。これは、セイヨウタンポポは単為生殖、つまり、交配しないでも自分自身でどんどん増える。つまり、一度何かのきっかけで雑種になったものが自分自身をどんどん増殖させて増えて増えて、それが今現在、造成地や荒地に生えるセイヨウタンポポ(雑種)となっているのだろう。ようはみな双子の兄弟であり、それがほぼ関東全域に広がっているということなのだ。そう考えると、実際にセイヨウタンポポが増えて在来タンポポが減ったとずっと言われてきたことに深い意味を感じる。
純粋なセイヨウタンポポは、造成地などの乾いた土地では生育しないらしい。これは在来タンポポも同じである。だが、このクローンタンポポは乾燥した造成地などで多く見られる。ということは、雑種になってたまたまそういう性質を獲得したのではないか?しかも、たまたまある交雑が起こり、出来た雑種が荒れた土地、乾燥した土地に強かったとすれば、それが単為生殖でどんどん勢力を広げたということも考えられる。
かつて、タンポポ戦争などといって、乾燥した土地でも生育できる優れた性質を持つセイヨウタンポポがどんどん勢力を広げて、在来のカントウタンポポなどはどんどん追いやられていったといわれていた。しかし、このDNAが示す答えは、そうではないように思える。セイヨウタンポポが勢力を広げたのではなく、勢力を広げたのは雑種だ。しかも、単一の遺伝子を持つ雑種だ。
私は「砂漠化」といっているが、要するに、複雑な植生も環境もなにもかもリセットしてまっさらの更地を造成し、そこに人が住むということ、つまり都市化だが、これは明治以来100年、どんどん進行していった。ちょうどその100年ほど前にセイヨウタンポポが日本に持ち込まれた。その100年の間のどこかの時点でたまたま出来たセイヨウタンポポと在来タンポポの雑種が、その都市化していく土地で生育するのに適していた。それは単為生殖でどんどん増えて、都市の草という地位を獲得する。在来のタンポポそれ自身は、自分達の生育しやすい環境では何の問題もなく生育しているが、人々は「減った」と感じ、それは逆に増えているセイヨウタンポポのせいだと思う。
しかし、実際には違った。増えたのは乾燥に強い雑種タンポポであり、もともと現在の都市のような乾燥した場所に在来タンポポなど生えることはないし、そもそも生えていなかったのである。むしろ、何も生えていない場所に生えた雑種クローンタンポポが出現したのである。おそらくこれが答えなのではないだろうか?
私はずっとセイヨウタンポポは人の生活に近い場所に生えると思い続けてきた。それはそういう場所に適した雑種を見ていたのである。道端のタンポポでさえ、何にも知らないのであるから、我々の知らないことは恐ろしく大きい。そんな無知な我々が自然をどうコントロールしようというのだ。あたかもそれが出来るかのように思わせる「地球にやさしい」キャンペーンが私にはとても恐ろしい。Kanto20050326

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2006年4月 3日 (月)

里山の狭い道

先日、散歩道に行ったらシュンランが沢山咲いていた。今年は例年より多く感じる。そのあたりの道端に毎年沢山咲いているフデリンドウは今年は数が少なく、花の時期も異常に遅い。フデリンドウが咲いてから半月くらいしてシュンランが咲くのに、今年は逆になっている。

シュンランやフデリンドウが沢山咲いている場所は、いわゆる里山、実際には谷津田の斜面林の中にある。里山とはいえ、かなり放置されているため、現在はササが生い茂って藪の状態になっている。その中に、人が一人歩けるだけの道がある。その道端に沢山、いろんな花が咲くのだ。この狭い道だけは人が歩くためにササを刈ってある。そのことがあるいはこれらの花を咲かせるのに良い条件になっているのかもしれない。クヌギやコナラの生えるその里山は冬の間はすっかり木々の葉が落ちるので、とても明るい森になる。春、新芽が出て、だんだんと日陰が出来るようになってきて、夏は葉が繁って薄暗い森になる。夏に森に入っていくと、その狭い道にはクモがあちこちで巣を作っている。その狭い道だけがササがないので、そこが虫たちにとっても通り道なのであろう。夏に歩いていると、チョウや蛾が、私の足音に驚いて飛ぶことがよくあるが、何故かその狭い道にそって飛ぶ。だから、クモもそれを知っていて、そこに巣をはるのであろう。

夏にその森の道に入って驚くのは、ササの藪の中に驚くほどの数のオオアオイトトンボを見ることだ。春に田んぼで育ったかれらは、一時期、姿が見えなくなるが、それはこの藪の中にいたのだ。また、秋になってくると、田んぼのまわりを沢山飛ぶようになる。田んぼに産卵するからだ。

この狭い道はいつから誰がつけているのだろう?地図にも点線で道があるように示されているものがあり、確かにその通りに道はついている。しかし、地図上のその点線が、人が一人通れるだけのササの藪の中の道だとは。でも、そのお陰で、私はいつもそこを通れるわけだし、その道があることで、咲く花もあることだろう。クモは虫の通り道に巣がはれるため、餌がしっかり確保できる。道だけではなく、オオアオイトトンボのように、まわりのササの藪のおかげで身を隠すことの出来る生き物もいる。時に、ノウサギやリスなども見かけたことがあった。人間だけでなく、そのササ藪に人がつけた道のまわりでは、いろんな生き物がその道を利用して生きている。

その里山の頂上付近、高圧電線があり、大きな鉄塔が立っている。よくみると、鉄塔と鉄塔を結ぶ狭い道がついている。これは、おそらく鉄塔や高圧線の保守のために作った道なのだろう。しかし、そのおかげで、ササ藪の道と同じく、藪が開かれたその道のまわりにいろんな花が咲いていたりもする。まさか高圧電線の保守が野に花を咲かせるとは誰も思うまい。Shunran200603252

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