2019年12月 1日 (日)

くねくね峠がとても遠い場所になった

2019年10月25日の千葉県豪雨は散歩道にも甚大な被害を及ぼした。すぐ近くでは土砂崩れで住宅が巻き込まれ亡くなった人がいた。豪雨の翌日は町会の防災機動隊員として、通学路にもなっている散歩道の一部の土砂崩れ現場をなんとか片付けに行った。Tamichi2019102601 

土砂崩れは何か所にも及んでおり、とても人力でなんとかなるものではなかった。それでも、一ヶ所は大勢でなんとか通れるようにした。だが、通学路になっている道だけでも数か所は何日かかかってやっと復旧したようだった。

くねくね峠に行く道も、大規模な土砂崩れがあり、何か所か通れなくなっていた。こちらは、通学路でもなく、周囲の田んぼはことごとく休耕になっていることもあり、通る人もいないからか、現在もそのまま放置されている。通るのに困るのは、くねくね峠の定点観測をしている私くらいなものだろう。Sampo2019111701

今年の台風15号の後、ノコギリや枝ばさみを持って歩くようになった。倒れている細い木や蔓などは、それでなんとか除去して進むことができる。ここも一見、細い木だけ取り除けば通れるような気がして、ノコギリで伐った。

しかし、ここだけではなかった。その先はどうにもならないほどに大きく土砂崩れしている。Sampo2019111702

だから、結局、急斜面を下って休耕田に降りて、休耕田に生い茂った草をかき分けてなんとか迂回する。Sampo2019111703 そうして、どうにかこうにか、くねくね峠の入り口に来るが、ここはここで草が生い茂っていたり、ジョロウグモの巣がそこらじゅうにあって、それを避けながら進む。それでも不用意にジョロウグモの巣にひっかかってしまう。そのたびに「あ、ゴメン、ゴメン」とジョロウグモに謝る。気づくと、体中、蜘蛛の糸がからまっている。

そうやって進んでいたところ、目の前をマムシが横切った。

「あっ!」

と思って、一瞬固まる。

通り過ぎたあとに、なんとか写真を撮ったら、冷や汗がどっと出てきた。Mamushi2019111703

ここまでの道のり、草むらをかき分けていたときにマムシを踏んだりしないでよかった。足元には気を付けていたつもりだが、どうせ大丈夫だとたかをくくっていた。気を付けないと。

それからというもの、足元に細心の注意を払いながら恐る恐る進む。

Sampo2019111704

台風15号と19号などもあって、くねくね峠道には大小の枝が散乱している。それを乗り越えながら歩く。そうして、やっと私の定点観察場所にたどり着く。

思えば、とても歩きやすい道だった。散歩にいくとなれば、とにかくまずは、くねくね峠道に寄ってから、というのが私の散歩だった。しかし、その峠道はとても遠くなった。多くの難所を乗り越え、マムシに遭遇する危険にさらされながら進まないとここにこれない。Kunetoge2019111701

ずっと続けてきた定点観測。そして、ずっと撮り続けたくねくね峠の写真。ここ数年でずいぶんと変わってきた。そして、今年は特に大きくかわった。

多くの難所を通り抜けて、ここにたどり着くのは一苦労だが、ここにきて、私の中の多くの物語が詰まっているこの場所を、ずっと見つめること。それが私とくねくね峠の約束だと思う。

| | コメント (0)

2019年9月23日 (月)

2019年台風15号の爪痕(2)

 その後、用事があって出かけたり、天候が悪かったりで、台風が過ぎた後の散歩道にいったのは22日になってからだった。散歩道に入っていくと、大きな木が道に倒れ掛かっていたり、かなりの大木が折れているのがすぐに目にはいってきた。Sampo2019092201 Sampo2019092202

くねくね峠に行ってみると、何故かいつもよりとても明るいのだ。Mori2019092202

上を見ると、多くの木々の枝がとばされて、空間が出来ている。それに、倒れた木もあるから、かなり隙間が出来ている。Mori2019092201

そういえば、何年か前に大雪が降った後も、木々の枝が沢山折れて、明るくなったことがあった。あれは冬だから、そもそも落葉樹の葉が落ちた後だから、明るいのだが、今回はまだ葉があるうちに枝が折れたので、さらに明るく感じる。長い年月、こういうこともあるだろう。そして、明るくなった地面から、明るいところを好む植物がどんどん出てきて、それらはまた凄まじい生存競争を始めるのだろう。

 それにしても、足元には沢山の枝などが散乱していて歩き辛い。歩くのにとても疲れる。Sampo2019092203

そうして歩いていると、何か所か倒木が道を横切っているところがあった。Sampo2019092294

いくつかの倒木はなんとか潜り抜けて通れたのだが、最後の最後で大きな倒木があって、完全に道をふさいでいた。Sampo2019092205 これはもうどうしようもない。まあ、今日はこんなこともあろうかと、ノコギリを持ってきた。試しに一本枝をきってみる。Sampo2019092206 枝一本分は進めるものの、こんなんじゃあとうてい最後まで行くのは無理と思い引きかえす。気づくと、枝をきっているあいだに、蚊に何か所も刺されてしまった。

引き返して田んぼの畔を迂回していると、水路にニホンアカガエルがいた。Akagaeru2019092201

台風の中、無事でいてくれたことがうれしかった。

大きな倒木を迂回したあとは、それほど大きな障害物もなく、いつもの散歩コースを歩くことができた。散歩コースの途中にある稲荷神社に行ってみる。道が曲がりくねっていて外からは神社の様子が見えないのだが、鳥居が見える場所まで来て、唖然とした。ああ、そうか。そうだよなあ。Jinja2019092201 神社わきにある大木は倒れ、神社の屋根にはブルーシートがかけられていた。ここには市の保護樹木となっているイチョウがあるが、倒れはしないものの相当なダメージを受けていることがわかる。数か月前の写真と比べれば一目瞭然だ。Icho2019051201  

このあたりは丘の上のようなところであり、風の通り道なのだろう。周辺の家もかなりの被害を受けた様子だった。近くの杉林はことごとく杉が折れていた。Jinja2019092206

この近くにもう一ヶ所私の散歩コースにもなっている神社がある。そこが気になる。明日、いってみることにしよう。

 

| | コメント (0)

2019年台風15号の爪痕(1)

 2019年9月9日未明に関東に接近上陸した台風15号は、大きな被害をもたらした。中でも、千葉県では長期間にわたる停電が発生した。

 9日の未明、激しくたたきつけるような雨の音と、強弱をつけて猛烈に吹き付ける風の音で目が覚めた。風は今までに経験したことがないようなすさまじいものだった。風が吹くと家が震度2くらいで揺れる。時折風が強まると、それはもうジェット機がそばを通過したかのようなものすごい轟音で、家がぐらぐら揺れる。風が一瞬弱まると、外を何かが転がるカランコロンという音が聴こえてくる。猫のゴマが、風が吹くたびにドンドンと凄まじい音をたてる雨戸のところでニャアニャアと鳴いて不安がっていた。「大丈夫だから寝よう」といって寝室に連れてこようとするが、音に怖がって廊下でうずくまってニャアニャアという。そのうち、停電した。直後に一瞬電気が復旧したが、再び停電。その停電は復旧することがなかった。枕元にあったスマホを懐中電灯にして家の中を歩き、ランタン型の電灯と、懐中電灯を持ってきた。やがて、外は明るくなってきて、朝がやってきた。次第に風はおさまったが、電気が復旧することはなかった。

 9日は鉄道がまるで動かなかった。停電だからテレビはつかない。スマホで時折ニュースを見たりするが、ネットも不安定でつながりにくい。忘れた頃にメールが着信したり、Lineのメッセージが着信したりするが、こっちから送ろうとしても送れないことが多かった。

 たまたま冷凍庫の中に大量な保冷剤があったので、それを冷蔵庫の一番上の棚に置く。オール電化の我が家なので、カセットコンロを取り出してきて、それで冷凍庫の中の冷凍食品から選んで食べる。そうやって昼間は過ごした。いつになったら復旧するんだろう?と思っているうちに午後になり少しずつ暗くなってくる。そういえば、と、我が家のソーラー発電から直結の非常用電源が使えるのではないか?と思って、使ってみたら、使える。それでとりあえずスマホを充電し、家の固定電話の電話機をつなぐ。Teiden2019090902_20190923213901

家の中にラジオがないかと探したら、次女が中学校の時授業で作ったというラジオがあったので、それを取り出して聴く。しかし、世の中はもう台風は通り過ぎた過去の話のようで、ニュースでも「千葉県では何十万軒かがいまだ停電している模様」と一言いうだけで、何がどうなっていつ復旧するのかがわからない。とりあえず買い物に行こうかと出かけたら、信号が点いていない。道路はものすごい渋滞。なんとか近くの停電していない地域のコンビニまで行ったが、食品の類はほとんどないし、氷は当然ながら売り切れ。

 がっかりしつつ帰ってきたらソーラー発電から供給していた電力が弱くなって、家の固定電話機のランプが消えた。外が暗くなってきたから当然といえば当然なのだけど、思わず「えーー?」と叫んでしまう。

明るいうちにと、夕食をとる。夕食も冷凍食品。夕食を食べたら、もう暗くなってしまって、ラジオを聴きながら寝るしかない。Teiden2019090901_20190923214101  

それにしても暑い。暑くて眠れない。冷房も扇風機も使えないので団扇であおぐしかない。ラジオは台風とは何の関係もない番組をいつも通りているだけ。ニュースの時間になると耳をこらして、どうなっているのか?いつ復旧するのか?聴こうとするのだが、何もない。台風は過ぎ去ってしまったニュースなのだ。つながりにくいネットに何度もトライして、友人に状況を尋ねてみたりした。Lineでメッセージをくれた人もいた。たまたま繋がって話ができた。どうやら今日中の復旧は無理ということだ。それにしても夜は長い。暗くなってからが夜とするなら、こんなに長かったんだなと思う。

 やがて夜が明けた。水でもいいからシャワーを浴びようと風呂場にいってシャワーの蛇口をひねる。しばらくすると生暖かい水が出てきた。タンクの中に残ったお湯があったのだ。少しホッとした。

 その日、出勤しようと6時過ぎに駅に行ってみたら、すでに黒山の人だかり。始発電車がまだ来ていないという。始発電車の前に、安全を確認るための電車を動かし、それが無事通過したら始発電車が来るという。3.11の時同様、バスで千葉駅まで行くルートはあったので、バスで向かうことにする。が、道路は大渋滞。千葉駅まで2時間かかって到着。午後からなんとか仕事を終えて、帰る前に職場近くのコンビニに寄って、大量のロックアイスを買った。とりあえず、帰ったらこれを冷蔵庫に詰めるぞ。Teiden20191001

 千葉から先の外房線はかなり本数が少なかった。これでは氷が溶ける前に家にたどりつけないかもしれないし、超満員の電車にこんな氷を持って乗るのは気が引けるので、タクシーに乗ることにした。タクシーにはすぐに乗れたが、当然ながらどこもかしこも大渋滞。そこで、裏道裏道と、運転手さんと相談しながら空いている道をすり抜けて通る。なんとか1時間ほどで帰ってこれたが、当然ながら真っ暗だ。まだ氷は解けていない。早速冷蔵庫に氷をぶち込む。

 近所の家からは発電機の音がしている。今夜もまた真っ暗闇の中を過ごすことになるのかと思いつつ、昨日と同じように冷凍食品をカセットコンロで温めて食べる。電気が復旧する様子もないので、寝ようかとベッドで横になっていた。夜遅く、一瞬部屋が明るくなった。「え?もしかして復旧?」妻にきいたら夕方過ぎにも一回復旧したんだとか。それはすぐに消えてしまったらしい。今度は大丈夫か?そう思って、半信半疑でしばらくじっと待つ。10分ほど過ぎて、これはもしかして完全に復旧したのかもしれないと、まずは冷蔵庫の中を確認する。

 とりあえず、昨日からの保冷剤や買ってきた氷が功を奏したのか、結構ちゃんと冷えている。冷凍庫は??とおもって開けてみたら、ちゃんとカチコチのままだった。これはうれしかった。静かな家の中で、湯沸かしポットがジャージャーと音をたててお湯を沸かしはじめていた。そうしておよそ2日間にわたる停電生活を終えることが出来た。しかし、近所ではまだ停電している様子で、4日ほどたって復旧したところが多かったようだ。

| | コメント (0)

2019年7月 7日 (日)

2019年のアカガエルの卒業

思えば、毎年2月頃から6月頃までずっとアカガエルの産卵から成長を見てきた。今年は本当に悲しいことの連続だった。あれほど毎年順調にそだっていた場所の水が涸れはてて、とても多くのアカガエルのオタマジャクシたちが死んでしまった。Akagaeru2019052601_20190707205601 干上がったオタマジャクシを見るのはつらいものだ。毎年毎年、どれだけのオタマジャクシの死を見てきただろう。しかし、この実態を見ている人はほぼゼロに等しい。そうして誰もが気づかないうちに、ニホンアカガエルはどんどん数を減らしていく。

 だが、うれしいこともあった。全て死んでしまったと思っていた田んぼのわきで、チビアカガエルを見つけた時は、驚いたと同時に、とてもうれしかった。Akagaeru2019061602_20190707210001

そして、最後の水たまりだ。

少なくとも、私が産卵から最後までずっと見届けてこれたのは、ほんの一ヶ所。小さな小さな水たまりだけだ。

先日からずっと雨。今日も朝からずっと雨が降り続く。そんな中、やはり、その水たまりのアカガエルたちがどうなったかは、一番気になることだ。そして、雨と強風の中、傘をさして水たまりに向かう。Tambo2019070701

セイタカアワダチソウはさらに伸びて、私の背丈を上回るほどになっている。雨が次第に強くなる中、ずぶぬれになりながら、草をかき分けて進み、ようやく水たまりに到達することができた。Mizutamari2019070701

ぱっと見た時、オタマジャクシの姿が見えないように思った。「みんな卒業しちゃったかな?」そんな風につぶやく。

よく見ると、わずかながら、カエルになりかけのオタマジャクシがいる。Akagaeru2019070701 

ほとんどカエルになりかけだ。たぶん、これは最も成長が遅いものだろう。見ると、数匹いた。「まだ卒業してないのか」とつぶやくそのそばで、チビアカガエルが跳ねた。

「おお、いた!」

そいつは、すぐに草陰に逃げて、潜ってしまった。

でてこないかと粘ったが、ずっと潜ったままだ。その姿はなんとか写真に撮ることができた。Akagaeru2019070702

しかし、これでは、まったくなんだかわからないではないか。でも、この水たまりから育ったアカガエルであることは間違いない。

ちゃんとした写真がとりたくて、雨が降りしきる中、しばらく粘った。他にもいないかと探し回ったが、見つけることはできなかった。

あきらめて、帰ろうかと、さらにずぶ濡れになりながら、草をかき分け戻る。

とにかく、もう大丈夫だ。私の背丈を超えるような濡れたセイタカアワダチソウをかきわけながら、

「今年はもう、ここに来ることはないな」

とつぶやく。

「また、来年ね!」

そういって水たまりを振り返り、あとにした。

しばらく歩くと、草むらからピョンと跳ねるものがいた。チビアカガエルだ。Akagaeru2019070703

おお、いたいた。元気に育つんだよ。

そういって、ずぶ濡れの私はそこから先に進むこともなく、家へと向かった。今年の私のアカガエル観察はこれで終わり。チビたちは、ここからこの自然の中でたくましく生きていくことだろう。

来年また、アカガエルの卵を見つけるところから、私とアカガエルの一年が始まるのだ。またその時まで。

| | コメント (0)

2019年6月23日 (日)

あと少しだ!生き延びろ!アカガエル

梅雨入りしてすっきりしない天気が続く。このところは、どんよりと曇った空の下、散歩に出かけることが多い。植物はどんどんと背丈を伸ばしていく。Sampo2019062301

雨が多いことは、アカガエルたちにとっては好都合だ。まだオタマジャクシのままのやつらは、しっかりと生き延びることが出来るからだ。

今年は本当にこの周辺のアカガエルたちにはきびしい年になった。ほとんどが水が涸れて死んでしまった。そんな中、先週も、チビアカガエルが上陸しているのを発見するなど、意外と彼らはたくましく生きている。

最後の生き残りだと思っていた水たまりに向かおうとすると、その手前のすっかりセイタカアワダチソウに覆われてしまった休耕田のそばで、チビアカガエルが跳ねた!Akagaeru2019062300 色が薄い綺麗なチビアカガエルだ。チビアカガエルたちは、今の時期は産卵があった水辺のそばにいるから、この近くで産卵があっただろうか?と、私の今年の産卵記録を見る。しかし、この周辺で私は産卵を確認していなかった。おそらく、どこか見落としがあったのだろう。そして、そこに産卵されたものが、今、こうして上陸しているのだろう。すっかり死んでしまったと思っていたこの周辺で、こうしてチビアカガエルを見かけると、彼らがこの厳しい環境の中でもたくましく生きているのだなということがわかる。彼らがどうやって生き延びてきたのか?この周辺のアカガエルを探しまわっている私にも見えないところで育ち生き延びるアカガエルがいることに驚く。

さて、私が最後の生き残りと思っていた水たまりに向かうことはさらに困難になっている。背丈ほどもあるセイタカアワダチソウをかきわけながら進まなければならない。Tambo2019062301 雨の後の濡れた草をかきわけて進むのでずぶぬれになる。そこを延々と進んで、目的の水たまりにたどり着く。Mizutamari2019062301

水たまりにはしっかりと水があった。中をのぞくと、かなりの勢いでオタマジャクシが泳ぎまわる。あ、まだオタマジャクシなのか?先週、後ろ足が生えているものがいたから、今週あたりは、チビアカガエルになって上陸していることを期待したのだが。それでも、かなり大きくなって、ほとんどが後ろ足が生えている。Akagaeru2019062301

なんとなく、顔がカエルっぽくなってきているようにも見える。「まだオタマジャクシなのか~、でも、少しカエルっぽくなってきたね」などと話しかける。

卵からかえった時のことを思うと、相当数は減ったが、それでも、これだけ生き延びてくれた。この先の天候を考えると、日照りが続いて水が干上がるということは考えにくい。何匹かは天敵に食べられたりもするだろうが、ここまできたら、無事上陸するものが多いだろう。そう思って胸をなでおろす。

今年も産卵からずっと見てきた。多くが水が涸れてしんでしまうなど、悲しいこともあった。それでも、ここのオタマジャクシたちは、無事カエルの姿になって上陸できそうだ。

今年も、上陸したばかりのチビアカガエルの姿を見ることができた。かつてのように、どこもかしこも踏みつけそうになるほどのアカガエルではないが、それでも、命はつながれた。そうして、また彼らが大きくなって、次の命へとつないでいくんだ。私はそれをずっと見てきた。こんな場所で人知れずいろんなことが起きている。Sampo2019062302

ほとんどが休耕田になって、ただの草むらになっていく中、ここで起きていることの一部をアカガエルの生活が教えてくれる。身近な自然の中で人間の生活が変化して、自然も変化していく。

| | コメント (1)

2019年6月16日 (日)

大雨の後のアカガエルたち

昨日は一日中雨。昼過ぎと、夜にかなり強い雨が降った。今日は雨の後の澄んだ青空。散歩道に出かけると、道は濡れて光っている。土はかなり水を含んで、ところどころぬかるんでいる。Sampo2019061601

いつものように、アカガエルの最後の生息地(といっても、先週ここ以外にアカガエルが育っているところが一ヶ所あることを発見したのだが)に向かうが、草がどんどん伸びるので、さらに進むのが困難な状況になっている。Kunetoge2019061601

近くまでいくと、大きなニホンアカガエルが目の前で跳ねた。Akagaeru2019061601

立派な大人のアカガエルだ。思わず、「何年生??」と声をだしてアカガエルにたずねてしまう。とても美しい身体。健康そうなアカガエルだ。もう10年以上、ここのアカガエルたちの成長を見てきたから、このアカガエルがオタマジャクシだった頃も私は見ているかもしれない。ここ数年は大人のアカガエルに出会うことも少なくなっていたが、今年は何故かよく見かける。うれしい。

アガガエルのオタマジャクシがいる水たまりは、さすがに昨日の大雨でたっぷりの水があった。Mizutamari2019061601

水の中をのぞくと、オタマジャクシがいた。もうすっかり、足が生えてカエルの姿になっているかと思ったが、まだ、ようやく後ろ足が生えてきたところのようだ。Otama2019061601

あと一週間くらいかな?とにかく、ここまで育ったのだから、もう大丈夫だろう。すっかり数は減ってしまったが、最後まで生き残ったオタマジャクシたちが、しっかりカエルになることだろう。少し安心した。

あとは、先週、チビアカガエルがいたところあたりはどうなっているだろうか?まだいるだろうか?と思って行ってみる。

すると、いたいた。道端をちっちゃなアカガエルがピョンピョン跳ねる。Akagaeru2019061602

おお、いたいた。

この場所は水が涸れて死んでしまったと思い込んでいた。記録を見てみたら、この周囲のアカガエルのオタマジャクシたちは、多くが水が涸れて死んだのだが、数個は、水が涸れて死んだかどうかわからないうちに、田起こしがされて、田んぼに水が入ってよくわからなくなっていたのだ。死んだという確証はないまま、たぶん死んだのだろうと思い込んでいたのだ。そんな中で、なんとか生き延びていたのだろう。

もうじき、最後のオタマジャクシたちが陸に上がる。そうすると、私の今年のアカガエル観察も一段落する。今年もなんとか生き延びた。かつて、沢山のアカガエルがいたころに比べたら、100分の1程の数だろう。だが、なんとか命をつなぐことが出来た。私はこの先も、ここのアカガエルたちをずっと見守っていきたい。

| | コメント (0)

2019年6月 9日 (日)

それでも生きていたアカガエル

梅雨入りした。雨が少なく気温が高かった5月。散歩道周辺のアカガエルのオタマジャクシたちは水が涸れてほとんどが死んだ。そんな中、一ヶ所だけ生き残った水たまり。そこのオタマジャクシたちのことが気になり、天気が悪いなか見に行く。

今の時期は草がとても成長する。最後の生き残りの水たまりに行くにも、セイタカアワダチソウなどが背丈ほどに育っていて、それをかき分けながら進む。Tambo2019060902 Tambo2019060901

最後の生き残りの水たまりは、しっかりと水があった。Mizutamari2019060901

早速水の中を覗き込むと、数はずいぶんと減ったものの、しっかりとアカガエルのオタマジャクシたちは泳いでいた。近づくと、びっくりして逃げ回る。ほとんどはまだ足が生えていないのだが、そのなかに、一匹だけ足の生えているやつがいた。Akagaeru2019060901

ここまで来ると、上陸まであと少しだ。あと1~2週間、無事に過ごせれば、カエルの姿になって陸に上がることが出来るだろう。陸に上がると陸の天敵はいるものの、とりあえず、水が涸れて死んでしまうということはない。

思わず「あとすこし、頑張れよ!!」と声をかける。

今日は天気もよくないし、ここ以外のオタマジャクシたちは、全て水が涸れて死んでしまったから。そう思って、この水たまりのオタマジャクシを見たあとは、まっすぐ家に引き返そうかと思った。だけど、なんとなく足がいつもの道に向いていた。

ボーっとしながら、いつものように歩いていたら、足元で何かが跳ねた。あれ?コオロギか?バッタか?いや違う!!

それは、上陸したばかりのチビアカガエルだった。

Akagaeru2019060903Akagaeru2019060902

これには驚いた。

「おおー、いるじゃんいるじゃん!」

などと声を出してつぶやいてしまう。

このすぐそばの田んぼは、確かに今年も産卵があったのだけど、その後、田起こしされたりして、水が涸れてしまったので、ここのアカガエルたちは全て死んでしまったと思っていた。しかし、どこかで無事に生き延びていたのだ。そのことに驚いた。

チビアカガエルは、かつてこの周辺でよくみられたように、踏みつけそうになるほどの密度でいた。ただ、面積でいえば、ほんの数m四方くらいの範囲だ。ざっと数十匹というところだろう。でも、しっかりと生き延びていたのだ。

まっすぐ帰ろうかと思ったのが、気づいたらそっちに足が向いていたというのは、このチビアカガエルたちが、私に、自分たちが無事育っていることを見て欲しいと思って、その気持ちが通じたのかもしれない。

今年はほとんどが死んでしまった。だけど、しっかり生き延びたアカガエルたちがいた。彼らが、ずっとこの地で命をつないでいけることを願う。

 

| | コメント (0)

2019年5月26日 (日)

今年のニホンアカガエルの本当に悲しい結末

先週、アナガエルの最後の生き残りの悲しい結末 に書いた通り、散歩道の今年のアカガエルのオタマジャクシたちは、一ヶ所を除いて全滅した。

それでも、そこから少し離れた場所、毎年沢山のニホンアカガエルの卵塊がある場所は水が涸れることもなく順調に育っているだろうと思っていた。そして、片道40分ほどかけてそこにいってみた。そろそろ足が生えているかもしれないと....

しかし....

そこに広がっていたのは水がすっかり涸れてしまった風景だった。Tambo2019052601

いったいこれはどうしたことだろう?

長年、この場所を見てきているが、こんなに水が涸れてしまったのを見たのは初めてだ。つい先日まで、たっぷりとした水の中をオタマジャクシが元気に泳いでいたのだが、すっかり干上がって土がひび割れている。なんてこった。

しばし茫然とする。

雨は降ったはずだ。先日はまとまった強い雨が降った。だから、水はたっぷりあるだろうと思っていた。ここ数日の真夏日の暑さと乾燥で、水が涸れてしまったのかもしれない。

さらにここから少し奥にいったところに、毎年100個ほどのニホンアカガエルの卵塊があり、一年中水が涸れることのない場所がある。そこはどうなっているだろう?そう思ってさらに進む。

その場所が見えてきた時、少し心臓が高鳴った。やばい。これはいったい。

Tambo2019052602 葦が沢山生えているその場所も、すっかり水が涸れている。あれだけ大量にいたアカガエルのオタマジャクシはどこにいったのだろう?そう思って近づいてみると、悲しい風景がそこかしこに広がっていた。

Akagaeru2019052601 干からびて死んでしまったオタマジャクシたちの死骸。そのまわりをハエが飛んでいる。こんな風景があちこちにあった。水が涸れていく時、水たまりがどんどん小さくなっていく。そうすると、その小さくなってく水たまりにオタマジャクシは集まってくる。そして、必死にもがいて、水たまりを深くしようと動くのだ。しかし、最後に水が涸れてしまうと、彼らも生きることが出来なくなる。

ここにいた、およそ数万匹のオタマジャクシたちがそうして死んでしまったのだ。その風景を見てしばし立ち尽くす。今日も真夏日の暑さ。私も汗をかきながらここにやってきた。そして澄んだ青空をしばし見つめて、その非情さに落胆する。

そんな中、選挙カーが全くどうでもいい名前を連呼しながら通りかかる。そんなことどうでもいい。というより、まったく腹立たしい限りだ。

心配なのは、最後の最後の生き残りの水たまりだ。私は急いで引き返す。

歩いて歩いて40分。恐る恐る近づく。水はある。大丈夫だ。Mizutamari2019052601

水かさは少し減っているものの、オタマジャクシが泳ぐには十分な水がある。みると、しっかりとオタマジャクシたちが泳いでいる。

Akagaeru2019052602

よかった。

私は思わずオタマジャクシたちに語りかける。

「早く大きくならなくちゃ。早く大きくなって足が生えてこなくちゃ。」

水が涸れてしまうまえに、はやくカエルになって陸に上がってほしい。

今、水のたっぷり張った田んぼでは、アマガエルのオタマジャクシたちが悠々と泳いでいる。だが、ニホンアカガエルのオタマジャクシたちは、ついに、ここにいるものだけになった。ここの水が涸れてしまうと、少なくとも私がいつも観察しているこの周辺のニホンアカガエルは今年は一匹も育たなかったということになる。かつては、踏みつけそうになるほど沢山いたニホンアカガエルが、すっかりこの地から消えようとている。そのことを私はここで目撃しているのだ。

しばらく、我が子のように愛おしいそのオタマジャクシを見つめる。そして、無事を祈りながら帰る。すると、目の前で大きな塊がピョンと跳ねた。見ると、そこには立派な大人のニホンアカガエルがいた。Akagaeru2019052603

「おお、立派だね!元気だね」

と思わずつぶやく。

そしてしばし、そのニホンアカガエルを見つめる。見つめながら、私は語りかける。「あなたたちのことを、ずっと見まもっていくからね」と。

ニホンアカガエルは見つめかえしながらも、何か、悲しい目をしているように思えた。あんなに沢山いたニホンアカガエルだが、親ガエルにあったのは本当に久しぶりだ。私はニホンアカガエルの目をみつめながら、ニホンアカガエルたちの気持ちがぐっと胸にせまってくるような気がした。

 

| | コメント (0)

2019年5月19日 (日)

アカガエルの最後の生き残りの悲しい結末

季節は一気に進んだ。緑も淡い色からすっかりと濃くなってきた。散歩道に入るとマユミの小さな花が出迎えてくれた。Mayumi2019051901

遅くに水が入り田植えが終わった田んぼはキラキラと輝いている。Tambo2019051900

よく見ると、すでにアマガエルのオタマジャクシが沢山泳いでいる。Amagaeru2019051902

単なるオタマジャクシ。だが、これを見て、これがアマガエルのオタマジャクシだとちゃんと認識できる人がどれだけいるだろうか?田んぼにはオタジャクシが泳いでる。しかしそれは、ニホンアカガエルでもアズマヒキガエルでもなく、アマガエルのオタマジャクシだ。ニホンアカガエルのオタマジャクシや、アズマヒキガエルのオタマジャクシがこの周辺ではどんな生活をしているか知っている人がどれだけいるだろうか?

アズマヒキガエルのオタマジャクシの話は先週書いた。半分は死んでしまった。半分はもう上陸した。だから、もういない。ニホンアカガエルのオタマジャクシたちは、あと一ヶ月くらいはオタマジャクシのままだ。そのあいだ、水が涸れなければ生き延びることが出来る。

Tambo2019051902

唯一残されたアカガエルのオタマジャクシの生息地に行こうとすると、ほんの一週間前とは違う風景が広がる。草がどんどん伸びて、歩くのが困難になるほどだ。その草をかき分けて進むと、最初の生息地がある。ここは田んぼわきの水路の途中にある大きな水たまりだ。Mizutamari2019051901

水はたっぷりある。これなら安心だ。水の中を見ると、先週見たときと比べて、オタマジャクシはずいぶんと減った様子だ。Akagaeru2019051902 しかし、しっかりと育っている。あと一ヶ月、無事に育ってほしいと思う。

しかし、よく見ると気がかりなことがあった。ここは水路を通って上流から水が供給されてきている場所なのだが、どうやらその上流の水路が干上がっていて、水が供給されてきていない様子だ。そうなると、このさらに下流にあるアカガエルの最後の生き残りのもう一ヶ所は水が涸れてしまっているかもしれない。このところほとんど雨が降らなかったし、気温も高く、蒸発する水も多かっただろうから水量が減っているのだろう。

とても心配だ。それでも、もしかしたら、この下流にもしっかり水があって、オタマジャクシたちがしっかり生きているかもしれないと、一抹の望みと、半々な気持ちで恐る恐るその下流の生息場所に行ってみる。

あ、、、

ダメだ。水が涸れている。愕然とする。Akagaeru2019051901

先週までオタマジャクシが泳いでいた水たまりの水が干上がっている。そしてハエが飛んでいる。ハエはオタマジャクシの死骸に集まってくることがある。

ついに、この場所で、今年、アカガエルは育つことが出来なかった。去年までは、水路から漏れる水が供給されて水が涸れることがなく、無事にカエルにまで育った場所だ。しばらく、この周辺を見て立ち尽くす。Tambo2019051903

本当に単なる平和な休耕田の風景でしかないこの場所で、アカガエルが最後の最後に命をつなぐことが出来なかった。ついに、水路の途中の水たまりの一ヶ所だけになってしまった。

記録用紙に黒い字で「5月19日死滅」と書き入れる。

そして、本当に最後の一ヶ所となってしまった水路の途中の水たまりに行って、アカガエルのオタマジャクシを眺めていたら、思わず声が出た。

「早く育ちなさいよ!みずが涸れないうちに元気に育つんだよ!」

そうして我が子のようにオタマジャクシを見つめていた。

この場所でこんなことが起きているとは誰も知らない。誰も無関心だ。だから、私はずっと見続けている。最後まで見届けたい。Akagaeru2019051903

今日は今日の悲しい結末。毎年、毎年、こんな思いをする。でも、だからこそ、毎年、毎年、見続けているのだ。

| | コメント (0)

2019年5月12日 (日)

悲しみも喜びもカエルとともに

Sampo2019051201 ゴールデンウィークが明けてすっかり緑は濃くなった。今日は涼しいが、このところ、気温の高い日も多かった。ウグイスやシジュウカラのさえずりが賑やかな中、とにかくカエルたち、すなわち、オタマジャクシの様子を見に行く。

 ことし初めてヒキガエルの産卵があった場所が2か所ある。一ヶ所は先週時点ですでに足が生えていた。Hikigaeru2019050601 上陸寸前である。こうなると数日で一斉に上陸するからたぶんもう今日は散り散りに上陸していって、お目にかかることはないだろう。ヒキガエルの成長は本当に早い。

しかし、もう一ヶ所は先週時点でまだ足が生えていなかった。Hikigaeru2019050602

私の観察では、ほぼ同じ時期に産卵している。成長の早い方は日当たりがよく、水温が高いので早く成長したのだろう。成長が遅い方は、谷からの湧き水が流れているところで水温も低く、周りが背の高い草に覆われているので日当たりも悪い。それで、成長も遅くなっているのだろう。

そして、今日、まずは成長の遅かった方のオタマジャクシを見にいった。しかし...

Hikigaeru2019051201 オタマジャクシの姿が見当たらない。

一週間前にまだ足が生える様子もなかったから、上陸してしまったとは考えにくい。

オタマジャクシが移動するということはよくあるので、少しまわりの水路を見てみることにした、すると....まさか....

Hikigaeru2019051302

それは、おびただしい数のオタマジャクシの死骸だった。これは、明らかに水が涸れて干上がってしまったことにより、死んでしまったのだ。この水路は湧き水が流れているので水が涸れないと思っていたのだが、気温の高い晴れの日が続いて、干上がってしまったのだろう。

なんと悲しいことか。数百匹のオタマジャクシが全滅した。この状態だったら、あと2週間、水が涸れずにあったのなら、彼らは無事上陸できたはずだ。

私はずっとこうやってオタマジャクシを見てきたので、こんな風景は数多く見てきた。特に、ここ10年くらいは、こうやって水が涸れて死んでしまうことの方が多くなり、そして、オタマジャクシの数がどんどん減っていくのを目の当たりにしてきた。こんなに水が豊富に流れていて安心だと思っていた場所がこんなことになるなんて、悲しい。

悲しい気持ちで、こんどはこの周辺で唯一になってしまったニホンアカガエルのオタマジャクシを見に行く。Akagaeru2019051201

こちらは、水が涸れることもなく、オタマジャクシは元気だ。胸をなでおろす。しかし、ニホンアカガエルが上陸するまではまだあと1ヶ月近くある。その間、無事でいてくれることを祈る。Tambo2019051201

ここがこの周辺で最後に残されたアカガエルの育つ場所。そんなこと、誰も知るまい。かつては、この周辺に何百というアカガエルの卵塊があり、何万というアカガエルが上陸したのだ。いまや、卵塊は10個ほど。そして、水が涸れることなく無事育つのはその半分くらいなのだ。私はシーズンになると、この周辺のヒキガエルやアカガエルの卵塊を一つ残らず見つけようと歩き回り、そして、それら、一つ一つを最後まで見届ける。それを少なくともこの10年はやってきた。だから、今、彼らがどういう状況にあるのかはとてもよくわかる。そうして、新たな卵塊を見つけては喜び、水が涸れて死んでしまうのを見ては悲しみ、無事上陸したのを見ては喜んだ。

先週、足が生えたチビカエルたちが沢山いたところにいってみた。Hikigaeru2019051303

案の定、誰もいなかった。チビたちは、今、この自然の中でたくましく生きていっていることだろう。そうして、大きく育ってまた、ここに産卵にやってくる。その日を楽しみにしている。

| | コメント (0)

«休耕田とコケリンドウ