2021年3月 7日 (日)

アカガエルの季節の憂鬱

 毎年この時期になると、今日はどれだけニホンアカガエルが産卵しているだろうかとワクワクしながら散歩する。そして卵塊を見つけては喜び、水が涸れて卵が死んでしまえば悲しみ、それから続くオタマジャクシたちの成長を見守る季節が始まるのだ。だが、今年はとても憂鬱だ。出掛けるのにも気が重い。それは、この看板に象徴される。Choseiike2021030701散歩道の谷津田の一番上流、私が必ず最初に写真を撮ってきたその場所にこれがある。ここは、残土埋め立て計画では調整池になる予定の休耕田だ。これを見るたびに何か重いものが私の心にのしかかってくる。

ここに残土埋め立て計画があることを知ったのは昨年2020年の6月のことだ。その計画はこの休耕田から続く谷を大規模に残土で埋め、この休耕田は調整池になる計画。そのことを知ってから私の頭の中は、そのことで一杯になった。まるで家族が重い病気にかかったかのように心配し、色々な人に相談し、色々なことを考え、色々なことをやってきた。このことに同じように心を痛め、何か出来ることをしようと言って同じ方向を向いてくれた方もいたが、そもそも、多くの人々は否定的だ。自分たちの生活には影響ないという人、法律を守っている限り何も言うことは出来ないという人、土地の有効活用だからいいじゃないかという人、言い方は色々あるが、とにかく否定的だ。中には、ここを埋めて道路でも出来たら便利になるから嬉しいという人までいる。

 私は別にこの土地の所有者でもなんでもないし、遠く離れた広島県の生まれで、ここにやってきたのはほんの25年ほど前のことだ。だから、何も言う権利もくそもないのかもしれない。それは理解する。 しかし、ここがかつて収穫期には黄金色に稲穂が実る美しい谷津田だったこと、20130921t そして、ニホンカガエル、ヘイケボタル、ホトケドジョウ、といった生き物たちが生き生きと生息し、谷にはウグイスなどの鳥の声がこだまする、そういう本当に美しい場所だったし、その中を歩いて、辛い時も悲しい時も癒されたものだ。「散歩道プロジェクト」はその癒しを与えてくれたこの場所に感謝しようという思いから始まった。

 昨年は、ここに大量に産卵されたアズマヒキガエルの卵を発見し、オタマジャクシが成長していくのを我が子のように見守った。Hikigaeru2020050501

そして、そのオタマジャクシが無事上陸して、やれやれと、ホッとしている時にその埋め立て計画が目の前に現れた。Hikigaeru2020051701_20210307102201

それから色んなことをやってきた。

この周辺はここ数年で休耕田が物凄く増えた。その原因は色々ある。イノシシの獣害もある。高齢化もある。様々な事情があると思う。それが残土埋め立て計画にもつながっているのだろう。

 私はこの場所にかつての輝きを取り戻したいと思う。田植えの時期には鏡のようにあたりの風景を映す田んぼ。Dscn0209-2

カエルの声やウグイスの声がこだまする谷津田。そして、秋になれば黄金色に実った稲穂。Inaho2021030701

そこで人々が生き生きと暮らす。そんな風景を取り戻したい。美しい未来を残したい。そう思って色んなことを考えている。自分に出来るありとあらゆることをやろうと思っている。そして、色んな人に働きかけたり、色々なことを模索したり、勉強したり。

ここ10ヶ月ほどはそうやって自分の余力を全てそこに注いできた。

しかし、

大多数の無関心な人々、否定的な人々。その人々はどんな未来を描いているのだろうか?

調整池予定地の看板を見るたびに悲しくなる。だから、大好きな散歩もいけずにいた。アカガエルに会いたくても、会えずにいた。

でも、アカガエルの季節は待ってくれない。今日、重い足を引きずるようにして、散歩に出掛けた。アカガエルの卵がそこにあった。見つけた時はいつものように嬉しかった。Akagaeru2021030601

こんな場所はここではなくてもいくらでもあるといえばそうだろう。だけど、私にとってかけがえのない場所。私の人生の一部なのだ。不幸にして計画が進んでしまったら、それは単に私の大事にしてきたものが失われるにすぎないのか。この場所を見つめてきた私の人生はそんなものなのかと思う。そう思ってまた重苦しい気持ちで家へと帰る。

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2021年2月27日 (土)

散歩道プロジェクト18周年記念オンラインイベント【再】

先日延期したオンラインイベントの開催日が決定しました。

2003年2月16日に始めた「散歩道プロジェクト」は18周年を迎えました。

これまで市原市市津公民館の講座や「となりの田みち」イベントで行ってきた講演を少しバージョンアップした特別バージョンで皆様に「散歩道プロジェクト」をオンラインイベントとしてお届けしたいと思います。

オンラインイベントはZoomにて開催いたします。

日時:2021年3月16日(火)20:00~21:30(予定)

参加方法

参加希望の方は

メールを送信 

または、本記事へのコメントにて以下を明記の上お申し込みください。

・「散歩道プロジェクトオンラインイベント参加希望」と明記

・住所(〇〇県〇〇市まで)

・氏名(ニックネームも可)

・メールアドレス(当日のURLなどのご案内をいたします) 

締め切り:2021年3月15日(月)※延長しました!

お申込みされた方にメールにて参加方法をご案内いたします。当日はZoomでの開催となります。

多くの方の参加をお待ちしております。Oomura2008071905_20210227092001 Nushi2010102301_20210227092001 Konara002_20210227092001

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2021年2月17日 (水)

散歩道プロジェクト18周年

2003年の2月16日。何を思ったのか、カメラを持って家を出た。雨が降る日だったが、散歩道の周辺の写真を撮りに行った。最初にとった写真がこれだ。Dscf0001

私が大好きな瀬又の谷津田の反対側は、丁度宅地開発が始まっていた。今はもう完全に住宅地になっている。最後に残された谷津田。もしかしたら、何年か後には消えてなくなるかもしれない。その前にとにかくそこの自然を私は写真にとって記録し、見たこと感じたことを多くの人に知ってもらいたいと思ったのだ。

そして、私の人生は大きく変わる。やがて、私が散歩道として愛していた瀬又の谷津田を通して、多くの人との繋がり、谷津田に生きる多くの生き物たちと心が繋がってきた。

ある日突然舞い降りて私の手にとまったオオムラサキ。Oomura2008071905

何年もの間、心を通わせたヒキガエルの「くねくねの主」。Nushi2010102301_20210217225501

「帽子を落としたよ」と教えてくれたコナラの木。Konara002

様々な出来事が私の中に物語を作る。

 2018年の2月17日、つまり、散歩道プロジェクトの誕生日の翌日、私はいつものように散歩道の谷津田で写真を撮っていたら、杖をついて歩く一人の老人に出会った。

その老人は「ここは良い湧き水が湧いて流れているから、この水を田んぼに引こうと思う」という。その田んぼがどこの田んぼなのかわからなかったから色々たずねてみたが、よくわからなかった。そして、「榊を探しているんだが、なかなか良いのがなくて」という。そして、しばらく一緒に探した。そして「まあいいか、このくらいで。飾るだけだし」といってその老人は谷の奥へと消えて行った。Jiichan2018021701

不思議な体験だった。

そして、この谷津田に昨年、残土埋め立て計画があることがわかった。それから自分が散歩道プロジェクトをやってきた意味はなんなのだろう?と自問する日々。でも、今、私が何か動かなければ長年こうして「散歩道プロジェクト」を続けてきた意味はいったいなんなのだろう?

そんな気持ちに突き動かされて、そうして、色んなことをやってきた。そして、さらに新たな人との繋がりができた。それは私の使命なのではないか?そんな気持ちになる。18年前、何かに突き動かされて、「散歩道プロジェクト」を始めたこと。そのことが私の人生の答えそのものになってきた。

埋立予定地の谷津田の奥から、こんこんと湧き水が流れるのを見て、かつて、長い年月、ここで稲作をしてきた人のことを思う。その多くの人々の気持ちを無にしてはならないのだろうと思うのだ。Tambo2020062701

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2020年7月23日 (木)

重なりゆく季節

 散歩道の中、私はずっと同じ場所、同じアングルで写真を撮り続けている場所がいくつかある。もともと、季節とともに毎日表情を変えていく自然の姿を記録したいと思い、撮り続けているものだ。もう20年近く写真を撮り続けている場所もある。

 長年、同じ場所、同じアングルで写真を撮り続けてきたことで、見えてくるものがある。自然の中の実り豊かな田んぼがあったものが、次第に耕作放棄されていき、使われなくなってきた。耕作放棄された田んぼは、やがてそこに田んぼが出来る前の姿に近づいていく。そのことは長年見ていればわかる。私は写真を撮り続けてきたので、その動きを一つの映像にしてみることが出来る。

 とにかく長年、同じ場所、同じアングル、同じカメラで撮り続けてきたのだ。それを繋ぐと一つの流れになる。そういった一連の時の流れを感じる映像は何度か制作してきた。今回、もっとも長い6年間という長さの映像を繋ぎ合わせた。技術を駆使してできるだけブレの少ない映像にしてみた。

 実り豊かな田んぼ、あきらかに人の営みが見える田んぼが、やがて半分放棄され、さらに半分が放棄され、自然に戻ってゆく。これは田んぼという人とかかわって生きてきた生き物が命の営みを絶たれ、そして自然に返ってゆく姿なのかもしれないと見ていて強く思う。

 注意深くみれば、昨年の台風で森の木がずいぶんとダメージを受けたことや、数年前に季節外れの雪が降って、セイタカアワダチソウが倒れてしまったことなどが見れるはずだ。そんないろんな物語がこの一連の映像には隠されている。

 季節は毎年同じようにめぐってくる。その中で、年とともに様々な変化がある。あなたはその変化をいくつ見つけられるだろうか?

 そして、今、この自然に大きな危機が迫ってきていること。あなたはこの映像に何を感じるだろうか?

https://youtu.be/xrelUVI5F2M

 

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2020年6月14日 (日)

散歩道の谷津田に危機が迫ってきた

つい先日、町会の回覧が回ってきた。普段ならざっと眺めてすぐに回してしまうところだが、散歩道の最も上流にある谷津田の埋め立て計画の資料がついていた。散歩道の再上流、私がニホンアカガエルを最初に見つけて、それ以来ずっと観察しつづけてきた場所の二股にわかれた谷の一つを大規模に削り、土砂を埋める計画だ。全体の面積は5ヘクタールに及ぶ。

Yatsuda20200604埋め立て計画のある谷津田

資料によると、宅地開発という。だが、ここはそもそも市街化調整区域だから建物は建てられないはずなので、とても疑問を感じる。

今はここは休耕田となり、草が生い茂っているものの、ここでニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物)、アズマヒキガエル(千葉県レッドデータブックC:要保護生物)、ハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)、ホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧種IB)などが生息している。

Akagaeru20090228この谷津田に生息するニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物

Harabiro2020051701この谷津田周辺に多くみられるハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)

Hotoke2008060703この谷津田の水路などに生息するホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧IB類) 

また、この周辺ではサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)が営巣しており、この周辺は採餌場所として重要な役割を果たしているものと思われる。

Sashiba2020050302この谷津田周辺で営巣するサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)

私がこの地に来てから、この周辺の谷津田などの環境はどんどんと削り取られていった。それをなんとかしたいと思って始めたのが「散歩道プロジェクト」だ。「散歩道プロジェクト」をはじめてもう17年。私はずっとこの場所の自然を見守ってきた。

先日来、このブログに書いてきたアズマヒキガエルのオタマジャクシが卵から孵って上陸するまで、本当に我が子のように思って見つめてきたし、毎年、この周辺のニホンアカガエルは産卵から上陸までを記録している。特にこの谷津田周辺は本当にニホンアカガエルの楽園だった。休耕になって環境が悪化し、以前のように何百という産卵は見られなくなったものの、それでも、毎年産卵にやってくるニホンアカガエル。しっかり命を繋いできているのだ。

2012私が長年続けているニホンアカガエルの産卵記録

いまでも、近所の子供たちが、この周辺で捕虫網を持って虫捕りに必死になって遊んでいる。かつて、うちの娘たちもここで虫捕りをして遊んだし、この周辺の水路で捕まえてきたザリガニを家で名前を付けて飼っていた。そうして自然と戯れた経験はとても大切なものとなっていることだろう。

Dscf0015虫捕りをする子供たち

様々な社会的困難があることは承知する。しかし、この最後に残された豊かで貴重な自然を後世に伝えていくことが今を生きる私たちの役目なのではないか?と思う。

今は、自然を守ろう、環境を守ろうと世の中みんな言っているじゃないか?プラスチックゴミの問題が広まれば、すぐにプラスチックゴミを減らそう様々な取り組みが行われているではないか?オリンピックの会場建設のために、都内のある公園の環境破壊が大きな問題になり、人々の力でその計画縮小がなされてきたではないか。環境にやさしく、自然にやさしくといいながら、ここにわずかに残された貴重な自然、太古から延々とつながれてきた命たち、そんなものを人々の一瞬の人々の利害のために、取り返しのつかない破壊が行われてよいのか?

ここは多くの人が犬の散歩やジョギングで通る。豊かな自然の中で、緑の息吹を感じながら、歩いたり、走ったり。この周辺の自然に囲まれた素晴らしい市民農園で、作物を作っている人々もいる。そうして、私たちは自然から多くの恵みを得てきたではないか?多くの人がこの場所を歩いて安らぎを得てきたではないか?それが大きく破壊されようとしているのだ。

先日から色々な人に働きかけたりして、なんとかこの場所を救えないかと色々始めたところだ。だが、意外と人々の関心は薄い。この自然を愛していた筈の人々は沢山いるはずだ。なのに、何故なのだ?面倒なことには近寄りたくないのかとは思う。

そりゃあ私だって、何もせずにいたほうが平和だし、苦労もない。だが、私はここの自然を見つめて、守っていくことをライフワークときめて、もう20年近くもここを愛してきたのだ。そんなことをしたって、なんの得もない。だけれど、私の人生の多くの部分をこの場所の自然と向き合って過ごしてきたんだ。それが無くなるなんて、命を奪われるような気持ちなのだ。もし、私がここで何もせずにいて、ここの自然がズタズタにされてしまったら、一生後悔する。だからとにかく、やれることは全部やる。私は、ここの自然を守ることで一銭のお金も得られないどころか、むしろお金を沢山使う羽目になるし、ものすごい労力と心が折れそうになる様々な事柄と、そういうものに相対していかねばならない。苦しいだけだけど、この場所から沢山の力をもらい、安らぎを与えてくれたこの自然への恩返しだ。それをやらずに死ねるかっていうんだ。やれることは全部やるんだ!私がこの地で自然を見つめて過ごしてきた長い長い時間を無駄になんかしたくない。Sampo2020060401

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2020年5月17日 (日)

小さな水たまりのヒキガエルたち

その水たまりは休耕田のそばにある長さ1.5m、幅60cmくらいの本当に小さな水たまりだ。その水たまりにヒキガエル(アズマヒキガエル)の卵を発見したのは3月15日のことだった。

Tamago2020031501_20200517165101(ヒキガエルの卵2020年3月15日)

それから、散歩のたびにその水たまりを覗く日々が始まった。

3月20日にはさらに卵が増えていた。本当に小さな水たまりなのだが、かなりの蛙合戦がくりひろげられたのだろう。

Tamago2020032004_20200517165401(2020年3月20日)

小さな水たまりだから心配した。特にここに水路などから水が供給されているわけではないし、晴れの日が続くと水が涸れるのではないか?そう思いながら、この水たまりを覗く日々だった。

今年の3月の終わり頃は雨が多く降った。大雨の日もあった。そんな天候に恵まれて、小さな水たまりの水は涸れることなく沢山のオタマジャクシが孵った。

Hikigaeru2020040401(2020年4月4日)

それにしてもこの場所に産卵したのは奇跡かもしれない。というのも、ここは、すぐ南側にこんもりとした丘があり、ほとんど一日中日陰なのだ。なので、晴れの日が続いても、それほど水位が下がることもなく、水があり続けた。すぐ近くの水たまりは涸れることがあったが、ここは何故か涸れることがなかった。

やがて、水たまりのまわりは草が生い茂り、遠くから見ると水たまりがあることがわからないほどになってきた。

Hikigaeru2020050301(2020年5月3日)

ヒキガエルのオタマたちは、真っ黒くかたまっていることが多い。いくつかの塊になって、くねくねと動き続けている。卵の様子からすると、数匹のメスが生んだと思われるので、親が違うヒキガエルも混じっていると思うのだが、一つの塊になっているのだろう。

そして、やがて後ろ足が生えてくるものがちらほらとみられるようになってきた。産卵された時期も一週間くらいの差があったはずだから、成長も違うものが色々混じっているだろう。

Hikigaeru2020050502(2020年5月5日)

ここまできたら、あと少しだ。一週間もすれば前足が生えてくる。そして、しだいにしっぽが短くなってカエルの形になるだろう。

そして、今日、5月17日。無事カエルになった姿を見ることが出来た。もう大丈夫だ。ヒキガエルのオタマジャクシは本当に成長が早い。産卵から1ヶ月半から2ヶ月でカエルになって上陸するのだから。

Hikigaeru2020051702(2020年5月17日)

そして、上陸したばかりのヒキガエルは本当にちっちゃい。おそらく、初めて見る人はビックリするだろう。こんなちっちゃいのにちゃんとカエルの形をしているなんて。

Hikigaeru2020051701

手に載せてみると、本当にちっちゃなちっちゃな手足の感覚を感じる。まるで、ハエトリグモが手に乗ったくらいの感覚だ。けれど、それが手の上で歩いたり跳ねたりすると、しっかりと命の感覚を感じる。しっかりと生きている。なんとも愛おしい感覚だ。

真っ黒くかたまっていた彼らは、上陸すると散り散りになっていく。こうして卵から上陸するまでを見ていくと、本当に我が子のように愛おしい感覚になる。これは一度経験しないとわからないだろう。

そうして何年かして、大きくなった彼らがまたここにやってきて、蛙合戦を繰り広げる。そうして命が繋がっていく。ここの環境が激変して彼らが棲めなくならないことを祈る。

毎年こうやって卵から上陸するまでを見ていると、彼らの存在を知らない人間たちが、好き勝手に環境を改変したり破壊したりして、彼らが棲めない環境が出来上がっていくことは、本当に悲しく思う。それは理屈ではなくだ。カエルが水たまりに卵を産んで、それがオタマジャクシになり、やがて足が生えてカエルになる。そんなこと当たり前と思うかもしれないが、それを最初から最後まで自然の中で見たことのある人はどんどん少なくなっているだろう。そうした身近な自然を点ではなく線や面としてみるという体験が、人々の心と自然を繋ぐんだと思う。そういう経験のない人々が平気でカエルを駆除しようなどと思うんだろう。それは悲しいことだ。そんな人々の言動に接するたびに悲しくなる。だから、私はこうやって自ら自然を見て、それを伝えたいのだ。

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2020年4月26日 (日)

ニホンアカガエルの生命力の不思議

昨年の台風21号では、あちこちで土砂崩れがあり、大木が倒れた。それがいまだにずっとそのままの場所がある。木が倒れたおかげで、そこに小さな水たまりが出来ていた。そして、その小さな水たまりにニホンアカガエルが産卵しているのを発見したのは4月4日のことである。Akagaeru2020040401 本当に小さな閉じた水たまりだ。そこに数個のニホンアカガエルの卵塊があった。Akagaeru20200405果たして、この水たまりの水が涸れずに、卵から孵ったオタマジャクシたちがカエルになるまで生き延びることが出来るのだろうか?そう思った。

やはり、小さな小さな水たまりである。一週間後の4月11日には、水が涸れてしまっていた。Akagaeru20200411 やはりダメだったか。残念ながら生き延びることはできなかった。そう思った。毎年、一定数は見る光景だ。

今年は4月は雨が多い。この涸れてしまった水たまりを見たのが4月11日だが、 翌4月12日のアメダスのデータでは千葉市で5.5ミリのまとまった雨が降り、よく4月13日は大雨で91.5ミリの雨が降った。その後も頻繁に雨が降っており、おそらく4月12日以降、この水たまりに水が絶えることはなかったと想像できる。

そして、4月26日。この水たまりを見た。すると、なんとなんと、オタマジャクシが泳いでいるではないか!!Akagaeru20200426 Akagaeru2020042602

なんと、水が涸れて死んでしまったと思っていたが、あの状態でも生きていたんだ!!本当に小さな小さな閉じた水たまりだから、このオタマジャクシたちが他から流れてきたとは考えにくい。あの乾燥してしまった卵塊は実はまだ生きていたということか!!

そういえば、昨年、この近くの田んぼで同じように水が涸れてしまって、ニホンアカガエルの卵塊も全て干上がってしまったので、これはもう一匹も育たなかったと思ったのだが、その後、6月頃に、その田んぼのそばに小さなニホンアカガエルが多数上陸していたのを見たので、どこかで生きていたんだなと思ったが、もしかしたら、死んでしまったと思ったのは、実は死んでいなかったのかもしれない。

もう20年近くニホンアカガエルの産卵から上陸までを見てきているが、これは驚きだった。この程度の乾燥でも、すぐに雨が降って水を得ることが出来れば生き延びることができるということだろう。凄い発見をした!!ニホンアカガエルの生命力に驚かされた。

 

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2020年3月22日 (日)

カエルの勢力図は変わるのか?

 2020年3月19日の夜はざっと強い雨が降った。雨上がりの散歩道に出かける。先日見つけた散歩道入り口近くのニホンアカガエルの卵は成長が早く、もうオタマジャクシになって泳ぎ始めているものがいた。Tamago2020032000

この場所でニホンアカガエルの卵を見たのは初めてだから、これがこの先無事に育つのか、それとも、死んでしまうのか。それがとても気になる。とにかく無事育ってほしいと思う。

先週みつけたヒキガエルの卵のところにいってみる。あったあった。先週よりも増えている気がする。Tamago2020032004 それにしても、激しく蛙合戦を繰り広げたのか、卵の一部が水たまりをはみ出している。

かつてのニホンアカガエルの楽園だった田んぼ、この田んぼだけで最盛期には400個くらいのニホンアカガエルの卵塊があったのだ。Tambo2020032002

しかし、数年前から耕作放棄となり、今は草ボウボウ。谷の奥から流れこむ水がここにしみ込んで、地面にはかなりの量の水がある。まるで、人間がここを田んぼにする前の沼の状態に戻っているように見える。

その休耕田の奥の方に行ってみた。すると、大きな水たまりがある。ここは、かつてニホンアカガエルの卵塊が大量にあったところだ。遠くからみると水が濁っているのが見えた。Tambo2020032001

水が濁っているということは、この水たまりの中で動き回る生き物がいるということだ。近づいてみると.....

Tamago2020032001 Tamago2020032002

なんとなんと、大量のヒキガエルの卵があるではないか!おそらく一週間くらい前にはここですさまじい蛙合戦が繰り広げられたことだろう。それにしても、この場所でこんなに大量のヒキガエルの卵を見たのは初めてだ。

田んぼが休耕となって最初の頃は、この田んぼの水たまりは水が完全に干上がっていた。そして、大量にあったニホンアカガエルの卵塊は、年々減っていき、そしていつのまにかシーズンで数個の卵塊を見るだけとなっていた。その卵塊もやがて干上がって死んでしまうことが多かった。

しかし、その後、この休耕田に谷の奥からの湧き水が流れ込むようになり、ここは常に水がある状態となった。しかし、ニホンアカガエルの卵塊の数は回復することがなかった。

 この休耕田のわきの水路にも、毎年ニホンアカガエルの卵塊があった。しかし、その水路は水が涸れるようになり、カエルになるまで生き延びることが出来ていなかった。数年すると、そこからニホンアカガエルの卵塊がすっかり消えた。

 その水路に行ってみた。水はたっぷりある。水路を覗き込んでみたら、なんと、ヒキガエルの卵があった。Tamago2020032003 この水路にヒキガエルの卵を見たのは初めてだ。

そして、その卵のそばに、ヒキガエル(おそらくアズマヒキガエルのオス)がいた。Hikigaeru2020032001

 いつの間にかヒキガエルがずいぶんと増えていたのかもしれない。この田んぼの奥の谷は20年近く前から休耕田となっている。Tambo2020032003 かつてそこでヒキガエルの蛙合戦を見たものだ。だが、いつの間にかそれは谷奥のわずかな水たまりのまわりでしか見られなくなっていた。数年前に、その水たまりにいく道が崩れてから、しばらく行けていなかった。もしかしたら、そこのヒキガエルは徐々に増えていたのかもしれない。そして、それが、一気に広範囲に進出したのかもしれない。

 かつてのニホンアカガエルの楽園ともいうべき場所は、これからヒキガエル(ここにいるのはアズマヒキガエル)の楽園になっていくのかもしれない。とはいえ、ニホンアカガエルの卵が完全に消えてしまったわけではない。数はすくないながら、存在する。Tamago2020032005

すこぶる成長の早いアズマヒキガエル(産卵から1ヶ月半ほどでカエルになって上陸する)と、成長の遅いニホンアカガエル(産卵から上陸まで2ヶ月以上かかる)の性質の違いも、これらのカエルの勢力図に影響を与えるだろう。

さて、こことは別に、いままでニホンアカガエルの卵塊がほとんどなかった田んぼで、一気に大量なニホンアカガエルの卵塊を見つけた。その数は60個ほど。Tamago2020032006  こんなに折り重なるようなニホンアカガエルの卵塊を久々に見た!

去年も、ここでニホンアカガエルの卵塊をいくつか見たのだが、その後、田起こしされたときに乾いてしまって死んだと思っていた。しかし、そのあと、この田んぼのそばで小さなニホンアカガエルが上陸しているのを見つけたから、無事生き延びていたのだろう。もしかしたら、ここが新たなニホンアカガエルの楽園になるのかもしれない。実は、ここにも数は少ないがヒキガエルの卵もある。さあ、どうなるのだろうか?

毎年、カエルたちの産卵を見て記録していると、この小さな場所の変化に気づく。それは沢山のことを教えてくれる。

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2020年3月15日 (日)

それでも季節は進んでいく

 人間社会は、新型コロナウイルスのおかげで大変なことになっている。様々なイベントが中止になったり、マスクが品薄、トイレットペーパーがなくなるというデマで大混乱したり。見えないウイルスを気にする毎日。こんな日々はいつまで続くのだろうか?

 そんな中、いつものように散歩に出かける。そうすると、いきなり発見があった。散歩道の入り口近くの田んぼの水たまりにニホンアカガエルの卵があるではないか!Tamago2020031502

ここは、ずっといわゆる乾田だった。冬の間は水が入ることなく、乾いた田んぼだったので、この周囲の田んぼに卵が沢山あった時でさえ、卵がみられなかった場所だ。それに、この周囲の田んぼは休耕が進み、草がぼうぼうになったりして乾燥も進んだため、この数年でまったく産卵が見られなくなっていたのだ。このアカガエルはどこからやってきたのだろうか?

 昨年の台風による土砂災害は、この周囲の地形を若干変形させた。そのためか、いままで水がなかったところに沢山の水があったり、意外なところから水が湧いてきたりしている。そういうことも影響しているのかもしれない。

 かつてのアカガエルの楽園の田んぼは休耕になって久しい。Tambo2020031502

草ぼうぼうになているが、水路には水が流れていて、かつての田んぼの中にも水がたっぷりある。まるで、ここが田んぼになる前の沼地に変わってきているようだ。

その休耕田に降りていこうとしたら、ゲコゲコゲコと、声が聞こえてきた。ヒキガエルだ!アズマヒキガエル。そうだ、もうヒキガエルの産卵の時期だった。コロナコロナの日常で、すっかり忘れていた。

 ヒキガエルの声の方に進んでみるが、それは沼地のずっと奥からきこえてくる。地面がそうとうにぬかるんでいるので、そこまで行くのは難しいなあ、と、思っていたところ、目の前の水路に目玉が見えた。おっ!

Hikigaeru2020031501 驚かせないように気を付けて進む。ヒキガエルのオスだ。写真を撮っていたら、こちらに気づいた様子。ズブズブと後ろから泥に潜っていった。

 周囲を見ると、そこから数メートル離れた小さなみずたまりに卵が見えた。Tamago2020031501

比較的新しい卵のようだ。ここ数日で産卵したのだろう。おそらく、ここで賑やかな蛙合戦が繰り広げていたことだろう。

 昨年、この周囲のニホンアカガエルの卵は、一ヶ所を除いてほぼ全滅した。オタマジャクシがカエルになって上陸する前に、水が涸れて死んでしまったのだ。 そのなかで一ヶ所だけ、最後まで水が涸れずに残ったところがあった。そこは、また休耕田の生い茂る草をかき分けて進まなければならないのだが、困難にめげずに進む。今はまだ枯草だからいいが、次第に背丈ほどもある草に埋もれてしまうので、ここに行きつくは大変だ。

 去年、最後まで生き残った水たまりにはまだ卵はなかった。が、そこから少し離れたところにいくつかの卵があった。一つはだいぶ発生が進んでいた。この様子なら、産卵から2週間くらいというところだろう。Tamago2020031503

新型ウイルスで大混乱の人間社会をよそに、生き物たちの季節は進む。今年もカエルのシーズンがやってきた。これから、彼らが上陸するまで、今年もずっと観察を続ける。さて、今年はどれだけのニホンアカガエルが生き延びるだろうか?

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2020年2月16日 (日)

散歩道プロジェクト17周年

 毎年、この日になると振り返る。2003年2月16日は散歩道プロジェクトを立ち上げた日。あれから17年。思えば、その日から全てが始まったのだ。

 今日は朝から雨。2003年2月16日も雨だった。まさに今日のような天候だった。昼食後に、突然思い立って、カメラを持ってでかけたのだ。そして撮った写真の一つがこれだ。Sampo2003021601

丁度、宅地開発がどんどん進み、身近な自然環境がどんどんかわっていった。大好きな散歩道の周辺の里山がどんどん狭くなっていった。当時は常に重機の音が鳴り響いていた。それを何年も自分の身が削られるような思いで見てきた。どんどん変わる風景、音、空気。だが、そんなことに気づいている人が誰一人いない。そう思っていた。でも、自分には何も変えられない。何も出来ない。そう思っていた。

 当時、自分のホームページを立ち上げて、時々色々なことを書いていた。ブログという便利なものなどは当時まだ普及していなかったから、自分で手打ちで書いたり、写真を貼ったりしていた。この散歩道周辺のことも時々紹介したりしていた。その前日にこんな記事を書いていた。とにかく、私はここの自然のことを写真に撮り、ネットを通して多くの人に見てもらう。そして、考えてもらい、感じてもらうこと。それなら私にできるだろう。そう思ったのだった。それから、休みのたびにカメラを持って歩き、記事にしてネットに公開する。それがとても楽しかった。次の休みが待ち遠しかった。

 それから、様々なことが始まった。ニホンアカガエルのことを観察し、産卵から成長を記録する。これは今もやっているが、当時は大量にいたニホンアカガエルだが、おそらく1/100程に減ってしまった。Sampo2020021601

耕作放棄地も増えた。かつては田んぼだらけだったが、ほとんどが休耕となってしまい、田んぼとして残っているのはほんのわずかだ。写真の場所もかつてはニホンアカガエルの楽園ともいうべき田んぼだったが、休耕となってしまい、だんだんと、沼地に変化していっている。

 2019年の台風15号と、そのあとの台風21号は、この地に甚大な被害を与えた。つい先日まで土砂崩れで通れない個所が何か所もあった。一ヶ月ほど前にようやく通れるようになったのだ。Sampo2020021602

特に台風15号の風による被害は甚大だった。私の家もほぼ2日間停電したし、この周辺では多くの木がなぎ倒されて、風景が変わった。Sampo2020021603

コナラやクヌギなどの森では、高い枝が吹き飛ばされて空が明るくなった。Sampo2020010501

早春の明るい林の下に咲く植物たちは、これでいままで以上に多くの花をつけるかもしれない。そのくらい、環境が変化した。それも自然乗巡りなんだろう。

 ずっと同じ穴に住んでいて、いつも通りかかるとき、挨拶をしていたヒキガエル。Nushi2010102301 「くねくねの主」と呼んでいた。何年もそうしてそのヒキガエルと友達のように過ごしたが、そのヒキガエルは死んだ。Nushi2012072902 死んだ時、私はそれを奇跡的に目にすることができたし、その直前に何故か動画に記録していた。そして、それから、その主の住んでいた穴にはだれもすむことがなく、ただ、穴はいまもある。Nushiana2020021601

いつの間にかこの地からいなくなった生き物もいる。イノシシやアライグマのように、以前はいなかった生き物が現れてもいる。そうして自然はうつりかわっていく。私はそれをずっと見てきた。そして、様々な生き物たちとの様々な物語が私の中に出来てきた。いまも、あたらしい物語が出来ていく。

散歩道プロジェクトからできた人とのつながりも沢山あるし、沢山いろんな経験もした。

これからも私はずっと歩き続け、いろんなことを刻んでいくだろう。2003年2月16日から始まった「散歩道プロジェクト」という物語はこれからも続く。

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