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2006年3月27日 (月)

時の流れを考える

今住んでいるこの地に移り住んで来てからもうじきまる13年。初めて来たのは初夏の頃だった。それまでは東京の下町に住んでいた。そんな都会でも、わずかな自然を求め、よく歩いたものだ。江戸川の近くだったから、江戸川の河川敷や、あるいは矢切の渡しをわたった向こう側、そこも千葉県だが、そのあたりをよく散歩した。13年前、これから住むこの地の、駅に降り立ったとき、圧倒的な自然の力を感じた。なにしろ、歩けば道路を昆虫が横断しているし、チョウが舞っている。小鳥はさえずり、緑が香る。

以前は東京の下町、しかも幹線道路のそばに住んでいたせいか、当時、ずっと体調が思わしくなかった。そして、この地に越してきて、まず体調が変わった。とても元気になり、いろんなことに意欲が湧いてきた。朝はウグイスのさえずりで目覚め、夕方はヒグラシの声をきく。休日には自転車でアップダウンの激しい丘陵を、汗をたらしながら、耳が遠くなりそうな蝉時雨の中を走ったものだ。

その時はあまり気付かなかったのだが、周辺の開発は進行していた。ただ、まだそれはずっと遠くにあった。やがて、近くの山をことごとく切り崩し、平らにしている光景がいやでも目に入るようになる。宅地造成だが、当時まだほとんど誰もすんでいない造成地にいってみたら、沢山のキジが走り回っていたのがとても印象に残っている。造成地は、これでもか、これでもかと増え続け、砂漠が広がっていった。もうここで終わりだろうと思っていたら、さらに拡大する。そうして砂漠はどんどん増えていった。気付いてみると、家のまわりでも沢山さえずっていたウグイスやホトトギスの声はうんと遠くなり、ヒグラシの声もかすかになった。秋の夜道で圧倒されるほどに鳴いていた虫も、いつのまにか弱々しくなっていた。

思えば、私はわが身を削られるような思いをしてそんな光景を見ながら長い間なんにも出来ないでいたのだった。いつものように散歩道を歩く。おそらくずっとずっと昔、私がここにくるはるか昔から、この道を歩き、ここで生活していた人がいたこと、それよりも、ずっとずっと昔からここで生きてきた生き物たちが沢山いること。歩きながら、自然とそれを感じていた。

里山には小さな神社が沢山ある。それを一つ一つめぐるように歩いてみたこともある。すっかり忘れ去られたようなものもあれば、今でも人々の生活の中にわずかながら生きているものもあった。里山はそこでくらす人の文化でもあった。それが、何のためらいもなく削られていく。やがて神社が、丸裸になり、砂漠の中にポツリと取り残される。計画した主はそこに神社という建物を見ているだけで、そこにはるか昔から生活している人々のこと、そこに御神酒やお供えを持ってやってくる人々のこと、そうして昔から少しずつ変わりつつも続いてきた時の流れのようなものを見ることはない。まして、そこにずっとあった自然など見えるわけがない。

そうして、砂漠になった土地に、砂漠になったずっと後から来た人には、そんなことは知り得ない。残された里山やそこにある自然や文化、人の生活の貴重さ。それは、かつて、ずっとずっと広く、ずっとずっと力強かった。もし、その頃の記録、少なくとも写真に撮っていればと悔やまれる。だから、今、こうして残された自然や人々の生活を記録に残したいのである。

私がこうしてささやかながらも記録に残していると、それを目にする人もあり、近くに住んでいながら、「知らなかった!」という人や「なにやら自然が豊かでよいところがあるそうだ」という人も出てきた。是非、身近にある風景をよく見て欲しいと思うが、同時に、今残っている自然や人々の生活が、かつでどうであったか?その時の流れも感じて欲しいと思う。それが、これからそれがどうなっていくのか?という想像にもつながる。だから、我々はどうするのか?ということを考えられれば。Sabaku10511_1

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コメント

こんばんは~。
人は失くして初めて大切さを知るんですよね。
失くしたものを取り返すのはすごく大変なのですが
失くしてしまわないと、その失くした物の大切さも
それを取り返す大変さも気づかないものなのですよね。
取り返せない物の方が多いのですが。

投稿: ふるやのもり | 2006年3月30日 (木) 00時03分

そうですね。
たしかに失くして初めて大切さがわかったような気がします。
今はもう、本当に大切にしようと思っています。
なくなってからそれを見ても、元の姿がわからないのですから、気付かないというのはこれは無理もありません。けれど、こうして記録しておけば、これからは、そのことを伝えられるのです。これからもなくなってしまうものがあるかもしれません。私はそれをしっかりと見つめていきたいし、出来れば大事にしていきたいです。
砂漠に変わった土地の変化や、そこにだんだんと人々の生活が入り込んでいく様子も、それはそれで、その後の世界の成り行きなのですから、これもしっかりと見たいものです。

投稿: TAGA | 2006年3月30日 (木) 23時50分

「春の小川」に歌われた風景は代々木だそうですね。
昔は代々木ものどかな自然の残る所だったんですね。
その頃から代々木に住んでる人は今の代々木をどう思ってるんでしょうか?(今もいるかな?)
代々木でなくても、もう「春の小川」の風景は
探さなければ見つからないものになりましたね。
レンゲ畑も、あまり見なくなりましたし。
どんどん世の中、変わっていくのですね・・・。

投稿: ふるやのもり | 2006年3月31日 (金) 14時54分

「春の小川」が代々木だなんて、今では想像できませんね。
どんどん変わっていく世の中ですが、それでいいのだろうか?という気持ちは持っていたいと思うのです。
記録を残すというのは、人間すぐ忘れちゃうから、記録を残して、あとでゆっくり考えるということも大事かな?と。
レンゲ畑、こちらにはまだ沢山あります。でも、そこにあっても気付かない人が多いのも事実。ただ素通りしていては気付きませんね。そういうのを掘り起こすのも意味があるのかもしれません。

投稿: TAGA | 2006年4月 1日 (土) 00時30分

れんげ畑がたくさんあるなんて、すごい~~~!!
私の近所では、もうないですよ。
理由はいくつかあると思いますが、まず、田植えが早くなったことでしょうか?
化学肥料を使う方がれんげより安いし効果があるとか?
れんげ畑を見ながら散歩できる幸せを感じながら
散歩道を歩いてくださいね。
昔、ピンクのれんげの中に白いれんげがあって、それを見つけるのが楽しみでした~。

投稿: ふるやのもり | 2006年4月 3日 (月) 09時27分

れんげ畑、まだ、こちらには沢山(でもないか?)ありますよ。
あれは本当に見事ですね。
まもなく、そんな季節がやってきます。れんげ畑を通って、ニリンソウの沢山咲く林の中を散歩するんです。そこを抜けると、スミレの沢山咲く原っぱがあります。ずっとこのまま残って欲しい散歩道です。

投稿: TAGA | 2006年4月 3日 (月) 23時32分

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受信: 2006年5月 5日 (金) 13時09分

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