2022年2月20日 (日)

散歩道プロジェクトの19年、そして第二章へ

2022年2月16日。2月16日は、散歩道プロジェクトの誕生日だ。2003年2月16日は雨だった。何を思ったのか、デジカメを持って出かけたのだ。それから、大好きな散歩道やそこに生きる生き物の写真を撮り、Webに載せる日々が始まる。それから私の生活はがらりと変わった。それから19年が過ぎた。変わらずに散歩道を歩き、写真を撮る日々。散歩道は色々と変わった。いろんな出来事があった。

毎年、2月16日前後は散歩道に出かけ、散歩道プロジェクトの日々を振り返る。今年も振り返るために歩こうと思っていたが、色々な用事が重なりなかなか行けなかった。それに天気が悪いことが多かった。

それでも、今日、2022年2月20日、雨が時々降る天気だったが、夕方、雨が弱くなったと思ってでかけた。歩いていたら、パラパラと降ってきた。Sampo2022022001

雨は、霰(あられ)に変わり、バチバチと音をたてて降ってきた。それでも、散歩道を歩く。

一昨年、突如、残土埋め立ての危機がおとずれた。それは辛い日々でもあった。埋め立て危機にあった田んぼ、ここはアカガエルの楽園なのだけれども、そこは今は水がたまっていて、湿地になっている。Sampo2022022002

昨年は多くのヒキガエルの卵があった。今年はどうだろう?

思えば、2020年に突如やってきた残土埋め立て危機。それまでは、春になって始まるカエルの季節に、卵から成長する日々を、ひたすら見つめてきた。旨く育てば喜び、水が涸れるなどして育つことが出来なければ悲しみ、そうして、ここの自然とともに喜びも悲しみも味わってきた。そうして、残土埋め立てという一気にここの自然が消えてしまう危機に直面して、色んなことをやってきた。それは辛い日々だったけれど、そこで色々なことを学び、色々な人と出会うことができた。そうして、今の自分がある。これは私が散歩道プロジェクトを始めたことと同じくらい、大きな出来事だったと思う。そして、今年、また、私の生活は大きく変わる。これは「散歩道プロジェクト第二章」の始まりかもしれないと思う。

降りしきる霰(あられ)の中を、いつものように、くねくね峠に向かう。途中、シロハラがピョンピョンと跳ねながら先導してくれた。くねくね峠はすっかり暗くなっていた。Sampo2022022003いつの間にか人の手があまり入らなくなった、くねくね峠道。藪をかきわけて進む。見上げると濡れた木々がいつものようにそこにあった。来るたびに少しずつ違っているが、何故か見ると落ち着く風景。Sampo2022022004

19年間の色んな想い出が詰まっている風景。そして、パラパラと霰(あられ)の音が強くなり、そしてまた弱くなった。この時間の静寂。静かな中に、いくつかの生き物の気配を感じるこの音風景に耳を澄ます。

家に向かって歩き始め、いつもの散歩道の風景に溶け込みながら、これからもずっとこの風景の中を歩きたいと思う。何よりも、心落ち着くこの場所。何よりもここを歩くことが私の人生なのだ。Sampo2022022005

そうして、散歩道プロジェクト」は第二章へと向かう。

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2022年1月 8日 (土)

2022年新しい年の第一歩

 2021年はこの「散歩道プロジェクト」の更新がほとんど出来なかった。2020年の後半から2021年の前半は、残土埋め立て問題で頭がいっぱいだった。散歩道が埋め立てられる危機に直面し、必死で様々なことをやってきた。2021年の後半からは私の仕事がとてつもなく大変なことになり、ブログの更新どころの話しではなかった。そして2022年を迎えた。考えてみれば、2020年から私のまわりで起きた色々な出来事は全てが繋がっている。そして2022年は新しい「散歩道プロジェクト」の始まりだ。そして2023年は散歩道プロジェクトは20周年を迎える。

 2022年1月8日。この日が私の2022年の最初の散歩になった。2日ほど前に降った雪は10センチを超える積雪となり、その後も気温が上がらなかったため、雪の残る散歩道となった。Sampo2022010801

雪積もったの散歩道を歩くのは何年ぶりだろう。谷の日陰の部分は、ほとんどとけることもなく、フカフカの雪が残っている。Yuki2022010801 Yuki2022010802

雪の上に動物の足跡がないかと探すが、ほとんど見られない。唯一、イノシシと思われる足跡があったくらいだった。

夏から秋にかけて、草が生い茂って入ることの難しかった、くねくね峠に向かう。冬になって草が枯れてようやく入り口を突破できるようになった。それまでは、密集する背の高い草にはばまれてなかなか入っていくことが出来なかった。Kunetoge2022010801

草が枯れて通れるようになったとはいえ、生い茂るササの間をかき分けながら進む必要がある。

しかし、入り口付近の笹の密集を抜ければ、比較的歩きやすい、以前とほとんど変わらない道があらわれる。Kunetoge2022010802

様々な想い出のある、くねくね峠道だが、いずれ、しっかりと草刈りをして、進めるようにしたいものだと思う。Kunetoge2022010803

くねくね峠は私の散歩にとって、とても大事な場所だ。ここで、くねくねの主に出会ったり、オオムラサキに出会ったり、沢山の出来事があった。散歩に行くということは、くねくね峠に行くことでもあった。

さて、新年最初ということもあり、瀬又八幡神社に向かう。三が日に来れればよかったのだけど、2年ぶりの帰省を優先したから、やっと今日になってこれた。Jinja2022010801

お参りをして、この一年、色々あったが、なんとか無事に過ごせたことの感謝と、そして、新しい年も健康に無事に過ごすことが出来るようお祈りをする。2022年はとにかく新しい年にしていくぞと決意を新たにした。

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2022年1月 6日 (木)

2022年新しい年の始まり

「アカガエルの季節の憂鬱」という記事を書いてから何も書かずに一年近く経過してしまった。

2021年は本当に色々なことがあった。そして、2022年はとにかく新しいことがスタートする年になると思う。散歩道プロジェクトの20周年へむけて、良い年にしたいと思う。最初の散歩からまた一歩を踏み出そう。

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2021年3月 7日 (日)

アカガエルの季節の憂鬱

 毎年この時期になると、今日はどれだけニホンアカガエルが産卵しているだろうかとワクワクしながら散歩する。そして卵塊を見つけては喜び、水が涸れて卵が死んでしまえば悲しみ、それから続くオタマジャクシたちの成長を見守る季節が始まるのだ。だが、今年はとても憂鬱だ。出掛けるのにも気が重い。それは、この看板に象徴される。Choseiike2021030701散歩道の谷津田の一番上流、私が必ず最初に写真を撮ってきたその場所にこれがある。ここは、残土埋め立て計画では調整池になる予定の休耕田だ。これを見るたびに何か重いものが私の心にのしかかってくる。

ここに残土埋め立て計画があることを知ったのは昨年2020年の6月のことだ。その計画はこの休耕田から続く谷を大規模に残土で埋め、この休耕田は調整池になる計画。そのことを知ってから私の頭の中は、そのことで一杯になった。まるで家族が重い病気にかかったかのように心配し、色々な人に相談し、色々なことを考え、色々なことをやってきた。このことに同じように心を痛め、何か出来ることをしようと言って同じ方向を向いてくれた方もいたが、そもそも、多くの人々は否定的だ。自分たちの生活には影響ないという人、法律を守っている限り何も言うことは出来ないという人、土地の有効活用だからいいじゃないかという人、言い方は色々あるが、とにかく否定的だ。中には、ここを埋めて道路でも出来たら便利になるから嬉しいという人までいる。

 私は別にこの土地の所有者でもなんでもないし、遠く離れた広島県の生まれで、ここにやってきたのはほんの25年ほど前のことだ。だから、何も言う権利もくそもないのかもしれない。それは理解する。 しかし、ここがかつて収穫期には黄金色に稲穂が実る美しい谷津田だったこと、20130921t そして、ニホンカガエル、ヘイケボタル、ホトケドジョウ、といった生き物たちが生き生きと生息し、谷にはウグイスなどの鳥の声がこだまする、そういう本当に美しい場所だったし、その中を歩いて、辛い時も悲しい時も癒されたものだ。「散歩道プロジェクト」はその癒しを与えてくれたこの場所に感謝しようという思いから始まった。

 昨年は、ここに大量に産卵されたアズマヒキガエルの卵を発見し、オタマジャクシが成長していくのを我が子のように見守った。Hikigaeru2020050501

そして、そのオタマジャクシが無事上陸して、やれやれと、ホッとしている時にその埋め立て計画が目の前に現れた。Hikigaeru2020051701_20210307102201

それから色んなことをやってきた。

この周辺はここ数年で休耕田が物凄く増えた。その原因は色々ある。イノシシの獣害もある。高齢化もある。様々な事情があると思う。それが残土埋め立て計画にもつながっているのだろう。

 私はこの場所にかつての輝きを取り戻したいと思う。田植えの時期には鏡のようにあたりの風景を映す田んぼ。Dscn0209-2

カエルの声やウグイスの声がこだまする谷津田。そして、秋になれば黄金色に実った稲穂。Inaho2021030701

そこで人々が生き生きと暮らす。そんな風景を取り戻したい。美しい未来を残したい。そう思って色んなことを考えている。自分に出来るありとあらゆることをやろうと思っている。そして、色んな人に働きかけたり、色々なことを模索したり、勉強したり。

ここ10ヶ月ほどはそうやって自分の余力を全てそこに注いできた。

しかし、

大多数の無関心な人々、否定的な人々。その人々はどんな未来を描いているのだろうか?

調整池予定地の看板を見るたびに悲しくなる。だから、大好きな散歩もいけずにいた。アカガエルに会いたくても、会えずにいた。

でも、アカガエルの季節は待ってくれない。今日、重い足を引きずるようにして、散歩に出掛けた。アカガエルの卵がそこにあった。見つけた時はいつものように嬉しかった。Akagaeru2021030601

こんな場所はここではなくてもいくらでもあるといえばそうだろう。だけど、私にとってかけがえのない場所。私の人生の一部なのだ。不幸にして計画が進んでしまったら、それは単に私の大事にしてきたものが失われるにすぎないのか。この場所を見つめてきた私の人生はそんなものなのかと思う。そう思ってまた重苦しい気持ちで家へと帰る。

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2021年2月27日 (土)

散歩道プロジェクト18周年記念オンラインイベント【再】

先日延期したオンラインイベントの開催日が決定しました。

2003年2月16日に始めた「散歩道プロジェクト」は18周年を迎えました。

これまで市原市市津公民館の講座や「となりの田みち」イベントで行ってきた講演を少しバージョンアップした特別バージョンで皆様に「散歩道プロジェクト」をオンラインイベントとしてお届けしたいと思います。

オンラインイベントはZoomにて開催いたします。

日時:2021年3月16日(火)20:00~21:30(予定)

参加方法

参加希望の方は

メールを送信 

または、本記事へのコメントにて以下を明記の上お申し込みください。

・「散歩道プロジェクトオンラインイベント参加希望」と明記

・住所(〇〇県〇〇市まで)

・氏名(ニックネームも可)

・メールアドレス(当日のURLなどのご案内をいたします) 

締め切り:2021年3月15日(月)※延長しました!

お申込みされた方にメールにて参加方法をご案内いたします。当日はZoomでの開催となります。

多くの方の参加をお待ちしております。Oomura2008071905_20210227092001 Nushi2010102301_20210227092001 Konara002_20210227092001

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2021年2月17日 (水)

散歩道プロジェクト18周年

2003年の2月16日。何を思ったのか、カメラを持って家を出た。雨が降る日だったが、散歩道の周辺の写真を撮りに行った。最初にとった写真がこれだ。Dscf0001

私が大好きな瀬又の谷津田の反対側は、丁度宅地開発が始まっていた。今はもう完全に住宅地になっている。最後に残された谷津田。もしかしたら、何年か後には消えてなくなるかもしれない。その前にとにかくそこの自然を私は写真にとって記録し、見たこと感じたことを多くの人に知ってもらいたいと思ったのだ。

そして、私の人生は大きく変わる。やがて、私が散歩道として愛していた瀬又の谷津田を通して、多くの人との繋がり、谷津田に生きる多くの生き物たちと心が繋がってきた。

ある日突然舞い降りて私の手にとまったオオムラサキ。Oomura2008071905

何年もの間、心を通わせたヒキガエルの「くねくねの主」。Nushi2010102301_20210217225501

「帽子を落としたよ」と教えてくれたコナラの木。Konara002

様々な出来事が私の中に物語を作る。

 2018年の2月17日、つまり、散歩道プロジェクトの誕生日の翌日、私はいつものように散歩道の谷津田で写真を撮っていたら、杖をついて歩く一人の老人に出会った。

その老人は「ここは良い湧き水が湧いて流れているから、この水を田んぼに引こうと思う」という。その田んぼがどこの田んぼなのかわからなかったから色々たずねてみたが、よくわからなかった。そして、「榊を探しているんだが、なかなか良いのがなくて」という。そして、しばらく一緒に探した。そして「まあいいか、このくらいで。飾るだけだし」といってその老人は谷の奥へと消えて行った。Jiichan2018021701

不思議な体験だった。

そして、この谷津田に昨年、残土埋め立て計画があることがわかった。それから自分が散歩道プロジェクトをやってきた意味はなんなのだろう?と自問する日々。でも、今、私が何か動かなければ長年こうして「散歩道プロジェクト」を続けてきた意味はいったいなんなのだろう?

そんな気持ちに突き動かされて、そうして、色んなことをやってきた。そして、さらに新たな人との繋がりができた。それは私の使命なのではないか?そんな気持ちになる。18年前、何かに突き動かされて、「散歩道プロジェクト」を始めたこと。そのことが私の人生の答えそのものになってきた。

埋立予定地の谷津田の奥から、こんこんと湧き水が流れるのを見て、かつて、長い年月、ここで稲作をしてきた人のことを思う。その多くの人々の気持ちを無にしてはならないのだろうと思うのだ。Tambo2020062701

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2020年7月23日 (木)

重なりゆく季節

 散歩道の中、私はずっと同じ場所、同じアングルで写真を撮り続けている場所がいくつかある。もともと、季節とともに毎日表情を変えていく自然の姿を記録したいと思い、撮り続けているものだ。もう20年近く写真を撮り続けている場所もある。

 長年、同じ場所、同じアングルで写真を撮り続けてきたことで、見えてくるものがある。自然の中の実り豊かな田んぼがあったものが、次第に耕作放棄されていき、使われなくなってきた。耕作放棄された田んぼは、やがてそこに田んぼが出来る前の姿に近づいていく。そのことは長年見ていればわかる。私は写真を撮り続けてきたので、その動きを一つの映像にしてみることが出来る。

 とにかく長年、同じ場所、同じアングル、同じカメラで撮り続けてきたのだ。それを繋ぐと一つの流れになる。そういった一連の時の流れを感じる映像は何度か制作してきた。今回、もっとも長い6年間という長さの映像を繋ぎ合わせた。技術を駆使してできるだけブレの少ない映像にしてみた。

 実り豊かな田んぼ、あきらかに人の営みが見える田んぼが、やがて半分放棄され、さらに半分が放棄され、自然に戻ってゆく。これは田んぼという人とかかわって生きてきた生き物が命の営みを絶たれ、そして自然に返ってゆく姿なのかもしれないと見ていて強く思う。

 注意深くみれば、昨年の台風で森の木がずいぶんとダメージを受けたことや、数年前に季節外れの雪が降って、セイタカアワダチソウが倒れてしまったことなどが見れるはずだ。そんないろんな物語がこの一連の映像には隠されている。

 季節は毎年同じようにめぐってくる。その中で、年とともに様々な変化がある。あなたはその変化をいくつ見つけられるだろうか?

 そして、今、この自然に大きな危機が迫ってきていること。あなたはこの映像に何を感じるだろうか?

https://youtu.be/xrelUVI5F2M

 

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2020年6月14日 (日)

散歩道の谷津田に危機が迫ってきた

つい先日、町会の回覧が回ってきた。普段ならざっと眺めてすぐに回してしまうところだが、散歩道の最も上流にある谷津田の埋め立て計画の資料がついていた。散歩道の再上流、私がニホンアカガエルを最初に見つけて、それ以来ずっと観察しつづけてきた場所の二股にわかれた谷の一つを大規模に削り、土砂を埋める計画だ。全体の面積は5ヘクタールに及ぶ。

Yatsuda20200604埋め立て計画のある谷津田

資料によると、宅地開発という。だが、ここはそもそも市街化調整区域だから建物は建てられないはずなので、とても疑問を感じる。

今はここは休耕田となり、草が生い茂っているものの、ここでニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物)、アズマヒキガエル(千葉県レッドデータブックC:要保護生物)、ハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)、ホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧種IB)などが生息している。

Akagaeru20090228この谷津田に生息するニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物

Harabiro2020051701この谷津田周辺に多くみられるハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)

Hotoke2008060703この谷津田の水路などに生息するホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧IB類) 

また、この周辺ではサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)が営巣しており、この周辺は採餌場所として重要な役割を果たしているものと思われる。

Sashiba2020050302この谷津田周辺で営巣するサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)

私がこの地に来てから、この周辺の谷津田などの環境はどんどんと削り取られていった。それをなんとかしたいと思って始めたのが「散歩道プロジェクト」だ。「散歩道プロジェクト」をはじめてもう17年。私はずっとこの場所の自然を見守ってきた。

先日来、このブログに書いてきたアズマヒキガエルのオタマジャクシが卵から孵って上陸するまで、本当に我が子のように思って見つめてきたし、毎年、この周辺のニホンアカガエルは産卵から上陸までを記録している。特にこの谷津田周辺は本当にニホンアカガエルの楽園だった。休耕になって環境が悪化し、以前のように何百という産卵は見られなくなったものの、それでも、毎年産卵にやってくるニホンアカガエル。しっかり命を繋いできているのだ。

2012私が長年続けているニホンアカガエルの産卵記録

いまでも、近所の子供たちが、この周辺で捕虫網を持って虫捕りに必死になって遊んでいる。かつて、うちの娘たちもここで虫捕りをして遊んだし、この周辺の水路で捕まえてきたザリガニを家で名前を付けて飼っていた。そうして自然と戯れた経験はとても大切なものとなっていることだろう。

Dscf0015虫捕りをする子供たち

様々な社会的困難があることは承知する。しかし、この最後に残された豊かで貴重な自然を後世に伝えていくことが今を生きる私たちの役目なのではないか?と思う。

今は、自然を守ろう、環境を守ろうと世の中みんな言っているじゃないか?プラスチックゴミの問題が広まれば、すぐにプラスチックゴミを減らそう様々な取り組みが行われているではないか?オリンピックの会場建設のために、都内のある公園の環境破壊が大きな問題になり、人々の力でその計画縮小がなされてきたではないか。環境にやさしく、自然にやさしくといいながら、ここにわずかに残された貴重な自然、太古から延々とつながれてきた命たち、そんなものを人々の一瞬の人々の利害のために、取り返しのつかない破壊が行われてよいのか?

ここは多くの人が犬の散歩やジョギングで通る。豊かな自然の中で、緑の息吹を感じながら、歩いたり、走ったり。この周辺の自然に囲まれた素晴らしい市民農園で、作物を作っている人々もいる。そうして、私たちは自然から多くの恵みを得てきたではないか?多くの人がこの場所を歩いて安らぎを得てきたではないか?それが大きく破壊されようとしているのだ。

先日から色々な人に働きかけたりして、なんとかこの場所を救えないかと色々始めたところだ。だが、意外と人々の関心は薄い。この自然を愛していた筈の人々は沢山いるはずだ。なのに、何故なのだ?面倒なことには近寄りたくないのかとは思う。

そりゃあ私だって、何もせずにいたほうが平和だし、苦労もない。だが、私はここの自然を見つめて、守っていくことをライフワークときめて、もう20年近くもここを愛してきたのだ。そんなことをしたって、なんの得もない。だけれど、私の人生の多くの部分をこの場所の自然と向き合って過ごしてきたんだ。それが無くなるなんて、命を奪われるような気持ちなのだ。もし、私がここで何もせずにいて、ここの自然がズタズタにされてしまったら、一生後悔する。だからとにかく、やれることは全部やる。私は、ここの自然を守ることで一銭のお金も得られないどころか、むしろお金を沢山使う羽目になるし、ものすごい労力と心が折れそうになる様々な事柄と、そういうものに相対していかねばならない。苦しいだけだけど、この場所から沢山の力をもらい、安らぎを与えてくれたこの自然への恩返しだ。それをやらずに死ねるかっていうんだ。やれることは全部やるんだ!私がこの地で自然を見つめて過ごしてきた長い長い時間を無駄になんかしたくない。Sampo2020060401

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2020年5月17日 (日)

小さな水たまりのヒキガエルたち

その水たまりは休耕田のそばにある長さ1.5m、幅60cmくらいの本当に小さな水たまりだ。その水たまりにヒキガエル(アズマヒキガエル)の卵を発見したのは3月15日のことだった。

Tamago2020031501_20200517165101(ヒキガエルの卵2020年3月15日)

それから、散歩のたびにその水たまりを覗く日々が始まった。

3月20日にはさらに卵が増えていた。本当に小さな水たまりなのだが、かなりの蛙合戦がくりひろげられたのだろう。

Tamago2020032004_20200517165401(2020年3月20日)

小さな水たまりだから心配した。特にここに水路などから水が供給されているわけではないし、晴れの日が続くと水が涸れるのではないか?そう思いながら、この水たまりを覗く日々だった。

今年の3月の終わり頃は雨が多く降った。大雨の日もあった。そんな天候に恵まれて、小さな水たまりの水は涸れることなく沢山のオタマジャクシが孵った。

Hikigaeru2020040401(2020年4月4日)

それにしてもこの場所に産卵したのは奇跡かもしれない。というのも、ここは、すぐ南側にこんもりとした丘があり、ほとんど一日中日陰なのだ。なので、晴れの日が続いても、それほど水位が下がることもなく、水があり続けた。すぐ近くの水たまりは涸れることがあったが、ここは何故か涸れることがなかった。

やがて、水たまりのまわりは草が生い茂り、遠くから見ると水たまりがあることがわからないほどになってきた。

Hikigaeru2020050301(2020年5月3日)

ヒキガエルのオタマたちは、真っ黒くかたまっていることが多い。いくつかの塊になって、くねくねと動き続けている。卵の様子からすると、数匹のメスが生んだと思われるので、親が違うヒキガエルも混じっていると思うのだが、一つの塊になっているのだろう。

そして、やがて後ろ足が生えてくるものがちらほらとみられるようになってきた。産卵された時期も一週間くらいの差があったはずだから、成長も違うものが色々混じっているだろう。

Hikigaeru2020050502(2020年5月5日)

ここまできたら、あと少しだ。一週間もすれば前足が生えてくる。そして、しだいにしっぽが短くなってカエルの形になるだろう。

そして、今日、5月17日。無事カエルになった姿を見ることが出来た。もう大丈夫だ。ヒキガエルのオタマジャクシは本当に成長が早い。産卵から1ヶ月半から2ヶ月でカエルになって上陸するのだから。

Hikigaeru2020051702(2020年5月17日)

そして、上陸したばかりのヒキガエルは本当にちっちゃい。おそらく、初めて見る人はビックリするだろう。こんなちっちゃいのにちゃんとカエルの形をしているなんて。

Hikigaeru2020051701

手に載せてみると、本当にちっちゃなちっちゃな手足の感覚を感じる。まるで、ハエトリグモが手に乗ったくらいの感覚だ。けれど、それが手の上で歩いたり跳ねたりすると、しっかりと命の感覚を感じる。しっかりと生きている。なんとも愛おしい感覚だ。

真っ黒くかたまっていた彼らは、上陸すると散り散りになっていく。こうして卵から上陸するまでを見ていくと、本当に我が子のように愛おしい感覚になる。これは一度経験しないとわからないだろう。

そうして何年かして、大きくなった彼らがまたここにやってきて、蛙合戦を繰り広げる。そうして命が繋がっていく。ここの環境が激変して彼らが棲めなくならないことを祈る。

毎年こうやって卵から上陸するまでを見ていると、彼らの存在を知らない人間たちが、好き勝手に環境を改変したり破壊したりして、彼らが棲めない環境が出来上がっていくことは、本当に悲しく思う。それは理屈ではなくだ。カエルが水たまりに卵を産んで、それがオタマジャクシになり、やがて足が生えてカエルになる。そんなこと当たり前と思うかもしれないが、それを最初から最後まで自然の中で見たことのある人はどんどん少なくなっているだろう。そうした身近な自然を点ではなく線や面としてみるという体験が、人々の心と自然を繋ぐんだと思う。そういう経験のない人々が平気でカエルを駆除しようなどと思うんだろう。それは悲しいことだ。そんな人々の言動に接するたびに悲しくなる。だから、私はこうやって自ら自然を見て、それを伝えたいのだ。

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2020年4月26日 (日)

ニホンアカガエルの生命力の不思議

昨年の台風21号では、あちこちで土砂崩れがあり、大木が倒れた。それがいまだにずっとそのままの場所がある。木が倒れたおかげで、そこに小さな水たまりが出来ていた。そして、その小さな水たまりにニホンアカガエルが産卵しているのを発見したのは4月4日のことである。Akagaeru2020040401 本当に小さな閉じた水たまりだ。そこに数個のニホンアカガエルの卵塊があった。Akagaeru20200405果たして、この水たまりの水が涸れずに、卵から孵ったオタマジャクシたちがカエルになるまで生き延びることが出来るのだろうか?そう思った。

やはり、小さな小さな水たまりである。一週間後の4月11日には、水が涸れてしまっていた。Akagaeru20200411 やはりダメだったか。残念ながら生き延びることはできなかった。そう思った。毎年、一定数は見る光景だ。

今年は4月は雨が多い。この涸れてしまった水たまりを見たのが4月11日だが、 翌4月12日のアメダスのデータでは千葉市で5.5ミリのまとまった雨が降り、よく4月13日は大雨で91.5ミリの雨が降った。その後も頻繁に雨が降っており、おそらく4月12日以降、この水たまりに水が絶えることはなかったと想像できる。

そして、4月26日。この水たまりを見た。すると、なんとなんと、オタマジャクシが泳いでいるではないか!!Akagaeru20200426 Akagaeru2020042602

なんと、水が涸れて死んでしまったと思っていたが、あの状態でも生きていたんだ!!本当に小さな小さな閉じた水たまりだから、このオタマジャクシたちが他から流れてきたとは考えにくい。あの乾燥してしまった卵塊は実はまだ生きていたということか!!

そういえば、昨年、この近くの田んぼで同じように水が涸れてしまって、ニホンアカガエルの卵塊も全て干上がってしまったので、これはもう一匹も育たなかったと思ったのだが、その後、6月頃に、その田んぼのそばに小さなニホンアカガエルが多数上陸していたのを見たので、どこかで生きていたんだなと思ったが、もしかしたら、死んでしまったと思ったのは、実は死んでいなかったのかもしれない。

もう20年近くニホンアカガエルの産卵から上陸までを見てきているが、これは驚きだった。この程度の乾燥でも、すぐに雨が降って水を得ることが出来れば生き延びることができるということだろう。凄い発見をした!!ニホンアカガエルの生命力に驚かされた。

 

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