2020年6月14日 (日)

散歩道の谷津田に危機が迫ってきた

つい先日、町会の回覧が回ってきた。普段ならざっと眺めてすぐに回してしまうところだが、散歩道の最も上流にある谷津田の埋め立て計画の資料がついていた。散歩道の再上流、私がニホンアカガエルを最初に見つけて、それ以来ずっと観察しつづけてきた場所の二股にわかれた谷の一つを大規模に削り、土砂を埋める計画だ。全体の面積は5ヘクタールに及ぶ。

Yatsuda20200604埋め立て計画のある谷津田

資料によると、宅地開発という。だが、ここはそもそも市街化調整区域だから建物は建てられないはずなので、とても疑問を感じる。

今はここは休耕田となり、草が生い茂っているものの、ここでニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物)、アズマヒキガエル(千葉県レッドデータブックC:要保護生物)、ハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)、ホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧種IB)などが生息している。

Akagaeru20090228この谷津田に生息するニホンアカガエル(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物

Harabiro2020051701この谷津田周辺に多くみられるハラビロトンボ(千葉県レッドデータブックB:重要保護生物)

Hotoke2008060703この谷津田の水路などに生息するホトケドジョウ(千葉県レッドデータブックC:要保護生物、環境省RDB絶滅危惧IB類) 

また、この周辺ではサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)が営巣しており、この周辺は採餌場所として重要な役割を果たしているものと思われる。

Sashiba2020050302この谷津田周辺で営巣するサシバ(千葉県レッドデータブックA:最重要保護生物、環境省RDB絶滅危惧II類)

私がこの地に来てから、この周辺の谷津田などの環境はどんどんと削り取られていった。それをなんとかしたいと思って始めたのが「散歩道プロジェクト」だ。「散歩道プロジェクト」をはじめてもう17年。私はずっとこの場所の自然を見守ってきた。

先日来、このブログに書いてきたアズマヒキガエルのオタマジャクシが卵から孵って上陸するまで、本当に我が子のように思って見つめてきたし、毎年、この周辺のニホンアカガエルは産卵から上陸までを記録している。特にこの谷津田周辺は本当にニホンアカガエルの楽園だった。休耕になって環境が悪化し、以前のように何百という産卵は見られなくなったものの、それでも、毎年産卵にやってくるニホンアカガエル。しっかり命を繋いできているのだ。

2012私が長年続けているニホンアカガエルの産卵記録

いまでも、近所の子供たちが、この周辺で捕虫網を持って虫捕りに必死になって遊んでいる。かつて、うちの娘たちもここで虫捕りをして遊んだし、この周辺の水路で捕まえてきたザリガニを家で名前を付けて飼っていた。そうして自然と戯れた経験はとても大切なものとなっていることだろう。

Dscf0015虫捕りをする子供たち

様々な社会的困難があることは承知する。しかし、この最後に残された豊かで貴重な自然を後世に伝えていくことが今を生きる私たちの役目なのではないか?と思う。

今は、自然を守ろう、環境を守ろうと世の中みんな言っているじゃないか?プラスチックゴミの問題が広まれば、すぐにプラスチックゴミを減らそう様々な取り組みが行われているではないか?オリンピックの会場建設のために、都内のある公園の環境破壊が大きな問題になり、人々の力でその計画縮小がなされてきたではないか。環境にやさしく、自然にやさしくといいながら、ここにわずかに残された貴重な自然、太古から延々とつながれてきた命たち、そんなものを人々の一瞬の人々の利害のために、取り返しのつかない破壊が行われてよいのか?

ここは多くの人が犬の散歩やジョギングで通る。豊かな自然の中で、緑の息吹を感じながら、歩いたり、走ったり。この周辺の自然に囲まれた素晴らしい市民農園で、作物を作っている人々もいる。そうして、私たちは自然から多くの恵みを得てきたではないか?多くの人がこの場所を歩いて安らぎを得てきたではないか?それが大きく破壊されようとしているのだ。

先日から色々な人に働きかけたりして、なんとかこの場所を救えないかと色々始めたところだ。だが、意外と人々の関心は薄い。この自然を愛していた筈の人々は沢山いるはずだ。なのに、何故なのだ?面倒なことには近寄りたくないのかとは思う。

そりゃあ私だって、何もせずにいたほうが平和だし、苦労もない。だが、私はここの自然を見つめて、守っていくことをライフワークときめて、もう20年近くもここを愛してきたのだ。そんなことをしたって、なんの得もない。だけれど、私の人生の多くの部分をこの場所の自然と向き合って過ごしてきたんだ。それが無くなるなんて、命を奪われるような気持ちなのだ。もし、私がここで何もせずにいて、ここの自然がズタズタにされてしまったら、一生後悔する。だからとにかく、やれることは全部やる。私は、ここの自然を守ることで一銭のお金も得られないどころか、むしろお金を沢山使う羽目になるし、ものすごい労力と心が折れそうになる様々な事柄と、そういうものに相対していかねばならない。苦しいだけだけど、この場所から沢山の力をもらい、安らぎを与えてくれたこの自然への恩返しだ。それをやらずに死ねるかっていうんだ。やれることは全部やるんだ!私がこの地で自然を見つめて過ごしてきた長い長い時間を無駄になんかしたくない。Sampo2020060401

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2020年5月17日 (日)

小さな水たまりのヒキガエルたち

その水たまりは休耕田のそばにある長さ1.5m、幅60cmくらいの本当に小さな水たまりだ。その水たまりにヒキガエル(アズマヒキガエル)の卵を発見したのは3月15日のことだった。

Tamago2020031501_20200517165101(ヒキガエルの卵2020年3月15日)

それから、散歩のたびにその水たまりを覗く日々が始まった。

3月20日にはさらに卵が増えていた。本当に小さな水たまりなのだが、かなりの蛙合戦がくりひろげられたのだろう。

Tamago2020032004_20200517165401(2020年3月20日)

小さな水たまりだから心配した。特にここに水路などから水が供給されているわけではないし、晴れの日が続くと水が涸れるのではないか?そう思いながら、この水たまりを覗く日々だった。

今年の3月の終わり頃は雨が多く降った。大雨の日もあった。そんな天候に恵まれて、小さな水たまりの水は涸れることなく沢山のオタマジャクシが孵った。

Hikigaeru2020040401(2020年4月4日)

それにしてもこの場所に産卵したのは奇跡かもしれない。というのも、ここは、すぐ南側にこんもりとした丘があり、ほとんど一日中日陰なのだ。なので、晴れの日が続いても、それほど水位が下がることもなく、水があり続けた。すぐ近くの水たまりは涸れることがあったが、ここは何故か涸れることがなかった。

やがて、水たまりのまわりは草が生い茂り、遠くから見ると水たまりがあることがわからないほどになってきた。

Hikigaeru2020050301(2020年5月3日)

ヒキガエルのオタマたちは、真っ黒くかたまっていることが多い。いくつかの塊になって、くねくねと動き続けている。卵の様子からすると、数匹のメスが生んだと思われるので、親が違うヒキガエルも混じっていると思うのだが、一つの塊になっているのだろう。

そして、やがて後ろ足が生えてくるものがちらほらとみられるようになってきた。産卵された時期も一週間くらいの差があったはずだから、成長も違うものが色々混じっているだろう。

Hikigaeru2020050502(2020年5月5日)

ここまできたら、あと少しだ。一週間もすれば前足が生えてくる。そして、しだいにしっぽが短くなってカエルの形になるだろう。

そして、今日、5月17日。無事カエルになった姿を見ることが出来た。もう大丈夫だ。ヒキガエルのオタマジャクシは本当に成長が早い。産卵から1ヶ月半から2ヶ月でカエルになって上陸するのだから。

Hikigaeru2020051702(2020年5月17日)

そして、上陸したばかりのヒキガエルは本当にちっちゃい。おそらく、初めて見る人はビックリするだろう。こんなちっちゃいのにちゃんとカエルの形をしているなんて。

Hikigaeru2020051701

手に載せてみると、本当にちっちゃなちっちゃな手足の感覚を感じる。まるで、ハエトリグモが手に乗ったくらいの感覚だ。けれど、それが手の上で歩いたり跳ねたりすると、しっかりと命の感覚を感じる。しっかりと生きている。なんとも愛おしい感覚だ。

真っ黒くかたまっていた彼らは、上陸すると散り散りになっていく。こうして卵から上陸するまでを見ていくと、本当に我が子のように愛おしい感覚になる。これは一度経験しないとわからないだろう。

そうして何年かして、大きくなった彼らがまたここにやってきて、蛙合戦を繰り広げる。そうして命が繋がっていく。ここの環境が激変して彼らが棲めなくならないことを祈る。

毎年こうやって卵から上陸するまでを見ていると、彼らの存在を知らない人間たちが、好き勝手に環境を改変したり破壊したりして、彼らが棲めない環境が出来上がっていくことは、本当に悲しく思う。それは理屈ではなくだ。カエルが水たまりに卵を産んで、それがオタマジャクシになり、やがて足が生えてカエルになる。そんなこと当たり前と思うかもしれないが、それを最初から最後まで自然の中で見たことのある人はどんどん少なくなっているだろう。そうした身近な自然を点ではなく線や面としてみるという体験が、人々の心と自然を繋ぐんだと思う。そういう経験のない人々が平気でカエルを駆除しようなどと思うんだろう。それは悲しいことだ。そんな人々の言動に接するたびに悲しくなる。だから、私はこうやって自ら自然を見て、それを伝えたいのだ。

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2020年4月26日 (日)

ニホンアカガエルの生命力の不思議

昨年の台風21号では、あちこちで土砂崩れがあり、大木が倒れた。それがいまだにずっとそのままの場所がある。木が倒れたおかげで、そこに小さな水たまりが出来ていた。そして、その小さな水たまりにニホンアカガエルが産卵しているのを発見したのは4月4日のことである。Akagaeru2020040401 本当に小さな閉じた水たまりだ。そこに数個のニホンアカガエルの卵塊があった。Akagaeru20200405果たして、この水たまりの水が涸れずに、卵から孵ったオタマジャクシたちがカエルになるまで生き延びることが出来るのだろうか?そう思った。

やはり、小さな小さな水たまりである。一週間後の4月11日には、水が涸れてしまっていた。Akagaeru20200411 やはりダメだったか。残念ながら生き延びることはできなかった。そう思った。毎年、一定数は見る光景だ。

今年は4月は雨が多い。この涸れてしまった水たまりを見たのが4月11日だが、 翌4月12日のアメダスのデータでは千葉市で5.5ミリのまとまった雨が降り、よく4月13日は大雨で91.5ミリの雨が降った。その後も頻繁に雨が降っており、おそらく4月12日以降、この水たまりに水が絶えることはなかったと想像できる。

そして、4月26日。この水たまりを見た。すると、なんとなんと、オタマジャクシが泳いでいるではないか!!Akagaeru20200426 Akagaeru2020042602

なんと、水が涸れて死んでしまったと思っていたが、あの状態でも生きていたんだ!!本当に小さな小さな閉じた水たまりだから、このオタマジャクシたちが他から流れてきたとは考えにくい。あの乾燥してしまった卵塊は実はまだ生きていたということか!!

そういえば、昨年、この近くの田んぼで同じように水が涸れてしまって、ニホンアカガエルの卵塊も全て干上がってしまったので、これはもう一匹も育たなかったと思ったのだが、その後、6月頃に、その田んぼのそばに小さなニホンアカガエルが多数上陸していたのを見たので、どこかで生きていたんだなと思ったが、もしかしたら、死んでしまったと思ったのは、実は死んでいなかったのかもしれない。

もう20年近くニホンアカガエルの産卵から上陸までを見てきているが、これは驚きだった。この程度の乾燥でも、すぐに雨が降って水を得ることが出来れば生き延びることができるということだろう。凄い発見をした!!ニホンアカガエルの生命力に驚かされた。

 

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2020年3月22日 (日)

カエルの勢力図は変わるのか?

 2020年3月19日の夜はざっと強い雨が降った。雨上がりの散歩道に出かける。先日見つけた散歩道入り口近くのニホンアカガエルの卵は成長が早く、もうオタマジャクシになって泳ぎ始めているものがいた。Tamago2020032000

この場所でニホンアカガエルの卵を見たのは初めてだから、これがこの先無事に育つのか、それとも、死んでしまうのか。それがとても気になる。とにかく無事育ってほしいと思う。

先週みつけたヒキガエルの卵のところにいってみる。あったあった。先週よりも増えている気がする。Tamago2020032004 それにしても、激しく蛙合戦を繰り広げたのか、卵の一部が水たまりをはみ出している。

かつてのニホンアカガエルの楽園だった田んぼ、この田んぼだけで最盛期には400個くらいのニホンアカガエルの卵塊があったのだ。Tambo2020032002

しかし、数年前から耕作放棄となり、今は草ボウボウ。谷の奥から流れこむ水がここにしみ込んで、地面にはかなりの量の水がある。まるで、人間がここを田んぼにする前の沼の状態に戻っているように見える。

その休耕田の奥の方に行ってみた。すると、大きな水たまりがある。ここは、かつてニホンアカガエルの卵塊が大量にあったところだ。遠くからみると水が濁っているのが見えた。Tambo2020032001

水が濁っているということは、この水たまりの中で動き回る生き物がいるということだ。近づいてみると.....

Tamago2020032001 Tamago2020032002

なんとなんと、大量のヒキガエルの卵があるではないか!おそらく一週間くらい前にはここですさまじい蛙合戦が繰り広げられたことだろう。それにしても、この場所でこんなに大量のヒキガエルの卵を見たのは初めてだ。

田んぼが休耕となって最初の頃は、この田んぼの水たまりは水が完全に干上がっていた。そして、大量にあったニホンアカガエルの卵塊は、年々減っていき、そしていつのまにかシーズンで数個の卵塊を見るだけとなっていた。その卵塊もやがて干上がって死んでしまうことが多かった。

しかし、その後、この休耕田に谷の奥からの湧き水が流れ込むようになり、ここは常に水がある状態となった。しかし、ニホンアカガエルの卵塊の数は回復することがなかった。

 この休耕田のわきの水路にも、毎年ニホンアカガエルの卵塊があった。しかし、その水路は水が涸れるようになり、カエルになるまで生き延びることが出来ていなかった。数年すると、そこからニホンアカガエルの卵塊がすっかり消えた。

 その水路に行ってみた。水はたっぷりある。水路を覗き込んでみたら、なんと、ヒキガエルの卵があった。Tamago2020032003 この水路にヒキガエルの卵を見たのは初めてだ。

そして、その卵のそばに、ヒキガエル(おそらくアズマヒキガエルのオス)がいた。Hikigaeru2020032001

 いつの間にかヒキガエルがずいぶんと増えていたのかもしれない。この田んぼの奥の谷は20年近く前から休耕田となっている。Tambo2020032003 かつてそこでヒキガエルの蛙合戦を見たものだ。だが、いつの間にかそれは谷奥のわずかな水たまりのまわりでしか見られなくなっていた。数年前に、その水たまりにいく道が崩れてから、しばらく行けていなかった。もしかしたら、そこのヒキガエルは徐々に増えていたのかもしれない。そして、それが、一気に広範囲に進出したのかもしれない。

 かつてのニホンアカガエルの楽園ともいうべき場所は、これからヒキガエル(ここにいるのはアズマヒキガエル)の楽園になっていくのかもしれない。とはいえ、ニホンアカガエルの卵が完全に消えてしまったわけではない。数はすくないながら、存在する。Tamago2020032005

すこぶる成長の早いアズマヒキガエル(産卵から1ヶ月半ほどでカエルになって上陸する)と、成長の遅いニホンアカガエル(産卵から上陸まで2ヶ月以上かかる)の性質の違いも、これらのカエルの勢力図に影響を与えるだろう。

さて、こことは別に、いままでニホンアカガエルの卵塊がほとんどなかった田んぼで、一気に大量なニホンアカガエルの卵塊を見つけた。その数は60個ほど。Tamago2020032006  こんなに折り重なるようなニホンアカガエルの卵塊を久々に見た!

去年も、ここでニホンアカガエルの卵塊をいくつか見たのだが、その後、田起こしされたときに乾いてしまって死んだと思っていた。しかし、そのあと、この田んぼのそばで小さなニホンアカガエルが上陸しているのを見つけたから、無事生き延びていたのだろう。もしかしたら、ここが新たなニホンアカガエルの楽園になるのかもしれない。実は、ここにも数は少ないがヒキガエルの卵もある。さあ、どうなるのだろうか?

毎年、カエルたちの産卵を見て記録していると、この小さな場所の変化に気づく。それは沢山のことを教えてくれる。

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2020年3月15日 (日)

それでも季節は進んでいく

 人間社会は、新型コロナウイルスのおかげで大変なことになっている。様々なイベントが中止になったり、マスクが品薄、トイレットペーパーがなくなるというデマで大混乱したり。見えないウイルスを気にする毎日。こんな日々はいつまで続くのだろうか?

 そんな中、いつものように散歩に出かける。そうすると、いきなり発見があった。散歩道の入り口近くの田んぼの水たまりにニホンアカガエルの卵があるではないか!Tamago2020031502

ここは、ずっといわゆる乾田だった。冬の間は水が入ることなく、乾いた田んぼだったので、この周囲の田んぼに卵が沢山あった時でさえ、卵がみられなかった場所だ。それに、この周囲の田んぼは休耕が進み、草がぼうぼうになったりして乾燥も進んだため、この数年でまったく産卵が見られなくなっていたのだ。このアカガエルはどこからやってきたのだろうか?

 昨年の台風による土砂災害は、この周囲の地形を若干変形させた。そのためか、いままで水がなかったところに沢山の水があったり、意外なところから水が湧いてきたりしている。そういうことも影響しているのかもしれない。

 かつてのアカガエルの楽園の田んぼは休耕になって久しい。Tambo2020031502

草ぼうぼうになているが、水路には水が流れていて、かつての田んぼの中にも水がたっぷりある。まるで、ここが田んぼになる前の沼地に変わってきているようだ。

その休耕田に降りていこうとしたら、ゲコゲコゲコと、声が聞こえてきた。ヒキガエルだ!アズマヒキガエル。そうだ、もうヒキガエルの産卵の時期だった。コロナコロナの日常で、すっかり忘れていた。

 ヒキガエルの声の方に進んでみるが、それは沼地のずっと奥からきこえてくる。地面がそうとうにぬかるんでいるので、そこまで行くのは難しいなあ、と、思っていたところ、目の前の水路に目玉が見えた。おっ!

Hikigaeru2020031501 驚かせないように気を付けて進む。ヒキガエルのオスだ。写真を撮っていたら、こちらに気づいた様子。ズブズブと後ろから泥に潜っていった。

 周囲を見ると、そこから数メートル離れた小さなみずたまりに卵が見えた。Tamago2020031501

比較的新しい卵のようだ。ここ数日で産卵したのだろう。おそらく、ここで賑やかな蛙合戦が繰り広げていたことだろう。

 昨年、この周囲のニホンアカガエルの卵は、一ヶ所を除いてほぼ全滅した。オタマジャクシがカエルになって上陸する前に、水が涸れて死んでしまったのだ。 そのなかで一ヶ所だけ、最後まで水が涸れずに残ったところがあった。そこは、また休耕田の生い茂る草をかき分けて進まなければならないのだが、困難にめげずに進む。今はまだ枯草だからいいが、次第に背丈ほどもある草に埋もれてしまうので、ここに行きつくは大変だ。

 去年、最後まで生き残った水たまりにはまだ卵はなかった。が、そこから少し離れたところにいくつかの卵があった。一つはだいぶ発生が進んでいた。この様子なら、産卵から2週間くらいというところだろう。Tamago2020031503

新型ウイルスで大混乱の人間社会をよそに、生き物たちの季節は進む。今年もカエルのシーズンがやってきた。これから、彼らが上陸するまで、今年もずっと観察を続ける。さて、今年はどれだけのニホンアカガエルが生き延びるだろうか?

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2020年2月16日 (日)

散歩道プロジェクト17周年

 毎年、この日になると振り返る。2003年2月16日は散歩道プロジェクトを立ち上げた日。あれから17年。思えば、その日から全てが始まったのだ。

 今日は朝から雨。2003年2月16日も雨だった。まさに今日のような天候だった。昼食後に、突然思い立って、カメラを持ってでかけたのだ。そして撮った写真の一つがこれだ。Sampo2003021601

丁度、宅地開発がどんどん進み、身近な自然環境がどんどんかわっていった。大好きな散歩道の周辺の里山がどんどん狭くなっていった。当時は常に重機の音が鳴り響いていた。それを何年も自分の身が削られるような思いで見てきた。どんどん変わる風景、音、空気。だが、そんなことに気づいている人が誰一人いない。そう思っていた。でも、自分には何も変えられない。何も出来ない。そう思っていた。

 当時、自分のホームページを立ち上げて、時々色々なことを書いていた。ブログという便利なものなどは当時まだ普及していなかったから、自分で手打ちで書いたり、写真を貼ったりしていた。この散歩道周辺のことも時々紹介したりしていた。その前日にこんな記事を書いていた。とにかく、私はここの自然のことを写真に撮り、ネットを通して多くの人に見てもらう。そして、考えてもらい、感じてもらうこと。それなら私にできるだろう。そう思ったのだった。それから、休みのたびにカメラを持って歩き、記事にしてネットに公開する。それがとても楽しかった。次の休みが待ち遠しかった。

 それから、様々なことが始まった。ニホンアカガエルのことを観察し、産卵から成長を記録する。これは今もやっているが、当時は大量にいたニホンアカガエルだが、おそらく1/100程に減ってしまった。Sampo2020021601

耕作放棄地も増えた。かつては田んぼだらけだったが、ほとんどが休耕となってしまい、田んぼとして残っているのはほんのわずかだ。写真の場所もかつてはニホンアカガエルの楽園ともいうべき田んぼだったが、休耕となってしまい、だんだんと、沼地に変化していっている。

 2019年の台風15号と、そのあとの台風21号は、この地に甚大な被害を与えた。つい先日まで土砂崩れで通れない個所が何か所もあった。一ヶ月ほど前にようやく通れるようになったのだ。Sampo2020021602

特に台風15号の風による被害は甚大だった。私の家もほぼ2日間停電したし、この周辺では多くの木がなぎ倒されて、風景が変わった。Sampo2020021603

コナラやクヌギなどの森では、高い枝が吹き飛ばされて空が明るくなった。Sampo2020010501

早春の明るい林の下に咲く植物たちは、これでいままで以上に多くの花をつけるかもしれない。そのくらい、環境が変化した。それも自然乗巡りなんだろう。

 ずっと同じ穴に住んでいて、いつも通りかかるとき、挨拶をしていたヒキガエル。Nushi2010102301 「くねくねの主」と呼んでいた。何年もそうしてそのヒキガエルと友達のように過ごしたが、そのヒキガエルは死んだ。Nushi2012072902 死んだ時、私はそれを奇跡的に目にすることができたし、その直前に何故か動画に記録していた。そして、それから、その主の住んでいた穴にはだれもすむことがなく、ただ、穴はいまもある。Nushiana2020021601

いつの間にかこの地からいなくなった生き物もいる。イノシシやアライグマのように、以前はいなかった生き物が現れてもいる。そうして自然はうつりかわっていく。私はそれをずっと見てきた。そして、様々な生き物たちとの様々な物語が私の中に出来てきた。いまも、あたらしい物語が出来ていく。

散歩道プロジェクトからできた人とのつながりも沢山あるし、沢山いろんな経験もした。

これからも私はずっと歩き続け、いろんなことを刻んでいくだろう。2003年2月16日から始まった「散歩道プロジェクト」という物語はこれからも続く。

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2019年12月 1日 (日)

くねくね峠がとても遠い場所になった

2019年10月25日の千葉県豪雨は散歩道にも甚大な被害を及ぼした。すぐ近くでは土砂崩れで住宅が巻き込まれ亡くなった人がいた。豪雨の翌日は町会の防災機動隊員として、通学路にもなっている散歩道の一部の土砂崩れ現場をなんとか片付けに行った。Tamichi2019102601 

土砂崩れは何か所にも及んでおり、とても人力でなんとかなるものではなかった。それでも、一ヶ所は大勢でなんとか通れるようにした。だが、通学路になっている道だけでも数か所は何日かかかってやっと復旧したようだった。

くねくね峠に行く道も、大規模な土砂崩れがあり、何か所か通れなくなっていた。こちらは、通学路でもなく、周囲の田んぼはことごとく休耕になっていることもあり、通る人もいないからか、現在もそのまま放置されている。通るのに困るのは、くねくね峠の定点観測をしている私くらいなものだろう。Sampo2019111701

今年の台風15号の後、ノコギリや枝ばさみを持って歩くようになった。倒れている細い木や蔓などは、それでなんとか除去して進むことができる。ここも一見、細い木だけ取り除けば通れるような気がして、ノコギリで伐った。

しかし、ここだけではなかった。その先はどうにもならないほどに大きく土砂崩れしている。Sampo2019111702

だから、結局、急斜面を下って休耕田に降りて、休耕田に生い茂った草をかき分けてなんとか迂回する。Sampo2019111703 そうして、どうにかこうにか、くねくね峠の入り口に来るが、ここはここで草が生い茂っていたり、ジョロウグモの巣がそこらじゅうにあって、それを避けながら進む。それでも不用意にジョロウグモの巣にひっかかってしまう。そのたびに「あ、ゴメン、ゴメン」とジョロウグモに謝る。気づくと、体中、蜘蛛の糸がからまっている。

そうやって進んでいたところ、目の前をマムシが横切った。

「あっ!」

と思って、一瞬固まる。

通り過ぎたあとに、なんとか写真を撮ったら、冷や汗がどっと出てきた。Mamushi2019111703

ここまでの道のり、草むらをかき分けていたときにマムシを踏んだりしないでよかった。足元には気を付けていたつもりだが、どうせ大丈夫だとたかをくくっていた。気を付けないと。

それからというもの、足元に細心の注意を払いながら恐る恐る進む。

Sampo2019111704

台風15号と19号などもあって、くねくね峠道には大小の枝が散乱している。それを乗り越えながら歩く。そうして、やっと私の定点観察場所にたどり着く。

思えば、とても歩きやすい道だった。散歩にいくとなれば、とにかくまずは、くねくね峠道に寄ってから、というのが私の散歩だった。しかし、その峠道はとても遠くなった。多くの難所を乗り越え、マムシに遭遇する危険にさらされながら進まないとここにこれない。Kunetoge2019111701

ずっと続けてきた定点観測。そして、ずっと撮り続けたくねくね峠の写真。ここ数年でずいぶんと変わってきた。そして、今年は特に大きくかわった。

多くの難所を通り抜けて、ここにたどり着くのは一苦労だが、ここにきて、私の中の多くの物語が詰まっているこの場所を、ずっと見つめること。それが私とくねくね峠の約束だと思う。

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2019年9月23日 (月)

2019年台風15号の爪痕(2)

 その後、用事があって出かけたり、天候が悪かったりで、台風が過ぎた後の散歩道にいったのは22日になってからだった。散歩道に入っていくと、大きな木が道に倒れ掛かっていたり、かなりの大木が折れているのがすぐに目にはいってきた。Sampo2019092201 Sampo2019092202

くねくね峠に行ってみると、何故かいつもよりとても明るいのだ。Mori2019092202

上を見ると、多くの木々の枝がとばされて、空間が出来ている。それに、倒れた木もあるから、かなり隙間が出来ている。Mori2019092201

そういえば、何年か前に大雪が降った後も、木々の枝が沢山折れて、明るくなったことがあった。あれは冬だから、そもそも落葉樹の葉が落ちた後だから、明るいのだが、今回はまだ葉があるうちに枝が折れたので、さらに明るく感じる。長い年月、こういうこともあるだろう。そして、明るくなった地面から、明るいところを好む植物がどんどん出てきて、それらはまた凄まじい生存競争を始めるのだろう。

 それにしても、足元には沢山の枝などが散乱していて歩き辛い。歩くのにとても疲れる。Sampo2019092203

そうして歩いていると、何か所か倒木が道を横切っているところがあった。Sampo2019092294

いくつかの倒木はなんとか潜り抜けて通れたのだが、最後の最後で大きな倒木があって、完全に道をふさいでいた。Sampo2019092205 これはもうどうしようもない。まあ、今日はこんなこともあろうかと、ノコギリを持ってきた。試しに一本枝をきってみる。Sampo2019092206 枝一本分は進めるものの、こんなんじゃあとうてい最後まで行くのは無理と思い引きかえす。気づくと、枝をきっているあいだに、蚊に何か所も刺されてしまった。

引き返して田んぼの畔を迂回していると、水路にニホンアカガエルがいた。Akagaeru2019092201

台風の中、無事でいてくれたことがうれしかった。

大きな倒木を迂回したあとは、それほど大きな障害物もなく、いつもの散歩コースを歩くことができた。散歩コースの途中にある稲荷神社に行ってみる。道が曲がりくねっていて外からは神社の様子が見えないのだが、鳥居が見える場所まで来て、唖然とした。ああ、そうか。そうだよなあ。Jinja2019092201 神社わきにある大木は倒れ、神社の屋根にはブルーシートがかけられていた。ここには市の保護樹木となっているイチョウがあるが、倒れはしないものの相当なダメージを受けていることがわかる。数か月前の写真と比べれば一目瞭然だ。Icho2019051201  

このあたりは丘の上のようなところであり、風の通り道なのだろう。周辺の家もかなりの被害を受けた様子だった。近くの杉林はことごとく杉が折れていた。Jinja2019092206

この近くにもう一ヶ所私の散歩コースにもなっている神社がある。そこが気になる。明日、いってみることにしよう。

 

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2019年台風15号の爪痕(1)

 2019年9月9日未明に関東に接近上陸した台風15号は、大きな被害をもたらした。中でも、千葉県では長期間にわたる停電が発生した。

 9日の未明、激しくたたきつけるような雨の音と、強弱をつけて猛烈に吹き付ける風の音で目が覚めた。風は今までに経験したことがないようなすさまじいものだった。風が吹くと家が震度2くらいで揺れる。時折風が強まると、それはもうジェット機がそばを通過したかのようなものすごい轟音で、家がぐらぐら揺れる。風が一瞬弱まると、外を何かが転がるカランコロンという音が聴こえてくる。猫のゴマが、風が吹くたびにドンドンと凄まじい音をたてる雨戸のところでニャアニャアと鳴いて不安がっていた。「大丈夫だから寝よう」といって寝室に連れてこようとするが、音に怖がって廊下でうずくまってニャアニャアという。そのうち、停電した。直後に一瞬電気が復旧したが、再び停電。その停電は復旧することがなかった。枕元にあったスマホを懐中電灯にして家の中を歩き、ランタン型の電灯と、懐中電灯を持ってきた。やがて、外は明るくなってきて、朝がやってきた。次第に風はおさまったが、電気が復旧することはなかった。

 9日は鉄道がまるで動かなかった。停電だからテレビはつかない。スマホで時折ニュースを見たりするが、ネットも不安定でつながりにくい。忘れた頃にメールが着信したり、Lineのメッセージが着信したりするが、こっちから送ろうとしても送れないことが多かった。

 たまたま冷凍庫の中に大量な保冷剤があったので、それを冷蔵庫の一番上の棚に置く。オール電化の我が家なので、カセットコンロを取り出してきて、それで冷凍庫の中の冷凍食品から選んで食べる。そうやって昼間は過ごした。いつになったら復旧するんだろう?と思っているうちに午後になり少しずつ暗くなってくる。そういえば、と、我が家のソーラー発電から直結の非常用電源が使えるのではないか?と思って、使ってみたら、使える。それでとりあえずスマホを充電し、家の固定電話の電話機をつなぐ。Teiden2019090902_20190923213901

家の中にラジオがないかと探したら、次女が中学校の時授業で作ったというラジオがあったので、それを取り出して聴く。しかし、世の中はもう台風は通り過ぎた過去の話のようで、ニュースでも「千葉県では何十万軒かがいまだ停電している模様」と一言いうだけで、何がどうなっていつ復旧するのかがわからない。とりあえず買い物に行こうかと出かけたら、信号が点いていない。道路はものすごい渋滞。なんとか近くの停電していない地域のコンビニまで行ったが、食品の類はほとんどないし、氷は当然ながら売り切れ。

 がっかりしつつ帰ってきたらソーラー発電から供給していた電力が弱くなって、家の固定電話機のランプが消えた。外が暗くなってきたから当然といえば当然なのだけど、思わず「えーー?」と叫んでしまう。

明るいうちにと、夕食をとる。夕食も冷凍食品。夕食を食べたら、もう暗くなってしまって、ラジオを聴きながら寝るしかない。Teiden2019090901_20190923214101  

それにしても暑い。暑くて眠れない。冷房も扇風機も使えないので団扇であおぐしかない。ラジオは台風とは何の関係もない番組をいつも通りているだけ。ニュースの時間になると耳をこらして、どうなっているのか?いつ復旧するのか?聴こうとするのだが、何もない。台風は過ぎ去ってしまったニュースなのだ。つながりにくいネットに何度もトライして、友人に状況を尋ねてみたりした。Lineでメッセージをくれた人もいた。たまたま繋がって話ができた。どうやら今日中の復旧は無理ということだ。それにしても夜は長い。暗くなってからが夜とするなら、こんなに長かったんだなと思う。

 やがて夜が明けた。水でもいいからシャワーを浴びようと風呂場にいってシャワーの蛇口をひねる。しばらくすると生暖かい水が出てきた。タンクの中に残ったお湯があったのだ。少しホッとした。

 その日、出勤しようと6時過ぎに駅に行ってみたら、すでに黒山の人だかり。始発電車がまだ来ていないという。始発電車の前に、安全を確認るための電車を動かし、それが無事通過したら始発電車が来るという。3.11の時同様、バスで千葉駅まで行くルートはあったので、バスで向かうことにする。が、道路は大渋滞。千葉駅まで2時間かかって到着。午後からなんとか仕事を終えて、帰る前に職場近くのコンビニに寄って、大量のロックアイスを買った。とりあえず、帰ったらこれを冷蔵庫に詰めるぞ。Teiden20191001

 千葉から先の外房線はかなり本数が少なかった。これでは氷が溶ける前に家にたどりつけないかもしれないし、超満員の電車にこんな氷を持って乗るのは気が引けるので、タクシーに乗ることにした。タクシーにはすぐに乗れたが、当然ながらどこもかしこも大渋滞。そこで、裏道裏道と、運転手さんと相談しながら空いている道をすり抜けて通る。なんとか1時間ほどで帰ってこれたが、当然ながら真っ暗だ。まだ氷は解けていない。早速冷蔵庫に氷をぶち込む。

 近所の家からは発電機の音がしている。今夜もまた真っ暗闇の中を過ごすことになるのかと思いつつ、昨日と同じように冷凍食品をカセットコンロで温めて食べる。電気が復旧する様子もないので、寝ようかとベッドで横になっていた。夜遅く、一瞬部屋が明るくなった。「え?もしかして復旧?」妻にきいたら夕方過ぎにも一回復旧したんだとか。それはすぐに消えてしまったらしい。今度は大丈夫か?そう思って、半信半疑でしばらくじっと待つ。10分ほど過ぎて、これはもしかして完全に復旧したのかもしれないと、まずは冷蔵庫の中を確認する。

 とりあえず、昨日からの保冷剤や買ってきた氷が功を奏したのか、結構ちゃんと冷えている。冷凍庫は??とおもって開けてみたら、ちゃんとカチコチのままだった。これはうれしかった。静かな家の中で、湯沸かしポットがジャージャーと音をたててお湯を沸かしはじめていた。そうしておよそ2日間にわたる停電生活を終えることが出来た。しかし、近所ではまだ停電している様子で、4日ほどたって復旧したところが多かったようだ。

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2019年7月 7日 (日)

2019年のアカガエルの卒業

思えば、毎年2月頃から6月頃までずっとアカガエルの産卵から成長を見てきた。今年は本当に悲しいことの連続だった。あれほど毎年順調にそだっていた場所の水が涸れはてて、とても多くのアカガエルのオタマジャクシたちが死んでしまった。Akagaeru2019052601_20190707205601 干上がったオタマジャクシを見るのはつらいものだ。毎年毎年、どれだけのオタマジャクシの死を見てきただろう。しかし、この実態を見ている人はほぼゼロに等しい。そうして誰もが気づかないうちに、ニホンアカガエルはどんどん数を減らしていく。

 だが、うれしいこともあった。全て死んでしまったと思っていた田んぼのわきで、チビアカガエルを見つけた時は、驚いたと同時に、とてもうれしかった。Akagaeru2019061602_20190707210001

そして、最後の水たまりだ。

少なくとも、私が産卵から最後までずっと見届けてこれたのは、ほんの一ヶ所。小さな小さな水たまりだけだ。

先日からずっと雨。今日も朝からずっと雨が降り続く。そんな中、やはり、その水たまりのアカガエルたちがどうなったかは、一番気になることだ。そして、雨と強風の中、傘をさして水たまりに向かう。Tambo2019070701

セイタカアワダチソウはさらに伸びて、私の背丈を上回るほどになっている。雨が次第に強くなる中、ずぶぬれになりながら、草をかき分けて進み、ようやく水たまりに到達することができた。Mizutamari2019070701

ぱっと見た時、オタマジャクシの姿が見えないように思った。「みんな卒業しちゃったかな?」そんな風につぶやく。

よく見ると、わずかながら、カエルになりかけのオタマジャクシがいる。Akagaeru2019070701 

ほとんどカエルになりかけだ。たぶん、これは最も成長が遅いものだろう。見ると、数匹いた。「まだ卒業してないのか」とつぶやくそのそばで、チビアカガエルが跳ねた。

「おお、いた!」

そいつは、すぐに草陰に逃げて、潜ってしまった。

でてこないかと粘ったが、ずっと潜ったままだ。その姿はなんとか写真に撮ることができた。Akagaeru2019070702

しかし、これでは、まったくなんだかわからないではないか。でも、この水たまりから育ったアカガエルであることは間違いない。

ちゃんとした写真がとりたくて、雨が降りしきる中、しばらく粘った。他にもいないかと探し回ったが、見つけることはできなかった。

あきらめて、帰ろうかと、さらにずぶ濡れになりながら、草をかき分け戻る。

とにかく、もう大丈夫だ。私の背丈を超えるような濡れたセイタカアワダチソウをかきわけながら、

「今年はもう、ここに来ることはないな」

とつぶやく。

「また、来年ね!」

そういって水たまりを振り返り、あとにした。

しばらく歩くと、草むらからピョンと跳ねるものがいた。チビアカガエルだ。Akagaeru2019070703

おお、いたいた。元気に育つんだよ。

そういって、ずぶ濡れの私はそこから先に進むこともなく、家へと向かった。今年の私のアカガエル観察はこれで終わり。チビたちは、ここからこの自然の中でたくましく生きていくことだろう。

来年また、アカガエルの卵を見つけるところから、私とアカガエルの一年が始まるのだ。またその時まで。

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