2018年7月16日 (月)

賑やかな夏がやってきた

2018年7月14日
 いつの間にかまたこのブログの更新が止まっていた。季節は今年も着実に進んだ。Sampo2018071401 関東は6月末に梅雨明けするという例年にない早さで夏がやってきた。西日本はかつてない豪雨に見舞われ、とてつもない被害が出た。
 先日、豪雨の直後に尾道に帰省した。断水が続き、不便な生活が続いていた。人々の生活には水がとても大切なこと。そして、水は時に大きな災害をもたらすこと。あらためて気づかされた。生き物もまた、その生活が水に左右されている。水の入らなくなった休耕田では、カエルたちは育つことが出来なくなった。今年は本当にカエルの姿を見なくなった。とくにニホンアカガエルはしばらく姿を見ていない。Sampo2018071402 かつてのアカガエルの楽園だった田んぼはここ数年休耕になり、いまやセイタカアワダチソウが生い茂っている。こうして、人々の生活の変化が自然に変化を与えて、自然は少しずつ変わっていく。
 田んぼの土手に咲くノカンゾウは例年通りに咲いた。Nokanzo2018071401
くねくね峠の入り口もまた、人があまり出入りしなくなり、雑草が高く生い茂っている。Kunetoge2018071401 だが、ここは、奥に進んでいくと、雑草はあまり生えていない。木々に覆われて、暗い木のトンネル道になっているからだろうか。
峠のあたりに、例年通りにヤマユリがとても美しい花を咲かせていた。Yamayuri2018071401 大きく美しいヤマユリだが、花の時期は短く、ほんの数日で花が終わってしまう。今日のこの花は最も美しい時に出会うことが出来たのかもしれない。
Kunekune2018071401  くねくね谷も今年は田んぼに水が入らないまま、完全に休耕になってしまった。最後の最後まで水が残っていた場所では、この周辺で唯一、アカガエルが生き延びた。しかし、最後に上陸した姿を私は確認していない。もし来年も同じ状況だったとして、どうだろうか?そして、アカガエルだけではなく、アマガエルやシュレーゲルアオガエルは、今年は例年のような大合唱も聴くことがなく、シーズンが終わってしまった。彼らはどこにいくのだろうか?
 Obanotombo2018071401
オオバノトンボソウは、今年も数株見ることができた。最も多かった年よりは減ったものの、それでもこの何株かは安定してみることができる。こんな花はどうしても、盗掘の危険がある。だから、どこにあるのか詳しい場所は秘密だ。花は野に咲いていてこそ、その魅力を感じられるというものだ。
 Jako2018071401 ジャコウアゲハが目の前をひらひらと舞った。このあたりの黒っぽいアゲハは、大きなクロアゲハ、金属光沢のあるカラスアゲハ、そして、このジャコウアゲハと、オナガアゲハ、ナガサキアゲハがいる。ナガサキアゲハはもともと南方の蝶だが、ここ数年はうちの庭にも毎年やってくるようになった。
 Janome2018071401 モンシロチョウくらいの黒っぽいチョウが素早く飛び回っていたので、みると、ジャノメチョウだった。このチョウは千葉県レッドデータブックではCらんく(要保護生物)に指定されているが、これだけ休耕田が増えると、このチョウにとっては生息できる環境が増えることになるかもしれない。地味な蝶だが、私は好きな蝶でもある。毎年、この時期だけ飛ぶ蝶。この先、増えていくのかどうか。
Higurashi2018071401 セミの幼虫が道端に転がっていた。羽化するために出てきたのだろうが、羽化場所を見つけることが出来ずに息絶えてしまったのだろう。これはヒグラシのメスだ。Higurashi2018071402 拾い上げてみると、本当に美しいをしている。ヒグラシは成虫も美しいが、こうして土から出てきた幼虫も、そして、羽化の様子も本当に美しいと思う。そして、明け方や夕方に美しいけれど、どことなく物悲しい声で鳴く。
 羽化することのできなかったヒグラシの幼虫を、道端の草むらにそっと置く。やがて、他の昆虫などがきて、この体を食べ、そうして物質は長い長い年月をかけてめぐっていくのだろう。
 今日は、ニイニイゼミの甲高い声の中、アブラゼミの声も、ミンミンゼミの声も、そしてヒグラシもツクツクボウシの声も聴いた。夏本番。今年も賑やかな夏がやってきた。

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2018年5月 6日 (日)

15年目の緑の日

2018年5月4日。
 散歩道プロジェクトを始めて、15年以上の月日が過ぎた。いつの間にか、カメラをぶら下げて、ここを歩いて、いろんなものを見て、記録するというのは私の人生の中のとても大きな部分を占めるようになった。そして、その散歩道が一番輝く季節であるゴールデンウィーク中、私は必ずお弁当を持って、一日中歩くことを毎年かかさずやってきた。今年もその日がやってきた。
 今年は季節の進行が早く、ゴールデンウィークに入った時点ですでにイチリンソウ、ニリンソウなどは花が終わっていた。緑もすっかり濃くなっている。澄んだ青空とのコントラストがまぶしい。Sampo2018050401
 ここ数年で休耕田が急激に増えてきた。今年もまだ水の入らない田んぼが沢山ある。Sampo2018050402 かつてのアカガエルの楽園では、今年ついに1つも産卵が見られない場所があった。産卵があったところでも、一か所を除いて全部水が涸れて死滅してしまった。確実に環境は変化している。
 環境は人間の営みの変化によって確実に変化している。だが、それが良いことなのか悪いことなのか、私にはわからない。確かにアカガエルなどは急激に減っている。しかし、これが悪いことだとどうして言えようか。かわりに他の生き物にとっては適した環境が増えることであるかもしれない。だから、一つのことをもって、悪い環境を良い環境にしようと何か行動を起こすというのは私にはできない。私には、わからないからである。
 私自身はアカガエルについてはずっと見守ってきて、水が涸れそうになっている田んぼの卵を持ち帰り、育てて、田んぼに水が入ったあとに放流したことがある。だが、それがどういう結果をもたらしたかは、ずっと見てきた。持ち帰り、放流を行っていた田んぼはついに休耕田になった。そして、私は卵を持ち帰って育てることもやめた。そうして数年の間、水が入ることはなく放置された。その間にそこからアカガエルはいなくなったのである。しかし、その田んぼはさらに環境が変化し続けている。それがどうなるのか。もしかしたら、それは、この地に田んぼを作り始めたずっと昔から、今まで私たち人類が経験もしたことのない変化なのかもしれない。私はそれをしっかりと観察、記録していこうと思うのだ。
 Akagaeru2018050401 そんな中でも、一か所だけ、ここまで水が涸れないでアカガエルのオタマジャクシが育っている場所がある。それは、数年前から休耕田になった場所である。今年は、アカガエルのオタマジャクシが育っているのは現在この場所だけだ。私の観察では、卵塊として20個程度が生き残り、現在まで生き延びている。せいぜいたった20個でしかない。それは20匹のメスが生んだものでしかない。
 10年前と比較しても10分の1以下である。ここだけでも生き延びてくれたらと思う。本当に小さな場所だ。せいぜい10m四方くらいの広さしかないこの場所が最後のアカガエルの生き残りの場所である。Sampo2018050403 では、何故ここだけ水が涸れないのだろうか?その理由は、この田んぼの周りの水路から水が漏れているからである。水路の一部はコンクリートで固められている。そのコンクリートにひびが入り、それがそのまま放置されているため、そこを流れる水がそのひび割れから流れ出て、ここに注いでいるからだ。
 放置されているからこそ、そのひび割れ、水漏れを修復しないままになっている。だから、ここが存在し得るのだ。それを考えると奇跡である。自然に生じた奇跡で、アカガエルが生き延びる。それを私は、今、この目で見ているのだ。
 Kunetoge2018050401 くねくね峠は、すっかり暗くなり、コナラやクヌギの木がしっかりと大きな影を落とすようになった。木漏れ日と影とのコントラストがまぶしい。そして、風が吹くと、木漏れ日の形は様々に変わり、揺れ動く。
 アカガエルが生き残った場所は一ヶ所だけだが、同様に、今年、ヒキガエル(アズマヒキガエル)が生き残った場所も一ヶ所だけである。それも休耕田のほんの小さな水たまり。Sampo2018050404 延々と続く、休耕田の中に、奇跡的に残った水の涸れない小さな水たまり。ここで、なんとかヒキガエルは命をつないでいる。このほんの小さな水たまりがなくなったら、この一帯からヒキガエルは絶滅する。そのことに誰も気づいていない。
 先日、ほとんど足が生えていたヒキガエルのオタマジャクシ。あと少し、あと少し、上陸するまで水が涸れなければ、彼らは生き延びることができる。今日もおそるおそる、行ってみる。水は涸れていないか??近くにいくまで不安になる。が、水は涸れていなかった。それどころか、ヒキガエルたちは上陸を始めていた。Hikigaeru2018050401 集団でダンゴ状態になっていたオタマジャクシの中から、足が生えそろったものが、まわりに歩いてちらばっていくのが見えた。そうして、このオタマジャクシのダンゴはだんだんと小さくなり、最後はみんな散り散りになる。Hikigaeru2018050402 なんとか、上陸するまで水が涸れなかったので、今年も命をつなぐことができた。これで一安心だ。しかし、今年ヒキガエルが生き延びられたのは、ほんの小さなこの水たまりだけだ。その水たまりはヒキガエルにとってとても重要だが、そのことに気づいている人は誰一人いない。そこに気づくことができないで、自然観察もクソもないと思うのだが....
 Sampo2018050405 田植えの終わった田んぼは、風が吹くとさざ波が広がり、太陽の光をキラキラと反射してまぶしい。まぶしい光の中を歩きながら、今年もゴールデンウィーク、その一番光輝く季節がやってきたことの幸せを感じる。15年前に、ここをカメラをもって歩き始めた時から、いろんなことが始まった。私の人生の大きな場所を占めながら、ここで暮らす生き物たちとその環境をずっと見てきた。そこから多くのことを学んできたし、さまざまな喜びも悲しみも、そこから感じてきた。そして、アカガエルやヒキガエルたちなど、まるで我が子のように思い、ずっと見守ってきた。私の中には様々な物語ができてきた。そして、これからも、また来年のゴールデンウィークもそうして歩くことができれば。
 ここの自然はこれから、私になにを見せてくれるのだろう。私は、それを、自分の足で歩き、自分の目でしっかりと見ていきたいと思う。
 

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2018年4月22日 (日)

最後の生き残り

Sampo2018042201 今年は季節の進行が早く、散歩道は一気に緑になった。3月の終わりからずっと雨が降らなくて、先日はやっと1日だけまとまった雨が降った。雨が降らなかったことで、多くのニホンアカガエルやアズマヒキガエルの卵が乾燥して死んでしまった。あるいは、オタマジャクシにまでなったものの、乾燥して死んでしまったのだ。
 Suiro2018042201 かつて、毎年、ニホンアカガエルの卵塊がみられた水路。ここは、5~6年ほど、水が涸れるようになり、ここに産卵したニホンアカガエルは育つことができなかった。しかし、今年のこの日照りでも、水が涸れることはなかったが、産卵は見られなかった。つまり、その数年、乾燥による死滅が続いたことで、ここのニホンアカガエルは絶滅したのだ。
 何度もいうが、局地的絶滅は確実に起きている。この田んぼもそうだ。Tambo2018042201 ここは一番多い年は、400個くらいのニホンアカガエルの卵塊があった場所だ。それが、5~6年間、産卵しても水が涸れて育つことができない年が続いたあと、水が涸れない状態になったものの、産卵は見られなくなった。それでも、昨年まではわずか10個程度の卵塊があったのだ。今年はゼロ。まったくゼロだ。これを絶滅というのだろう。
 私はニホンアカガエルの産卵と死滅状況を記録しているのだが、そのフィールドでは、今年は1か所を除いて全て、水が涸れて死んでしまった。数百個の卵塊があったにもかかわらず、今生きているのはそのうちの10個ほどでしかない。
 先週、水が涸れて、完全に死んでしまった水路を見てみたら、何故か、わりと新しめの卵塊があった。Tamago2018042201 おそらく、数日前の雨の日に産卵したのだろう。しかし、水は涸れている。今はなんとかゼラチン状になって、水を含んでいるので生きているように見えるが、あと数日は雨も降ることはないので、これはもう死んでしまうだろう。
 そうやって、この卵塊を見ていたら、近くに親がいた!Akagaeru2018042201 今年初めて見る、ニホンアカガエルの親の姿だ。本当に美しいカエルだと思う。スマートな体につぶらな瞳。いま、その彼らが絶滅にひんしている。それは、ほんのわずかなことなのだ。
 今年、最後に残った水たまりにおそるおそる行ってみる。水が涸れてしまっていないだろうか?そう思って遠くからも気にする。もし、そこの水が涸れてしまったのなら、私の観察しているフィールドのニホンアカガエルは全滅ということになる。それは恐ろしいことだ。私が歩いている場所、かつては1000個近い卵塊があって、踏みつけてしまいそうになるほどのニホンアカガエルがいた。それが、一匹も育たない場所になるということだ。
 いってみたら、最後の場所はなんとか水が残っていた。オタマジャクシもしっかりそだっていた。Otama2018042203 なんとか生き延びてほしい。この地からニホンアカガエルがいなくならないために。
 それにしても、今年はひどく雨が少なく、この水たまりの水も涸れそうだ。ここ以外に、水がほとんどないため、先週までは鳴いていたシュレーゲルアオガエルの声も、今はきこけない。アマガエルが少し鳴いているだけ。これもまたひどいことだ。一体どうしてこんなことになってしまっているんだろう。
 近くの田んぼでは、ようやく田植えの準備が始まって、田んぼに水が入り始めた。Tambo2018042202 残念ながら、ちょっと遅かった。ここに産卵された数十個のニホンアカガエルの卵塊、数個のアズマヒキガエルの卵紐は、2週間ほど前に、すべて乾燥により死滅してしまった。だから、水が入ったけれど、ここにニホンアカガエルやアズマヒキガエルのオタマジャクシが泳ぐことはない。
 最後に残された、アズマヒキガエルの産卵場所にいってみた。そこも水がずいぶんと減っていた。しかし、かろうじて残った水たまりが一面真っ黒に見えた。オタマジャクシが泳いでいるからだ。Otama2018042201 これが最後の生き残りだ。ここ以外は全部水が涸れて死んだ。とにかく、最後に残ったここだけは、上陸するまで水が涸れないでほしい。Otama2018042202
雨が降らなかったというのは天候のことで、それはどうしようもない。3月、4月にほとんど雨が降らなかったのだけれど、そういう年もあるだろう。だが、そういうことでニホンアカガエルやアズマヒキガエルが生息する環境が壊滅的な状態になるというのはどうだろうか?彼らは長い歴史の中で、そういう目にもあいながらも命をつないできたかもしれない。
 ただ、あと1ヶ月、田んぼに水を入れるのを早めるだけで、多くの命が救われるのだ。そのことにほとんどの人が気づいていない。そもそも、このカエルたちの存在に、ほとんどの人が気づいていないのだからしかたない。だから、私はこうして、彼らを見守り、こうして、世間に発信しているのだ。

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2018年4月15日 (日)

雨が少なすぎる

3月の終わりからほとんど雨が降っていない。おかげで、土はカラカラに乾き、最後まで残っていた休耕田の水たまりの水もついに涸れはててしまった。Tambo2018041401
かつてのアカガエルの楽園。この田んぼには、かつて400~500個ものアカガエルの卵塊があった。それが、今年はついにゼロ。最後まで残っていたこの水たまりに産卵があるかと期待したが、それもなく、産卵時期は終わってしまった。つまり、この田んぼの周囲からニホンアカガエルが絶滅してしまったのだ。
 こことは別の田んぼ。この周辺では唯一安定してニホンアカガエルの卵塊がある田んぼだが、そこに、先週見に行った時に新しい卵塊が大量にあった。Tamago2018040802 ずっと雨が降らなかったので、産卵時期が遅れ、雨が降ったので、ようやく産卵したのだろう。今シーズンでは最後の産卵だろうと思うが、30個近い卵塊があったことで、喜んだのもつかの間、一週間後には、こんな風になってしまった。Tamago2018041401 この間に少しでも雨が降って水たまりが維持できていたら、生き延びることができたのに。田植え前に田んぼに水が入るまでのあとわずかだったのに、無念としかいいようがない。
 田んぼはどこもカラカラに乾ききっている。Tambo2018041402 多くの人は、斜面林の新緑の美しさに目をうばわれるかもしれない。しかし、その下のカラカラに乾いた田んぼ。これでは、カエルなどの生き物が生き延びることができない。そのことに気づいてほしい。
 いままであまり卵塊がなかった田んぼで、今年は大量にニホンアカガエルの卵塊や、東ヒキガエルの卵紐があって、このままいけば、ここはカエルの楽園になるかもしれないと期待していた田んぼがあった。
 3月の終わりに見に行った時は、順調にオタマジャクシが育っていたのを見つけ、喜んだものだ。Otama2018032501 しかし、これもほんのつかの間の命だった。その後、ほとんど雨が降ず、オタマジャクシが泳ぐ田んぼはこうなった。Tambo2018040101 画面奥の方に、地面が黒くなったような場所がある。これはオタマジャクシの死骸だ。水が涸れて死んでしまった。卵塊の数から推定すると、数万匹のオタマジャクシがこれで死んだ。
 Kiroku2018041401 私は、ここ10年ほど、この周辺のニホンアカガエルの産卵状況をこうやって記録している。赤い文字で書いてあるのは、産卵を見つけた日付と産卵数。黒い文字は水が涸れるなどして死んでしまった卵を見つけた日付とその数。こうやって毎年見ていると、確実な変化がわかる。
 産卵の時期は毎年少しずつ遅くなり、そして、かつて多く産卵があった場所でも、5~6年、死滅しつづけると、急激に卵塊数が少なくなり、そして、ついにゼロになる。それは、その後たとえ産卵に適した環境が復活してももとにもどることはない。
 Tambo2018041403
とてものどかに見えるこの地で、ニホンアカガエルはどんどんと窮地においやられている。それは、誰も知らないうちに進行している。そして、もし、ほんのわずかでも、そのことに気づいて何か行動を起こせば救われるはずだ。
 「今年はもうダメかな」と落胆して歩いていたら、一か所だけ、ちゃんと水たまりが残っている場所があった。元気にオタマジャクシが泳いでいた。Otama2018041401 しかし、頼りない水の量だ。この先どの程度雨が降るかわからないが、このまま雨の少ない状態が続けば、ここも危うい。それよりも、早く田植えのために田んぼに水が入らないだろうか。
 

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2018年3月25日 (日)

局地的絶滅ということを実感としてとらえる

 杉花粉症の季節はそろそろ終わりだが、ここにきて花粉症が酷くなった。くしゃみを連発し、目を真っ赤にさせながら、それでも散歩道に行く。何故そこまでして行くんだろう?と自分でも思う。だが、この10年ほどやってきたアカガエルの産卵記録を途絶えさせるわけにもいかない。もし、途絶えさせてしまったら、記録によって知り得ることを失うかもしれない。そう思う。
 かつてのニホンアカガエルの楽園、かつては1シーズンに400個ほどの卵塊があった田んぼ。しかし、なんどもいうように、ここでは産卵された卵塊が一つも生き残ることが出来ないほど、乾燥化がすすんだ。産卵された卵塊から一匹のカエルも育たない状態が5~6年繰り返されて、昨年はわずかに数個の卵塊を見るだけになった。その数個もほぼ全滅した。
 だが、今年は状況が異なる。その田んぼがずっと水を蓄えているのだ。もしかしたら、劇的に回復するかもしれない。そういう期待を持っていた。しかし...
Tambo2018032501 どう考えても、アカガエルの産卵に適した環境がそこにある。適度の浅さの水。そして、流れのまったくない水。それがそこにあるというのに、いまだ1個の卵塊も見ることが出来ない。
 ついに、この場所のニホンアカガエルは絶滅したのかもしれない。そう思う。このところの暖かさで季節は確実に進んでいる。ここ数年遅かったアズマヒキガエルの産卵もとっくに終わっている。
 ここはかつて、私が水が涸れて死にそうになっている卵塊を持ち帰り、水が安定するまで自宅の水槽で育て、放流するということもやってみた。それほど思い入れのある場所なのだが、いまだに1個の卵塊も見ることが出来ないということは、かなりの絶望感がある。
 田んぼだけではない、その周辺の水路でもまったく卵塊がないのだ。Suiro2018032501 こうして局地的絶滅ということが起きているんだなと感じるのだ。
 おそらく、ニホンアカガエルは種として絶滅することはないと思う。なぜなら、各地で、この絶滅に瀕したカエルをなんとか守ろうという動きが活発だからである。しかし、その一方で、まるで誰にも見向きもされない場所のニホンアカガエルはこうして局地的にいなくなっている。
 私は長い間、この実態をうったえてきた。人々にいろんなところで伝えようとしてきた。だが、それをなんとかしようという人は皆無に等しい。一方で、逆に局地的に意識の高まりがあり、守ろうとしている人々が各地にいる。だが、だからといって、その人々が、ありとあらゆる生息地にでかけていって何かするわけでもないし、実際不可能だ。
 さらに言えば世間一般の方々は、こういう身近な自然環境には見向きもせずに温暖化でホッキョクグマが、など見た元もない遠い地のことを、心配しているのか、なんとかしようとしているのかさえもわからない。
 くねくね谷の奥が、少しかすんでみえるのは、小さな虫が沢山飛んでいるからだ。春霞というのは、こういう虫たちが飛ぶことによる霞というのもあるかもしれない。Kunetani2018032501
くねくね峠を下っていくと、黒っぽい蝶が飛ぶのが見えた。ミヤマセセリだ。
Miyama2018032501 この時期にだけ飛ぶ蝶。飛んでいる場所は限られる。くねくね谷の奥にいけば、毎年見ることができる。千葉県レッドデータブックでカテゴリB,重要保護生物に指定されている蝶。
 これも、かつては、もっと広範囲に飛んでいたのかもしれない。そして、いつのまにか、飛ぶ場所が限られてきているのかもしれない。
 貴重な生物というと、どうしても、今あるその生息地をなんとかしようという話になりがちだ。実際に生息環境が微妙であり、そういう微妙な場所でしか生きられない生き物も多いとは思う。たとえば、高山に生える植物などはそうだろう。高山という限定的な場所でしか生息できないのだから、その場所の環境破壊がもろに影響してくる。
 しかし、ニホンアカガエルやこのミヤマセセリのように、それほど特殊な環境を必要としない生き物が数を減らし、生息地が限定されていくというのは、知らないうちに、局地的絶滅が進んでいき、そして、気づけば、特定の場所にしか生息していない状態になったということだろう。
 こういう局地的絶滅を防ぐには、単に特定の生息地を守るのではなくて、もっと広く、生息環境の実態をしる必要があるのではないかと思う。その視点が必要だろう。
 Tamago2018032501 かつてのアカガエルの楽園のように数百個の卵塊があるわけでもなく、毎年数個の卵塊があるだけの場所、だが、そこは、確実にアカガエルが育っている場所、そんなところに行ってみると、ちゃんと少ないながらも卵塊がある。それは逆に驚きでもある。わずかな数だが、確実に命がつながれているのだ。局地的絶滅は、必ずしも、今、数が少ないところから起きるわけではない。大量に生息していても、大量に死んでいくならば、一気に局地的絶滅が起きるんだなということを、ここ10年の私の観察は教えてくれた。

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2018年3月18日 (日)

カエルシーズンはすでに満開

 この時期は暖かい日が続くかと思えば、一気に寒くなったりと気温の上下が激しい。数日前まではとても暖かい日が続いた。そのせいか、一気に季節は進んだようだ。道ばたにはたくさんのオオイヌノフグリ。Ooinunofuguri2018031801
 かつてのアカガエルの楽園だった休耕田にいってみる。今年はずっと水をたたえているため、カエルたちにとってはよい環境といえるだろう。そう思って一生懸命アカガエルの卵塊を探す。Tambo2018031801
しかし、期待に反して一つも見つけることができなかった。
 ここは、かつては数百個のニホンアカガエルの卵塊があり、まさにアカガエルの楽園だった。しかし、5~6年の間、産卵された卵塊が乾燥して死ぬようになった。水はけがよくなったからだ。そうして、数年の間、産卵された卵塊は全て死滅するようになった。そうして、産卵が急激に減少した。
 そんな状態を経ているから、急に環境がよくなったからといって急に産卵が増えるわけではないだろうと思う。ここではニホンアカガエルの産卵は4月中旬頃まで少しずつ続く。もう少し観察してみよう。
 くねくね峠にいく途中の土手にタチツボスミレが咲いていた。Tachitubo2018031801 タチツボスミレは冬でも時々咲いているのを見ることがあるが、今年はまったく見なかった。寒い冬だったからだろう。ここ数年は真冬のタチツボスミレは見ていない。
 先日見つけたニホンアカガエルの卵塊は大きくふやけていて、もうすぐオタマジャクシが出てくるだろう。Akagaeru2018031801
 この時期は、アカガエルの卵塊をくまなくさがして歩く。そうして、いつどこにいくつ卵塊があり、それが育つことができたのか、それとも死滅してしまったのかをもう6年間ほど記録しているのだ。そうして見回っていたら、昨年まで、それほどの数がなかった田んぼにたくさんのアカガエルの卵塊があるのを見つけて、少し驚いた。しかも、ここ数日で産卵したであろう新鮮な卵塊だ。Akagaeru2018031802
さらに、その周辺には、大量のアズマヒキガエルの卵塊があって、それはもう、オタマジャクシになりかけていた。まさかこんなところにこんなものがあると思っていなかったので、先日は見逃していたのかもしれない。Hikigaeru2018031803
さあ、カエルシーズンは満開になってきた。冬の静寂の季節が終わり、賑やかな春がまたやってくる。
カエルの環境は少しずつ変わっていく。そして季節は巡る。

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2018年3月11日 (日)

市津自然散歩最終回

 あれはもう13年も前、2005年のことだ。私の「散歩道プロジェクト」ホームページが地元の情報誌で紹介されて、それがきっかけで地元の市津公民館から自然についての講座をやりませんか?と、お声がかかった。
 当初は「団塊塾自然コース」といっていた。「団塊塾」というのは地域を知ってもらおうという講座で、自然コース、歴史コースなどがあった。その講師に任命され、それからしばらくして、「市津自然散歩」と名称jを変えた。「市津自然散歩」という名前は、当時担当されていた市原市の社会教育指導員の方の発案だ。市の広報に載せるのに、講座名が8文字以内という制限があり(8文字とは随分短いが)、講座内容を凝縮させて「市津自然散歩」という名前にしたわけである。
 Sampo2012042101
講座は年4回シリーズで、春、夏、秋、と、そして、3月の4回。一度だけ、この法則を崩したことがあったが、ずっと4回シリーズでやってきた。春と秋は午前中講義の午後散歩。あとは午前中だけ。そういうパターンでやってきた。
 最初は手探りだった。まずは、この地域に生息する様々な生き物と、その生活について知ってほしいと思い、様々な生き物とその生活を知ってもらうことから始めた。そして、そういう生き物が生息していることをまるで知らずに、山を切り崩しそこに花を植えて公園にし、水の生き物が多数生息していた小川は、コンクリートで固められ、鯉などを放流している現実。Sampo2018031002s そして、落ち葉は燃えるゴミとなり、ゴミを落とす落葉樹は根こそぎ伐られていく。Sampo2018031003s そういう人々の誤った自然感。誤った認識を少しでも変えていきたい。そういう思いを熱く語るようにした。
 同時に、身近な自然の中で、様々な生き物を愛着を持って接することで、様々な貴重な体験ができることも、自分自身の経験の中から語るようにした。遠い国のホッキョクグマを心配する前に、目の前の自然の中で生きる様々な生き物のことを考えようとうったえてきた。そうしなければ、誰がこの場所の自然を守れようか。
Sizensampo2018031001s
講座は、12年間の長きにわたり、続けることができた。これは自分自身のライフワークであった。
 年4回とはいえ、毎回、下見に行き、配布資料を作り、そして、講義用の資料を作る。毎年毎年、少しずつ進化させてきた。このことに多くの時間を費やしてきた。
 12年間のうち10年間もずっと参加してくれていた人がいた。初回から一度も休まず参加してくれている人もいた。しかし、このたび、この講座は終了することとなった。
 支えてくれた多くの人々に感謝したいと思う。参加してくれた人々に感謝したいと思う。そしてしばらくは私は自分の目指すものを追求することに時間を費やそうと思う。
Sampo2018031002 そしてまた別な形で、何か新しいことをするかもしれない。
 私はこの身近な愛すべき自然を、これからもずっと見つめ続ける。それはまたあらたな物語が生まれてくることだろう。市津自然散歩の時代は、それはそれで有意義であったと思う。

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2018年3月 4日 (日)

今年もアカガエルシーズンが始まった

2018年3月3日
2月中旬に体調を崩したりして、しらばく散歩道に出かけていなかったら、すっかり春の風景になっていた。道ばたにはいつの間にか鮮やかなオオイヌノフグリが咲いている。
Ooinu2018030301
休耕になった田んぼは、水路からの水が入り、冬の間もずっと水をたたえていた。かつてのアカガエルの楽園だが、この10年くらいは水が涸れてアカガエルが育つことができていなかった。だが、今年はこんなにたっぷり水がある。Tambo2018030301
だから今年は多くのアカガエルたちはここから育つことができるかもしれない。そういう期待を持っている。先日、春の嵐でたくさんの雨が降り、気温も急上昇。だから、ここにアカガエルの卵があることを期待した。だが、まだない。
かつては、2月中旬から下旬にかけて最初の産卵があったものだが、早くに産卵されたものは育つことができない状態がずっと続いた。そのせいで、2月中の産卵は見られなくなった。産卵時期は少しずつ遅くなっていった。この気候でもまだなのだろう。
 田んぼわきの水路を見るが、ここもまだ卵はない。
Suiro2018030301
毎年、最初の卵塊を見るまでは、とても不安なものだ。今年は卵塊が見られないのではないかと不安になる。実際、この10年で卵塊が見られなくなった田んぼはある。そうして局所的な絶滅を目の当たりにしているからだ。
 くねくね峠に向かうと、道に泥が流れた跡がある。先日の春の嵐の大雨で、この道が川のようになって泥水が流れていたことを想像する。Kunekune2018030301
くねくね峠道の土手では、キジムシロが早くも黄色い鮮やかな花をつけていた。春の訪れを感じる。Kijimushiro2018030301
ホトケノザは道ばたにたくさんピンクの鮮やかな花を咲かせていて、春の花の季節の到来を感じさせる。Hotokenoza2018030301
 奥の田んぼで、今年初めてのアカガエルの卵塊を見つけた。ここはずっと水が豊富にあるので、早い時期から産卵があるのだ。Tamago2018030301 この卵塊を見ると、今年も生き物の季節が始まることを感じるのだ。
 池のそばではダイサギが白く美しい姿を見せていた。近づくと、少しだけ飛んで、近くを歩いて行く。Daisagi2018030301
この池は鳥たちの楽園だ。ここで写真を撮っていると、通りかかった人が必ず声をかけてくる。そして、こういうのだ。
「このあいだ、ここでカワセミを見ましたよ」
確かに、この池にはよくカワセミが来る。しかし、今は、美しいコガモがたくさんいる。そして、カルガモも大きなアオサギもいた。Aosagi2018030301
アオサギだって、ずいぶん美しい鳥だと思うのだが。
2018年3月4日
昨日にも増して暖かい日だ。
道ばたのフキノトウはずいぶんと花が開いている。Fukinoto2018030401
昨日は冬のいでたちだったため、ずいぶんと暑かった。そこで今日は春の装い。それでも、歩いていると汗ばんでくる。
昨日みつけたアカガエルの卵を遠くから眺めていたらなにやら卵のまわりを泳ぐものがいた。そうだ、アカガエルだ。この暖かさのため昼間でも動いているようだ。
 ニホンアカガエルは、産卵の時期はまだ冬眠していて、夜にだけ、繁殖行動に出てくるのだ。そして、普通は朝になるとまた土の中に潜る。だが、あまりに暖かいので、昼間もそのまま田んぼを泳いでいたようだ。Akagaeru2018030501
こういうことは珍しいことだ。しかし、秋の冬眠の時期以来にアカガエルの姿を見ることができてうれしかった。
さて、今年もアカガエルシーズンが始まった。そして、またあらたな季節が巡ってくる。Akagaeru2018030502

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2018年2月17日 (土)

散歩道プロジェクト15周年。さあ原点に戻ろう

Dscf0006  2003年2月16日は雨が降っていた。

 大好きな散歩道。その散歩道に宅地開発がせまってきていた。豊かな里山だった場所がどんどん削りとられて砂漠のようになっていく。私はその何年も前からそんな風景を見続けていた。そしてその前の日に、テレビで「もののけ姫」の映画を見た。そのことから、私の中で何か大きなものが動き始めた。
 その日、朝からぼーっと色んなことを考えていた。VangelisのMemories of Greenを何気なく聴いたのを覚えている。緑の記憶。鳥があちこちでさえずり、風に木々が揺れてざわめく。虫が飛び、羽音をたてて目の前を横切っていく。そんな情景が浮かぶ。そして、ふと思いついたのだ。
「そうだ、散歩道を歩いて、さまざまな写真を撮り、自分が見たもの感じたことを多くの人に見てもらおう」
 そうして、カメラを持って家を出た。最初に撮った写真がこれだ。
Dscf0001 写真の左側が私の散歩道のあるエリア。そこから続く里山が削り取られて宅地として造成され、右側のようになっていた。
この砂漠のように広がった造成地は今はほとんど住宅が建っている。おそらく、今、15年前にここがどんな風だったか知る人は少ないだろう。
 この左のずっと奥、私の散歩道はある。いくつも枝別れして入り組んだ、細長い谷津田。それが私の散歩道エリア。Sampomichi2018021701
ここを歩き続け、写真を撮り、いろんなものを見て、いろんなものを感じた。
Sampomichi2018021702 ここは私が「爪の谷」と名付けた谷だが、この休耕田の奥の水たまりにニホンアカガエルの卵を見つけ、それが育っていく様子をずっと観察した。やがてアズマヒキガエルもやってくる。ドジョウが泳ぎ、夏の夜にはホタルが舞う。
 そして、ここが散歩道の中で一番のお気に入りの「くねくね峠」だ。Kunetoge2018021701
この峠のあたりからずっと同じアングルで写真を撮り続け、それを繋いで動画にした。そして、自ら作曲した曲をつけた。
峠の土手に棲んでいたアズマヒキガエルの「くねくねの主」とは長い付き合いになった。ここを通るたびに挨拶をした。Nushi2009071901
そして、初めて出会ってから5年後の夏、偶然にも、この「くねくねの主」の最後をみることとなった。Nushi20120729002
いまでも、この主が棲んでいた土手にあいた穴を覗き込む。新たな主が現れてくれないかとずっと思っていたが、いまだ現れないままだ。Nushiana2018021701_2
この周辺はコナラとクヌギの森で、かつて、この峠道に突き出すように生えていたコナラのこと。Konara2006112601_2
それはかつて木と会話する (2006年11月27日)に書いている。
 だが、その木との別れはすぐにやってきた。別れは突然やってきた(2006年12月17日) で、このコナラの木との別れのことを書いている。
 くねくね峠道には様々な想い出が詰まっている。突然手の上にオオムラサキが舞い降りてきたりもした。
その峠道から森の方に入っていく「くねくね森の道」がある。Morimichi2018021702この森の奥に入っていく道。こんな道端にいろんな花が咲く。そして、いろんな生き物が、この森の中で生きている。
 
 何気なくみていた道端のアリジゴクの巣。アリジゴクがどんな生活をしているかなんて、まったく知らなかった。
Arijigoku2018021701
単に土の中にいて巣を作って、そしてウスバカゲロウになって出てくる。そんな知識しかなかった。だが、2009年の夏、次女の夏休みの自由研究題材にアリジゴクを選んで、私は次女と一緒に、この場所のアリジゴクを連れて帰って飼育して、それで物凄い発見の連続があった。そのことはホカスリ氏はホシウスバカゲロウ(2009年10月11日) に書いている。それ以来、ここのアリジゴクの巣は私にとって特別な存在になった。毎回、ここを通るたびに、ホカスリ氏の子孫はどうしているだろうか?などと考える。
 この15年間歩き続きけた散歩道は、私に数えきれないほどの発見と、数えきれないほどの物語をくれた。これこそ、15年前に私がやろうとしていたことなのだろうと思う。自分で歩き、自然を自分で見て感じて、記録して、多くの人に見てもらうこと。
 多くの人は気付いていないだけなのだ。身近な自然の奥深さを。ほんの少しだけ道端の自然に目を向けるだけで、今まで知らなかったことがどんどん出てくる。ほんの少しだけ自然と接して生活することで、様々な物語が生まれる。そして、その物語は、身近な自然と自分の人生との接点となる。
 ある人がいった。
 「もう、散歩道は体の一部ですね?」
 いや、違う。
 「私は散歩道の自然の一部」
なのだ。誰もが身近な自然をそんな風に思うようになったのなら、いとも簡単に自然を破壊して砂漠のような場所にかえようなんて思わないだろう。身近な素晴らしい自然よりも、整備された都市の公園の方がよいなどと思わないだろう。
 そう思うから、私は自ら自然を感じて、それを発信しつづけたいのだ。これがライフワーク。それが原点。15年の時は流れたが、やはり原点に戻ろう。自然を感じて生きること。自然と接して生きること。自然の中の一部として生きること。それが「散歩道プロジェクト」の原点だと思うから。

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2018年1月21日 (日)

季節の終わりと新しい季節の始まり

Sampo2018012101

今は丁度、季節の底だ。一年で一番寒い時期だ。ほとんどの昆虫たちは命が絶えるか、冬眠しているかである。草は枯れ果てている。そして、これから新たに芽を出すものがいる。落葉樹は次の春にそなえて冬芽を少しずつ膨らませている。昨年からの全てのサイクルが終わり、また新たなサイクルが始まろうとしているのだ。
 そして、この時期になると、ニホンアカガエルの事が気になり始める。全国あちこちからニホンアカガエルの産卵の知らせが届き始めている。ただ、散歩道のニホンアカガエルは関東でもかなり遅い方で、産卵が始まるのは、まだ一カ月ほど先だ。しかし、その産卵場所の状況について、私は毎年今頃から気にし始める。
 Sampo2018012102
かつて、この田んぼ周辺はニホンアカガエルの楽園だった。毎年、数百個の卵塊が見られ、多くは生き延びた。だが、ここ10年ほどは、以前より水はけがよくなり、水が涸れて死ぬものが多くなった。カエルの子供はオタマジャクシ。オタマジャクシは水がないといきていけない。田植え前の田んぼの水たまりに産卵されても、田んぼに水が入る田植え頃までに水が涸れてしまったら、生きることが出来ない。そうして、水が涸れて死ぬものが増えたことで、ニホンアカガエルの数は激減した。今は、水が涸れない水路に10個程度の卵塊が見られる程度になった。ニホンアカガエルの数はかつての1/10以下になっているだろう。
 ところが、今年はどうも状況が異なる。この田んぼは結局、昨年から休耕になった。ここの田んぼは谷から湧き出てくる水を水路に流し、その水を出し入れしている。だが、休耕になってその水の出し入れをしなくなったことで、放置された田んぼに水が湧いて出るようになったようなのだ。
Sampo2018012103
特に、昨年12月頃からは、明らかに水が張った状態になっていて、涸れない。乾いた地面に生えていた草は枯れ果てているが、もともと乾いた場所を好む草であったはずだから、春になっても、同じ草が芽を出すことはないだろう。もっと湿地を好む草にかわっていくはずだ。
 かつて、ここの田んぼの水が豊富だったころは、ここでアズマヒキガエルの蛙合戦(産卵時期に一斉に水辺に集まって繰り広げられるオスたちの戦い)が見られたが、田んぼが乾燥してからは、みられなくなっていた。実は、この谷のずっと奥の湿地では、毎年、かわらずに蛙合戦が見られるので、もしかしたら、今年はここで蛙合戦がみられるかもしれない。
 考えてみれば、ここは谷の奥である。谷の奥からは水が湧いている。そして斜面からも水が湧いている。ここを田んぼにする前は、谷底の湿地だったことだろう。そして、休耕になって、また、田んぼになる前の谷底の湿地に戻っていっているのかもしれない。
 この周辺には色んな田んぼがある。水はけの悪い田んぼは水たまりが一年中涸れずに残るところもある。そういうところでは、うまくすれば、そこに産卵されたニホンアカガエルは生き延びることが出来る。Sampo2018012104
多くの田んぼは、冬の間は水を抜かれて、乾いた状態だ。そして、田植え前に田起こしをする。Sampo2018012105
それが普通の田んぼだ。そして水路はコンクリートで固められているところも多い。Sampo2018012106
私は、もう10年以上、この周辺のニホンアカガエルの産卵と生育を観察しつづけてきて、ほとんどの田んぼはニホンアカガエルの産卵、生育に適さないということを見てきた。実際、そういう田んぼにはたとえ水たまりがあったとしてもニホンアカガエルが産卵にくることはない。水が涸れずに生き延びられる田んぼに限って産卵がある。ぱっと見で同じ水たまりに見えても、産卵があるかないかで、その水たまりの歴史がわかる。
 そうして、そういう人々の営みに翻弄されるニホンアカガエルなどの生き物を見てきた。人々の営みが窮地に追い込んでいる生き物も沢山いることもわかった。
 今、日本はどんどん人間が減っている。農業人口の減少はもっと激しいだろう。そうして農業などの人間の営みに依存していきてきた生き物は、そういう人間の営みの変化に翻弄されている。私はそれを見て一喜一憂していたように思う。だが、生き物たちは、人間がこの地にやってくるはるか昔からここで生きていたのだ。人間の営みとは別に、自然の環境変化に翻弄されながらも生きてきたのだ。人々が考えるよりも、ずっとたくましく生きてきたのだ。
 もし、人が減って、田んぼなどの農地も減っていくなら、どうすればよいだろうか?耕作もしないのに無理に耕作地と同じ環境を作って維持するのだろうか?いや、それでは、維持する人がいなくなったら同じことだろう。金にならない環境を維持するなんて、酔狂なことを言っている場合ではないかもしれない。
 色々と考えるに、一つの答えとして、やはり、それは人間がやってくる前の状態に還すことが必要なのではないかと思う。それは単に放置することかもしれない。放置することは、よくないこと、荒れること、廃れること、などと思うのは人間の勝手な考えだ。人間は自然を利用させてもらって生きてきたのだから、不要になったら返却すべきなのだ。そして、また、その環境を利用して他の生き物たちが生きていくのだから。Sampo2018012107

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