土曜、日曜の昼間に仕事で出かけることが多い妻が、久しぶりの日曜日の休日に庭仕事をしている。庭仕事といっても、草をとったり木の枝を少し剪定したり、そんなことなのだけれど。妻は庭の草木とたわむれるのが好きなようだ。剪定ばさみの音がチョキンチョキンと鳴り響く。そして、それはあたりが暗くなるまで続く。庭の草木や、そこにすむ生き物と接して、色んな発見をする。遠く散歩に出かける私に「自然観察なんて庭でもできるんだよ。こんな庭だっていろんなものがいるよ」という。確かに、一日見ていても飽きないほどにいろんなものがいる。
今日も何気なくみていたユズリハの木に、なにやら丸い葉っぱ?いや、これは蛾の幼虫。おそらくスズメガの仲間、模様からしてクチバスズメかな?を発見した。ちょっと驚いた。
そんな風にいつも小さな庭の自然をよく見ている妻に、最近気になることがあるので、きいてみた。
「今年は葉っぱが早く枯れない?」
するとやはりそうだという。特に常緑で枯れない筈のグレープフルーツの木の葉の上の方がかなり枯れているという。他にも、枯れている葉が庭には沢山あった。
妻が庭の木をよく見ているように、私は毎日電車の中から外の風景をよく見る。すると、8月の終わり頃から、線路わきの草がことごとく枯れていくのを見た。9月に入った頃、それはもうまるで真冬のようであった。
その頃、庭の草は元気に青々と伸びていたのだが、近くの空き地などでも一面の枯れ草の場所がある。
最初は除草剤でも撒いたのかと思ったのだけれど、草がぼうぼうに伸びた空き地に草刈りもせずにいきなり除草剤なんて撒くだろうか?それに、線路わきに延々と除草剤を撒くとは思えない。9月でこんな風景になるとはちょっと驚きである。
このあたりによくあるコナラの木も、かなり汚れたようになっている。毎年ずっと見ているからわかるが、コナラは例年11月の終わり頃に、きれいに紅葉し、12月頃、パラパラと雨が降るように葉っぱが落ちてくる。夏の天候によっては、紅葉の色が汚くなることもあるが、10月からこんなに汚く枯れてしまう年は記憶にない。今は、他の木も含めて、雑木林全体が汚く枯れてくすんだ色になっている。
さて、去年はどうだったのだろうかと、コナラの森の定点観測写真を出してみる。
この写真は去年、2010年の10月11日の写真である。この木のほとんどがコナラなのだが、まだ綺麗な緑色をしている。そこと同じ場所でとった今日、2011年10月10日の写真。
光線の加減も多少はあると思うが、明らかに色が違う。くすんだ茶色だ。
とにかく、今はあちこちで葉っぱが汚く枯れているのを見る。
季節の進行具合もあるかもしれないと思い、去年、2010年の11月13日の写真を見てみる。
11月でもまだこんなに緑色だ。
もっとも、年によって葉っぱの色は違ってくるから、今年のようにいきなり汚くくすんだ色になる年もあるかもしれないからと、過去の写真をずっと見てみた。たとえば2009年11月7日の写真は、
このようにまだ緑だ。10月の中旬前に既にくすんだ茶色というか灰色がかった色になっていることはいまだかつてないようだ。
私がもう5年以上も同じ場所、同じアングル、同じカメラで撮り続けている場所の写真がある。その場所の今日、2011年10月10日の写真。
別にどうってことない写真だが、奥の方にあるコナラの葉っぱは既に茶色になってきている。
去年、2010年10月11日の写真はこれだ。
多少、ホワイトバランスの違いはあるのでそのまま比較するのは難しいが、それでもまだまだ青々としている。
一昨年の2009年10月13日の写真は
これまた光線の加減もあるのでなんとも言えないが。
とにかく、定点観測を続けてきているので、こういう比較が出来る。そして今年は何か違うということは私の感覚のアンテナに届いているものがある。これが何によるものなのか?季節の移り変わり、天候、気温の変化、そういうものの違いで毎年微妙に違うものだが、今年はそれ以上に気になることがある。
さて、毎日乗る電車にも最近、見たことのない変化がある。それは、アルミの車両の壁面にシミのような錆のような痕がついている。最初は、「なんだ、この電車、汚れているな」と、思っていたのだが、それがその電車だけではなく、何度も、あちこちで見かけるようになった。
何か、水滴(雨?)がついたあとが、錆びたようになっている。単なる汚れではなさそうだ。
これ、別の路線でも同じようになっているところを見た。
これはいったい何だろう?単なる汚れではなさそうだ。
電蝕?直観的にそう思った。電蝕とは、イオン化傾向の異なる金属同士が接触すると、接触面に電位が生じ、そこに電流が流れるため錆びたりする現象である。
イオン化傾向....イオン化傾向の高い金属に気になるものがある。それは、セシウムだ。もっとも、これが電蝕とは限らないだろうし、仮に電蝕だとしても、原因がセシウムとは限らない。また、まったく違う他の可能性も含めて考えなければならないだろう。
しかし、身の回りの変化をキャッチすることは、どんな場合でも必要だ。そのためには、しっかりご身の回りを見続けていくことだろう。世の中に溢れる情報には騙されても、自分の目で見て確かめたことには騙されることはない。
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