2018年2月17日 (土)

散歩道プロジェクト15周年。さあ原点に戻ろう

Dscf0006  2003年2月16日は雨が降っていた。

 大好きな散歩道。その散歩道に宅地開発がせまってきていた。豊かな里山だった場所がどんどん削りとられて砂漠のようになっていく。私はその何年も前からそんな風景を見続けていた。そしてその前の日に、テレビで「もののけ姫」の映画を見た。そのことから、私の中で何か大きなものが動き始めた。
 その日、朝からぼーっと色んなことを考えていた。VangelisのMemories of Greenを何気なく聴いたのを覚えている。緑の記憶。鳥があちこちでさえずり、風に木々が揺れてざわめく。虫が飛び、羽音をたてて目の前を横切っていく。そんな情景が浮かぶ。そして、ふと思いついたのだ。
「そうだ、散歩道を歩いて、さまざまな写真を撮り、自分が見たもの感じたことを多くの人に見てもらおう」
 そうして、カメラを持って家を出た。最初に撮った写真がこれだ。
Dscf0001 写真の左側が私の散歩道のあるエリア。そこから続く里山が削り取られて宅地として造成され、右側のようになっていた。
この砂漠のように広がった造成地は今はほとんど住宅が建っている。おそらく、今、15年前にここがどんな風だったか知る人は少ないだろう。
 この左のずっと奥、私の散歩道はある。いくつも枝別れして入り組んだ、細長い谷津田。それが私の散歩道エリア。Sampomichi2018021701
ここを歩き続け、写真を撮り、いろんなものを見て、いろんなものを感じた。
Sampomichi2018021702 ここは私が「爪の谷」と名付けた谷だが、この休耕田の奥の水たまりにニホンアカガエルの卵を見つけ、それが育っていく様子をずっと観察した。やがてアズマヒキガエルもやってくる。ドジョウが泳ぎ、夏の夜にはホタルが舞う。
 そして、ここが散歩道の中で一番のお気に入りの「くねくね峠」だ。Kunetoge2018021701
この峠のあたりからずっと同じアングルで写真を撮り続け、それを繋いで動画にした。そして、自ら作曲した曲をつけた。
峠の土手に棲んでいたアズマヒキガエルの「くねくねの主」とは長い付き合いになった。ここを通るたびに挨拶をした。Nushi2009071901
そして、初めて出会ってから5年後の夏、偶然にも、この「くねくねの主」の最後をみることとなった。Nushi20120729002
いまでも、この主が棲んでいた土手にあいた穴を覗き込む。新たな主が現れてくれないかとずっと思っていたが、いまだ現れないままだ。Nushiana2018021701_2
この周辺はコナラとクヌギの森で、かつて、この峠道に突き出すように生えていたコナラのこと。Konara2006112601_2
それはかつて木と会話する (2006年11月27日)に書いている。
 だが、その木との別れはすぐにやってきた。別れは突然やってきた(2006年12月17日) で、このコナラの木との別れのことを書いている。
 くねくね峠道には様々な想い出が詰まっている。突然手の上にオオムラサキが舞い降りてきたりもした。
その峠道から森の方に入っていく「くねくね森の道」がある。Morimichi2018021702この森の奥に入っていく道。こんな道端にいろんな花が咲く。そして、いろんな生き物が、この森の中で生きている。
 
 何気なくみていた道端のアリジゴクの巣。アリジゴクがどんな生活をしているかなんて、まったく知らなかった。
Arijigoku2018021701
単に土の中にいて巣を作って、そしてウスバカゲロウになって出てくる。そんな知識しかなかった。だが、2009年の夏、次女の夏休みの自由研究題材にアリジゴクを選んで、私は次女と一緒に、この場所のアリジゴクを連れて帰って飼育して、それで物凄い発見の連続があった。そのことはホカスリ氏はホシウスバカゲロウ(2009年10月11日) に書いている。それ以来、ここのアリジゴクの巣は私にとって特別な存在になった。毎回、ここを通るたびに、ホカスリ氏の子孫はどうしているだろうか?などと考える。
 この15年間歩き続きけた散歩道は、私に数えきれないほどの発見と、数えきれないほどの物語をくれた。これこそ、15年前に私がやろうとしていたことなのだろうと思う。自分で歩き、自然を自分で見て感じて、記録して、多くの人に見てもらうこと。
 多くの人は気付いていないだけなのだ。身近な自然の奥深さを。ほんの少しだけ道端の自然に目を向けるだけで、今まで知らなかったことがどんどん出てくる。ほんの少しだけ自然と接して生活することで、様々な物語が生まれる。そして、その物語は、身近な自然と自分の人生との接点となる。
 ある人がいった。
 「もう、散歩道は体の一部ですね?」
 いや、違う。
 「私は散歩道の自然の一部」
なのだ。誰もが身近な自然をそんな風に思うようになったのなら、いとも簡単に自然を破壊して砂漠のような場所にかえようなんて思わないだろう。身近な素晴らしい自然よりも、整備された都市の公園の方がよいなどと思わないだろう。
 そう思うから、私は自ら自然を感じて、それを発信しつづけたいのだ。これがライフワーク。それが原点。15年の時は流れたが、やはり原点に戻ろう。自然を感じて生きること。自然と接して生きること。自然の中の一部として生きること。それが「散歩道プロジェクト」の原点だと思うから。

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2018年1月21日 (日)

季節の終わりと新しい季節の始まり

Sampo2018012101

今は丁度、季節の底だ。一年で一番寒い時期だ。ほとんどの昆虫たちは命が絶えるか、冬眠しているかである。草は枯れ果てている。そして、これから新たに芽を出すものがいる。落葉樹は次の春にそなえて冬芽を少しずつ膨らませている。昨年からの全てのサイクルが終わり、また新たなサイクルが始まろうとしているのだ。
 そして、この時期になると、ニホンアカガエルの事が気になり始める。全国あちこちからニホンアカガエルの産卵の知らせが届き始めている。ただ、散歩道のニホンアカガエルは関東でもかなり遅い方で、産卵が始まるのは、まだ一カ月ほど先だ。しかし、その産卵場所の状況について、私は毎年今頃から気にし始める。
 Sampo2018012102
かつて、この田んぼ周辺はニホンアカガエルの楽園だった。毎年、数百個の卵塊が見られ、多くは生き延びた。だが、ここ10年ほどは、以前より水はけがよくなり、水が涸れて死ぬものが多くなった。カエルの子供はオタマジャクシ。オタマジャクシは水がないといきていけない。田植え前の田んぼの水たまりに産卵されても、田んぼに水が入る田植え頃までに水が涸れてしまったら、生きることが出来ない。そうして、水が涸れて死ぬものが増えたことで、ニホンアカガエルの数は激減した。今は、水が涸れない水路に10個程度の卵塊が見られる程度になった。ニホンアカガエルの数はかつての1/10以下になっているだろう。
 ところが、今年はどうも状況が異なる。この田んぼは結局、昨年から休耕になった。ここの田んぼは谷から湧き出てくる水を水路に流し、その水を出し入れしている。だが、休耕になってその水の出し入れをしなくなったことで、放置された田んぼに水が湧いて出るようになったようなのだ。
Sampo2018012103
特に、昨年12月頃からは、明らかに水が張った状態になっていて、涸れない。乾いた地面に生えていた草は枯れ果てているが、もともと乾いた場所を好む草であったはずだから、春になっても、同じ草が芽を出すことはないだろう。もっと湿地を好む草にかわっていくはずだ。
 かつて、ここの田んぼの水が豊富だったころは、ここでアズマヒキガエルの蛙合戦(産卵時期に一斉に水辺に集まって繰り広げられるオスたちの戦い)が見られたが、田んぼが乾燥してからは、みられなくなっていた。実は、この谷のずっと奥の湿地では、毎年、かわらずに蛙合戦が見られるので、もしかしたら、今年はここで蛙合戦がみられるかもしれない。
 考えてみれば、ここは谷の奥である。谷の奥からは水が湧いている。そして斜面からも水が湧いている。ここを田んぼにする前は、谷底の湿地だったことだろう。そして、休耕になって、また、田んぼになる前の谷底の湿地に戻っていっているのかもしれない。
 この周辺には色んな田んぼがある。水はけの悪い田んぼは水たまりが一年中涸れずに残るところもある。そういうところでは、うまくすれば、そこに産卵されたニホンアカガエルは生き延びることが出来る。Sampo2018012104
多くの田んぼは、冬の間は水を抜かれて、乾いた状態だ。そして、田植え前に田起こしをする。Sampo2018012105
それが普通の田んぼだ。そして水路はコンクリートで固められているところも多い。Sampo2018012106
私は、もう10年以上、この周辺のニホンアカガエルの産卵と生育を観察しつづけてきて、ほとんどの田んぼはニホンアカガエルの産卵、生育に適さないということを見てきた。実際、そういう田んぼにはたとえ水たまりがあったとしてもニホンアカガエルが産卵にくることはない。水が涸れずに生き延びられる田んぼに限って産卵がある。ぱっと見で同じ水たまりに見えても、産卵があるかないかで、その水たまりの歴史がわかる。
 そうして、そういう人々の営みに翻弄されるニホンアカガエルなどの生き物を見てきた。人々の営みが窮地に追い込んでいる生き物も沢山いることもわかった。
 今、日本はどんどん人間が減っている。農業人口の減少はもっと激しいだろう。そうして農業などの人間の営みに依存していきてきた生き物は、そういう人間の営みの変化に翻弄されている。私はそれを見て一喜一憂していたように思う。だが、生き物たちは、人間がこの地にやってくるはるか昔からここで生きていたのだ。人間の営みとは別に、自然の環境変化に翻弄されながらも生きてきたのだ。人々が考えるよりも、ずっとたくましく生きてきたのだ。
 もし、人が減って、田んぼなどの農地も減っていくなら、どうすればよいだろうか?耕作もしないのに無理に耕作地と同じ環境を作って維持するのだろうか?いや、それでは、維持する人がいなくなったら同じことだろう。金にならない環境を維持するなんて、酔狂なことを言っている場合ではないかもしれない。
 色々と考えるに、一つの答えとして、やはり、それは人間がやってくる前の状態に還すことが必要なのではないかと思う。それは単に放置することかもしれない。放置することは、よくないこと、荒れること、廃れること、などと思うのは人間の勝手な考えだ。人間は自然を利用させてもらって生きてきたのだから、不要になったら返却すべきなのだ。そして、また、その環境を利用して他の生き物たちが生きていくのだから。Sampo2018012107

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2017年12月24日 (日)

変わりゆく散歩道

 ブログの更新が随分と間があいてしまった。カメラをぶら下げて歩く日々は変わらない。様々な発見があり、様々な出会いがあることもかわらない。

 「散歩道プロジェクト」のホームページを立ち上げて、カメラを持って歩きはじめてから、来年で15年になる。15年の月日が私に見せてくれたものは大きい。私の人生の重要な部分はこの散歩道とともにある。
 数年前から、休耕になった田んぼがあった。その上の田んぼも今年から休耕になった。Tambo2017122401草が生い茂り、周囲は背の高いセイタカアワダチソウが繁茂した。
ここがこの先、また田んぼに戻るのかどうかは知らない。ここをいつ誰が開墾して田んぼにしたのかも知らない。けれど、こうして人の生活の変化によって、田んぼがただの草むらになろうとしている。
 ただ、ここはただの草むらではない。ここは谷の奥に通じる場所にあり、谷の奥や斜面からは水が湧いているのだ。この谷の手前には大きな井戸があった。それは、かつて住宅地に水を提供していたが、維持が難しくなり、廃止された。この斜面林に降った雨が、谷に染みだしているのだ。
 休耕になる前は、その水を人が制御していた。田んぼわきにはポンプ小屋があり、そこは井戸から水をくみ上げて、田んぼに供給していた。そのポンプ小屋もすでに草で覆われている。
Pump2017122401水路の水は適宜、田んぼに入れられたり、田んぼから抜かれたりと、人が制御していたのだ。
 そして、人が制御しなくなった水は、自然の流れに従うようになった。水路の水はいつのまにか田んぼに向かい、かつて、冬の間はカラカラに乾燥していた田んぼが沼のようになっている。Tambo2017122402そして、水は水路をとおって、下の田んぼにまで注ぐようになっている。数年前に休耕になった下の田んぼも、沼のようになっているのだ。
 ここは、かつてニホンアカガエルの楽園だった。毎年、数百個のニホンアカガエルの卵塊がみられた田んぼだ。しかし、一時期、田んぼの水はけがよくなり、冬の間、乾燥して、ニホンアカガエルの卵塊は乾燥して死滅するようになった。数年前からは、田んぼではほとんど卵塊がみられなくなり、かろうじて、水路の一部で生き延びている状態だ。
 ここが休耕になってしまったとき、この田んぼ周辺のニホンアカガエルはさらに大きな打撃を受けるだろうと思っていた。しかし、もしかすると、逆のことが起きるのかもしれない。ここは自然に水が湧いているのだ。その水を人が制御しなくなって、元の状態に戻っていくのかもしれない。ずっとこの周辺の定点観測を続けている私だが、この先これがどうなるか、可能な限り見届けようと思う。
 今年、夏のある日、この周辺でイノシシに遭遇した。Inoshishi2017073001
もともと、この周辺にはイノシシはいなかった。すくなくとも、私がこの地にやってきた20年前はイノシシなんてどこにもいなかった。ところが5年くらい前からイノシシの被害が出るようになった。そして、今年、ついに、散歩道にイノシシが現れた。畑をやっている人が、イノシシに荒らされた畑を目の前にして途方に暮れていた。ついにイノシシが出たと。
 そして、ついに、ワナが設置されたのだ。Wana2017122401
はたしてこれにイノシシがかかるのかどうか?
 少なくとも、私が「散歩道プロジェクト」を始めた15年前には、どこにもなかった人と獣との戦いが、今発生しているのだ。畑にも、柵が出来た。こんな風景は15年前はなかったことだ。
 人々の生活がかわっていき、自然もかわってきている。しかし、身近な自然に目を向けている人が増えているとは思えない。この人口減少の世の中で、いまだに山を切り開き、宅地を増やす。Takuchi2017120901
確かに宅地は増えて、そこに住む人は増えているが、ではあと50年たったらどうなっているだろう?あと100年たったらどうなっているだろう?そういうことを誰も考えない。こんな宅地造成風景の近くに、誰も知らない間に、自然がどんどん変化していっているのに。
 今年最後の散歩で、そんなことを考える。

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2017年7月 2日 (日)

梅雨の晴れ間と夏の足音

 梅雨らしい天気が続き、昨日はほぼ一日雨。雨音をききながら家でゆっくり過ごすのも悪くないなと思い、昨日はずっと家にいた。

 そして、今日は朝から時々太陽が顔をだす。そうなると、思いっきり散歩したくなった。
Midori2017070201
緑深い散歩道に入っていくと、やはり心が躍る。今日は何を見せてくれるのだろう?
 歩いていると、大きなトンボが音もなく私を追い越して行く。コオニヤンマだ。Kooniyamma2017070201
私を道案内するかのように、追い越していってはとまり。そして、また追い越していく。
道端では、オカトラノオが白い花を咲かせていた。Okatoranoo2017070201
上を見上げると、ミツバアケビが沢山実をつけていた。Mitsubaakebi2017070201
さっきからムラサキシジミが沢山飛んでいるのが気になる。しかし、必ず翅を閉じてとまってしまうので、なかなかあの光沢のある紫色が撮れない。こういう時には、飛んでいるところにむかってあてずっぽうで連写するのがいい。そして、なんとか撮れた。Murasaki2017070201
緑が深くなった「くねくね峠」はすっかり暗くなり、対照的な木漏れ日は夏の明るさだ。Kunetoge2017060201 いつものように定点写真を撮っていると、頭上からチーーッと、ニイニイゼミの声がした。音風景が夏が近いことを感じさせる。夏の足音だ。
 チゴユリが丸い実をつけているのを見つけた。花だけではなく、実もチゴユリという名にふさわしいかわいさだ。Chigoyuri2017070201
 田んぼのほとりを歩くと、数は少ないが、チビアカガエルがピョンピョンと跳ねる。今年は本当に数が少なくなってしまった。急激に増える休耕田。水が入らない田んぼではアカガエルは生きていけない。Akagaeru2017070201
里の人の生活に密接にかかわりながら、生きてきたニホンアカガエル。人々の生活の変化とともに、アカガエルの生活も変化してゆく。
 薄暗い水路のほとりでハグロトンボがヒラヒラと飛んだ。Haguro2017070201 5~6年前の今頃、汗をたらしながら自転車で走り回っていた時、ハグロトンボが大量に舞う中を自転車で走り抜けたことを思い出す。
 まだ梅雨は続く。そして暑い暑い夏がやってくる。また、汗をたらしながら、蝉しぐれの中を歩くことだろう。夏、そうやって歩きまわったことが、この散歩道プロジェクトの原点でもあったことを思い出した。一人、色んなことを考えながら、汗をたらしながら、とにかく歩きまわった夏。それからもう20年が経過したんだなと。

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2017年6月25日 (日)

緑深い季節

 2017年6月24日(土)

 梅雨入りしてしばらくたつが、今年はまだ梅雨らしい天気にはなっていない。今日もまた、天気は良いが、明日からはしばらく雨が続きそうだ。
 散歩道はすっかり緑に覆われている。今は一年で一番緑の勢いがある時期かもしれない。少し湿った空気に緑の香りが強くただよってくる。Midori2017062401ホトトギスが飛びながら、大きく澄んだ声で「トッキョキョカキョク」と鳴く。いまの季節の音風景だ。
 ヒメコウゾが色鮮やかな実をつけている。かつて、この実の鮮やかな色に騙されて、さぞや美味しいに違いないと、一粒とって食べた時のことが忘れられない。Himekozo2017062401この見た目とはまったく異なる不味さに思わず吐き出してしまった。まあ、食べられないこともない。しかし、まったく美味しくはないのだ。この鮮やかな色から期待した味とはまったく異なるものだ。
 Tambo2017062401今年は一気に休耕田が増えた気がする。この場所は私がずっと定点観測をしている場所だ。この場所の季節の「うつろい」を捉えたいと思って撮影を続けてきたが、季節のうつろいだけではなく、年々かわる「うつろい」が映像として捉えられることだろう。撮影し始めた頃にはまったく想像できなかった変化だが、こうしてこの場所は変化していく。かつてのアカガエルの楽園は、いまやアカガエルが生きていくにはきびしい環境になった。しかし、それも自然。
 Murasaki2017062401ムラサキシジミが目の前で舞った。飛んでいても紫の鮮やかな色が見える。しかし、翅を閉じると本当に地味な蝶だ。今、ちょうど、この蝶が沢山飛ぶ季節だ。
 今年、かろうじてアカガエルがカエルまで育った場所が一つ。そこに行ってみる。去年までは毎年、歩いていて踏みつけそうになるほどの多くのチビアカガエルがいたが、今年は本当に少ない。それでも、歩いていると、目の前をピョンピョンと跳ねる。Akagaeru2017062401急激にきびしさを増す環境の中で、なんとかカエルまで育ったものがいたことは、少し安心する。しかし、今年はついに、この場所でサシバを見なかった。毎年春にやってくる猛禽のサシバを今年はここでは見ていない。これもまたこの場所の自然の変化なのだろう。そういう変化を今、私はここで感じているのだ。
Oobanotombo2017062401 オオバノトンボソウはかろうじて見つける事が出来た。これも、毎年、今年は消えてしまったかもしれないと思いながらも、なんとか見つけることが出来ている。もっとも、消えてしまった植物もいくつかあるのだが、これは地味なので、そもそも存在に気付いている人がいないかもしれない。
 Tsuribana2017062401ツリバナが沢山実をつけているのを見る。これもまた、注意深くみていないと見過ごしてしまうものかもしれない。ある程度、注意深く見ていなければ、こんな多様な自然に気付くことは出来ないのかもしれない。本当に色んなものが生きていて、不思議なものが沢山ある。見えない人には、ただの緑にしか見えない。都市の公園に植えられた緑も、この里山の緑も同じにしか見えなければ、この場所の自然の奥深さなんて知るはずもない。それを知って欲しいから、私はこうやって語り続けている。
 最近、ミドリシジミを見つけた場所で、アゲハモドキを見た。ここでアゲハモドキを見たのは初めてだ。20年近く歩いていて、初めて見つけたものがあるというのはどういうことだろう?
Agehamodoki2017061101
この場所の自然を何十年と見つめてきて、やっと見えるものがあるのだ。それが自然。それだけ、私たちには知らないことが多いということだ。ちょっとだけ見て、何かを知ったような気になってはいけない。
 歩いていると、足元にナナフシがいた。かなりおぼつかない歩き方なのでよくみると、足のうち何本かがおかしな形になっている。生育不良だろうか。Nanafusi2017062401それでも一生懸命に歩いて、私の足にしがみついてきた。「こんな道に出てきたらあぶないよ」といって、そっと道端の草むらに逃がす。
 目の前に不思議な模様の蛾が飛んできてとまる。Ga2017062401いったいこれは、どういう模様なのか?そして、どうしてこんな不思議な模様が出来るのか?その謎はいまだ誰も解くことが出来ていない。もし、その謎が解ければ、この宇宙の成り立ちが少しだけわかるかもしれない。そんなことを思う。自然は知らないことだらけだ。とても不思議な世界が道端にも沢山ころがっている。そのことに気付かないままの人々。気付かないままに、多くのものを失っていると私には思える。

木漏れ日
2カ月ほど前に木漏れ日を見ながら、思いがわき上がってきた。そして、こんな作品を作ろうと思った。そしてようやく出来た。

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2017年6月 4日 (日)

ここの自然はこの先どう変化していくのだろう

もうこの散歩道を20年以上も歩いている。「散歩道プロジェクト」を始めてからも来年で15年になる。その長い間に様々な出会いもあったし、発見もあった。それだけ歩いているのに、新たな発見はある。先日も、イチヤクソウが咲いているのを発見した。いつも歩いている道端だ。どうして今まで見つけられなかったのか?とても不思議に思う。

Ichiyakuso2017052802 イチヤクソウ自体はそれほど珍しいものでもないが、私がここで見たのは初めて。よくみると、周辺に何株か花をつけていた。
 散歩道の自然も少しずつ変化している。それは日常的にここを歩いている人でないと気付かないかもしれない変化かもしれない。しかし、大きく変化している。かつて、ニホンアカガエルの楽園だった田んぼは、今年はとうとう水が入らなかった。このまま休耕になってしまうのだろうか?Tambo2017060301かつては、数百個の卵塊がみられた田んぼだが、今年は10個程度しかなかった。それも全て水が涸れて死んでしまった。
周囲の水路にもアカガエルの卵塊があり、それは生き延びるかと思っていた。しかし、このところの日照りもあって、それも難しそうだ。Suiro2017060301水路が完全に干上がっている。もし田んぼに水が入ったなら、こんな風にはならなかっただろうと思う。
 ここのアカガエルをもう10年以上見守ってきた私としては、本当に残念な気がした。
 その後、もうひとつのアカガエルの楽園といえる田んぼにいってみた。ここは、毎年、踏みつけそうになるくらいの大量のアカガエルが上陸しているのだが、そこも、今年は半分くらいが休耕田になり、アカガエルの卵も激減した。それでも、最後まで生きながらえていたのを見ていたから、どうだろう?と思っていってみた。すると、
いた!
Akagaeru2017060401 ちゃんと、チビアカガエルが育っていた。例年に比べると、10分の1以下の数に感じる。しかし、それでもなんとかカエルにまで育つことが出来ている。数は少ないが、なんとか命はつないでいけるだろう。少し安心する。
 いまはモミジイチゴがたくさん実っている。時々それをひとくち食べながら歩く。一か所だけ、モミジイチゴではなく、カジイチゴが実っているところがある。去年、それを発見したのだが、すでにアリがたかっていて食べられなかった。行ってみたら、たべごろの実があった。アリもたかっていない。食べられる。Kajiichigo2017060401一粒つまんで食べてみた。美味しい!モミジイチゴよりも酸味が少なく、甘い。このあと、近くにあったモミジイチゴを食べてみたが、このカジイチゴを食べたあとでは、酸味が強く感じた。
 アズマヒキガエルの産卵場所にいってみる。先週の時点でほとんど上陸し終わった感じだったが、もしかしたらチビカエルに出会えるかもしれないと思い、目をこらしてみる。アズマヒキガエルのチビガエルは本当に米粒ほどに小さいのだ。それでちゃんとカエルの姿をしているのだから、驚く。親はあんなに大きいのに。一生懸命チビカエルを探すが、見つけることが出来なかった。もう散り散りに巣だっていったんだろう。そう思って残念がっている私の目の前に、キラキラ光るものがあらわれた。
Midori2017060401 ミドリシジミだ。ここで見たのは初めてだ。私に「ほら見て!」といわんばかりに目の前にとまって翅を広げている。
思わず、「うわー、マジっすか?」などと、アホなことをつぶやいてしまう。
しばらくシャッターを切りまくる。翅の裏もみせてくれないかなあ?などと思っていたら、飛び立った。飛び立って近くの草の葉にとまった。Midori2017060402本当に美しい蝶だ。
自然は本当に時々凄いものを見せてくれる。こんなに長年歩いていても、初めて見るものがあるのだ。それは、まるで、「まだこんなものがあるよ」と少しずつ小出しにして教えてくれているかのようだ。
 人の生活とともに、この場所の自然も変わっていく。この先、どんな風になっていくのだろう?この春からの色々な変化は、この場所が急激に変わりつつあることを私に教えてくれているのだろう。そして、どう変化していくか?それはまだ私にも想像出来ない。新しい発見もまだまだある。ずっとこの場所の自然を見つめ、感じていきたいと思う。

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2017年4月 9日 (日)

カエルの命を繋ぐ恵みの雨

 雨、雨、雨。特に週末は雨ばかり降っている。長年やっているニホンアカガエルの産卵記録。その記録のために、雨に濡れても、産卵の様子を見に出かける。先週も、先々週も雨の中でかけたのだった。

 ずっと姿を見せていなかったアズマヒキガエルも、近所の人が写真を撮って送ってくれたし、私も、夜、道を横切るアズマヒキガエルをみかけたので、おそらく出てきているだろう。そう思いながら、強弱をつけて降る雨の中、出かける。田んぼの畦にはツクシがずいぶんと伸びて、水路は降り続く雨のために水量が増している。Suiro2017040901水路の水は、ところどころで勢いよく流れているところもある。こんなに流れがあったら、アカガエルの卵は流されてしまうな。そんな風に思う。
 以前、私は水が涸れそうな場所に産卵されたアカガエルの卵塊をつれてかえって、育て、田んぼの水が安定したころに、産卵された近くに放していた。妻と何度かオタマジャクシを放しに来た場所。そこも毎年水が涸れて死ぬことが多かったし、先週まで産卵が見られず、ついに絶滅したかと悲しい気持ちになっていた。しかし、今日行ってみたら、なんと、沢山の卵塊があるではないか!Tamago2017040903
思わず「やったー!」と声に出して叫ぶ。この中には、うちの水槽でしばらく過ごしたヤツの産んだ卵が含まれているかもしれない。
 先週、やっと卵塊を見つけた場所にいってみたら、はやくもオタマジャクシになっていた。Otama2017040901
毎年、水が涸れている場所だったので、水が涸れてしまうんではないかと心配したが、今のところは順調だ。このまま田んぼに水がたっぷり入るまで、水が涸れなければ彼らは生き延びられる。こんなに沢山雨が降ったし、この先も雨が降りそうだから、しばらくは大丈夫だろう。
 産卵場所をあちこち見て回る。順調に産卵は進んでいる。ここ数年で水たまりがなくなった田んぼは、近くの水路に大量に卵塊があった。人が田んぼを乾燥化させる。それはアカガエルのことなど考えもしないからだろう。運よく、近くに産卵、生育に適した場所が残っていれば、そこに産卵し、そして、そこで育っていく。Tamago2017040904
こうやって、精一杯命を繋いでいる。年々環境が悪化するものの、まだ命を繋いでいける条件が整っているということだろう。
 一通り、見て回る。そのたびに、産卵記録をつけるのだが、産卵記録をつける紙が雨で濡れてグチャグチャになる。「くっそー!こんなに降りやがって!」とつぶやく。が、まてよ、この雨のおかげでアカガエルたちは元気に産卵し、そして水涸れで死ぬこともないんだな、と思い、納得する。記録用紙には、産卵を赤で、死滅したら黒で記入することにしているが、今年はまだ黒で記入したものがない。例年、赤と黒がほぼ同じくらいになるのだが。Kiroku2017040901
もうひとつ気になるのはヒキガエルだ。いつもは春分の日前後に産卵にやってくるアズマヒキガエルが、今年は先週までまったく見かけることがなかったから、どうしたものかと。そして、産卵場所にいってみたら、あったあった!それも大量に!!Tamago2017040902
これは去年よりも多いかもしれない。これがこのまま育ったら、物凄い数になりそうだ。頑張ってる!頑張ってるね!!水が涸れないで、元気に育って欲しい。ヒキガエルの姿が見れなかったのが残念だけど、卵を見てとても安心した。
それにしても、よく降るなあ。カエルにとっては命を繋ぐ恵みの雨だ。今年はカエルたちにとってどんな年になるのだろう。

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2017年4月 2日 (日)

雨の中アカガエルの卵塊を探す

2017年3月26日(日)

今日はほぼ一日ザアザア雨。先週までにニホンアカガエルの卵もアズマヒキガエルの卵も見つけられていないから、どうしても確認しにいきたかった。
ザアザア降りの中、傘をさして散歩道に行く。
かつてのアカガエルの楽園、ここは、かつては一つの田んぼに大量に卵塊があった。田んぼの水たまりがずっと涸れずにあったし、早くに田んぼに水が入っていたので、生き延びていたのだが、7~8年くらい前から、毎年、産卵された卵が、ほとんど水が涸れて死ぬということが続いた。そして、4~5年くらい前から卵塊の数が激減してきた。Akagaeru2017032600 かつては、このくらいの水たまりがあれば、そこには、数十個から数百個の卵塊を見つけることができたが、いまやゼロだ。どこを探しても卵塊はない。
この場所の卵塊が、水が涸れて死に絶えるということが続いていた頃、私は、水が涸れそうな場所の卵塊を水が涸れなさそうな場所に移動したり、あるいは、持ち帰って育て、田んぼに水が入ったころに戻すということをやっていた。そんな努力は数年続いた。しかし、やってもやってもアカガエルは死んでいき、むなしさを感じるばかりだった。いつの間にかそんな努力もしなくなっていた。
昨年も、この田んぼでまともに育ったものは本当に僅か1個か2個しかないはずだ。今年もなんとか卵があってほしい。絶滅していないでほしい。ザアザア雨の中、くまなく田んぼを見て回る。
ない。ここもない。
「ついにこの場所は絶滅したのかもしれない」
思わず、独り言を言う。
他の田んぼも見てまわる。
ない。ここもない。ない.....
そうして、靴が泥だらけになったころ、
「あったよ!」
思わず声に出して叫んだ。
Akagaeru2017032601
それは、今年私が散歩道で見つけたニホンアカガエルの卵塊第一号だ!この状態なら、産卵してから一週間は経っているだろう。本当に嬉しかった。そして、記録用紙に日付と場所と個数を書きこむ。毎年つけている記録。今年はまだ真っ白だった。もしかすると、このまま真っ白なままかと思っていた。ようやく記録出来た。
そうして、その後、あと2つ、卵塊を見つける事が出来た。Akagaeru2017032603
少し安堵した。
2017年4月1日(土)
今日もまた、雨。4月にはなったが、とても寒く、またザアザア降りの雨だ。
先週、ようやくニホンアカガエルの卵塊を見つけたとはいえ、まだ3個。かつての数からすると2ケタたりない。そして、私が一生懸命、水が涸れて死にそうになった卵を保護してきた場所にはまだ1個もない。
Sampo2017040102
この水路は、ほぼ水が涸れないので、かつて、田んぼの水が涸れそうな場所にあった卵をこの水路に移動させたこともあった。だが、それでも思うように育たないことが多かった。日照りが続くと、水の量が減り、そして干上がると死ぬ。そんなことばかり思いだす。
「やっぱりダメか」
何年も、この場所のアカガエルを見守ってきて、この時期まで卵がなかったことはない。まして、この雨。数日前にもまとまった雨が降ったというのに。
落胆しながら田んぼのまわりをまわっていたら、
「あっ!あった、あった!」
それも10個くらい、かたまりであった。
Sampo2017040103
「ちゃんと生きてたよ!」
思わずそうつぶやく。
この様子では、先日の雨の時に産卵したものと、まだ産卵から1~2日程度のものが混在している。
今日は雨だし、水がたっぷりあるが、この先どうなるだろう。昨年はこのあたりに産卵されたものはことごとく水涸れで死んでしまった。
「がんばれ~、がんばれよ~!」
結構大きな声のつぶやき。ザアザア雨の雨音にかき消されそうになる。
今日は雨。しかし、この先しばらく雨が降らなかったら、水が涸れて死んでしまうことだろう。厳しい。厳しいが、なんとか命を繋いでほしい。また、以前のように一つ、連れて帰って飼育しようか?ふと、そんな考えが頭をよぎる。

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2017年3月20日 (月)

カエルはどこへ消えた

 毎年この時期になると、ニホンアカガエルの産卵を今か今かと待つ。雨が降ったら、きっと産卵されているだろうと思って出かける。一つも見つからなかった時には落胆して帰ってくる。

 散歩道のニホンアカガエルの生息環境は年々悪化の一途をたどる。産卵数もピーク時の400~500個から激減し、昨年は100個程度。産卵があっても、ほとんどが水涸れで死んでしまうから、最後まで生き残るのは10個にも満たないと思う。
Sampo2017032001
かつてのアカガエルの楽園だった田んぼは、数年前から休耕になり、水が入らなくなり、ただの荒れ地と化した。ピーク時は200個はあった卵塊が、一気にゼロになった。昨年あたりはかろうじて周辺の水路に数個の卵塊があったが、もはやこの場所ではニホンアカガエルが絶滅寸前のところまできてしまった。
 かつて、私は、この周辺の水が涸れそうな場所にある卵塊を持ち帰り、田んぼに水が入る頃まで育ててもとの場所に放流していた。その放流の努力もむなしく、絶滅へと向かっている。
 Sampo2017032002
昨年、かろうじて産卵のあった水路をくまなく見て回る。しかし、いまだにひとつの卵塊も見つけることが出来ない。3月のこの時期まで一つの卵もなかったのは私がこの場所でニホンアカガエルの産卵を記録しはじめてから、初めてのことだ。絶滅という言葉が脳裏をよぎる。
 この周辺にニホンアカガエルが生息している場所はいくつかあり、今年もそのいくつかの場所では卵塊を発見出来たが、それも例年よりもはるかに少なく、10個に満たない。とびとびに存在するその産卵場所は、かつては繋がっていたのであろう。つまり、かつては、この周辺一帯のどこにでもニホンアカガエルの卵があっただろう。しかし、今、とびとびにしか存在しないということは、そのとびとびに存在する産卵場所以外では、ニホンアカガエルが絶滅したということだ。こうして、とびとびに存在した産卵場所の一つが今、消えようとしているのだ。
 生き物の絶滅なんてものは、なにも全て遠い昔に起きたことなのではない。今、目の前でひとつの生き物が絶滅に向かっているのを目の当たりにしているのだ。
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そうして水路をくまなく見てまわっていたら、ヌマエビだろうか?エビが水路の中にいるのを見つけた。私はここでエビを見たのは初めてだ。この水系のどこかでひっそり生息していたのだろう。ここにはホトケドジョウなども泳いでいる。
 この一帯の水源はいくつも枝状に分岐している谷津田の奥から湧き出る水だ。谷津田の斜面林の半分、散歩道の裏側が宅地開発のため削りとられ、土中の水は排水溝から直接川に流れ込むようになった。そのため、斜面林の保水力が低下して、水が減っているのだろう。さらに、その減った水はコンクリート水路に直接流れて行くような構造の場所が沢山あるため、この周辺の水環境はさらに悪化している。要するに、土中の水分が減っているのだ。そのため、エビや魚といった水棲の生き物が生きられる場所が限られてくる。ニホンアカガエルの産卵環境の悪化もその一つだろう。
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ここ数年は、田んぼに水たまりがあっても、すぐに水が涸れてしまう。どうやら、田んぼの下の地面がスポンジのように水を吸い込んでしまうようなのだ。つまり、土中の水分が低下しているということなのではないかと思う。こういうことがアカガエルの生息を脅かしている。
 そうして田んぼもくまなく見ていたら、とても気になるものを見つけた。
Sampo2017032005
動物の足跡。これは、アライグマの足跡だ。私がこの周辺でアライグマの足跡をみたのは初めてだ。この田んぼ周辺のあちこちについていた。穴を掘ったような痕もあった。
アライグマはペットとして飼われていたものが野生化したものだ。アライグマが野生化し、カエルをはじめ、様々な生き物を食べつくす。彼らは凶暴なので、人を襲うこともあるかもしれない。アライグマは即刻駆除しなければ大変なことになる。今、この周辺でイノシシが増えて、大変な被害を及ぼすようになってきたが、それも誰かが放したものが野生化したと言われている。人々の自然に対する無頓着さ。そのために、いつの間にか、自然は酷いことになっている。そのことにもほとんどの人が気付いていない。
 Sampo2017032006
ヒキガエルの産卵場所に行ってみた。ヒキガエルの姿はない。毎年、春分の日の前後には必ず、ここでヒキガエルが産卵のためやってきて、大勢で蛙合戦を繰り広げているのが見えるのだが、今年は、まだ姿がない。2月の記録的な少雨が影響しているのかもしれないが、とても心配だ。
 カエルはいったいどこへ消えた?この先、何事もなかったかのように現れるのだろうか?私はとても心配だ。この場所の自然のこの現実に、どれだけの人が気付いているだろうか?だれも気付かないうちに、病は進行していく。

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2017年2月16日 (木)

散歩道プロジェクト14周年

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14年前、2003年の2月16日に撮った写真だ。この日、私の中で何かが大幅にかわったのだろう。「散歩道プロジェクト」はこの瞬間から始まった。
そして、最初に書いた記事がこちら
 私がこの地にやってきたのは、長女が生まれた年。1994年のことだ。その頃、都内から引っ越してきた私にはまるで広い広い森の中に住んでいるような感覚だった。春の田んぼではカエルの大合唱。水辺にはオタマジャクシ。夏はセミの声に囲まれ、夜はフクロウが鳴き、ホタルが飛ぶ。秋になれば、コオロギたちの声にかこまれる。しかし、それから年々、森はどんどん切りとられていき、風景はかわっていった。
 私は、休みの日には家の近くを散歩するのが好きだった。散歩といってもただ歩くだけではなく、自転車にのって出かけたりもした。一日中、そうやって自然とたわむれているのが好きだった。私は普段は都会で仕事をしていた。今、やたら長時間労働が問題になっているが、その頃は、一旦家を出たら、次にいつ家に帰ってくるかわからないような、そんな中で仕事をしていた。
 そんな生活の中で、自然とたわむれることは、私にとって生きていることを実感出来ることだった。その風景の全てが私の宝物だった。それが、少しずつ変わっていく。
 朝、通勤電車の窓から見る風景が、少しずつかわっていく。大好きな自然の風景が少しずつ何の変哲もない都会の風景になっていく。それをなんとかしたかった。でも、何もできなかった。そうして何年も過ごしてきた。
 この前日、2003年2月15日も私は散歩をしていた。何故か散歩して、風景をデジカメに収めていた。これがその時の写真の一つだ。
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今となっては、何故そんなことをしたのか自分でもよくわからない。
 一つ覚えているのは、その日の夜にテレビで「もののけ姫」を見たということだ。金曜ロードショーの録画だっがかもしれない。それが私の中の何かを変えた。
 それから、休みのたびにカメラを持って散歩する毎日。そうして、それは私の人生そのものになっていった。
 身近な自然をしっかりと見て、そのことを多くの人に伝えること。そうすれば、多くの人が見逃している身近な自然の価値に気付き、それが身近な自然を大切にすることに繋がればと思って始めたこと。身近な自然は、驚くほど多くのことを私に教えてくれた。そして、驚くほど多くの物語が私の中に刻まれていった。
 これからも、私は身近な自然の中を歩く。そうして、見て、感じて、伝える。それが私の「散歩道プロジェクト」というライフワークだから。

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