2017年3月20日 (月)

カエルはどこへ消えた

 毎年この時期になると、ニホンアカガエルの産卵を今か今かと待つ。雨が降ったら、きっと産卵されているだろうと思って出かける。一つも見つからなかった時には落胆して帰ってくる。

 散歩道のニホンアカガエルの生息環境は年々悪化の一途をたどる。産卵数もピーク時の400~500個から激減し、昨年は100個程度。産卵があっても、ほとんどが水涸れで死んでしまうから、最後まで生き残るのは10個にも満たないと思う。
Sampo2017032001
かつてのアカガエルの楽園だった田んぼは、数年前から休耕になり、水が入らなくなり、ただの荒れ地と化した。ピーク時は200個はあった卵塊が、一気にゼロになった。昨年あたりはかろうじて周辺の水路に数個の卵塊があったが、もはやこの場所ではニホンアカガエルが絶滅寸前のところまできてしまった。
 かつて、私は、この周辺の水が涸れそうな場所にある卵塊を持ち帰り、田んぼに水が入る頃まで育ててもとの場所に放流していた。その放流の努力もむなしく、絶滅へと向かっている。
 Sampo2017032002
昨年、かろうじて産卵のあった水路をくまなく見て回る。しかし、いまだにひとつの卵塊も見つけることが出来ない。3月のこの時期まで一つの卵もなかったのは私がこの場所でニホンアカガエルの産卵を記録しはじめてから、初めてのことだ。絶滅という言葉が脳裏をよぎる。
 この周辺にニホンアカガエルが生息している場所はいくつかあり、今年もそのいくつかの場所では卵塊を発見出来たが、それも例年よりもはるかに少なく、10個に満たない。とびとびに存在するその産卵場所は、かつては繋がっていたのであろう。つまり、かつては、この周辺一帯のどこにでもニホンアカガエルの卵があっただろう。しかし、今、とびとびにしか存在しないということは、そのとびとびに存在する産卵場所以外では、ニホンアカガエルが絶滅したということだ。こうして、とびとびに存在した産卵場所の一つが今、消えようとしているのだ。
 生き物の絶滅なんてものは、なにも全て遠い昔に起きたことなのではない。今、目の前でひとつの生き物が絶滅に向かっているのを目の当たりにしているのだ。
 Sampo2017032003
そうして水路をくまなく見てまわっていたら、ヌマエビだろうか?エビが水路の中にいるのを見つけた。私はここでエビを見たのは初めてだ。この水系のどこかでひっそり生息していたのだろう。ここにはホトケドジョウなども泳いでいる。
 この一帯の水源はいくつも枝状に分岐している谷津田の奥から湧き出る水だ。谷津田の斜面林の半分、散歩道の裏側が宅地開発のため削りとられ、土中の水は排水溝から直接川に流れ込むようになった。そのため、斜面林の保水力が低下して、水が減っているのだろう。さらに、その減った水はコンクリート水路に直接流れて行くような構造の場所が沢山あるため、この周辺の水環境はさらに悪化している。要するに、土中の水分が減っているのだ。そのため、エビや魚といった水棲の生き物が生きられる場所が限られてくる。ニホンアカガエルの産卵環境の悪化もその一つだろう。
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ここ数年は、田んぼに水たまりがあっても、すぐに水が涸れてしまう。どうやら、田んぼの下の地面がスポンジのように水を吸い込んでしまうようなのだ。つまり、土中の水分が低下しているということなのではないかと思う。こういうことがアカガエルの生息を脅かしている。
 そうして田んぼもくまなく見ていたら、とても気になるものを見つけた。
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動物の足跡。これは、アライグマの足跡だ。私がこの周辺でアライグマの足跡をみたのは初めてだ。この田んぼ周辺のあちこちについていた。穴を掘ったような痕もあった。
アライグマはペットとして飼われていたものが野生化したものだ。アライグマが野生化し、カエルをはじめ、様々な生き物を食べつくす。彼らは凶暴なので、人を襲うこともあるかもしれない。アライグマは即刻駆除しなければ大変なことになる。今、この周辺でイノシシが増えて、大変な被害を及ぼすようになってきたが、それも誰かが放したものが野生化したと言われている。人々の自然に対する無頓着さ。そのために、いつの間にか、自然は酷いことになっている。そのことにもほとんどの人が気付いていない。
 Sampo2017032006
ヒキガエルの産卵場所に行ってみた。ヒキガエルの姿はない。毎年、春分の日の前後には必ず、ここでヒキガエルが産卵のためやってきて、大勢で蛙合戦を繰り広げているのが見えるのだが、今年は、まだ姿がない。2月の記録的な少雨が影響しているのかもしれないが、とても心配だ。
 カエルはいったいどこへ消えた?この先、何事もなかったかのように現れるのだろうか?私はとても心配だ。この場所の自然のこの現実に、どれだけの人が気付いているだろうか?だれも気付かないうちに、病は進行していく。

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2017年2月16日 (木)

散歩道プロジェクト14周年

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14年前、2003年の2月16日に撮った写真だ。この日、私の中で何かが大幅にかわったのだろう。「散歩道プロジェクト」はこの瞬間から始まった。
そして、最初に書いた記事がこちら
 私がこの地にやってきたのは、長女が生まれた年。1994年のことだ。その頃、都内から引っ越してきた私にはまるで広い広い森の中に住んでいるような感覚だった。春の田んぼではカエルの大合唱。水辺にはオタマジャクシ。夏はセミの声に囲まれ、夜はフクロウが鳴き、ホタルが飛ぶ。秋になれば、コオロギたちの声にかこまれる。しかし、それから年々、森はどんどん切りとられていき、風景はかわっていった。
 私は、休みの日には家の近くを散歩するのが好きだった。散歩といってもただ歩くだけではなく、自転車にのって出かけたりもした。一日中、そうやって自然とたわむれているのが好きだった。私は普段は都会で仕事をしていた。今、やたら長時間労働が問題になっているが、その頃は、一旦家を出たら、次にいつ家に帰ってくるかわからないような、そんな中で仕事をしていた。
 そんな生活の中で、自然とたわむれることは、私にとって生きていることを実感出来ることだった。その風景の全てが私の宝物だった。それが、少しずつ変わっていく。
 朝、通勤電車の窓から見る風景が、少しずつかわっていく。大好きな自然の風景が少しずつ何の変哲もない都会の風景になっていく。それをなんとかしたかった。でも、何もできなかった。そうして何年も過ごしてきた。
 この前日、2003年2月15日も私は散歩をしていた。何故か散歩して、風景をデジカメに収めていた。これがその時の写真の一つだ。
Dscf0006
今となっては、何故そんなことをしたのか自分でもよくわからない。
 一つ覚えているのは、その日の夜にテレビで「もののけ姫」を見たということだ。金曜ロードショーの録画だっがかもしれない。それが私の中の何かを変えた。
 それから、休みのたびにカメラを持って散歩する毎日。そうして、それは私の人生そのものになっていった。
 身近な自然をしっかりと見て、そのことを多くの人に伝えること。そうすれば、多くの人が見逃している身近な自然の価値に気付き、それが身近な自然を大切にすることに繋がればと思って始めたこと。身近な自然は、驚くほど多くのことを私に教えてくれた。そして、驚くほど多くの物語が私の中に刻まれていった。
 これからも、私は身近な自然の中を歩く。そうして、見て、感じて、伝える。それが私の「散歩道プロジェクト」というライフワークだから。

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2017年2月 5日 (日)

星降る夜に

 随分前のこと。夢の中で確かにメロディーが鳴っていた。ふと目覚めた時、これはいいメロディーだと思ったので、五線譜に書きとめておいた。それから4年ほどたった今、そのメロディーを元にしっかりと曲を作ってみた。丁度、北海道の友人が星空動画を撮っていたのが、イメージにぴったりだったので、コラボをお願いして、動画が出来た。星がまたたく冬の情景。

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2016年12月30日 (金)

2016年の締めくくりの散歩

 もともと、毎週1回のペースで更新しようとしていたこのブログだが、今年は数えるほどしか更新できなかった。しかし、私はいつものように歩き、沢山の物語が生まれた。書き残しておかないと、記憶のかなたにいってしまうのではないかという危機感を感じつつも。

 さあ、今年最後の散歩だ。北風が強く吹き、寒いが、空は雲ひとつない快晴。冬の日射しがたっぷりと降り注ぐ。そんな中、もうロウバイが花をつけ始めていた。Roubai2016123001今年は11月の終わりに季節外れの積雪があり、寒い冬になるかと思われたが、そんなに単純ではない。暖かい日もあれば寒い日もあり、そして季節は進んでいく。結果として、寒い冬だったのか、暖かかったのか、生き物の季節は少しずつそれを教えてくれるだろう。
 11月の雪ですっかり倒れてしまっていたセイタカアワダチソウたちは、その後、少しずつ頭を起こしていき、しっかりと種を飛ばしている。Seitakaawadachi2016123001その生命力に感心する。11月の雪でセイタカアワダチソウが倒れた時、まだ、種が出来ていなかったと思う。だから、来年の植物の勢力図は随分と変わるだろうと思った。しかし、セイタカアワダチソウは強かった。
 藪の中でガサッと音がして、枝の間を飛ぶ鳥がいた。ツグミだ。今年は例年になく早くツグミがやってきた。Tsugumi2016123001 11月にはもう目撃したから、随分と早い。遅い年は、年が明けてからやってくることもある。彼らは何故こんなに早くやってきたのだろう。そして、いつまでいるのだろうか?
 くねくね峠はすっかり明るくなって、冬の風景になっている。斜めに差し込む日光が、コナラやクヌギの木の長い影を作る。Kunekune2016123001くねくね峠の木々も、今年一年、雪や台風や嵐で、随分と折れたものがあった。そうして折れた枝が地面に横たわり、それはまた土にかえっていく。そしてそこに隙間が出来、新しい植物が芽を出す。そういう自然の循環が、何年、何十年という長いスパンで動いていくのは、何年もここを歩いていなければわからない。
 今日は、今年最後のお参りに八幡神社にいってみる。すでに初詣の準備か、裸電球がつりさげられている。Jinnja2016123001本当に小さな小さな神社。でも、地元にとっては大切な神社だ。多くの人がここに初詣にやってくる。私は今年は初詣にこれないので、今日お参りしておく。
 八幡神社にお参りして、ぐるっと村田川のほとりを歩く。Muratagawa2016123001今日は珍しく川面がおだやかで、青空を映している。
 そして、歩いて歩いて、杉林の中の道を通る時、斜めに差し込む太陽が、まっすぐにのびる杉の長い長い影を作る。Sampo2016123001散歩するといつも何かしらこんな美しい風景に出会える。冬は生き物が少なく静かで寂しいが、風景は日ごとに新しい美しさを見せてくれる。こういう風景に出会いたくて、こういう風景を感じたくて歩く。
 ぐるっといつものロングコースを歩き、また散歩道入口までもどってきた。太陽は傾きはじめ、一面が金色の光に包まれる。Sampo2016123002季節がめぐり、また新しい年がやってくる。ここを歩き続けて何回目だろう。今年もよく歩いた。来年もまた、沢山あるこう。そして、この場所の自然を感じよう。

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2016年11月13日 (日)

秋空は寂しい色

 昨日は市原市立市津公民館主催の市津自然散歩の観察会の日だった。私はこの自然散歩の講師をつとめてもう11年目になる。この自然散歩の観察会の前日にはいつも、第一回目の観察会から欠かさず参加してくれている近所のOさんから私のPC宛にメールが来る。「明日は○○時集合でよろしくお願いします」と。そして、私の車にOさんを乗せて、公民館まで行くのだ。

 一昨日、いつものようにOさんからのメールを期待してPCを立ち上げる。しかし、メールが届いていない。どうしたんだろう?と思った。私が見落としているのかもしれないと、過去のメールなどを一生懸命に探す。今思えば、少し不安に思ったのだが、とにかく明日の朝、連絡してみようと思い、そのまま寝た。
 朝、出かける支度がおおよそ終わったので、Oさんの家に電話をしてみようと受話器に手をかけたその時、ゴミ出しにいっていた妻がドタバタとあわてて帰ってきた。

 「ちょっとまって!」

 私は何事かと妻の顔を見た。

 「Oさん、亡くなったって!」

 私は一瞬言葉を失った。

 ゴミ出しに行った時、妻は珍しく近所の知り合いにゴミ集積所で会った。「最近どう?忙しいの?」と何気ない世間話のつもりで話しかけたのだ。すると、「そういえば、ご存じないかもしれないけど、先日向かいのOさんが亡くなってね...」「えっ??」
妻は、私がOさんと出かけようとしていること。連絡がないから電話してみようと思っていることを思い出し、大慌てで家に帰ってきたのだ。

Oさんの家とはほんの目と鼻の先のご近所だったが、通りが一本違っていることもあり、昔はまるで付き合いがなかった。私が「散歩道プロジェクト」のホームページを立ち上げて、この市原市瀬又の自然をホームページで発信しはじめて、丁度一年くらいした頃、Oさんが私の「散歩道プロジェクト」のホームページを見つけて、メールを送ってきてくれたのがそもそもの始まりだった。その時のことは、「近所の人と」 いうタイトルで散歩道日記にかかれている。それから、時々連絡をとりあって、たまに一緒に歩いたり、散歩道の情報交換をするようになった。
 その後しばらくして、私が市津公民館で観察会をするようになったとき、Oさんはとても喜んでくれた。そして、第一回目からかかさずに参加してくれていた。講演のために沢山の荷物を公民館に運び込む時、いつも手伝ってくれた。本当にいつもニコニコしていて、柔和な方だった。

 夕方、妻と一緒にOさんのご自宅にお悔やみに訪問した。奥様が色々お話ししてくれた。11月4日の夜、夕飯を食べていて急に具合が悪くなり、救急車を呼んだ。しかし、救急車の中ですでに心臓が停止してしまい、そのままだったと。本当に急だった。一週間ほど前には、何かのイベントで物凄く長い距離を歩かれたのだとか、本当に直前までお元気だった。思い起こせば、私は、7月の観察会の後、自宅近くまで一緒に歩いて帰ってきて、「じゃあ、次は11月ですね」といって別れたのが最後の会話だったと思う。
 奥様としばらくお話しして、「さあ、それでは帰ります」と席を立った後、私は涙が止まらなくなった。玄関先でのご挨拶も声にならず、涙があふれてきた。Oさんの家から私の家まで歩いて帰る間、ずっと涙があふれていた。見上げると、満月に近い月が明るく照らしていた。帰ってきて、しばらく、私は自分の部屋で泣いた。

 今日、いつものように散歩に出かけた。そういえばここをOさんと歩いたな、とか、ここでOさんとフクロウを見かけたんだよな、とか、いろんなことが思い出される。向こうから歩いてくる人がOさんに見えて、ちょっとドキッとする。すれ違いざまに「こんにちは」と挨拶する。しかし、Oさんではない。今日はよく晴れた。秋空が少し寂しい色に見えた。
Oさん、いままでありがとう。
Oさんも愛したこの散歩道の風景や生き物たち。私はこれからもずっと歩き、ずっと見つめつづける。
Sampo2016111301 Sampo2016111302 Sampo2016111303 Sampo2016111305 Sampo2016111404
 

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2016年7月 3日 (日)

真夏の暑さの中で感じること

 昨日まで、とても忙しかった。今日は何もすることがなく家でゴロゴロしていようかと思ったが、来週の観察会のこともあり、少し暑さのやわらいだ夕方から出かけることにした。

 ニイニイゼミの甲高い声が響き、散歩道はまるで真夏のようだ。Sampo2016070301草もおもいっきり生い茂っている。
いつものように、くねくね峠にいくと、峠道の入口でアカガエルがピョンとはねた。Akagaeru2016070301もう上陸して1カ月くらいになるだろうか。豆粒くらいの小さなカエルだったのが、随分と大きくなってカエルらしくなった。ジャンプ力もたいしたもので、近づくと、ピョーンと1メートルくらいは跳ねる。
 次の観察会のテーマは「普段見えていないもの」ということにしようと思う。そこで、「そうだ、あれと、あれの写真を撮ろう」と思う。
 まずは、クサグモを探す。「おっ、いた」
 Kusagumo2016070301木の枝と枝を囲むように、モヤモヤとした巣を張っている。その真ん中の穴のようになった場所にたいていいる。今日は、外に出て巣の手入れをしているものも何匹かいた。丁度、巣の手入れの時間だったようだ。
 そして次はこれ。
Aobahagoromo2016070301_2 アオバハゴロモの幼虫だ。おそらく、カビやコケくらいに思っている人がいるだろう。触るとピョンと跳ねるのでビックリするかもしれない。
これを見ていたら、すぐ近くにこれがいた。
Bekko2016070301 ベッコウハゴロモの幼虫だ。さっきのアオバハゴロモに近い仲間。まるで、タンポポの綿毛かなにかのようだ。こうして、昆虫とは思えない姿に擬態しているのだ。
 目の前をシオヤアブが飛んできて、草むらにとまった。Hosomiotsunen2016070301よくみると、ホソミオツネントンボと思われるトンボを捕まえている。トンボの目は綺麗な水色。もう死んでいるのだろう。じっくりみようと顔を近づけたら、シオヤアブはホソミオツネントンボをポトリと落として飛んで行ってしまった。
 「なんと!もったいない」
思わずそう呟いてしまった。
 ホソミオツネントンボは、このままシオヤアブの餌になった方が幸せだったのか?それとも、落とされてよかったのか...そんなことを考える。「どっちが幸せかわかんないな」などとつぶやいていた。
 くねくねの谷のあたりは、大量のトンボが乱舞していた。そして、森の中からはサシバの「ピックウィー」という声がひっきりなしに響く。Sampo2016070302私はこの風景の中を、自然の音を感じて、自然の風を感じて、生き物の気配を感じて歩くことが、本当に幸せに思える。どんな時代になっても、こうやって歩くことの幸せを感じていたいし、ずっとずっと未来にも残していきたい。人の世の中は移り変わるし、自然も移り変わる。この夏の暑さの中で、様々な生命が様々な生活をしているこの風景は、ずっとずっと昔から少しずつ変化しながらも続いてきた。それをが一瞬にして消し去られるようなことにならないで欲しい。いつの間にかこの当たり前の風景の存在すらも人々の意識から消えていき、人々の考える自然は、まるで自然ではなくなっていく。この身近な風景こそが偉大な自然なのに。そんな風にして、大切なことが置きざりにされ、いつのまにか消えていくようなことにならないために、私は歩いていきたい。

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2016年6月19日 (日)

くねくね峠の四季(2014-2016)

 散歩道プロジェクトを始めた時、散歩道の色んな場所に名前をつけた。道がくねくねと曲がっているから「くねくね峠」と名前をつけた道、そこに色々な想い出が詰まっている。

散歩道プロジェクトを始めた初期の頃から、同じアングルでずっと撮り続けている写真がある。写真を繋げて動画にする。そうすれば季節の流れ、時の流れを感じることが出来るだろう、そう思った。
 そして、何年かして、その動画は完成した。自分で作曲したオリジナルの曲をつけて。そして、それを何度も作りなおしてきた。
 ここ2年半ほどの写真を使って、また新しい動画を作った。音楽も作り直した。
 ほんの小さな場所の小さな出来ごとの積み重ねが、私にとってかけがえのない時間となっていく。これからも、私はここを歩き、写真を撮り、感じることだろう。
くねくね峠の四季(2014-2016)
音楽:「樹の歌」2016バージョン
作曲/演奏:Yoshiki Tagashira
撮影:Yoshiki Tagashira

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2016年5月 3日 (火)

小さな花

春爛漫。散歩道には様々な小さな花が咲く。そんな花の写真を集めて見た

音楽:「小さな花」
作曲/演奏:Yoshiki Tagashira
★映像中の花 -  順番に(撮影地:市原市瀬又)
ニガナ
タニギキョウ
チゴユリ
ホタルカズラ
コバノガマズミ
ツリバナ
コケリンドウ
アカネスミレ
ヒメコウゾ
ジロボウエンゴサク

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2016年3月 5日 (土)

何者かに襲われたフクロウ

私の散歩道周辺にはフクロウがいる。夜行ってみれば、確実に鳴き声が聞こえる。以前、家の前のヤマザクラの木の上でも鳴いていたこともある。冬の間は、昼間も活動していることがある。先日もくねくね谷でフクロウに出会った。Fukuro2015120501

今日、歩いていると大量の鳥の羽が散乱しているのを見つけた。道路いっぱいに大量に広がる羽。Hane2016030501
何かの鳥が何かに襲われたのだろうとすぐわかった。このあたりにはキジが沢山いて、猛禽に襲われることが多いので、またキジかと思った。しかし、近くでよく見てみると、キジの羽のようではない。Hane2016030502
そう思いながら、この襲われた鳥の本体はどこにあるんだろう?と思ってあたりを探す。すると、それは近くの斜面にあった。Fukuro2016030501
これは、もしや、フクロウ???
そう思って、近づいてみると、まさにフクロウだった。
顔を見てみる。確かに、フクロウの顔だ。
Fukuro2016030502
飛んでいる姿や、木の上に止まっている姿を見ると、ものすごく顔が大きいように感じるのだが、間近で見ると、意外と小さいと感じた。鋭く下を向いたクチバシは力強さを感じる。
足を見る。羽毛に覆われた太い指先に鋭く長い爪。Fukuro2016030503
それにしても、フクロウが何かに襲われることがあるんだということは知らなかった。猛禽は生態系の頂点のように思っていた。だが、自然はそんなに単純なものではないということだろう。
このあたり、この季節には、同じ猛禽のノスリがいる。そろそろ渡っていく頃だし、逆にサシバはそろそろ渡ってくる頃だ。他にもオオタカやチョウゲンボウもいる。
そういう猛禽同士の争いというのもあるのだろうか?
そんなことを思いながら、しばらくフクロウを眺めていた。
曇っていた空から、急に夕日が差し込んで、フクロウの死骸を照らした。Fukuro2016030504
私は、くねくね谷で出会ったフクロウのことを思い出し、少し寂しさを感じながら、そこを後にした。
次にフクロウの声を聴く時は、少し違って聴こえることだろう。

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2016年2月14日 (日)

もうすぐ13周年

2003年2月16日。散歩道プロジェクトが生まれた日だ。その日は雨が降っていた。そして、毎年振り返る。最初に撮った写真がこれだ。
Sanpro01
散歩道の外れ、今は、ここは保育園が出来ている場所だ。
 大好きな散歩道がどんどん削られていき、どんどん狭くなってきた。そのことを自分の身が削られるような思いで何年も見てきて、そして、当時すでに始めていたホームページ上に載せようと思いついたのだ。「ここの自然を自分自身の目で見て感じて、多くの人に知ってもらうこと」そのことが、大好きな散歩道のためになるならば、そう思ったからだ。
 家族にしてみれば、いったい何を始めたのかと思ったことだろう。それから、休みのたびにカメラを持って家を出て、泥だらけになって帰ってくる。まさか、それがこんなに長く続くとは誰が想像しただろうか。
 もはや、私のライフワークなのだ。散歩道のない生活は私には考えられない。散歩道と過ごした時間に沢山の物語が詰まっている。
 大好きだったコナラの木。その木のそばにいっては、なんとなく木に語りかけていたKonara20061123 。ある日、帰ろうかと思って木の方を見たら、夕日がとてもきれいで、もう一度あそこに行って夕日を見ようと思った。そして、木の下にいってみると、そこには帽子が落ちていた。コナラの木が「落としたよ」と教えてくれたようだった。
 それから2週間、私はその木のところに行くことが出来なかった。何故か胸騒ぎがした。いってみると、その木は切り倒されていた。Kirikabu2006121701
忘れられない、コナラの木との最後の想い出。そして、その切株はまだある。散歩にいくと、私はいつもその切株のところにいってみる。
 そして、ヒキガエルの「くねくねの主」。いつも同じ穴の中にいたヒキガエル。私は通りかかるたびに、その穴を覗き、主に挨拶をした。主も私の顔を覚えたことだろう。Nushi2008072702
思い起こせば、私がその主に出会ったのは、丁度、コナラが切り倒された頃だった。それから5年間、主との付き合いは続いた。そして、ある夏の暑い日に、主は一生を終えた。Nushi20120729002
「くねくねの主」との出会い、そしてそれからの物語、最後の姿を見ることが出来たのも奇跡だ。
 それ以外にも、まだまだ沢山の散歩道と私の物語がある。それが私の財産であり、私の人生の大きな部分を占めている。
 これからも歩ける限り、散歩道を歩き、そして、散歩道と私の物語が作られていくだろう。
 散歩道と私の物語が始まった日。それが2003年2月16日だった。まもなく13周年を迎える。

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