ニホンアカガエルの観察を長く続けてきて、特にここ5年くらいで急激に数を減らしていくのを目の当たりにした。そんなニホンアカガエルをなんとかしたいと思うようになり、色々な試みを行ってきた。最近は、水が涸れそうな田んぼの水たまりに産卵された卵塊を連れてかえり、家の水槽でしばらく飼育。それを田んぼの水が安定する田植えのころにもとの田んぼに放流するという試みを何年も続けている。これを私は「飼育放流」と呼んでいる。昨年およそ500匹、今年はすでに650匹を飼育して放流した。本当はそのような人工的な保護活動をしなくても、ニホンアカガエルが自然に生きていけるのであればそれにこしたことはない。しかし、もし、今のまま放っておくならば近い将来絶滅の恐れがあることは確実である。
では、そもそも、彼らはどうして絶滅の恐れがあるのか?彼らの生息環境はどうなっているのか?それを多くの人に知ってもらう必要があるだろう。彼らの生息環境の危うさを知れば、私たちは何を考え、何をしなければならないのかが見えてくるだろう。そうして、彼らを守るためには、ほんの少しだけ彼らのことに目を向け、ほんの少しの取り組みだけで、非常に多くのニホンアカガエルを救うことができるはずだ。今なら、彼らを守るのに、それほど大がかりな仕掛けも、困難な取り組みも必要ないのだ。彼らのことを知らないが故、知らないうちに彼らの生息を困難にするようなことを次から次へと行われているのだ。多くの人々はアカガエルに悪いことをしているという意識もこれっぽっちもない。知らないのだから、これはしかたない。だから、知っておいて欲しい。
まず、第一に知っておかねばならないこと。当たり前のことだが、ニホンアカガエルの子供はオタマジャクシであるということである。カエルの子がオタマジャクシであることは誰もが知っていると思う。そこまではいい。だが、その次の一歩、考えを進めることが大切だ。それは、オタマジャクシが育つのは水の中である、という、これまたごく当たり前のことだ。「なんだ、簡単じゃん」と思うかもしれない。ただ水があればいいわけではない。さらに次のステップとして、その水の環境というのが重要なのである。
まず、彼らは地域によっても異なるが、ここ千葉では、およそ2月頃から産卵を始め、4月頃まで続く。そうして、オタマジャクシに肢が生えてカエルになって上陸するのが6月頃である。つまり2月頃から6月頃まではオタマジャクシなのであるから、その間、ずっと水の中にいる必要がある。もし、この間に水が涸れたら死んでしまう。産卵から上陸まで水が涸れてはいけない。
そういうと、じゃあ池なんか大丈夫だね、川も水が流れているから大丈夫、と思う人がいるかもしれない。ダメダメダメ!!何故なら、まずは、以下の理由である。
・ニホンアカガエルの卵は流れが少しでもあると流されてしまう。
・ニホンアカガエルのオタマジャクシは流れに逆らって泳ぐ力はほとんどない。
つまり、流れがあってはならないのだ。ほとんど流れのない水たまりのような場所が必要なのだ。
さらに、この水たまりの深さも大事になる。彼らが産卵するのは、深さが10センチ程度の浅い水たまり。そのくらいの深さでないと産卵しない、産卵出来ないのである。
つまり、2月から6月まで水が涸れない深さ10センチ程度の流れのない水たまり、ということが彼らの生息環境として重要なのである。
さて、彼らの主要な産卵、生息環境である田んぼを見てみよう。最近の2月頃の田んぼというのは、どこもたいていこんな状態である。
水たまりはあってもわずか。それも雨が降れば水たまりができるが、数日間晴れの日が続くと涸れてしまうことが多い。雨が降っても水たまりが出来ない田んぼも多い。仮に水があって産卵出来たとしても、水が涸れたら終わりである。水がかれるとこんな状態になる。
これではいくら産卵しても一匹も育つことはできない。
私の散歩道フィールドで実際にどの程度の産卵があって、どの程度が水が涸れて死ぬかというのを調べたのがこのグラフである。
産卵されたものの実に1/3は水が涸れて死んでしまう。これは全体で見ているのでこんな風になるが、産卵があっても全滅する田んぼというのは多くある。
この写真の田んぼは、耕作放棄されてしまったため、田植えの頃になっても水が入らず、この年に産卵されたおよそ50個のアカガエルの卵塊は全滅した。1個あたり約500匹のオタマジャクシになるから、この田んぼだけで、およそ25000匹のオタマジャクシが死んだことになる。
田んぼをよく見ているとわかるが、同じように水たまりがあるのに、隣り合った田んぼでもアカガエルが産卵にやってくる田んぼと、産卵にやってこない田んぼははっきりと分かれる。それは何故か?アカガエルは自分が生まれ育った場所に産卵に来るからである。もし何かの間違いで隣の田んぼで産卵したとしても、その田んぼでは、いずれ水が涸れて育つことが出来ないとしたら、その田んぼから親カエルになるものがいない。その田んぼから育った親ガエルがいないので産卵にくるカエルがいないのである。かつて、そこでアカガエルが育っていた田んぼが、ある年から育てない環境になったとする。そうすると、およそ5年くらいで、産卵にこなくなる。これは、そこに産卵にきていた親ガエルが寿命が尽きてしまったためである。これは局所的な絶滅である。そういうことがよくある。局所的絶滅はどんどん増えている。
アカガエルが産卵する春先に、どういうわけだか、田んぼの水たまりの水を抜くということがよく行われる。溝を掘って、水たまりの水を排水するのだ。こんなにしてしまうと当然ながらオタマジャクシは育つことができない。もし、その水たまりに産卵があって、オタマジャクシまで育っていたら、水の流れと一緒にオタマジャクシが流れていって、オタマはそこで育つことが出来ると思うかもしれないが、そんなことはほとんどない。なぜなら、田んぼの排水はコンクリートの排水溝を流れ、一気に川へ、海へと流れていってしまう。それでは育つことができないのである。
これで少しは理解できただろうか。私は、やがて水が涸れてしまうであろう田んぼの小さな水たまりに産卵された卵を持ち帰り育てる。そして、田植え前、田植え後あたりの田んぼに水が張られ、アカガエルが上陸するまで涸れない状態になったころに放流する。
そうすれば、途中で水が涸れて死滅するという事態を回避出来る。実際のところ、今年、私が卵を持ち帰った田んぼでは、ほぼ全てが水が涸れて死滅したから、私が保護した2つの卵塊、およそ1000匹だけが生き残ることが出来た。私が保護しなかったものは全て死滅したのだ。
私の「飼育放流」は、その場所からは絶滅してしまうのを防ぐため、しかたなく「つなぎ」でやっているつもりである。本当なら、アカガエルが産卵する頃、産卵に適した田んぼに水たまりがあったとして、それが乾くこともなく、排水されることもなく、田植えの頃、田んぼに水が入るまで残り、アカガエルが上陸する6月頃まで水が涸れなければ、アカガエルは「普通に」生きることが出来るのである。それだけのこと。たったそれだけのことで、守れるのである。逆にいえば、たったそれだけのことが出来ないで絶滅の危機に追いやられているのである。
ただ、そのほかの色々な環境条件もあるため、水がありさえすれば生きられるわけではない。それは長くなるので、ここでは詳しくは説明しないが、少なくとも、現時点でアカガエルが産卵にやってくる田んぼがあったとしたら、その田んぼは生息条件の整った場所であるということだ。そこで、田んぼにできた水たまりの水を抜かないで、6月頃まで水が涸れないようにしておく、これだけのことで、私の「飼育放流」は不要になるし、アカガエルは普通に生息できるようになるのである。
ただ、田んぼは通常「お米を作るため」にあって、カエルを育てるためにあるわけではない。よく、カエルがいなくなると、カエルの餌である昆虫が増えて、農薬を沢山使わなければならなくなるといわれるが、そのカエルは別にアカガエルである必要はない。アカガエルよりも遅くに産卵し、早く上陸するアマガエルなどにとっては、別に今の環境でも大量に生存することが出来ている。では、何故、アカガエルを守る必要があるのか?そういう人もいるだろう。しかし、身近な生き物に目を向け、その生存環境を守ることは、身近な自然を理解し、自然とともに生きるということに他ならない。よくエコ、エコといってホッキョクグマが出てくるが、一度も見たことのないホッキョクグマを守ろうなどという意味のないことばかり唱えるのではなく、身近な生き物をよく見て、それをどうしたら守ることが出来るのか?そのことをほんの少しでもみんなが考えるようになるならばと思う。
今、放鳥したトキの雛が生まれて、話題になっているが、日本のトキは絶滅したのである。今のトキは中国からもらってきたものを繁殖させたものだ。一度、絶滅してしまった生き物を復活させることがいかに大変なことかがわかるであろう。トキばかりではなく、日本にかつて生息していた野生生物で絶滅してしまったものは無数にある。ニホンアカガエルがそのようにならないために、そして、アカガエルに限らず、今、危機に瀕している多くの身近な生き物のことに、多くの人が目を向けてくれることを切に願う。
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